第9話 かつて空に輝いていたもの

「何を……言ってるんだ……!?」


 信じられない。そんな目をしながらルナさんは僕を睨む。

 そんなに変なこと言ったかな?


「気に障ったならすみません。でも本当に知らないんです。『つき』って何のことですか?」

「私を愚弄しているのか? まさか見たことないとは言うまいな! 夜の空を照らす青き光を見たことがないなどと!」

「いや、見たことない……ですけど」

「馬鹿……な。そんなことが……」


 ルナさんはがっくりとうなだれると、ぶつぶつ一人で呟く。


「……このような場所に磔にしただけでなく、そこまで辱めるとはな……そこまで私が恐ろしいか……」

「あの、ルナさん?」


 おっかなびっくり話しかけると、ルナさんはひとり言をやめて顔を起こす。

 さっきまでは凄い怒った雰囲気を感じたけど、今は感じない。どうやら落ち着いたみたいだ。


「取り乱してしまった。悪いな」

「いえ、僕は全然大丈夫です。それより『つき』のことを教えていただいてもいいですか?」

「ああもちろんだ。だがその前にひとつ聞かせて欲しい。外の世界に暦の『月』は残っているのか?」

「へ? あ、はい。ありますよ。『つき』ってその『月』だったんですね。今は四番目、マズの月ですよ。あ、もしかして月の魔法使いって暦……つまり時間を操るんですか?」

「なるほど、暦としての月は残っているか……やつらもそこまでは手が回らなかったということか」


 ぶつぶつとひとり言を喋るルナさん。

 どうやら何かを納得したみたいだ。僕はまだ何もわかってないけど。


「……現状は把握出来た、礼を言うぞカルス。どうやら外の世界は私がいた頃とは様変わりしているようだ」

「それはどうも。ところでルナさんの言う『月』って何なのですか?」

「そうだな……そこの棚に入っている物を、持ってきてくれないか。それが一番手っ取り早い」


 彼女に言われるまま、部屋の端に置かれた戸棚。その引き出しの中から手のひらサイズの十字架を取り出しルナさんのもとに持っていく。

 十字架はほのかに青く光っていて、その中央には不思議な形のエンブレムがある。丸を丸くくり抜いた形って言ったらいいのかな? でもこの形、どこかで見たことがあるような……。


「これはなんですか?」

「それは私が率いた『月光教』の信徒の証だ。我らはそれを握り、空に祈っていた。中央にあるそれは月の形を模したものだ。遥か昔、空にはそれが浮かんでおり夜を優しく照らしてくれていた」

「こんな形の星があったんですね。へえ……」

「その形の月を『三日月』という。月は日によりその形を変える稀有な星、丸い時もあれば半分の時もある」


 聞けば聞くほど不思議な星だ。

 きっと綺麗な星なんだろうなあ。


「でもその星は今の空にはありません。もしかして壊されちゃった……とか」

「それはないだろう。この星にいるものにそれほどの者がいるとは思えない。おそらく……魔法の力によって『隠された』のだろう。小癪なまねを」

「星を隠すなんて出来るんですか? 確か星って遠くにあるから小さく見えるけど、実際にはとても大きいんですよね?」

「ほう、よく知っているじゃないか。教育水準は昔よりだいぶ上がっていると見える」


 ルナさんは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 昔の人じゃ言っても理解は難しかったのかな。


「確かに星を隠すなど簡単なことではない。しかし私をここに幽閉した連中ならそれくらい出来るだろう」

「そうなんですね……でもなんでそんなことをしたんですか?」

「連中は私の力を恐れていた。ゆえに奴らは私をここに幽閉し、その上で力の根源である『月』を隠したのだ。そうすれば私の力は満足に振るうことは出来ない」

「なるほど。全てはルナさんを恐れての行動だったんですね」

「おそらくな。そして奴らは『月』の情報が書かれた書物を燃やし信徒を殺したのだろう。ゆえに今の人々は月の存在を忘れてしまったのだ。その存在を知らなければ誰も月を取り戻そうとは思わない。まさか封印されている間にここまで辱められているとはな」


 そう言ってルナさんは自嘲するように笑う。

 ……なんとも話のスケールが大きくなってきた。

 でもそんなこと出来る人たちが恐れた、このルナって人は何者なんだろう。ぱっと見は綺麗でか弱そうに見えるのに。


「……と、長話が過ぎたな。本題に入ろう」


 しばらく熟考していたルナさんはそう切り出すと、僕のことをジッと見つめる。

 普通の人とは明らかに違う、異質で神秘的な雰囲気。人間というよりセレナみたいな精霊に近いような感じがする。


「私と手を組まないかカルス。もし私の封印を解いてくれたのなら……その体の中にある『異物』、完全に取り除いてやろう」

「……っ!?」


 青天の霹靂。

 彼女のまさかの提案に、僕は強く動揺した。

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