第6話 揺るがぬ忠義

「あ、でも私がカルス様と仲良くしてしまって大丈夫なのでしょうか? シズクさんもカルス様のことを……」


 シシィは申し訳なさそうな顔で尋ねる。

 シズクが主人にどのような気持ちを向けているか、彼女も薄々勘づいていた。もしシズクと争うようなことになってしまったら悲しい。なのでシシィは直接そのことを尋ねた。


「構いませんとも。私はカルス様が最期の時まで、側に仕えることが出来ればそれでよいのです。例え奥方が百人出来ようと、私がカルス様と深い仲になれなかったとしても、私は構わないのです」

「……そこまで想っていらっしゃるなんて。カルス様は幸せ者ですね」


 彼女の覚悟を聞き、シシィは自分の未熟さを知った。

 私欲ではない純粋な『忠義』。その強さを目の当たりにした。


「カルス様は大変な宿命を背負って生まれました。きっとこの先もたくさんの苦難に見舞われることでしょう。それを支える人は多ければ多い方がいい。光魔法を使うことの出来るシシィ様はきっと誰よりもカルス様の力になれると思います。どうかお力を貸していただけないでしょうか?」


 手を握り、頭を下げるシズク。

 優柔不断なシシィだが、その頼みに返事をするのに時間はかからなかった。


「はい、任せてください。微力ですがこの力、存分にお頼りください」

「ありがとうございます……!」


 肩を震わせながら感謝の言葉を言い、シズクは面を上げる。

 目の周りが少し赤くなっている気がしたが、シシィはそれを指摘しなかった。


「学園の近くに家を借りています。どうぞいつでも遊びにいらしてください、カルス様もきっと喜びます」

「わ、わかりました。覚悟が決まったら行ってみます!」


 ふんす、と意気込むシシィ。

 奥手な彼女の覚悟が決まるのはいつになるのかと、シズクは不安になる。

 なので意地悪だが、彼女の背中を強めに押すことにした。


「カルス様は毎日、同じクラスの『女性』と通学しています。しかもその方はシシィ様と出会うより前に出会ったお方。あまりうかうかしておられると……『手遅れ』になるやもしれませんよ?」

「な、なななな……っ!」


 慌てふためくシシィ。その可愛らしい反応に思わずシズクは頬を緩める。


「さて、それではそろそろ私はお暇いたします。また会える時を楽しみにしてますね」

「あ、いや、ちょっとさっきの話、詳しく教えてくださいよ!」


 制止を聞かず、去っていくシズク。

 その背中を見ながら、シシィは「もっとしっかりしなくちゃ……」と心に刻むのだった。



◇ ◇ ◇



 お茶会をした日の放課後。

 僕は一人で時計塔へと向かっていた。


 お目当てはもちろん時計塔の地下にあるという何かだ。

 僕の体の中にいるなにか。あれの言う事は信用できないけど、確認はしておいた方がいいと思う。もしかしたら本当に役立つ何かがあるかもしれない。


 そんなことを考えていたら、不意に生徒が三人ほど現れて。僕の行く手を塞いだ。

 全員男子生徒で、知らない顔だ。

 敵意はなさそうだけど、なんか嫌な感じがする。いったい何の用だろう?


「初めまして。君が1ーA所属のカルスで間違いないかな?」

「はい、そうですけど……」


 話しかけてきたのは青い髪の生徒だった。

 身なりからして貴族が入る上流クラスっぽい。


「私は一年の上流クラス所属、マルス・レッセフェード。突然で悪いが……君、僕の『派閥』に入らないか?」

「派閥……?」


 聞き慣れないその単語に首を傾げる。

 そんな制度があるなんて聞いてないんだけどなあ。


「なんですかその派閥って」

「私はこの学園で名を上げるつもりだ。そして有望な生徒を配下にしレッセフェード家の力を盤石のものとする。だけどそれをよく思わない貴族もいてね……今は二年の先輩とバチバチに睨み合っている所だ」

「はあ……」


 むう、何ともまあ変なことに巻き込まれてしまった。

 貴族同士のいざこざなんて興味はない。でもそれを学園でやられるのはたまらないね。みんなそれぞれの目標があって学園に入ったはずなのにこんなのに巻き込まれたら可哀想だ。


「だから今私は強い力を持つ生徒に声をかけ勧誘してるんだ。君も我が派閥に……」

「あの、急いでるんで退いてもらってもいいですか?」


 そう言った瞬間、空気が凍る。

 あれ、なんか怒らせるようなこと言っちゃったかな?


「貴様……マルス様が直々に勧誘してくださっているというのに……!」


 マルスさんの配下らしき人が怒った様子で近づこうとする。

 だけどマルスさんはそれを止める。


「いや……いい。急いでるようだし今日は挨拶だけにしておこう。とにかく、これより学園は派閥争いが起きることとなる。早めに身の振り方を考えておいた方がいい」


 そう忠告したマルスさんは、二人の生徒を連れて去っていく。

 派閥争い、かあ。なんて面倒臭いことをしてくれるんだろう。


 面倒なことにならないといいけど。そう考えながら僕は時計塔へ向かって歩き出すのだった。

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