第15話 秘薬

 驚くことにこの先輩は二浪しているという。

 ということはこの見た目で十九歳ということになる。見た目の年齢と十歳くらい違うんだけど……。


「あれ? そもそもAクラスを維持したまま留年って出来るんですか? 確か定期審査を通過できないとBクラスに落とされると聞きましたけど」

「ああ。私は定期審査はちゃんと通過しているからね。その上で進級を『拒否』しているのだよ。初めて拒否した時の先生の顔は傑作だったね、過去今まで自分の意思で留年を希望した者はいなかったそうだよ」


 ははは。と楽しそうにサリアさんは笑う。


「留年が続けば就職にも悪影響が出ますよね? なのになんで自分の意思で留年しているのですか?

「簡単な話さ後輩くん。学園にいる間は自由に研究出来るだろう? こんなに素晴らしいことはない。自由な時間に好きな器具を使えて本もたくさんある。申請すれば研究費も降りるからね。こんなに良い環境を手放すなど愚の骨頂だよ」


 早口でペラペラと話すサリアさん。この人は本当に研究一筋なんだ。

 きっとこの人が優秀だから学園は彼女が進級せずにいることを黙認してくれているんだろうな。普通の人だったら叱られてお終いだ。


「でもサリアさんなら卒業してもいい研究所で働けるんじゃないですか? 学園は確かに設備が充実してますけど、ちゃんとした研究所の方が設備も人もいるんじゃ……」

「でもそんなことしたら……しないといけないだろう?」


 僕の疑問に、サリアさんぼそぼそと小さな声で返事をする。

 よく聞こえなかった。


「へ? なんて言いましたか?」

「……そんなことしたら、他の人と一緒に仕事しなければいけないじゃあないか!」


 急に先輩の残念感が増した。

 もしかしてこの人、引きこもりなだけじゃなくて、人見知りでもあるんじゃ……?


「ああそうさ! ご察しのとおり私は生粋のコミュ障さ! しかしそれがどうした、私は一人でも研究が出来る、他の人などいらないのだよ!!」


 はーっはっは、と高笑いするサリアさん。清々しいまでの開き直りだ。


「でもいくら学園がいいからっていつまでもはいられないですよね? 大人になったら学園にいづらいでしょうし」

「いい着眼点だね後輩くん。花丸をあげよう。確かにその点は私も考えた。生徒に痛い目で見られるのは私も望むところではない。ゆえに私は作ったのだよ、『若い姿でいられる薬』をね」

「え……それって」

「ああ。この姿は薬で若返った姿さ。なにぶん初めての試みだったから若返り過ぎた・・・けど、実験は無事成功した」


 驚いた。この人は学園で研究するためだけに若返りの薬を作ったんだ。

 動機はちょっとあれだけど、こんな薬を一人の生徒が作ったなんて凄いことだ。


「サリアさんは魔法の薬を作る研究をしてるんですか?」

「違う違う、それはあくまで研究の副産物に過ぎない。私が熱を注いでいるのはこれ・・さ」


 そう言って彼女が机に置いたのは、白い石だった。

 何の変哲もない白い石。だけど僕はそれを見てハッとした。


「君は知らないと思うが、この石は『宿り石』と呼ばれる代物でね。古い慣習の残る地域ではこの石の前に供え物を置く。そうすることで精霊に感謝を伝えるんだよ」


 その話はよく知っている。というかしょっちゅうやっている。

 ケーキやパフェとか供え物っぽくない物ばかりだけど。


「私は科学技術を用いて魔法の研究をしていたんだ。しかし深く研究すればするほど、人間以外の存在を強く感じ取ってしまった。魔法という作用には何か意思のある第三者が絡んでるとしか思えない研究結果がたくさん出たのだよ。私はこれは精霊の力なのだと確信した。そしてもし本当に精霊がいるのであれば……その姿を見てみたいんだ」


 サリアさんは真剣な表情で語る。

 この人の精霊に対する思いは本物みたいだ。


「なんでそんなに精霊が見たいんですか?」

「だって寂しいじゃあないか。ずっとそばにいて力を貸してくれているのに、その姿を見ることも声を聞くことも出来ないなんて」


 サリアさんの言葉は僕の胸を強く打った。

 なぜなら僕も同じことを思っていたからだ。僕は自分の精霊の姿が見えるからお喋りしたりお礼を言ったり出来るけど、他の人はそうはいかない。

 もし他の人も僕と同じように精霊を見れるようになれたら、それは素晴らしいことだと思う。


 そう思った僕の行動は早かった。


「サリアさん、その研究手伝わせてもらうことは出来ないですか?」

「んん? 研究に興味を持ってくれたのは嬉しいけど、生憎人手なら足りているのだよ。光魔法の使い手は珍しいが……この研究において重要だとは思えないからね」


 この反応は予想内だ。

 サリアさんは人見知り。僕とは割と話してくれているけど、それでも研究は一人でやりたいんだろう。

 でも……これを聞いたらそうは言ってられないだろう。


「僕は精霊を『視る』ことが出来ます。これでもこの研究に不要ですか?」


それを聞いた先輩は驚いて、手にした試験管を机の上に落っことしてしまうのだった。


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[用語解説]

・若返りの魔法薬

サリアが開発した若返りの薬。年齢を10歳ほど若返らせる力がある。

彼女の体に合う様に調合してあるため、誰もが使えるわけではない。そして肉体的には若返るが、魂の老化は防げないため寿命を伸ばす事は出来ないが、サリアはこの薬の公表を控えている。

「実験に失敗してこんな体になってしまったと学園には言ってある。若返りの薬があるなど知られたら、ロクなことにならないのは分かっているからね」


小さくなったことで無尽蔵の体力を得て「たくさん研究できる」と喜んでる彼女だが、夜すぐ眠くなってしまうのだけは困っているそうだ。

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