第14話 戻る日常

「……にしても本当に平和になったよな」


 ある日いつものように友達たちと外で昼食をとっていると、突然ジャックがそんなことを言い出した。


「どうしたの急に」

「いやだってよ、先週まで色々あったから急に平和になってなんかムズムズするんだよ」


 確かにジャックの言う通り最近は大変なことが立て続けに起きた。

 時計塔でサリアさんと会ったのを皮切りに、セシリアさんとの出会い、派閥騒動、そしてヴォルガとの決闘ととても忙しい毎日だった。


 ジャックは派閥騒動からしか関わってないけど、それでも気苦労をかけてしまったみたいだ。


 巻き込んじゃってごめん、そう言おうとした瞬間、この場にいるもう一人の友人が口を挟んでくる。


「あの程度で疲れるとは軟弱だな。貴様本当にAクラスの生徒か?」


 煽るようにそう言ったのはヴォルガだった。

 現在僕たちは三人でご飯を食べているけど、ジャックとヴォルガの仲はそれほど良くない。二人には仲良くしてほしいけど、相性はそれほどよくないみたいだ。


 ちなみにクリスは今日他の友だちとご飯を食べている。

 人見知りなところのある僕と違ってクリスはガンガン他の人と距離を詰めることができる。羨ましい限りだ。

 でもそのくせ僕が他の人と仲良くしようとしてると横入りして来るときがある、なんでだろう?


 そんな事を考えてる間に二人の口論はヒートアップしてしまう。


「なんだ? やけに突っかかってくるじゃねえか」

「ふん。近くで泣き言を言われては飯が不味くなるのでな」


 バチバチと視線をぶつけ合う二人。

 あわわわ……


「ていうかなんでお前がAクラスに来てるんだよ! 上流クラスだったろうがお前は!」


 そう、なんとヴォルガは上流クラス所属だったのに、僕たちのAクラスに入ってきたんだ。

 なんでもAクラスに入る能力を持っていると判定された人は、入学して一ヶ月以内であれば他のクラスに入っていてもAクラスに途中から入ってよいという規則があるらしい。

 基本的には一度決まったクラスは次の学期が始まるまで変えられないけど、Aクラスの実力を持ってる人には特例措置があるんだね。生徒手帳のすみっこに書かれているようなことなので僕も知らなかった。


「元々学園に来たのは父上に言われて『嫌々』だった。だから上流クラスで適当に時間を潰す予定だったが……カルスのような面白い奴がいるなら話は別だ。本気で取り組んでみるのも楽しそうだと思ったんだ」


ヴォルガは楽しそうにそう語る。

 まさか僕がそんな影響を与えてしまうことになるなんて思わなかった。


 驚いたけど……嬉しい。

 学園生活がもっと楽しく賑やかになりそうだ。


 そんな事を考えていていると、不意に後ろから声をかけられる。


「やっ、元気してる?」

「へ?」


 声のする方向に振り返ってみると、そこにはラティナさんがいた。

 そういえば派閥騒動が終わってから一度も会ってなかった。一回くらい挨拶に行ったほうがよかったかな?


 僕は立ち上がりラティナさんの前に行って頭を下げる。


「こんにちはラティナさん。ご挨拶に行けず申し訳ありません。ラティナさんがすぐに派閥を解いてくださり助かりました」

「助かったのはこっちだよカルスくん。君が動いてくれたおかげでやっと面倒くさいあれが終わったからね。感謝してるよん」


 そう言ってラティナさんは心底楽しそうに笑う。

 面倒事が嫌いそうなタイプだから本当に派閥争いが嫌だったんだろうね。ありがたく感謝を受け取っておこう。


「えっと……誰だっけ。あの青い髪のうるさい子」

「マルスさんのことですね……本当に興味がなかったんですね……」


 名前すら覚えてないとは自由人過ぎる。

 僕の名前は忘れてなくて良かった。


「それ。そのマルなんとかくん。なんだか学園やめちゃったみたいだね。ほんのちょびっと可哀想だけど、これでもう面倒くさいことにはならなそうだね」

「そうですね。少し罪悪感はありますが……」


 騒動が落ち着いてすぐ、マルスさんは学園をやめてしまった。

 理由は周りには言ってないみたいで分からなかったけど、どうやら王都からもいなくなってしまったらしい。

 正直仕返しの一回くらいしてきそうだったから意外だ。

 学園から追い出すような形になっちゃったのは悪いけど、正直ホッとしている。これで学園生活に集中できる。


「ま、とにかく君には感謝してるよ! なにか困ったことがあったら私を頼りたまえ!」


 そう言ってラティナさんは僕の手を一回両手でぎゅっと握る。そして少しかがんで僕の目をジッと覗き込んだかと思うと、ウィンクして去っていった。

なんというか……かっこいい人だ。男女問わず人気があるのも分かる。


「おいカルス、なに呆けてるんだよ。お前の鬼嫁に言うぞ」

「やめてよジャック。僕とクリスはそういうんじゃないよ」


 友人のいつものからかいをスルーして席に戻る。

 確かにラティナさんの行動には少しドキドキしたけど、恋をしたみたいなのはない。ジャックはモテたい欲求が強いからなのかすぐ色恋沙汰に持っていこうとする。


「確かにカルスはいい顔をしてるとは思うが、ラティナ先輩はやめておいた方がいいと思うぜ。あの人はすごい人気だし……なにより悪女な感じがビンビンする。いいようにもて遊ばれてお終いだ」

「だからそういうんじゃないって」


 そう言うけどジャックの話は止まらない。どれだけ話したいんだ……


「それに最近先輩が街で若い男と楽しそうに歩いてるって話も聞く。その一緒だった男もたいそう顔が良かったみたいだ。おそらく貴族だろうな、俺たちみたいな平民にゃ手の届かない高嶺の花だよ」

「……やけに詳しいね。お近づきになりたいのはジャックの方なんじゃないの?」


 なんとなしにそう尋ねると、ジャックのよく回っていた舌がピタリと止まる。

 一体どうしたんだろうと思っていると、急にジャックはドバっと涙を流す。


「そうだったら悪いのかよ! 俺だって先輩にもて遊ばれてえよ!」


 そう言っておんおんと泣き出すジャック。

あーあー、顔がぐちゃっぐちゃだ。


「ほらジャック、このハンカチで涙拭きなよ」

「うう、すまねえ……」

「ちょ、鼻かんでいいとは言ってないよ!?」

「本当に騒がしい奴らだ。これは退屈しそうにないな」


 僕たちの日常は騒がしく楽しく過ぎていく。

 本当はもっと呪いのこととかを考えなければいけないのかもしれない。でも少しだけこの幸せな時間の中でつらいことを忘れててもいいよね。

 そう自分に言い聞かせるように思うのだった。

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