第7話 雷の噛咬

 激しく衝突を繰り返す二人。

 その度に試合場には閃光が迸り、観戦する者たちは眩しそうに目を細める。


 しかしもっとも眩しいであろうカルスとヴォルガは目を見開き、相手のことをしっかりと視界の真ん中に収めていた。

 僅かでも相手の動きを見逃せば敗北に直結することを二人とも分かっていたのだ。


雷の槍リ・サクス!!」


 ヴォルガは右手に雷の槍を生み出し、カルスに叩きつける。

 しかしカルスの生み出した防御魔法『光の護盾ラ・シール』は硬く、中々突破できずにいた。


 だが試合の流れを見ている観客たちはヴォルガが押しているように見えていた。

 事実カルスは受けに周りあまり攻撃していない。このままではいつかヴォルガが押し切ってしまいそうだ。


 だが当のヴォルガは顔にこそ出さないが焦りを覚えていた。


(こいつ……魔力が全然衰えない。このままじゃこちらが先に魔力切れを起こすぞ……!)


 お互い同じくらいの魔力を消費しているはずなのに、カルスの体から発せられている魔力には一切の揺らぎも見られなかった。それは即ち魔力の底がまだまだ見えていないことを意味する。

人並み外れた魔力量を持つカルスに、ヴォルガは戦慄していた。


(長引くだけ不利。であるならば一気に勝負を決める……!)


 そう決めたヴォルガは両腕に魔力を込める。

 それは学園では使わないと決めていた魔法。しかしカルスはそれを使うに相応しい相手だと悟った。


「お前の強さに敬意を表し……本気で狩らせてもらう」


 両腕を前に突き出し、爪を立てるように指を曲げ、両手を合わせる。さながら牙を剥いた獣の顎のような形、一体何をする気なんだとカルスは警戒する。


「行くぞ……雷の噛咬リ・バウ!!」


 そう叫んだ瞬間、彼の両手がバチバチバチ! と激しい音を立てながら雷を纏う。

 彼の右腕に宿った雷は上顎、左腕に宿った雷は下顎のような形になる。


「これが我が一族に伝わる魔法『雷の噛咬リ・バウ』。今の俺の両腕は巨大な雷狼のあぎとだと思え」

「……すごい魔法ですね。こっちまでビリビリします」


 超高密度の雷は周囲にも影響を及ぼした。

 その中心にいるヴォルガもその影響を大きく受け、髪の毛が獣のように逆立つ。


「カルス、俺はお前が気に入った。だから……死んでくれるなよ」


 そう言ってヴォルガは大地を蹴りカルスに急接近する。

 獣人の持つ強力な体のバネを生かした走り。人間ではとてもその走りから逃げることは出来ない。

 それを理解しているカルスはその攻撃を正面から受け止める。


光の護盾ラ・シール!」


 今まで何度もカルスを守ってくれた盾が出現する。

 光属性の持つ『元に戻る力』を最大限活かしたこの魔法は強固であり、竜の吐息ブレスすら防ぐ力を持つ。しかし、


「――――あまいっ!」


 強烈な雷の牙は、その盾を食い破って見せた。

 音を立てて砕ける光の盾、それを目の当たりにしたカルスの顔に焦りの色が浮かぶ。


「終わりだ」


 光の護盾ラ・シールを壊した破壊の牙が、カルスの肉体に襲いかかる。

 バチン! という音とともにカルスの体は吹き飛び宙を舞う。その瞬間辺りに漂うは焦げるような嫌な臭い。

 高密度に圧縮された雷は、触れただけで人の体を容易く焼いてしまう。


「カルス!!」


 友人たちが呼びかけるが、カルスは動かない。

 あまりに衝撃的な光景に観客たちは騒ぐのをやめ、ジッと二人のことを見つめる。


「審判、終了してくれ」


 ヴォルガは審判を務めるゴドベル先生の方を向き、そう言う。

 誰が見ても試合の続行は不可能、しかしゴドベルはそれを口にしなかった。


「……試合は終了しない」

「あ?」


 何言ってんだ、というような表情をするヴォルガ。

 そんな彼にゴドベルはカルスの『写身人形』を見せる。


 その人形はカルスの負ったダメージを反映し壊れるようになっている。しかし……なぜかその人形にはヒビ一つ入っていなかった。


「どういう……ことだ?」


 ヴォルガが疑問に思った瞬間、試合を観戦していた者たちがざわめく。

 嫌な予感を感じたヴォルガが振り返ると……そこには元気そうに二本の足で立つカルスの姿があった。

 目立った傷もなく、表情も明るい。ダメージなどまるでないように見える。


「馬鹿な!? 俺の『雷の噛咬リ・バウ』を食らって立てるはずがない! 一体何をした!?」

「僕の使う魔法は『光魔法』です。当然あの魔法を使うことも出来ます」

「……回復魔法、か……!!」


 カルスは攻撃を食らう瞬間、回復魔法『光の治癒ラ・ヒール』を発動していた。

 そのおかげで負ったダメージを即座に回復、無事ダメージを反映する『写身人形』を壊すことなく耐えきったのだ。


「光の回復魔法、噂には聞いていたがここまでとはな。ゾンビとでも戦っている気分だ……! だがいくら回復出来ても痛みは感じるはず。いつまで耐えきれるだろうな……!」

「特殊な事情で痛みには慣れてます。あれぐらいでしたらいくらでも耐えてみせます」

「抜かせっ!」


 ヴォルガは再び『雷の噛咬リ・バウ』を発動し、両腕に雷を纏わせる。その雷は先程のものよりも激しい。


「本気みたいですね。では僕も……!」


 右の手の平を上に向け、カルスは魔法を発動する。


光の砲弾ラ・シエル


 ポウッ、と拳より少し大きな光の玉が手の平から現れる。

 その玉はカルスの眼前にふよふよと浮く。


「何をするかと思えば……そんな魔法で俺に……」


 勝つつもりか。そう言おうとしたヴォルガの言葉が止まる。

 それもそのはず、なんと光の玉は一個だけではなく、二個三個と続々と出現したのだ。


「おいおい、どんだけ出てくるんだよ……!?」


 その後も現れ続ける光の玉を見てジャックは思わず呟く。魔法の同時使用は高等技術、三つ程度であればジャックも可能だが、それ以上はいくら練習しても不可能だった。


 光の玉はあっという間にカルスの周りを覆い尽くしてしまう。

その数はなんと五十。一人の人間が扱うにしては破格の数だ。


「よし。これくらいでいいかな」


 そう満足そうに頷いたカルスは、ヴォルガに視線を向ける。


「お待たせしました。それじゃあやりましょうか」

「上等だ……!」


 ヴォルガは強気に笑うと、光玉の群れに向かい駆け出すのだった。

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