第10話 上位魔法

「カルスさま!!」


 呪いのベールが解け、カルスの姿を見つけたセシリアは叫ぶ。

 カルスは遠くから見てもわかるほど疲弊した様子だ。急いで回復しなければとセシリアは駆け寄ろうとするが……


「待ちなさい」


 隣にいたクリスが、手首をつかみそれを止めた。

 まさか止められると思っていなかったセシリアは、普段の彼女からは想像できない大きな声でクリスに尋ねる。


「なんで止めるのですか!? 早く行かないと……」

「私だって行きたいわ。でも」


 クリスはカルスを見る。

 ふらふらだが立ち上がり、ヴォルガと向かい合っている。


「あいつはまだやる気よ。それを邪魔することはできない」

「ですが……」


 反論しようとするセシリア。

 だが彼女はクリスの手が震えていることに気づき、口をつぐむ。本当は誰より早く駆けよりたい、でも彼女はカルスの意思を尊重し気持ちを押し殺していた。


「……分かりました」


 クリスの意思を汲み、セシリアは止まる。

 二人の少女は無事を祈りながら、静かにその決着を見守る。



「……いくぞ」


 濃密な雷の魔力をまとったヴォルガは、髪の毛を逆立たせながら構える。

 感じる魔力の質が、今までの魔法とは明らかに違う。しかしカルスは逃げずに真正面からそれを受け止める。


「セレナ、悪いけどもう少しだけ力を貸して」

「……まったく、あんなことがあったのに続けるなんて。本当にキミは無茶な子なんだから」


 呆れたように呟くセレナ。

 これ以上体を痛めるような真似はして欲しくないが……カルスが意外と頑固な性格であることを彼女は五年間ともに過ごしてよく知っていた。


「いいわ、思いっきりぶちかましなさい。だけどこれが終わったらお説教だからね!」

「うん! じゃあ……いくよ!」


 ヴォルガに対抗するようにカルスは魔力を溜め始める。

 全身を光の粒子が包み込み、尋常ならざる魔力が辺りに充満する。


「おいおい……なんて魔力だよ」


 その化け物じみた魔力量にヴォルガは乾いた笑みをもらす。

 カルスがとてつもない魔力を秘めていることは察しがついていた。しかしそれでも今感じる魔力は想定外であった。


「上等だ、お前みたいな強者にこそこの技は相応しい!」


 残存する魔力全てを凝縮。

 そして深く集中し……詠唱を開始する。


「――――気高き祖狼のいかづちよ。天を裂き、仇なす数多を滅し給え」


 詠唱、それは『上位魔法』を使用する時に行われる儀式。

 決められた文言を口にすることで精霊と心を共鳴させ、上位魔法を発動するのだ。

 

「穿て。雷迅狼の噛咬ヴォルフ・リリ・バウガ!」


 雷で出来た巨大な雷狼が出現し、カルスめがけ襲いかかる。

 今まで使われた魔法とは明らかに一線を画す強力な魔法。観戦する生徒たちも驚き呆然とする。


 そもそも上位魔法は大人の魔法使いでも使える者は少ない超高難度魔法。生徒は使える者はおろか見たことがある者すら少ない。驚くのは当然だ。しかし、


「……凄い魔法だ」


 それと正面から相対するカルスは少しも怯んでいなかった。

 彼はセレナと無言で頷き合うと、ヴォルガと同じ様にそれの準備を始める。


「「――――廻れ光の奔流よ」」


 カルスとセレナ。二人の詠唱が重なり辺りに光の粒子が満ち始める。


「「魔を滅し、光溢れる世界を齎し給え」」


 お互いの姿が見え、気心を知る関係だからこそ可能な完全共鳴。そこから放たれる魔法は……強い。


「「渦巻く光の奔流トルネ・ライ・リーバ!!」」


 カルスの手から放たれたのは、巨大な光の竜巻。

 それはヴォルガの生み出した雷狼の口に激突し、大きな音を出しながら押し返す。


「が、アアアアッ!」


 ヴォルガは咆哮しながら魔力を必死に込める。

 魔力の過剰消費により、全身が悲鳴をあげるが気にしない。今勝てれば後はどうでもいい。彼はそう思っていた。


『RUAAAAAAAA!!』


 雷狼も雄叫びを上げ、光の奔流を噛み砕こうとする。

 しかし一切勢いを落とすことのない光の奔流はジリジリと雷狼を後退させた。


「……確かに貴方は強い。でも魔力の多さなら負けない!」


 何度も苦しみ、死にかけ続けたことで得た魔力ギフト。カルスはそれに絶対の自信を持っていた。

 たとえ相手が天才的な武術の才を持っていようと、恵まれた体格を持っていようと関係ない。


 カルスは魔力を振り絞り光の奔流を更に大きくさせる。


「が、あ……っ!?」


 光の奔流は遂に雷狼の顎に収まりきらぬ大きさとなり……破壊した。

 遮るものがなくなった光の奔流はヴォルガめがけ突き進んでいく。


「全く……たいした奴だ」


 そう言い残し、ヴォルガは光に飲み込まれ……意識を失った。

 あまりの出来事に静まり返る試合場。そんな静寂の中、ヴォルガの写身人形がパリンと音を立てて崩れる。


 それに気づいた審判は急いで決闘の終了を宣言する。


「け、決着っ! 勝者カルス!」


 その宣言とともに観客たちはわっと歓声を上げ、カルスは疲れたようにその場に座り込む。


「ふう……流石に疲れた」


 すると今まで観戦していたクリスとセシリアが彼の腕にしがみつく。その勢いに驚きカルスは「わわ!?」と声を出す。


「全く……心配かけさせて……。でもおめでとう、よくやったわね!」

「本当に心配したのですから。治療しますので早く怪我を見せてください!」

「ちょ、一人づつお願いします!」


 二人にもみくちゃにされ、カルスは悲鳴を上げながらも嬉しそうに笑う。


 カルスのもとに彼の勝利をたたえ他の者も集まってくる。

 しかし……中には気味の悪そうな目でカルスを見るものもいる。彼の体から漏れ出た呪い、それを見たのだからその反応も当然と言える。


 あれは流石にまずかった。どうしようと悩むカルス。


 すると上空から一人の人物が試合上の中心に落ちてくる。

 紫色のローブととんがり帽子を身にまとった女性。その手には高級そうな魔法杖が握られている。


「やれやれ……世話の焼ける」


 その人物は困ったようにそう言うと……杖から激しい閃光を発生させ、その場にいた者の意識を真っ白な光で塗りつぶした――――

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