第11話 矛盾の存在
その後少しだけルナさんと話した僕は、地下室を去ることにした。
ここにいたら分からないけど、外はもうだいぶ暗くなってきてるはずだ。シズクに心配けけちゃうからね。
でもその前に一つだけ、聞いておきたいことがある。
「ここに入る扉なんですけど、他の人が触っても全然反応しなかったのに、僕が触ったら開いたんです。なんでか分かりますか?」
「……ほう、それは興味ぶかい。その扉には何か書かれていなかったかい?」
「えーと、確か『光』と『闇』の紋様が『星』を隠すように書かれていました」
そう伝えると、ルナさんは「なるほど」と納得言ったように呟く。何かわかったみたいだ。
「私をここに封じ込めた者たちはこの地下室に誰も入らせたくはなかった。だから『誓約』という名の鍵をかけたんだ」
「誓約、ですか?」
聞いたことのない単語に首を傾げる。一体何のことだろう?
「まず前提としてこの世に『完璧な魔法』などというものは存在しない。ゆえに『絶対に解かれない封印魔法』なんてものは作れないんだ。だから封印魔法には必ず抜け道……いわゆる『弱点』や『鍵』が用意されている。」
「なるほど。この地下室にもそれがあったってことですね」
「その通り。しかし奴らはその『鍵』を絶対に用意不可能なものにした。それこそが紋様として描かれていた『光』と『闇』。その二つを併せ持つ者でないと中に入れないようにしたのだ」
光と闇の同居、それが実現不可能なものだというのは僕にも分かる。
それはまるで火と水が合わさっているようなものだ。普通ならどちらかが消えてしまう。
「実現不可能なものを鍵にして、奴らは私を完全に封印したと思っていただろう。だが奴らは君の存在を予期出来なかった。君の中にある『異物』は『闇』由来のもの。それを君は『光』の力で抑え込んでいる。そのパワーバランスは正に絶妙、どちらかに転びそうなところ
「この呪いが……闇由来……」
光属性の対極にあるのが闇属性だ。光魔法で抑え込める呪いの正体としてはこれほどしっくりくるものはない。
闇を光で押さえる内に、僕の体では両方の属性が溶け、混ざり、均衡したんだ。
その結果僕は両方の属性を併せ持つ、矛盾した存在になってしまった。
「あの、
胸元を開き、呪いの痣を見せる。
ルナさんはそれをジッと見つめたあと、答える。
「ふむ……残念だが詳しいことは私にもわからない。力になれなくてすまない」
「いえ、ありがとうございます。色々教えていただいて。助かりました」
正直情報が多くて頭がパンクしそうだ。
今日は家に帰ってゆっくりしよう。
「それでは失礼します。また来ますね」
「ああ、いつでも来たまえ。見ての通り私はいつでも暇だからね」
短剣が刺さった手を小さく振ってルナさんは見送ってくれる。
それに小さく頭を下げた僕は、冷えた地下室から立ち去るのだった。
◇ ◇ ◇
「……すっかり暗くなっちゃったね。急いで帰らないと」
外に出た僕は足早に家に向かう。
ちなみにサリアさんにルナさんのことは話していない。
地下室で見たことはあまりにも衝撃が大きすぎる。もし知ってしまったら思わぬトラブルに巻きこまれてしまうかもしれない。
それにルナさん自身も自分のことを他人に話さないで欲しいと言っていた。
『私を封印した者の仲間がまだいるかもしれない。扉が開かれたことを知られるとマズい』
ルナさんはそう言っていた。
「その言い分はもっともだけど、嘘ついてるみたいでやだなあ」
気づけば僕は秘密だらけだ。
呪いのこと、王子であること、そして地下室でのこと。どれもおいそれと話せることではない。
それは仕方のないことだけど、息苦しさを感じてしまう。
「でもカルスには私がいるからいいじゃない。私になら全部話せるでしょ?」
「そうだね。セレナにはなんでも話せるから助かってるよ。ありがとうね」
「ふふん、もっと頼ってもいいのよ」
上機嫌のセレナ。
本当に頼もしくて心強い相棒だ。
「……ん?」
ふと視線を下に移すと、ポケットが青く光っていることに気がつく。
なんだろう、とポケットに手を突っ込んで中の物を取り出してみる。そこに入っていたのはルナさんから譲り受けた『
「なんで光ってるんだろう……?」
光魔法を通さないと光らなかったはずなのに、それは自分から淡く光っていた。
どうして光ってるんだろうと、それを眺めていると急にそれは上空めがけ一筋の光を放った。
「へ……?」
細く、頼りない光の筋。遠くから見たらわからないレベルだ。
しかし近くにいる僕にはその光がはっきりと見えた。それがどこに向かって伸びているのかも。
「あの部分って『
青い光が指し示す方向には、『星欠』と呼ばれる星のない空の一部分があった。
この光は何を伝えようとしているんだろう。僕は光の示す先をじっと見つめる。すると、
「こ、これって……!」
なんと光の示す先が揺らめき、星欠の『先』に青く輝く大きな星が一瞬だけ見えた。
すぐにそれは見えなくなっちゃったけど間違いない。たしかに星欠の後ろに星があった。あれがきっとルナさんが言っていた『月』と呼ばれる星なんだ。
少ししか見えなかったけど……綺麗な星だった。
「セレナ、見た?」
「ええ……驚いたわね。まさかあんな物が空に隠されていたなんて」
セレナも余裕のなさそうな表情をしている。
いつも頭上から見守ってくれていたはずの空。それは仮初めの姿だったんだ。
「そりゃ星が欠けているように見えるはずだよ。まさか月をまるごと覆って隠していたなんて。いったい誰がこんなことをしたんだろう……」
僕は気持ち悪さを感じるようになってしまった空に背を向けると、足早に帰宅するのだった。
◇ ◇ ◇
カルスが去ったあとの地下牢獄。
しんと静まり変えたそこで、ルナはひとり呟く。
「――――ここに幽閉され千と五百年、か。思ったよりも早く人が来たものだ」
彼女は何千年でも待つつもりでいた。
常人では耐えられない孤独、しかし彼女の心に渦巻く憎悪。それは孤独の心を凌駕していた。
「それにしてもカルスに……セレナ、か。ふ、懐かしい面影を見たものだ。これもまた星の宿命というやつか」
そう薄く笑ったルナは、硬く覆われた空を仰ぐ。
いつかそこを抜け、再び満天の星に帰れることを祈って――――
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