第12話 縞々の訪問者

「ふう、なんとか間に合った……かな?」


 ルナさんと別れた僕は足早に自宅へと帰った。

 少し遅くなっちゃったけど、まだ夕飯の時間にはなっていないはず。


 ほっと胸をなでおろし、扉を開けて中に入る。するとすぐにメイド服を着た人物に話しかけられる。


「お帰りにゃさいませカルス様。お荷物をお持ちいたしますにゃ」

「……へ?」


 そう言って僕の荷物を預かったのは、シズクではない人物だった。

 独特の語尾で話す彼女の頭には猫みたいな耳がピコピコ動いていて、お尻にはしなやかな尻尾がついている。

 獣の特性を持つ人間、いわゆる『獣人』と呼ばれる種族だ。


「いや、あの……シズクは?」

「シズクでしたらまだ料理を作ってますにゃー。もう少しお待ち下さいにゃ」

「あ、そうなんですね」


 謎の獣人の女性はシズクの来ているものによく似たメイド服を着用している。きっと知り合いなんだと思う。

 ……? シズクの知り合いの獣人?

 なんか覚えがあるような……


「……もしかして、ミケ?」

「にゃふふ。ようやく思い出して頂けましたかにゃ」


 縞々の耳を嬉しそうに動かしながら、彼女は笑う。

 ミケは以前僕の屋敷に来ていたメイドの一人だ。シズクと同時期に来たんだけど、屋敷に残った彼女とは違い王城に勤めることになったので長いこと会ってなかった。


「もう十年ぶりくらいだよね? 元気そうで嬉しいよ」

「王子もご健勝で何よりだにゃあ。それに……シリウス殿下に似てかっこよく育ちましたにゃ。シズクっちがご執心なのも頷けるにゃあ」


 そんなことを言ってると、台所からシズクが現れる。

 彼女がミケに向ける眼は冷たく冷ややかだ。


「下らないことを言ってないで手伝って下さい。くれぐれも毛を料理に入れないで下さいね」

「ひどいにゃあ、獣人差別だにゃあ」


 ミケは泣いたふりをしながらシズクの手伝いを始める。

 ……他の人が見てもわかりづらいだろうけど、シズクはいつもより楽しそうだ。


 確かミケは暗部時代から仲のいい同僚だったはず。久しぶりに会えて嬉しいんだろうな。


「カルス様、食事の準備が出来ました。どうぞお召し上がりください」

「うん、いただくよ」


 今日のご飯は具沢山のシチューだった。

 いつもより一緒に食べる人が多いからか、とても温かく楽しい食事だった。


◇ ◇ ◇


「……ところでなんでミケはここに来たの?」


 食事が終わり一息ついたところで僕はミケに尋ねる。

 彼女は王城勤務のメイドのはず。やることはたくさんあるはずだ。


「そんなのシズクっちに会いに来たに決まってるじゃにゃいですか。ねえシズクっち?」


 そう言ってミケは隣に座るシズクに寄りかかりながら抱きつき頬ずりしようとする。

 しかしそれをシズクは無言で手で押しのけて抵抗する。仲がいいなあ。


「うみゅう、相変わらずシズクっちはつれないにゃあ。昔はずっと私の後ろをついてくるかわゆい子だったのににゃあ」

「昔の話です。それと昔の話はあまりカルス様の前でしないでください」

「恥ずかしがり屋なところは変わってないにゃね。にゅふふ」

「……そのおしゃべりな口、開かないようにして差し上げましょうか?」

「にゃあ!? 刃物はやめるにゃ!」


 本当に二人は仲がいいなあ。

 こんなに楽しそうに喋るシズクは初めて見たかもしれない。


「ふふふ」

「王子も笑ってないで止めてくれますかにゃあ!?」


 しばらくそんな感じで盛り上がった後、ミケはやっとやって来た目的を話し始める。


「実は陛下にカルス様の様子を見てくるよう頼まれましたにゃ」

「父上が?」

「はいにゃ。陛下自らこちらに赴くとことは出来ません。なので手が空いててシズクっちとも面識のある私が選ばれましたにゃ」

「なるほど。わざわざありがとうね」


 僕はミケに学園での出来事を色々話した。

 友人ができたこと、Aクラスに入れたこと、色んな人に出会えて充実した学生生活を送れていること。


 地下室で起きたこと以外は全て彼女に話した。


「にゃるほどにゃるほど……楽しそうに過ごせている様でにゃによりですにゃ。陛下もきっとお喜びになられますにゃ」

「うん、楽しくやってますって伝えておいてね」

「かしこまりましたにゃあ。……では要件も済ませたことだし、そろそろお暇させて頂きますにゃ」


 そう言ってミケは立ち上がる。


「もう帰っちゃうの? 泊まっていけばいいのに」

「にゃはは、そうしたいのは山々ですが、こう見えて結構忙しい身なんですにゃ。お気持ちだけ頂きますにゃ」


 ミケは申し訳無さそうにそう言う。

 軽薄そうな印象を受ける彼女だけど、父上から直接命を受けているところから察するに、出来る人なんだと思う。忙しくて当然だ。


「そっか、じゃあしょうがないね。またいつでも来てよ」

「はいにゃ。それでは失礼いたしますにゃ」


 そう言ってミケは家を出ていってしまった。

 シズクも彼女を近くまで見送るといって家を出ていく。


 さて、僕も部屋に戻るとしようかな。


◇ ◇ ◇


「……ここでいいにゃ。シズクっち」


 王都の中央広場まで来たところでミケはそう告げた。

 何も言わなかったら王城までついてきそうな雰囲気だった。


「……そうですか。分かりました」

「にゃふふ、わざわざありがとうにゃ。今日は楽しかったにゃ」

「私も楽しかったですよ。会えてよかったです」


 そう言ってシズクは薄く笑みを浮かべる。

 それを見てミケは、


「……よく笑うようになったにゃあ。昔のシズクっちを知ってる人が見たら驚くにゃあ」


 ミケの記憶の中のシズクは大人しく何も言わない無表情な少女であった。

 感情が極めて薄い上に能力が高い彼女は、暗部の中で非常に高く評価されていた。


「よき主に巡り会えたみたいにゃね。良かった良かった」

「……ええ、そうですね。私は本当に人に恵まれました」


 そう言ったシズクは「ですが」と付け加える。


「あなたは変わっていませんね、ミケ。その笑顔の下に何かを隠している。日の当たる生活に戻ってもよいのじゃありませんか?」

「にゃはは、暗がりの方が落ち着く人もいるものにゃあ。私は……これでいい」


 そう言ってミケはどこか悲しげな笑みを浮かべ、シズクに背を向ける。


「じゃあにゃシズクっち。また会おうにゃ」

「……はい。どうか無理はしないで下さいね」


 ミケはその言葉に背を向けたまま手を上げて応えると、夜の王都に消えていくのだった。

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