第5話 絆
「どうした? こんな所に連れ出して」
部屋の隅っこの方に連れ出され、ジャックは不思議そうに尋ねてくる。
「ごめん。でも他の人に聞かれるのはあまり良くない話なんだ」
「んまあお前がそう言うなら……そうなんだろうな。別にたいして気にしているわけじゃないから本題に入って大丈夫だぞ」
「分かった」
さっきジャックの精霊から聞いた話を思い返す。
この話をいきなりするのは驚かせてしまう。少しづつ話さなきゃ。
「ねえ。確かジャックには兄弟がいたよね?」
「ん? 故郷の村に弟が一人いるけどそれがどうしたんだ」
再びジャックは首を傾げる。
そんな彼に僕は踏み込んだ質問を投げかける。
「弟さんの他にも、いたんじゃないかな?」
それを聞いたジャックは目を丸くして驚き……そして悲しげに目を伏せた。
いつも明るく賑やかなジャック。こんな顔を見るのは初めてだ。
彼は「ふう……」とため息をつくと近くの椅子に腰を下ろす。
「ああ。確かにいた」
時折上を向いて、昔を思い返すようにしながらジャックは話してくれる。
「前にも言ったかもしれねえけど、俺の故郷は田舎の村だ。近くの大きな街に行くにも馬車で数日かかるくらいにはな。滅多に商人も来ねえ貧乏な村だ」
だからジャックは魔法学園で優秀な成績を取って、いい職業に就きたいと漏らしていたことがある。
お金を稼ぐために学園に来たと言ったら聞こえは悪いかもしれないけど、ジャックにとっては切実な問題なんだ。
「……よくある話だ。田舎の村にはよくある流行り病。それと数年に一度の不作。運が悪いことにそれが重なっちまったことがある」
「……っ!」
大きな街であれば、他の街や王都に助けを求めることが出来る。
でも田舎の村では近くに助けを求めるのも大変だし、そもそも助けてもらえるかも分からない。
この世界は助けを求めれば絶対にそれに応えてくれるほど優しくはない。
「あの時は本当にやばかった。木の根をかじって空腹をごまかしたもんだ。体が大きかった俺はそれでなんとかなったが……まだ小さい弟と妹は違った。空腹で弱った二人は同時に病気にかかって……そっからは三日も保たなかった」
ジャックはそこで言葉をつまらせる。
その瞳には強い悲しみの色が浮かんでいる。
「今も忘れられねえんだ。あいつらの『心配しないで、お兄ちゃん』って言った時の顔がよ。てめえが一番つらいはずなのに俺のことを最後まで心配してた。俺はもうあんな思いをするのはごめんだ」
そう言ってしばらく黙ったジャックは、ゆっくり僕のことを見る。
「だから俺は稼げるようにならなきゃいけねえ。後から生まれた兄弟を養うためにもな。それが助けられず見殺しにしちまったあいつらに出来るせめてもの償いだ」
「……そんなことがあったんだね」
きっとジャックの話は珍しい話じゃないんだと思う。
流行り病も不作による飢餓も本にはよく載っている。でもその体験談を生で聞くのは初めてだったので衝撃が大きい。やっぱり僕は恵まれている。少し呪われてるぐらいでへこたれてちゃ駄目だね。
「ジャックは凄いね。そんなことがあってもへこたれずに自分に出来ることをしようとしてる。……だから二人の兄弟も力を貸してくれてるんだ」
「ん? どういうことだ?」
僕はジャックの周りに浮かぶ精霊を指さして言う。
「ジャック。君に憑いている精霊は一体だけなんだ。残りの二体は……亡くなった弟さんと妹さんに憑いていた精霊なんだよ」
「な――――っ!?」
絶句するジャック。
こんなこと聞かされたら驚いて当然だ。
「ど、どういうことだよカルス!?」
「弟さんと妹さんは死の直前、精霊の存在を感じ取れるようになったみたいなんだ。そして二人は願った。『お願いします。お兄ちゃんを助けてください』って」
なんで見えるようになったのかは分からない。もしかしたら死に瀕した時、人間は精霊に近くなるのかもしれない。
それか二人の思いが『奇跡』を起こしたのかもしれないけど――――今となっては分からない。
「精霊はほとんどの場合一人に一体しか憑かない。でもふたりの願いを聞いた精霊は、その常識を破って願いを聞き入れたんだ。精霊と人の絆はほとんど無くなっちゃったのかと思ってたけど、まさかこんな形で残ってるなんて……驚いたよ」
僕の話を聞いたジャックはしばらく黙っていたかと思うと、突然しゃがみこむ。そして目元を左手で押さえて、
「あいつら……最後まで俺なんかのことを心配しやがって……っ!」
肩を震わせながら「ゔう……っ!」と声を漏らすジャック。
数年後しに知る家族の想い。そうなるのも当然だ。
「俺は二人が苦しんでる時に何も出来なかった! 薬を用意するのも、病気を治すことも出来ず側で声をかけることしか出来なかった! なのになんで……!」
「それは違うよ。苦しんでいる時に家族が側にいてくれる以上に嬉しいことなんてない。二人は感謝してたはずだよ」
動けない時、一番感じる気持ちは『さびしさ』だ。それは僕が一番良く知っている。
どんなに痛く苦しくても大切な人が側にいてくれるだけで気持ちはぐっと楽になる。ジャックの兄弟もそれを感じてたんだと思う。
だから最期の時、兄の幸せを願ったんだ。
しばらくしゃがみこんでいたジャックは目元を拭い立ち上がる。そして自分の周囲を漂う精霊に話しかける。
「ありがとうな、
その言葉を聞いた精霊達は、嬉しそうに笑みを浮かべジャックの肩に乗る。言っていることすべての意味が伝わっているわけじゃないかもしれないけど、ジャックの想いは通じたみたいだ。
「ありがとうなカルス。もし知らなかったら俺は三属性使えることを自分の力だと勘違いしていた。これからはあいつらに感謝しながら魔法を使って……そして凄い魔法使いになって見せる」
力強く宣言するジャック。
その表情は晴れやかだ。
きっとジャックと精霊達ならもっともっと成長出来る。僕はそう確信するのだった
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