第4話 聖女セシリア

 本物の金糸のように輝く金髪ブロンドと、体から漂う気品。

 誰もが一目見ただけで彼女がただものではないと直感する。


 目元を黒い布で覆っているのでその顔を全て見ることは出来ないが、鼻と口元だけでその人物が絶世の美女であることは見てとれた。


「では、失礼します……」


 聖女セシリアに促され、カルスは彼女に向かい合うように座る。

 それを見ながら柔和な笑みを浮かべる彼女。その目の部分には金色の刺繍が施された布が目隠しのように巻かれている。

 そのことが気になったカルスは思わず目の部分をジッと見てしまう。


「すみません気になりますよね」

「え、あ、すみません!」


 目が見えないはずなのに自分がそこを凝視していたことがばれ、カルスは慌てる。

 しかしセシリアはそれを気にした様子はなく、むしろ楽しそうにくすくすと笑う。


「聖女は目を他人に見せてはならないという『ならわし』があるのです。申し訳ありませんが素顔を見せることは出来ないのです」

「へえ、そうなんですね」

「はい、お見苦しいでしょうがご容赦ください」

「見苦しいだなんてそんな。セシリアさんはとても美しい女性ですよ、目を隠しても分かります」

「み゛ゅ」


 突然どこからか聞こえる、不思議な声。

 カルスは辺りを見渡すが、誰も見当たらない。


「今何か聞こえました?」

「いえなにも」


 しかしセシリアは何も聞こえていなかったようだ。


「そう、ですか……」


 少し困惑しながら、カルスは席に座る。

 するとセシリア自らティーポットを持ち、カルスの前に置かれたカップに紅茶を注ぎ出す。


「あ、自分でやりますよ!」

「お客人にそのようなことはさせられません。私は確かに聖王国の姫という身分ですが、学園の中においては一生徒に過ぎません。あなたと対等な立場として扱ってください」

「セシリアさんがそういうなら……分かりました」


 彼女の意見を尊重したカルスはそれを受け入れ、注がれた紅茶に口をつける。

 すう、と爽やかな茶葉の匂いが鼻を抜け、カルスは「ふう」と息を吐く。一口飲むだけで心がリラックスする良い紅茶だった。


「とてもおいしいです」

「それはよかったです」


 見つめ合い、二人は笑みを浮かべる。


「……」

「……」


 静かで、落ち着いた空間。

 お互いしばらく何も話さず見つめ合い、無言の時間が続く。


 しかしそれは不思議と嫌な静寂ではなかった。

 気まずいのではなく、話さなくてもこの場は大丈夫なのだという不思議な信頼感。心地よい静寂であった。


 だがずっと喋らないわけにもいかない。

 紅茶を半分ほど飲んだカルスはセシリアに問いかける。


「セシリアさん、どうして僕をこの場に呼ばれたのですか?」

「……光魔法の使い手が魔法学園に入学したという話を聞き、一度お会いしてみたいと思っていたのです。我が国においても光魔法の使い手は珍しい、男性で使える方は特に」


 聖王国において教会のバックアップを受け、聖女になれるのは『女性』のみ。

 男性も光魔法を習得出来れば高い地位を目指すことが出来るが、女性ほど教会の力を借りることは出来ないので、その数は極めて少ないのだ。

 更にこれはカルスも知らないことだが、光の精霊は『面食い』である。ゆえに優れた容姿を持っていないと精霊に見染められないのだ。


ライ


 そう呟いたセシリアの右の手に光が宿る。

 淡く輝く、優しい光。

 自分のそれとまた違う光にカルスは目を奪われる。


 その手をまっすぐカルスのもとに近づけ、セシリアは言う。


「あなたの光も見せてください」

「は、はい……」


 「ライ」と唱えたカルスの右手にも光が灯る。

 カルスの光はセシリアの光と比べて眩しく、力強い。光にも個性が出るんだな、とカルスは思った。


「どうぞ重ねて下さい」


 手のひらを上に向け、セシリアはカルスに手を重ねるよう促す。

 カルスは彼女に促されるまま、光の灯った手を彼女の手のひらに重ね合わせる。


 すると二人の光は衝突し……そしてゆっくりととけあう。

 曖昧になる境界、混ざりあう色。まるでお互いの心が一つになるような不思議な感覚をカルスは覚えた。


「これは『光合わせ』と呼ばれる聖王国に伝わる儀式です。反発せず、混ざりあう光を持った両者はとても『相性』が良いと言われています」


 そう言って一回カルスの手を優しくぎゅっと握り、彼女は手を引いた。

 押されっぱなしのカルスは「そうなんですね……」と小さく呟く。


 その後二人はたわいもない会話を続けた。

 学園のこと、聖王国のこと、そして光魔法のこと。話題は尽きず二人は楽しい時間を過ごした。


 そして二杯目の紅茶が空になる頃、庭園に一人の人物が現れた。


「ここにいらっしゃいましたか、カルス様」


 そう言って現れたのはメイドのシズクであった。彼女の突然の出現にカルスは「え!?」と驚く。


「なんでシズクがここにいるの?」

「忘れ物を届けに参りました。このような所にいるとは知らず時間がかかってしまい申し訳ありません」


 彼女の手にはカルスが忘れたお弁当がある。

 どうやらわざわざ届けに来てくれたようだ。


「ごめんね学園まで来てもらって。あ、こちらセシリアさん。先輩で聖王国の聖女さんなんだ」


 カルスはセシリアを手短に紹介し、お弁当を受けとる。


「食べたいけど……もうお昼休みも終わっちゃいそうだね。授業と授業の合間に食べとくよ」


 そうシズクに伝えたカルスは、セシリアに向き直り頭を下げる。


「今日はお招きいただきありがとうございました。楽しかったです」

「こちらこそ楽しい時間を過ごさせて頂きました。いつでもお越しくださいね」


 カルスは「はい!」とそれに元気よく答えると、足早に自分のクラスへと帰っていく。

 そして庭園にはセシリアとシズクの二人が残される。用件を済ませたシズクはすぐに帰る……かと思われたが、その場に留まりセシリアのことをジッと見つめていた。


「……よろしければ、シズクさんも飲まれますか?」

「それではお言葉にあまえさせて頂きます」


 セシリアの提案にシズクはノータイムで乗ってきた。

 断られるだろうと思ったセシリアは少し驚くも、あくまで平静を装いながら新しいカップに紅茶を注ぐ。


 その様子をジッと見ながら……シズクはずっと気になっていたことを尋ねた。


「……なぜカルス様に明かさなかったのですか? シシィ様」


 そう言った瞬間、セシリアの紅茶を注ぐ手がガチャガチャ! と震える。

 彼女はゆっくりとこぼさぬようポットをテーブルの上に置くと、目隠しを外す。


 その下から現れたのはうるうると潤む綺麗な碧眼。

 成長し、大人の女性になってもその瞳は、幼い頃のままであった。


「な、なんで分かったんですか……!?」


 そしてあの頃と変わらない、弱々しい儚げな口調で、彼女はそれを認めるのであった。

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