第13話 時計塔の引きこもり

 その日の放課後。

 僕は一人でその時計塔に来ていた。


「うーん、やっぱり大きい」


 魔法学園の敷地内には大きな建物がたくさん並んでるけど、時計塔はその中でも大きい方でかなり目立つ。こんな大きな建物を一人の生徒が独り占めしてるなんて。


「じゃあ早速入ってみよっかな」


 時計塔に近づき、扉を見る。

 するとそこには大きな『錠』で鍵がかかっていた。他のところから侵入できないか辺りを見回して見るけど、時計塔の窓は結構上の方にしかない。

 魔法を使えば登ることも出来るかもしれないけど、何もそんな危険なことする必要はない。


「さて、やるとしますか……!」


 錠を手に取り、その構造を確認する。

 これは普通の錠じゃない。『魔法錠まほうじょう』と呼ばれる特殊なものだ。

 普通の錠はそれを開ける鍵があるけど、魔法錠にはそれが存在しない。代わりに決められた手順で魔力を流すことで開けることが出来るのだ。


 開けるには錠の構造の理解と、繊細な魔力操作が要求される。鍵開けの達人でも魔法錠には歯が立たないという。


「セレナ、ちょっと手伝って貰える?」


 そう口にすると、どこからともなくセレナが現れる。

 セレナが錠を持つ僕に怪しげな視線を送っている。


「手伝ってもいいけど……君、悪いことしようとしてないよね? 私、悪いことには手を貸さないからね」

「大丈夫だよ。マクベル先生にも許可は貰ったし」

「ほんと? ならいいのだけど」


 セレナは姫なだけあって悪いことには敏感だ。

 もし悪いことをしたら力を貸してくれなくなっちゃうだろう。そんなことする気はないけど気をつけなくちゃ。


「じゃあさっそくやるわね。えい」


 セレナの指先から光が放たれて錠を包み込む。

 するとセレナは「ふーん、なるほどね」と納得したように呟く。


「どう?」

「人間にしては中々複雑な機構だけど、精霊である私からしたらこんなの目を瞑ってもも解けるわ。ほら、指示してあげるからやってみなさい」

「うん、お願い」


 魔法錠の鍵穴部分に指を突っ込み、セレナの指示通りに魔力を流す。


「そこで右に少し流す。そこがカチッとなったら一回流すのをやめて。そしたら渦を巻くように流して……はい、できた」


 ガチャ、と音が鳴って魔法錠が開く。ふう、中々大変だった。

 セレナがいてくれて助かったよ。


「おじゃましまーす……」


 ガチャリと音を立ててドアを開ける。

 時計塔の中は暗くてあまり見えない。『光在れライ・ロ』を発動して辺りを照らしながら中を進む。


「埃っぽいなあ。掃除してないみたいだね」


 時計塔の中ははっきり言って汚かった。

 本とか怪しげな器具がそこら中に散らばっていて埃かぶっている。

 でも中には最近使ったような物もある。どうやら『時計塔の引きこもり』なる人物は実在するみたいだ。


「ここには誰もいないみたいだね。だとすると……」


 上しかない。

 時計塔には中には階段があった。上りしか見当たらないから多分上だ。


 意を決して上に進む。登るたび木製の階段がギシ、ギシ、と音を立てる。

 例の引きこもりさんが立てこもってるから修繕も行き届いてないのかな? でもなんで学園はその人がここを占領するのを認めてるんだろう。いくら時計塔の中を普段利用しないからといって不自然な気がする。


 そんなことを考えながら二階に上がる。すると、


「うわ……すごい……!」


 壁一面書かれた計算式。見たことのない魔道具に怪しげな薬品の数々。

 そこはまさしく小さな研究所と言えるような場所だった。時計塔の中がこんな風になっているなんて!


「おや、客人とは珍しい」

「っ!?」


 暗い部屋に突然響く声。

 慌てて周りを見渡してみるけど誰もいない。一体どこから……?


「ここだよ、ここ。すぐそばに居るじゃないか」


 声は確かに近い。でも見つからない。

 まさか体を透明に!? それか他の物に擬態しているのかもしれない。


 注意深く確認するけど……やっぱり見つからない。するとその声の主は苛立たしげに声を出す。


「違う! どこを見てるんだい、だよ君ぃ!」

「へ? 下?」


 視線をゆっくり下に向ける。するとそこには確かに人がいた。

 十歳に満たないくらいの、栗毛が特徴的な小さな女の子が。


「よく来たね私の研究所ラボへ。私はサリア=ルルミット。ここ時計塔の主だ」


 僕よりずっと小さなその女の子は、明らかに丈が合ってない白衣をはためかせながらそう言った。

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