第9話 青い光

 星欠ほしかけ

 それは星空の一部を欠く黒い何か。


 それの正体が何なのかは、今も分かっていない。

 だけど月の魔法使いルナさんに会った僕は知っている。それは空に輝いていた大きな星、『月』を隠す存在なのだと。


 だけど当然そのことを話すわけにはいかない。

 月の存在は何者かによって秘匿されている、もしそれを知ってしまえばイルさんに危険が及んでしまう可能性があるから。


「はるか昔、まだこの世界に神がいたと言われる時代に星欠ほしかけはなかったとされています。その時代、占星術師は今よりずっと大きな力を持っていたとされます。しかし『六神戦争』の後、神が姿を隠し、空に穴が出来てから占星術師の未来を見る力は格段に落ちました。今でも一部の占星術師は重宝されていますが、昔と比べて星を見る人はかなり減ってしまいました。悲しいことです」

「……そうなんですね」


 イルさんの話によると占星術は遅れた技術、と世間では思われているらしい。

 事実『星見の教室』に所属している生徒は少ない。占星術師はこの先も数を減らしていってしまうだろう。


「いつか空の穴が埋まり、満天の星が光り輝くようになることが私の願いです。とはいっても私にそのような力などあるわけないのですが」

「素敵な願いだと思いますよ。叶うといいですね」


 そう伝えると、イルさんは真剣な表情になり僕のことをジッと見つめる。

 いったいどうしたんだろう。


「……あなたはいい人ですね。あなたになら話してもよいかもしれません」

「へ?」


 イルさんは意味深なことを言うと、ポケットから一枚のコインを取り出す。

 銀色の小さなコインだ。彼女はそれを手のひらに乗せて僕の方に差し出してくる。


 なんだろうとそのコインを観察し、僕は絶句する。

 そのコインの表面に掘られた紋様は、それはまさしく『月』のものだった。僕がルナさんから貰った『月の十字印ムーンクロス』のエンブレムそっくりだ。


「これ、は」

「これは青光教せいこうきょう象徴シンボルです。この形が何を示しているのかは分かりませんが、青光教を立ち上げた方たちはこの象徴シンボルを崇めていたそうです」


 驚いた。月の信仰は今も形を変えて残っていたんだ。

 ルナさんが聞いたらきっと喜ぶぞ。


「青光教には『空に祈りを捧げれば、いつか空は元の姿を取り戻す』という教えがあります。私も盲目的にそれを信じているわけではないですが、この教えは私にとって救いなのです」


 そう言ってイルさんは僕にそのメダルを渡す。どうやらくれるみたいだ。


「そのメダルは差し上げます」

「え。これは大事な物じゃないんですか?」

「メダルはいくつも持っているので安心してください。いらないのでしたら処分していただいても構いません。ですが私の話を聞いて興味を持っていただけたのであれば……その象徴シンボルが描かれた看板のあるお店に行ってください。私たちは新しい仲間を歓迎しますよ」

「……分かりました。考えておきます」


 そう最期にお話をして、僕は星見の教室を後にした。


「ゴリゴリに宗教勧誘されちゃったね」


 周りに人がいない状況で僕はそう呟く。

 でもこれは独り言じゃない。僕の側には常に相棒がいる。


「どうするの? 行ってみるの?」


 一部始終を見ていたセレナが尋ねてくる。


「うーん。ひとまずルナさんにこの件を話してから考えようかな。青光教は王国認可も得ている宗教だったと思うから危険はないと思うけど、慎重に動いたほうがいいとは思う」

「そうね。月のことは確かに気になるけど、最優先で動くことでもない。焦る必要はないと思うわ」


 ひとまずそう決めた僕は、セレナに尋ねる。


「ねえ、セレナが生まれた時って空に月はなかったの?」

「えーっと……確かなかった、はず。私が生まれた時には神様はもう姿を消してたからね」

「そっか。教えてくれてありがとう」


 セレナはあまり自分のことを話したがらない。

 だから生まれた時のことを少し知れて嬉しい。いつかもっと色々と教えてくれるようになったら嬉しいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る