第2話 大穴と屑石

 その日の放課後。

 僕はクリス、ジャック、ヴォルガの三人とともに大穴が出現した場所に行った。


 大穴は時計塔の近くにぽっかりと空いていた。

 穴が空いた時、大きな爆発音が鳴ったと聞いたから、もしかしたらサリアさんはびっくりしたんじゃないかな。一応寮生のはずだけど、滅多に帰らないって言ってたからね。


「うわ。分かってたけどすごい人だね」


 大穴に近づくと、凄い人だかりが現れる。

 生徒に先生、中には外部から入ってきた学園に関係ない人っぽい人もいる。警備の目をすり抜けて入ってきたのかな。


「ちょっと失礼します」


 人だかりの隙間に体を滑り込ませ、中に入っていく。

 ぎゅうぎゅうに押されながらも進んでいき、ようやく僕はそれを目にすることが出来た。


「これが、大穴……!」


 壁にぽっかりと空いた大きな穴。

 穴の奥は真っ暗で、全く先が見えない。


「いったい中には何があるんだろう?」

「もう協会の人が何人か入ったらしいけど、特に何も見つけられなかったって話だぞ」


僕の疑問にすかさずジャックが答えてくれる。

もう情報を入手してるなんてさすがだね。


「人工物みたいな物もあるから遺跡なのかな? 自然にできた洞窟にしては穴の形も綺麗だし」


 穴の入り口には柱のような物が転がっていて、その表面には文字のようなものが刻まれている。人の手が入った穴なのは間違いないみたいだね。


「ここから分かるのはそれくらいかなあ」


 何か見逃したものはないかなと辺りを見渡す。

 すると隣に立っている人が物凄い勢いで穴を見ながらメモを取っていることに気がついた。


「あの文字は旧王国文字……ということは五百年近く昔のものに……」


 ぶつぶつと呟きながら高速でメモを取り続ける。

 見た目は僕より年上の生徒、つまり先輩に見える。その人の大穴を見る目は他の生徒達とは違ってかなり熱が入っている。

 僕はその人に興味が湧いて、思わず話しかけてしまう。


「あの、ちょっといいですか?」

「んほうっ!? い、いったいなんだね!?」


 ちょんちょんと触りながら話しかけると、その人は飛び上がって驚く。

 びっくりさせちゃったみたいだ。


「僕は一年のカルスと言います。突然話しかけてしまい申し訳ございません」

「あ、ああ。こちらこそ大きな声を出してすまない。私は三年Bクラスに所属しているゴードンだ。よろしく」


 ゴードンさんはそういって頭を下げる。

 まだ出会って間もないけど、優しそうな先輩だ。


「えっと、それで私に何の用だい?」

「ゴードンさんが書かれてるそれが気になって……よければ見せてもらってもいいですか?」

「へ? まあ構わないが……」


 ゴードンさんは快く書いていた者を僕に見せてくれた。


 そこには大穴を観察して分かったことがイラスト付きで詳細に書かれていた。

 穴の寸法や形状はもちろん、転がっている柱のこと、そこに書かれている文字や紋様の分析、仮説など様々だ。

 これを見ただけでゴードンさんが優れた能力の持ち主だということがよく分かる。


「凄いですね! この距離から見ただけでこんなに書けるなんて!」

「あはは……どうも」


 素直に称賛すると、ゴードンさんは一瞬嬉しそうな表情をした後、その顔を曇らせてしまう。


「私は凄くなどない。天才だらけのこの学園では私など屑石くずいし、凡人だ。どんなに頑張ってもBクラスより上には上がれない」

「ゴードンさん……」


 魔法学園は完全な実力主義だ。

 貴族には上流クラスという逃げ道が用意されているけど、そこ以外では不正の入る余地がない。

 どれだけ真面目でも、どれだけ理想が高くても、どれだけ善い人でも、そこに能力が伴ってなければ上に上がることは出来ない。


 僕は光魔法があるおかげで入れているけど、それがなかったらAクラスには入れなかっただろうね。


「このノートを見る限り、ゴードンさんは勉強が出来るように見受けられますが……」

「勉学の力でAクラスに上がるには、優れた発見をする必要がある。私は教科書を覚えるのは得意だけど、そういった発想力にも恵まれなくてね」


 自嘲するようにゴードンさんは言う。

 真面目なだけでは評価されない。なんとなく理解ってはいたけど寂しい話だ。


「おっとつまらない話をしてすまないね。観察も一段落付いたことだしお暇させてもらうよ」

「あ、はい。貴重なものを見せていただきありがとうございます」


ゴードンさんにメモを返す。

それをポケットにしまったゴードンさんは、最後に僕にへにゃっとした笑みを向ける。


「褒めてもらえたのは嬉しかったよ。ありがとう」


 そう言ってゴードンさんは人混みの中に消えていった。

 その背中を見ていると……突然背中をバシッ! と叩かれる。


「いだっ」


 誰だろうと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。

 気のせい……じゃないと思うんだけど。


「どこみてるんだい。下だよ下」

「下……?」


 言葉のまま下を向いてみると、そこには少し不機嫌そうな小さい先輩がいた。


「サリアさん。どうしたんですか? 外にいるなんて珍しいですね」

「あまりやって来ない失礼な後輩くんのためにわざわざ・・・・出てきてあげたのさ。感謝してほしいよ全く」


 時折人にぶつかり「おっとっと」とよろめきながらサリアさんは言う。

 思えば最近あまり顔を出せていなかった。寂しい思いをさせちゃったかな?


「まあ……それはいい。おかげで開発も捗ったからね」

「開発って、前にお手伝いしたあれのですか?」

「ああそうだよ。ついに完成したのさ」


 得意げに笑うサリアさん。

 何を作っていたかは知らないけど怪しげな装置で数値を計測したりするのを手伝った記憶がある。それが完成したならぜひ見てみたい。


「さあついてくるがいい。見せてあげようじゃないか私の灰色の頭脳を結集して作った最高傑作をね!」


 サリアさんは高笑いしながら時計塔に向って歩き出し……こけた。

 身長に合わない大きな白衣を着ているからよく裾を踏んじゃうんだよね。


「こら! 見てないで起こしたまえ後輩くん!」

「あ、はい!」


 小さな先輩の機嫌を損ねないよう、僕は早足で駆け寄るのだった。

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