第15話 怠惰な発明

「私達が今研究開発しているのは……こちらになります!」


 発明の教室の室長、リメインさんがそう言って見せてくれたのは、黒板に書かれた乗り物のようなイラストだった。


 細長い筒のような乗り物だ。

 その周りには難しそうな計算式が書かれている。

乗り物を引っ張る生き物が描かれてないけど、いったいどうやって動かすものなんだろう?


 サリアさんはそのイラストと計算式を「ふむふむ」と興味深そうに眺める。


「なるほど。魔力を動力とした大型移動車両か」

「その通りです。名を『魔列車』といいます。これが完成した時のもたらす恩恵の大きさ。貴女なら分かるはずです」


 サリアさんとリメインさんは話を進めてしまう。

 やばい、話についていけてないぞ……!


 焦っているとそれに気がついたサリアさんが補足してくれる。


「現代の乗り物は馬車や竜車といった動物が動力となっているものがメインだ。しかし既に一部の都市では魔力を動力とした小型の車両『魔導車まどうしゃ』が使用されている」

「そんなものがあるんですね……!」

「ああ。生まれたのはここ数年の出来事。後輩くんが知らないのも無理はない」


 魔法技術の進歩は著しい。

 ついこの前まで無理だと思われてたことが、数日で実現可能になることも珍しくないとサリアさんは語る。面白い話だなあ。


「彼が開発しようとしている『魔列車』はそれの更に進化版。数百人を乗せ走ることができ、その速度も速い。一度道を作ってしまえば魔法都市に一日程度で行くことも可能だろうね」

「い、一日っ!? 馬車でも四日はかかるのに!」


 しかも数百人を乗せてだなんて桁違いだ。

 本当に世界が変わる発明かもしれない。


「とはいえまだ研究段階。試作機すらまともに作れていませんけどね」

「しかしこれはあながち夢物語じゃなさそうだねえ。地下の龍脈から魔力を吸い上げるという考えもいい。これなら魔力を溜めておく必要もなくなる。合理的だ」

「お褒めに預かり光栄です」

「しかしこれはあれだね。舗装した道を通るのには向いてない。百人規模を乗せるのであれば、鉄の細い道を作り、その道にはまる車輪を開発したほうがいい」

「なるほど……確かにその部分は改良の余地があると思っていました。その方法であれば確かに解決できるかもしれませんね。貴重なご意見、ありがとうございます」


 リメインさんとサリアさんはまたしても僕を置いてけぼりにして話を進める。


 サリアさんはしばらくその話を続けた後「さて」と言って視線を動かす。

 その先にいたのは、二年生のゴードンさんだ。


「君の研究も見せてもらえるかな?」

「……え?」


 突然指名され、焦ったように返事をするゴードンさん。

 すると周りの人達……リメインさんを含めた開発の教室の人たちがくすくすと笑う。


 なんだか嫌な空気だ。


「しかし……」

「君のその手に持っているものがそうだろう? 興味がある、見せておくれよ」


 サリアさんがそう頼み込むと、ゴードンさんは渋々と言った感じで手に持っている物を手渡す。

 それは眼鏡のような物だった。

銀縁で小さい、おしゃれなメガネだ。それの耳をかける部分に小さな機械が付いている。


 サリアさんはそれを「ほうほう」と興味深そうに眺める。


「これは……ふむ、解析装置かな?」

「はい、そうです。古代語をの情報が入力インプットされていて、自動で翻訳されるようになっています」


 ゴードンさんの作った物は『古代語翻訳装置』だった。

 これも面白い発明だ。僕も使ってみたいな。


 そう思ったけど、他の生徒達はそう思ってないみたいで、


「もうよろしいんじゃないでしょうか、サリア殿。そのような物を見ても発見はありません」


 静観していたリメインさんが、そう言って割り込む。

 サリアさんはその言葉にピクリと眉を動かす。


「それはどういう意味かな?」

「貴女なら分かっていますでしょう。そのような翻訳装置に意味はない。辞書を持ち自分で翻訳するなり、古代語を自分で学べばよい話です。それは人類の進化発展に寄与しない、怠惰な発明です」


 ゴードンさんの発明を、堂々と『怠惰な発明』と言い切るリメインさん。

 そんな言い方あんまりだ。僕は言い返そうと前に出ようとするが……それをサリアさんは制した。


「……へ?」

「ここは任せて私にもらおうか。君はそこで私の勇姿をしっかりと見ていたまえ」


 サリアさんはそう言って頼もしい笑みを僕に向けると、リメインさんに向き直る。


「やれやれ、せっかくいいものを持っているのに……残念な思想に囚われているようだ」

「……どういう意味でしょうか」


 サリアさんの物言いにリメインさんは怪訝な表情を浮かべる。

 空気がピリつき、気まずい雰囲気が漂う。


「言葉の通りの意味さ。君は、いやこの教室は開発のことを本質的になにも理解していない」


 サリアさんは堂々と、この教室をそう否定するのだった。

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