第16話 半透明の恩人
机の上をカラカラと音を立てて転がる試験管。
サリアさんはそれを拾うこともせず、僕のことをじっと見つめる。その目には猜疑心と好奇心が見える。比率は半々くらいかな。
「精霊が見える……か。それは非常に興味深い、本当の話であればだけどね」
そう言ってサリアさんは珈琲を一気に飲み、空になったビーカーを机に置く。
「確かに大昔、人は精霊を見ることが出来たと文献で見たが……君にそれが出来ると言われても、はいそうですかと信じることは出来ない。その力、ぜひ見せてくれないか?」
「それはいいんですけど……どうすればいいですか?」
僕が見えるということを証明するのは難しい。
他の人に
「その力で私の精霊を見てくれないか? そしてどんな子が憑いているのか教えて欲しい。それに納得したら君の力を信じようじゃないか」
「……分かりました。それで信じていただけるのであれば」
隣にいるセレナに目配せし、『
その目でサリアさんを見てみると、彼女の後ろに大きな何かが揺らめいていた。青くて、透明で、不思議な生き物。
確か図鑑で見たことがある。海にいる生き物で確か名前は……
「クラゲ……?」
そう、クラゲだ。
海に漂うぶよぶよの生き物。それのかなり大きなサイズがサリアさんの周りをふよふよと浮遊していた。
「クラゲ……か」
サリアさんはそう呟くと何かを思い返すように目をつぶる。一体どうしたんだろう。
「あの、どうしたんですか?」
「昔の記憶だ。小さい頃、私は親に連れられ海水浴に行ったことがある」
レディヴィア王国西部には大きな海がある。そこに行ったのかな?
僕はもちろん一回も行ったことがない。いつか行ってみたいな。
「恥ずかしながら小さい時の私はおてんばでね。親の目を盗んで勝手に走り回る子だった。おっと今も小さいじゃないですかみたいなツッコミはやめてくれよ。流石に今はそんな非常識なことはしないさ」
とても二浪して時計塔を占拠している人の言葉とは思えないけど、グッと我慢する。今はサリアさんの話をちゃんと聞こう。
「勝手に海の中に入った私は案の定おぼれた。もう駄目だ、助からない――――そう思った時、私は冷たいぷにぷにした何かに助けられたんだ。目を開けても誰もいない。でも確かに私を助けてくれた何かはいたんだ」
「……そんなことがあったんですね」
精霊が人を助ける伝承はいくつもある。
人に触ることの出来ないはずの彼らがどうやってそんなことが出来るのかは分からない。もしかしたら彼らには僕のまだ知らない力があるのかもしれない。
「ずっとそれが何なのか知りたかった、頭が良くなればそれの正体が分かるのではないかと思って私はたくさん勉強したよ。そして研究の過程で精霊の存在を感じた時に、『これだ』と思った。あの時助けてくれたのは精霊だったのではないか……とね」
そう言ってサリアさんは自分の斜め後ろを振り向く。
そこには精霊のクラゲが浮いていた。彼女はまるでその姿が見えているかのようにクラゲの方に手を伸ばす。
「いるのだろう? そこに。キミの姿を見ることは叶わぬがその存在を感じることは出来るよ。ありがとう、幼き日の私を助けてくれて。おかげでこんなに元気に育ったよ。背は小さくなってしまったけどね」
そう言う彼女の手に、クラゲは触手を絡ませる。
クラゲに表情はないけど、その仕草はなんだか嬉しそうに見える。
そんな二人の様子を見ながら、僕とセレナは話す。
「なんかいいね。こういうの」
「そうね。精霊と人間がもっと仲良くなれる世界がくればいいのにと私も思うわ。人間の世界には精霊の知らない美味しい食べ物もたくさんあるしね♪」
「ふふ、そうだね」
そんな素敵な未来がいつか来たらいいのに。そう思いながら二人を眺めるのだった。
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