第2話 巻き込まれる者たち

 ラティナさんとの会話を終え、僕は自分の教室に入る。

 するとやけにクラスメイトたちがざわついていた。


「……なにかあったのかな」


 不安になりながら自分の席につく。

 するとすぐに友人のジャックが話しかけてくる。


「おいカルス、お前は大丈夫だったのか?」

「へ? なにが?」


 やけに心配そうな様子で尋ねてくるジャックに僕は首を傾げる。

 するとジャックは「その様子なら大丈夫みたいだな」とホッとする。どうしたんだろう?


「なにが良くないことでもあったのかな?」

「実は昨日の放課後から今日にかけて、強引な勧誘が多く起きているらしいんだ。断るとどうなってもしらないぞ、ってな」

「……それって何の勧誘?」


 思い当たる節はあるけど一応尋ねる。すると、


「なんでも上流クラスのマルスって奴が、自分の派閥を作るために生徒を自分の下に集めようとしているらしい。貴族ってのは馬鹿なことを考えるよな」

「そ……っか」


 やっぱりか、と思う。

 しかも僕の時はあっさり引いてくれたけど、強引な勧誘もしているみたいだ。そうなって来ると流石に無視できなくなってくるね。


「狙われてんのは主にAクラスとBクラスの有望な生徒みたいだ。だからカルスも狙われると思ったんだけどな」

「あ、一応僕も声はかけられたよ。すぐに引いてくれたけど」

「……そっか」


 なぜか声のトーンが落ち、しょんぼりするジャック。

 どうしたんだろう?


「俺には勧誘、来なかったのに……」

「ああ、なるほど……」


 入るつもりはないけど、誘われないのは寂しいみたいだ。

 男の子の心も複雑だ。


「カルスも誘われてたんだ。本当にあいつら節操ないのね」


 そう話しかけきたのはクリスだった。

 どうやら僕たちの話を途中から聞いてたみたいだ。


「ってことはクリスも?」

「ええ。あまりにもしつこいからお尻を蹴っ飛ばして追い返してやったわ」

「それは……頼もしいね」


 相変わらずお転婆な女の子だ。

 でもその強さが心強い。


「でも本当に何か手を打ったほうがいいかも知れないわね。みんな勉強どころじゃなくなってしまうわ。Aクラスは昇級するためにやらなきゃいけないことがあるんだから、貴族のおままごとに付き合ってる暇なんてないはずよ」


 確かにクリスの言う通りだ。

 年に三度ある審査の度に僕たちは『成果』を出さなくちゃいけない。

 まだどんなことをすれば成果だと認めたもらえるかは詳しく知らないけど、それはきっと大変なはず。派閥とやらに巻き込まれてたらその時間が無くなってしまうかもしれない。


 他のクラスメイトたちもそのことを気に病んでいるみたいで、心配そうな顔をしている。

 そもそも貴族の政治争いに巻き込まれる不安もあるんだと思う、僕だって御免だ。


「どうすればいいんだろう……」


 一番手っ取り早いのは父上に相談することだ。そうすれば学園に働きかけてくれるから一時的には勧誘は止まると思う。

 だけどそれは一時的で……きっと時間を空けて、バレにくいようにまた同じようなことをやると思う。それじゃ本末転倒だ。

 それに何よりこんなことで父上の手を煩わせたくない。


「ああ思い出したらまたムカムカしてきたわね……あいつ私の体を舐め回すように見てきて本当に気持ち悪かったわ。もう何発か蹴っ飛ばせばよかった」

「それは災難だったね……」

「いっそのこともう一つの派閥に入ってやろうかしら。あっちは代表が女性らしいし、少しはまともでしょう」


 もう一つの派閥というとラティナさんが代表のやつだね。

 確かにそっちに入るほうが色々と丸い気はする。ただ貴族同士の争いに巻き込まれることには変わりはないか……


 どっちの派閥にも入らず、なおかつ勧誘を受けない方法はないのかな?

 僕は思考を巡らせて……一つの考えに至った。


「僕たちで第三の……新しい派閥を作るのはどうだろう?」


 それを聞いたクリスとジャックは驚いたように目を丸くする。


「おいおい! そんな目立ったことしたらますます目をつけられるだろうが!」

「いいね、面白そうじゃない。誰かに従うよりずっとマシだわ。カルスがやる気なら手を貸してあげる」


 賛成一に反対一。

 まあ確かに突飛な意見だから反対するジャックの気持ちも分かる。


「ジャック、僕は派閥争いに参加するつもりはないよ。ただ第三の選択肢を作りたいと思ったんだ」

「第三の選択肢?」

「うん。このクラスにいるみんなは真面目に勉強したい人がほとんどのはず。そして同じ気持ちの人たちは他のクラスにもたくさんいるはずだ。そういう人たちを集めて、手を結ぶ。つまり『派閥に参加しない派閥』ってわけだね」

「なんじゃそりゃ。矛盾してるじゃねえか」

「そうだね。でももし実現したらマルスって人も迂闊に手を出せないと思わない?」

「んまあ。そりゃ確かにな……」


 今強引な勧誘がまかり通っているのは、それぞれの生徒が独立しちゃっているからだ。

 もしみんなが手を結び、争いを拒否したならそれは無視できない力になる。


「ねえ、その話。私にも詳しく聞かせてくれる?」


 気がつけば他のクラスメイトの人たちが僕の周りに集まっていた。

 どうやらみんな僕の提案に興味を持ってくれたみたいだ。


 今した話をしてみると、たくさんのクラスメイトが賛同してくれた。これは心強いぞ……!


「でもその派閥の頭はどうすんだよ。別にカルスじゃ力不足とは言わねえけどそれ相応に名が知られてる人がいないと付いてきてくれる人は少ないと思うぞ」


 ジャックが心配そうな顔で尋ねてくる。

 確かに言う通りだ。特に上級生は一年生のたわ言だと相手にしてくれない人も多いと思う。


 だけどそれを解決する方法に僕は覚えがあった。


「それは放課後に話そっか。アテがあるんだ」

「げえ、本当にこの話で動きそうじゃん。心臓が痛え……」

「ふふ、面白くなって来たわね。血が疼くわ」


 こうして僕たちの自由を守る小さな戦いは、ゆっくりと始まったのだった。

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