第10話 契約

 僕はここに足を踏み入れてから、一度も呪いのことを口にしていない。

 それなのに……この人はまるで全てを見透かすように、そのことを言った。


「…………」

「そう警戒しなくても大丈夫だ。いかに封印され、力のほとんどを失っているとて君の中に『異物』が混ざっていることくらい、見れば分かる。私は凄い魔法使いだからな」


 月の魔法使い、ルナさん。

 この人の身の上は色々聞いたけど、それでもまだ不透明な部分は多い。

 そもそもこの人が悪人ではない、という保証はどこにもない。正当な理由でここに封印されている可能性だってあるんだ。


でも……呪いを解けるかもしれないほどの力を持っているのは、確かだ。

 話を聞かずに帰ることは僕には出来なかった。


「お話を聞かせて下さい」

「ふふ、いい子だ」


 ルナさんは嬉しそうに妖艶な笑みを浮かべる。

 喋り方こそ大人だけど、彼女の見た目は僕より年下に見える。だけど時折覗かせる表情は大人よりも大人に見えることがあった。本当に不思議な人だ。


「話は簡単だ。君には私の封印を解く手伝いをして欲しい。そしてそれを成し遂げた暁には、君の体に巣食うそれを消し去ってあげようじゃないか」

「……そんなこと本当に出来るのですか?」


 呪いは精霊人のセレナの力を持ってしても完全に消すことは出来なかった。

 確かにルナさんは強力な魔法使いなんだと思う。だけど呪いを治せるという保証はどこにもない。そんな状況で手伝うのはリスキーだと思う。


 そう考えていると、僕の思考を読んでいるかのようにルナさんは話し出す。


「君が不安に思うのも無理はない。君の中にあるそれは『普通』ではないからな。私が消せると言っても簡単に納得は出来ないだろう。しかし……『月』の魔法の力であれば可能だ。試しにその十字架に光魔法を宿してみるといい」


「ええとじゃあ……光在れライ・ロ


 十字架に光を宿す。

 するとなんと見る見るうちにその光は青色に変わったじゃないか。

 見たことのない幻想的な光。思わず見入ってしまう美しさだ。


「それが月の光。光魔法を使う君なら分かるだろうが、月の光には強い『退魔の力』がある」


 この青い光からは『光の浄化ラ・ルシス』に似た波長を感じる。ルナさんの言っていることは本当なんだろう。


「その十字架は月の力のほんの一部分、私が力を取り戻せばその力は比ではない。これで納得して貰えたかな?」


 ルナさんは首を傾げながら尋ねる。

 この人の力は本物だと思う。味方になってくれたらとても心強いけど、本当に信用していいのかな。

 悩んだ僕は相棒に助言を求める。


「セレナはどう思う?」

「私? そうね……」


 セレナはしばらく考えたあと、真面目な表情で答える。


「私は……信じてもいいと思う」

「それはなんで?」

「勘、かしら。確かにその人は怪しい、ただの人間じゃないわ。でも……私には悪い人には見えない」

「ふふ、それは光栄だ」


 セレナの言葉にルナさんは顔を綻ばせる。

 ……それにしても意外だ。正直セレナは反対すると思っていた。


 精霊であるセレナは人間では感じ取れないことも感じ取ることが出来る。

 だからその勘を『ただの勘』と切り捨てることは出来なかった。


「……正直あなたのことはまだ信用できません。もしその封印を解く方法を見つけたとしても、絶対に解くと約束することは出来ません。それでよろしければ協力します、ぜひ力を貸してください」


 恐れるよりも、今は前へ。

 この人が信用できるかどうかはこれから先で判断する。今は友好を深めると決めた。


「そうか、嬉しいよカルス」


 ふっと笑みを浮かべるルナさん。

 その顔に悪意のようなものは感じない。きっと、大丈夫なはずだ。


「その十字架、『月の十字印ムーンクロス』は君にあげよう。きっと役に立つだろう。もしいらなければ売り払っても構わない」

「え? いいんですか?」

「ああ。協力してもらうんだそれくらい安いものだ」

「ありがとうございます! これ、とても綺麗でいいなと思ってたんです」


 手の中で淡く光る月の十字印ムーンクロス。その青い光は見てるだけで心が癒やされる。


「ちょっとカルス? 少しそれ見過ぎなんじゃない?」

「へ? どうしたのセレナ」


 セレナはなぜか不機嫌そうだった。

 特に気に障るようなことはしてないと思うんだけど、どうしたんだろう。


「君には私の光があるでしょ? そんな光いらないと思うんだけど?」

「え、あ、もしかして……この光に嫉妬してる……の?」

「は、はあ!? そんなわけないじゃない! ば、ばーかっ!」


 そう言うとセレナはぷい、とそっぽを向いてしまう。

 女の子の扱いは難しい……シリウス兄さんならもっとうまく対応出来たのかな?


 そんなことを考えていると、ルナさんがくすくすと笑い出す。


「どうしたんですか?」

「いや、すまない。君たちは仲がいいんだな、と思ってな」

「そうですね、僕とセレナは五年間一緒にいます。相棒であり友達であり家族みたいなものです。ね、セレナ」

「うっさい」


 一蹴されてしまった。

 凹みながらセレナを見ると、そっぽを向いててよくは見えないけど、その頬は少し赤くなっているように見えた。セレナも同じ気持ちでいてくれているのかな。


「人が精霊を見ることが出来なくなり、その関係は断絶したものだと思っていた。しかし君たちみたいな者もいると知り、安心したよ。どうかいつまでも仲良くあってくれ」

「はい、もちろんです。僕とセレナは相棒ですから」


 迷うことなく、僕はそう答えた。


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《用語解説》

月の十字印ムーンクロス

月のエンブレムが嵌められれた十字印。光の魔力を通すことで月の光を生み出すことが出来る。

十字の形に持ちやすさ以上の意味はない。我らの祈りは物ではなく、空に向けるものなのだから。

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