第13話 黒き獣
――――夜の王都。
とある貴族の邸宅内の一室で、苛立たしげに大きな声を出すものがいた。
「クソッ! 後少し……後少しだったのにあいつめッ!」
そう言って椅子を蹴飛ばし物に当たっているのはレッセフェード家の次男、マルスであった。
カルスの作戦により自分の傘下についた者のほとんどを失った彼は、自暴自棄になっていた。そのせいで部屋のあちこちに空いた酒瓶が転がり、小物類は根こそぎ投げられ壊れてしまっている。よほど暴れたようだ。
「このままじゃ俺に上がり目はない……どうすれば……」
マルスは学園で冷たい視線を受けるのを感じていた。
あれだけ強引な勧誘を行ったにもかかわらず失敗したのだ。かねてから彼を疎ましく思っていた者はもちろん、一時は味方になってくれていた者たちもマルスに冷ややかな目を向けていた。
これでは学園で大きな派閥を作り成功するなど夢のまた夢。
多くの生徒にから疎まれているこの状況では無事卒業できるかすら怪しい。
追い詰められた彼は……踏み越えてはいけない一線を越えてしまった。
「あいつが悪いんだ……あいつさえ現れなければ…っ!」
マルスの脳裏に浮かぶは白髪の少年の顔。
あいつが現れるまでは上手くいってたのにと恨みの言葉をぶつぶつと呟く。
「そうだ……あいつがいなくなればいいんだ……」
カルスが消えたとしても状況が戻るわけではない、むしろ悪化する可能性のほうが高い。
しかしそんな当たり前のことすらマルスは分からなくなっていた。
「ならず者じゃあ分が悪いか……あいつはあの獣くずれに勝てる腕がある。少し値は張るが
胸のうちに宿る狂気は膨らみ、加速する。
カルス暗殺計画を真剣になり始めるマルス。すると……突然部屋の明かりが消え、部屋が真っ暗になる。
「な、なんだ!?」
マルスは慌てながら部屋につけられた魔石灯に光を灯す。
すると部屋の中に先程まではいなかった黒ずくめの人物がいた。
「だ、誰だお前はっ!?」
驚き腰を抜かすマルス。
突然現れた黒ずくめの人物は、顔を兜のようなもので完全に覆っているためその表情は分からない。しかしその瞳がある箇所はマルスをしっかりと捉えていた。
体のラインがよく分かるぴっちりとした服を着ているため、その人物が女性であることは分かった。無駄のないすらりとした肉体は、野生動物のような美しさを持っている。
そして頭頂部から耳が、お尻から長い尻尾が出ているため『獣人』であることも見て取れた。
「……『いなくなればいい』だの『
ゆっくりと歩きながらその人物は話す。兜のせいで声はくぐもっているが、声は女性のものだった。
「せっかく光の当たれる場所で生きられるというのに理解に苦しみます。それほどまでに権力が欲しいのですか?」
「だ、黙れ! ここはレッセフェード家の邸宅だぞ! コソ泥が入っていいような場所ではない!」
そう言ってマルスは杖を取り出しその先端を女性に向けようとする。
しかしその瞬間女性の脚が素早く動き彼の腹部を蹴り飛ばす。
「が……っ!?」
吹き飛んだマルスは背中を壁に強く打ち付け、その場に崩れる。
あまりの衝撃に肺が縮み呼吸がしばらく出来なくなってしまう。それでもマルスは必死に女性を見上げ、睨み続ける。
「な、んだ貴様……なに、が、目的だ……」
「私は『K』。王国に仇なす者を滅ぼす者です」
Kと名乗った女性は言葉を続ける。
「学園でくだらぬ権力ごっこをするだけに留めておけばこんな事にはならなかったのですが、貴方は手を出してはいけない方に目をつけてしまいました」
そう言って彼女はマルスの右手を踏み潰す。
ごり、という音とともに彼の右手は砕ける。あまりの痛みにマルスは声にならない声を上げ悶絶する。
「き、さま……こんな事してただで済むと……」
「この一件は貴方のお父上には話しております。息子さんに国家反逆の疑いがかかっていると言ったら喜んで貴方の身を差し出してくれましたよ」
「そん、な……」
マルスの顔が絶望に染まる。
時間を稼げば騒ぎを聞きつけ誰かが助けに来てくれると思っていたがその淡い希望すらも打ち砕かれてしまった。
しかしまだマルスは諦めていなかった。痛む体を動かし女性を観察する。そして彼はあることに気がつく。
「その黒い装束……まさか『暗部』か!? 国王が変わった際に解体されたはずじゃあ……」
「その名を知っているとはよほど悪い友達がいるみたいですね。全て吐いてもらってから処理するとしましょう」
『暗部』とは王国を裏から守る暗殺集団の名称だ。
諜報、暗殺など公には出来ない汚れた行為を行う凄腕の集団であり、前王が在位していた時は活発に活動していた。
ガリウスが王位を継いでからは解体されたと言われていたが……彼らは完全には消えていなかった。
「私たちは以前よりも深く、濃く闇に溶け込みました。その存在を誰からも知られぬように。そして貴方のような王国に仇をなす存在を秘密裏に処理しているのです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それは分かるがなんで私を処理することになるんだ! ただの平民を手に掛けようとしただけじゃないか!」
間違った疑いをかけられているのかと思ったマルスはなんとか立ち上がり弁明するが、彼女から殺気は消えない。それどころか先程までよりも強くなったとすら感じる。
ここで初めてマルスは自分が犯した罪に気づく。
「まさか、あいつが……?」
「それは知らなくてよいことです」
目にも留まらぬ速さの手刀がマルスの首に命中し、彼は一瞬のうちに意識を失う。
倒れる彼を受け止めた女性は、彼を肩に担ぐと窓から外に飛び出る。
人ひとり抱えているとは思えない軽やかさで屋根の上を移動する彼女は、夜の王都を見ながら呟く。
「……やっぱりこんな仕事はシズクっちにはやらせられないにゃあ」
暗部から離れ、幸せに暮らしていた友人の顔を思い浮かべる。
羨ましいという気持ちは正直ある。
しかし彼女……ミケにとって友人の幸せは自分の幸せよりも大事なものであった。
「さて、お仕事に戻りにゃすか」
王都の、そして何より友人の笑顔を守るため、黒き獣は再び夜闇に消え去るのだった。
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