第3話 集結

 その日の放課後。

 僕は派閥争いについての話をするために、クリスとジャックを連れて時計塔を訪れていた。


 二人ともここに来るのは初めてだ。

 どこかおっかなびっくりな感じで僕の後ろをついてくる。


「ほ、本当にこっちから中に入れるのか? 裏手じゃないか」

「まあ見ててよ」


 そう言って時計塔裏手に隠されている隠し扉を開き、中に二人を案内する。

 クリスは「なんだかわくわくして来たわね」と楽しげだけど、ジャックは相変わらずビクビクと周りを警戒している。


「なあカルス、いい加減お前の言ってた『アテ』ってなんなのか教えてくれよ。俺はもうドキドキして心臓がはち切れそうだ」

「まあ二階に上がればそれも分かるから」


 腰が引けてるジャックの背中を押して僕たちは階段を登る。すると、


「来たね後輩くん。待ちわびたよ」

「こんにちはみなさん。今日はお招きいただきありがとうございます」


 二階に上がった僕たちを迎えたのは二人・・の人物。その姿を見てジャックはこの日一番の驚きを見せる。


「な、ななななんで『時計塔の引きこもり』と『聖女様』が一緒にいるんだよ!?」


 さすが情報通のジャックだ。

ひと目で二人のことが分かるなんて凄いね。


「後輩くん、なんだいこのうるさ熱い男は。声を小さくする魔道具でも作って喉につけた方がいいんじゃないかい?」

「ひぃ! ごめんなさい!」


 不機嫌そうなサリアさんの言葉にジャックはものすごい勢いで頭を下げ謝罪する。

 冗談のようなことを本気マジトーンで言うからおっかない。


「えっとそれじゃあ改めて紹介するね。二人はサリアさんとセシリアさん。サリアさんは凄腕の魔法使いで、セシリアさんは聖王国の聖女でありお姫様なんだ。色々あって二人とは仲良くなって、今日は呼んだんだ」

「すげえな……この二人は学園でもトップクラスにお近づきになるのが難しいのにそこピンポイントで仲良くなったのかよ」


 開いた口が塞がらないジャック。たしかに僕もこんな凄い人たちとお近づきになれたのは幸運だと思う。


 そんなことを考えていると、横にいたクリスが近づいてきて僕の横腹を強めに突いてくる。

 地味に痛い。そしてなぜか不機嫌そうな顔をしている。どうしたんだろう?


「あんたずいぶん綺麗な人たちと仲がいいのね」

「へ? ああ……まあ、確かに」


 サリアさんは子どもの見た目だけど、かなり整った顔をしている。きっと元の姿に戻ったら相当な美人さんになるだろう。

 そしてセシリアさんも目を隠しているせいで全貌は分からないけど、それ以外の場所だけでかなり綺麗なことが分かる。


「……あの二人は私より仲がいいの?」

「へ? いや、そんなことはないんじゃないかな。学園で毎日話す女の人はクリスくらいだよ」

「ふぅん、そうなんだ……」


 そう言ってクリスは僕の顔を覗き見る。

 心なしかさっきより機嫌はよくなっているような気がする。


「まあそれなら今日のところは勘弁してあげるっ」

「それは……どうも?」


 よく分からないけど許してもらえた。

 なぜかセシリアさんから強めの視線を感じるのは気の所為にしておこう。話を進めなきゃいけないからね。


 お呼びした先輩二人にクリスとジャックのことを紹介し、ようやく僕は本題に入る。


「お昼休みの内に、先輩たちには話をしたんだ。第三の派閥を作る手伝いをして貰えないかって」

「なるほどな。二人とも学内の有名人、その影響力はかないデカい。仲間になって貰えば他の生徒も無視できないな」


 納得したようにジャックは頷く。


「でもその……先輩方は良いんですか? カルスに手を貸せばマルスって奴に目をつけられることにはなると思いますが」


 ジャックの心配はもっともだ。

 僕もそのことは気にかかった。でも、


「かわいい後輩くんの頼みだ、それくらいお安い御用さ。ま、この貸しは後で存分に支払ってもらうけどね」

「神聖な学び舎で身勝手な振る舞いをする狼藉者を放っておくことは出来ません。私も何か手を打たなければいけないと思っていた所です。喜んでこの力、お貸ししましょう」


 二人とも、僕のお願いを快諾してくれた。

 その頼もしさに胸が熱くなる。


「……なるほど。こうなってくると本当にカルスの言ったことが現実味を帯びてくるな」

「ふふ、まだ疑ってたの?」

「いやそういうわけじゃないけど……」


 ばつの悪そうなジャック。まだ踏ん切りがつかないみたいだ。

 だけどそれも仕方ないか。相手は貴族、今までそんなものと関わりがなかったジャックにとって、それと敵対することには抵抗があるんだと思う。

 しばらく考え込んだジャックは決意したように口を開く。


「ああもう! 分かった、俺も男だ! たいした力にはなれないだろうが乗ってやろうじゃねえか!」


 大声で啖呵を切るジャック。

 まだ声は上ずってるけど、その目には強い決意を感じる。


「ありがとう、心強いよ」

「まあもとからあのいけ好かない貴族の下につく気はなかったからな。カルスについて行く方が百億倍マシってもんだ」


 ジャックはそう言い切ると、ある提案をしてくる。


「……カルス。俺はここにいる人たちだけでも事は成せると思っている。先輩二人はもちろん、お前とクリスも只者じゃあない。でも一人だけ、仲間にしておいた方がいいやつを知ってるんだ」


 真剣な表情のジャック。

 いったいそれって誰のことなんだろう。


「そいつの名前はヴォルガ・ルー・ジャガーパッチ。一年の上流クラスに所属している獣人の生徒だ」


 ジャガーパッチ。その名前に僕は聞き覚えがあった。


「ジャガーパッチって確か有名な軍人を何人も輩出してる一族だよね?」

「ああ、例に漏れずそのヴォルガって奴も超がつくほど『強い』らしい。上流クラスの奴らはボンボンばかりだからみんなビビってるって話だ」


 そう言ってジャックは悪そうな笑みを浮かべ、


「聞く所によるとヴォルガはマルスの誘いを蹴ったらしい。もしこっちの仲間になってくれりゃあ……」

「この勝負、勝ったも同然ってことだね?」


 僕の言葉にジャックは頷く。

 そうと決まれば話は早い。まずは一度そのヴォルガって人に会って来ないと。


「集まって頂いたところ申し訳ありませんが、僕は行ってきます。また明日にでもお話の続きをしましょう」


 先輩二人に頭を下げた僕は、ジャックとクリスと一緒に新たな仲間の勧誘へ行くのだった。

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