第19話 侍女の追憶

「着いていく……って、本気で言ってるの?」

「はい。本気も本気、大真面目です。私が仕えるのはカルス様個人です。であれば私が着いていくのも当然のはずです」

「でも僕、学生寮に住む予定だよ?」

「ではお家を借りましょう。台所が大きい所がいいですね」

「めっちゃ勝手に決めるじゃん」


 行動力が高すぎる。


「いやさ。一緒に来てくれるって言ってくれるのは嬉しいよ? 僕だって知らないところで急に一人暮らしするのは寂しい。シズクが来てくれるっていうならこれ以上心強いことはない。でもシズクだってそろそろ落ち着きたいんじゃない? ずっと僕の看護で大変だったでしょ?」


 今でこそ体は良くなったけど、シズクは五年間休みなしで僕を支え続けてくれた。

 僕も大変だったけど、それに劣らず彼女も大変だったと思う。夜中に起きて苦しむ僕の世話をするのが、嫌になることもあったと思う。


「シズクはまだ若いんだからさ、そろそろ自分の人生を歩みてもいいんじゃない? あんまり僕と一緒にいすぎても良くな……っておわっ!?」


 話してる途中で急にシズクにベッドに押し倒された。

 こんな強引なことされたのは初めてだ。超近距離にシズクの綺麗な顔があって緊張する……。

 その体勢で彼女は無表情に僕を見つめながら喋る。


「……初めて会った日のことを、覚えていらっしゃいますか?」

「へ? あ、ああ……確か父上が連れて来たんだよね。雪の降る寒い季節だったのを覚えてるよ」

「はい。あの時の私は……大変な状況でした。縋るべきものを失い、空っぽな状態。そんな時にカルス様に出会いました」


 シズクは王国の暗部組織出身だ。

 小さい頃から暗部としての英才教育を受けていて、ゆくゆくは密偵スパイとして使われる予定だったらしい。

 だけど『暗部』は父上が王位を継いだ時に解体された。父上の父上……僕のお爺ちゃんに当たる人は暗部を重用してたらしいけど、父上はそれに頼るのを嫌った。


 その結果シズクは暗部として働き、汚いことをする前に解放されたんだ。


「あの時の私は何も感じない人形のような存在でした。命じられたことをただこなす、操り人形……暗部からしたら私の育成は大成功だったでしょう。しかしそのせいで解放されても私にはやりたいことなど何もありませんでした。不憫に思った陛下は私をカルス様の護衛として使って下さいました」


 今も無表情なシズクだけど、あの時は今の比じゃなかった。

 命令だけをただ淡々とこなす人で、少なくとも今みたいに僕を押し倒したりはしなかった。ていうかいつまでこの体勢なの?


「ですが私がこのお屋敷に来てから二週間ほど経ったある日、あることが起きました。カルス様は覚えてらっしゃいますか?」

「二週間後? うーん……何かあったっけ?」


 記憶を遡ってみるけど思い出せない。

 そんな僕の反応を見て、シズクはその日のことを説明してくれる。


「あの日も雪がよく降っていました……朝、カルス様の部屋を訪れた私は、ベッドからカルス様がいなくなっていたことに気がつきました。あの頃は呪いの痛みも強く、一人で立ち上がるのも大変でした。当然私は焦り、屋敷中を探しました」

「あー……そんなこともあったような?」


 正直よく覚えてない。

 なんでそんなことをしたんだっけ?


「私がカルス様を見つけたのは外でした。屋敷の裏手でカルス様は雪に突っ伏して倒れてらっしゃいました」

「思い出した、そういえばそんなことあったね」


 確かそれで熱を出したんだった。

 小さい頃のことだからすっかり忘れてたよ。


「心のない私でも疑問を持ち尋ねました。『なんでこんな事をしたのですか?』と。するとカルス様は綺麗な青い花を私に差し出し、こう仰ったのです『この花を採りに来たんだ。窓から見えて綺麗だったから』と。そしてカルス様はその花を私にくださったのです」


 そうだ。全部思い出した。

 僕は何にも反応しないシズクのために、花を採りに行ったんだ。


 綺麗な花だったから喜ぶだろうと、そう純粋な気持ちで。



「私はその時初めて『無償の愛』というものを感じ、無くしたと思っていた心が再び動いたのです」

「そんな……大袈裟だよ」

「カルス様からしたら大したことではないのかもしれません。しかしあの時の私にとってあれは、忘れぬことの出来ぬ大切な思い出となったのです」


 確かにあの日以来、シズクは自分というものを出すようになったかもしれない。

 好きな食べ物とか好きな本。得意なこと不得意なこと。乗ってくる話題あまり得意でない話題。

 そんな普通の人なら持っている特徴というのが少しづつだけどシズクにも出てきた。


「私はあの時から心に決めてるのです。この生涯を貴方の為に使おうと、だから私がカルス様から離れるなんてことはありえません。もちろんカルス様が私とどうしても離れたいとおっしゃるのであれば、仕方ありませんが」

「……それってかなり卑怯な聞き方じゃない? 僕がシズクと離れたいわけないじゃないか」


 そう言うとシズクは僕だけに分かるように小さく笑う。どうやら僕は彼女をズルく成長させてしまったみたいだ。


「と、いうことですので私もついて行かせて頂きます。新しい生活、今から楽しみですね」


 そう言ってシズクは僕から離れ、部屋の扉に手をかける。

 そんな彼女に問いかける。


「でも本当にいいの? シズクも好きな人とか見つけたいんじゃないの?」

「構いませんとも。私はカルス様一筋ですから」

「いや嬉しいけどそうじゃなくて。シズクの言う好きは異性としてではないよね?」


 僕がそう言うと、シズクは今まで僕に見せたことのない妖艶な笑みを浮かべ、言う。


「さて、どちらだと思いますか……?」


 シズクはそう言うと、ぱたんと扉を閉めて出ていってしまう。

 呆気に取られて扉を眺める僕。その日はなんだかドキドキしてしまって全然寝ることができなかった。


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[用語解説]

・雪しずか

青い花弁の美しい花。

冬の初めにひっそりと咲き、雪が溶け始める頃にひっそりと散る。

寒い冬の日、少年が侍女に贈った花。その花はもう枯れてしまったが、今も彼女の心の中にひっそりと咲き続けている。

花言葉は『見返りを求めぬ愛』『ひとりにしないで』

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