第16話 回り道

「私達が発明のことを何も理解していないですって……?」

「ああ、その通りだ」


 サリアさんはきっぱりと断言する。

 今や教室中の生徒の視線がサリアさんに向かっている。


 人付き合いが苦手なサリアさんにとってそれはかなりの苦痛のはずだ。しかし彼女はあくまで堂々としていた。


「それはつまり、その『翻訳眼鏡』の方が私の『魔列車』より優れている……そうおっしゃりたいのですか?」

「そうは言っていない。君の開発しているそれも素晴らしいものだと私は思っている」

「……意味がわからないですね。私を馬鹿にしているのですか?」


 サリアさんの言葉に、リメインさんは苛立った様子を見せる。

 このままだと爆発してしまいそうだ。


「君の方こそなぜわからない? そもそも発明に上も下もない。新しいものを生み出すということは、どれも等しく素晴らしいものだ。なぜ上下を付けたがる?」

「それは資金が有限だからですよ。全ての開発に平等に資金リソースを注ぐことなど出来はしません。ならば優先順位をつけるのも当然のことです」


 リメインさんの言うことにも一理あるように感じた。

 どんなに綺麗事を言ってもお金は増えない。ならばお金を生み出すものにお金を使うというのは合理的に聞こえる。


「サリア殿、私の考えは間違っているでしょうか?」

「……いや、間違っていない」


 サリアさんの言葉に、リメインさんはホッとした笑みを浮かべる。

 しかしサリアさんの言葉はまだ終わっていなかった。


「間違ってはいないが……愚かだ。資金を平等に出来ないこと、優先順位をつけなければならないこと、それは他者の発明を愚弄していい理由にはならない。この世に真に無駄な発明などないのだから」

「……っ! では! その眼鏡の何が役に立つというのですかっ!! 多少使い勝手のいい翻訳書程度にしかならないじゃないですかっ!!」


 リメインさんの大声が教室に響き渡る。

 取り乱す彼とは対象的に、サリアさんは落ち着いていた。


「使い勝手のいい翻訳書、結構じゃあないか。例えば危険な遺跡に赴く時、学者を連れて行くことは出来ない。そんな時これがあれば遺跡探索の効率は大幅に上がるだろう」


 サリアさんは眼鏡を掛けながらそれの有用性を話し始める。


「例えば様々な言語を入力したとしよう。人の作り出す文字には規則性パターンがある。将来この魔道具で未知の言語を解析できる日も来るかもしれない」


 それを聞いたゴードンさんは「そんな使い方が……!」と驚く。

 確かに凄い使い方だ。魔道具の世界は奥が深い。


 しかしまだリメインさんは納得しきってはいなかった。


「そんな、屁理屈を……!」

「屁理屈ではないさ。発明とはいつも想定外の方向に進化するものだ」


 サリアさんはおもむろに上を指差す。

 そこにあるのは教室を照らす明かり。あれがいったいどうしたんだろう?


「『魔石灯』。今更説明するまでもないが魔力で光る石を使ったあかりだ。今では大陸中で使われる魔石灯だが、あれも元々は灯として発明されたわけではない」


 僕はもちろん、ここにいる全員がその話に引き込まれていく。


「あの石は魔力を溜める蓄魔器バッテリーとしての効果を注目されていた。しかし表面を加工し、中央部に魔力を流すことで光ることがたまたま・・・・発見された。今では蓄魔器バッテリーには他の鉱物が用いられ、あの石は魔石灯としてのみ使われるようになった」


 そこまで喋ったサリアさんは「では」と切り出す。


「最初の蓄魔器バッテリーを作ろうとした発明は無駄だったか? 私はそうは思わない。遠回りをしたからこそ人類は『魔石灯』を発明するに至った。無駄だと、やる必要がないと馬鹿にされる発明、その中にも眠っているはずなのだよ。素晴らしい発明がね」


 力説したサリアさんは翻訳眼鏡をゴードンさんに返す。

 サリアさんの言葉に感動したのか、ゴードンさんは呆然としている。


「お金になる発明は素晴らしいと思う。しかしそれと同じくらい、お金にならない発明も私は素晴らしいと思う。私がいいたいのはそれだけだ。せっかくいい頭を持っているんだ、陰湿つまらないことに使わないでくれ」

「ぐ、う……」


 リメインさんはしばらく歯噛みした後……項垂うなだれる。

 他の人達も目を伏せ、ばつの悪そうな表情を浮かべている。自分が良くないことをしていたっていう自覚があるんだろう。


 今日みんな和解して仲良し……みたいなことにはならない。人間関係は複雑だからね。

 でもサリアさんの言葉は確実にここの教室の人達の心に届いたはずだ。ここから変わっていくかは彼ら次第だ。


「ではそろそろお暇しよう。今日は面白い経験をさせてもらった。ありがとう」


サリアさんはそう言うと、踵を返して教室を出ていく。

 僕は慌ててその後ろをついていく。するとリメインさんがサリアさんの背中に言葉をなげかける。


「貴女は……一体なにを研究しているのですか?」

「今協会にもっとも求められていないことさ。気になるなら見学に来るといい、後輩の面倒を見るのも慣れてきたところさ」


 そう言ってサリアさんは今度こそその場を後にするのだった。

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