第12話 終息

 部屋に入ってきたヴォルガさんは、僕の前まで歩いてくる。

 そして僕と目を合わせるとニッと笑う。


「ボロボロだな……お互いに」

「ふふ、そうですね」


 表面的な傷こそ魔法で塞いでもらったけど、体の節々の痛みは残っていてお互い動きがぎこちない。揃ってそんな動きをするものだから僕たちは噴き出し笑ってしまう。


「いい勝負だった。いい一撃をもらったせいか最後の方は記憶が曖昧だが、負けたことは覚えている。見事だ」

「ヴォルガさんも凄かったです。僕は運が良かっただけですよ」

「そんなことはない。今の俺ではお前に勝てるビジョンが浮かばないからな。また一から鍛え直しだ」


 凄い戦士であるヴォルガさんにそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。僕の五年間はちゃんと実を結んでいたんだ。


「そうだ。派閥の話だが……約束した通り引き受けよう。俺の名でよければ好きなだけ使ってくれ」

「あ。そういえばそんな話でしたね」

「おい。お前が忘れるのかよ」


 びしっ、とヴォルガさんが突っ込んでくる。

 そのやり取りはまるで普通の友達どうしみたいで……僕たちはまたおかしくて笑ってしまう。


「くくく。なあ、もういいよなカルス。俺はお前が気に入った、友人になってくれ」

「うんもちろん。こっちこそよろしくねヴォルガ」


 そう言って僕はヴォルガの大きくて硬い手と握手をする。

 新しく出来た頼もしい友人。彼にはこの先も長いことお世話になるのだった。


◇ ◇ ◇


ヴォルガが味方に加わったことで、派閥騒動は面白いほどあっさり終息した。

 もともとこの派閥騒動は生徒のほとんどが嫌々巻き込まれていたものだ。セシリアさんにサリアさん、そしてヴォルガといった力を持った生徒が手を組み反対すれば他の生徒達もそれにすぐ乗っかってくれる。

 派閥作りに躍起になっていたマルスさんから一瞬で人は離れ、もともと興味のなかったラティナさんは自ら派閥を解いてくれた。


 それでもマルスさんはしばらく去った人を集めようとしてたみたいだけど……


「お、おい! お前よくも……!」


 ヴォルガとの決闘から一週間ほど立ったある日、昼食を取ろうと校舎の外を歩いているとマルスさんに絡まれた。

 彼の周りには二人の生徒が付き従っている。どうやら少しだけ残ってくれたみたいだ。


「こんにちはマルスさん。どうかされましたか?」

「どうしたもこうしたもない! お前のせいで私の計画はめちゃくちゃだ!」


 マルスさんは怒りに満ちた目でこちらを見てくる。

 むう、まさかここまで怒るなんて。一番平和的に解決できる道を選んだはずだけど、どうやらマルスさんからしたら屈辱的な方法だったみたいだ。


 こんな人の目があるところで怒鳴り散らしてくるなんて冷静じゃない証拠だ。どうしよう……


「お前さえ、お前さえいなければ……っ!」


 そうぶつぶつ言いながらマルスさんが近づいてくる。


 やばい。そう直感し身構える。すると僕の後ろにいた友達・・がずいと出てきてマルスさんの行く手を塞ぐ。


「なんだ? 話なら俺が聞くぞ」

「お前は……!」


 マルスさんの前に立ちふさがったのはヴォルガだ。

 彼に睨まれたマルスさんは立ち止まり悔しげに顔を歪める。


「なぜお前が邪魔をする!」

「友人の危機を救うは人として当然のことだ。それにいきなりボスに挑むものじゃない。負けた俺が前座を務めようじゃないか」

「ボスて」


 最後の言葉は僕の突っ込みだ。

 ヴォルガはよく僕のことを持ち上げてくれるのでなんだかむず痒くなる。


「どうだ? やるのか、やらないのか。俺は三人がかりでも構わないのだぞ」

「ぐ、う……っ」


 マルスさんはしばらくヴォルガと睨み合ったけど、やがて踵を返して去っていく。

正直賢明な判断だ。感じる魔力量からしてもあの人じゃヴォルガに敵わないと思う。


「ふん。情けない奴だ」

「あんまりそういうこと言ったら可哀想だよ」

「カルスは甘いな。ああいうやつは一度心を折っておいた方が世のためだ」


 呆れたようにヴォルガは言う。

 確かに放っておいたら危ないことをする人かもしれない。でも、


「僕が悪戯に人を傷つけてしまったら、悲しんじゃう人がいる。だからこれでいいんだ」

「……そうかい。俺からしたら甘い話だが、手を汚すような人間は少ないほうがいい。明るい道を進めるのならそれに越したことはない」


 自分でも甘い考えだと思ってたけど、ヴォルガは理解を示してくれた。

 そう言ってくれると正直救われるや。


「ヴォルガって意外と優しいよね」

「ば、馬鹿なこと言ってないでとっとと飯食うぞ!」


 そう言って早足で歩き出すヴォルガの後ろを僕は追うのだった。

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