第20話 いってきます
それからの日々は、とても大変だけど、充実した毎日だった。
朝起きて運動し体を鍛え、日中は師匠と一緒に魔法の特訓をした。
日が傾いて来たら勉強して、夜になったら早めに寝るの繰り返し。
そして兄さんたちが帰ってきたらそれプラス剣の特訓をしたり、勉強を見てもらったりした。
クリスとシシィとは何回か文通をしたけど直接会うことはなかった。二人とも忙しいみたいだ。
ひたすらに鍛え、学ぶ。
そんな生活を五年間、毎日続けた。
呪いの痛みは無くなったけど、一度変わった髪の色は変わらず白いままだった。それでも背はちゃんと伸びてくれて今ではシズクと同じ高さにまで成長した。
「ほほ、すっかり大きくなりおって。顔も男前になったじゃないか。若い頃の儂そっくりじゃ」
「ほんと? 嬉しいな」
ゴーリィ師匠はまだ屋敷にいてくれている。出会った時と比べて少し皺が増えた気もするけど、まだまだ元気だ。
「ええ、本当に大きくなられました。そのジャケットもよくお似合いですよカルス様」
「へへ、ありがと」
もちろんシズクも隣にいてくれている。
今日彼女と一緒に僕は王都に行く。五年前から出発することは分かっていたけど、それでもドキドキする。一体どんな人に出会えるんだろう。
「それにしてもシズクって僕が小さい頃から見た目全然かわってないよね。どうして?」
「……言ってませんでしたか? 私はハーフエルフ。歳を取る速度が普通の人よりゆっくりなのです」
「え゛、そうなの?」
衝撃の事実が発覚した。
十年も一緒に住んでて全然知らなかった。
「何で気づかないんじゃ。耳が少し尖っとるじゃろうが」
「いやそうなんだけど、そういう家系なのかなって」
「どんな家系じゃ」
師匠に冷静に突っ込まれてしまった。まあ確かにこれは僕が節穴だった。むう。
「なのでカルス様がお年を召されてもお世話できますよ♪」
「さすがにシズクに介護されるのは嫌だなあ……看護して貰っといてアレだけど」
と、そんな他愛もない話をしながら屋敷の玄関に行く。
するとそこには父上と母上、それに二人の兄さんがいた。みんな僕の出発を見送りに来てくれたのだ。
本当ならみんな普段王都にいるからこっちに来るのはおかしいんだけど、王都で僕たちは基本会えない。だからみんなこっちに来てくれたんだ。
「……うぐ、カルズ、立派になっで……お゛うおう。俺゛ぁ嬉しいが、さびじくもなるぜ……」
「ちょっと泣かないでよ兄さん。大袈裟だって」
大粒の涙を流すダミアン兄さん。今生の別れってわけでもないのに、大袈裟だ。
むしろ王都にいる兄さんとは今までよりも距離的には会いやすいはずだ。まあ僕が王族だと言うことは隠さなくちゃいけないから人目がある所では会えないけど。
男泣きするダミアン兄さんを落ち着かせた後は、シリウス兄さんのところに行く。
シリウス兄さんはいつもよりお洒落した僕の姿を見て、
「ふむ、やはりカルスは私と似てタイトな服がよく似合うな。ただ
「もう、大袈裟だよ。王都に行くだけで誰とも会わないんだから正装しなくてもいいと思うんだけど」
「そういうわけにはいかない。今日はカルスの門出の日。ここで正装せずいつ正装するというのだ!」
シリウス兄さんがそう言うと、もう一人の兄さんと父上も「そうだそうだ」と乗ってくる。この人たち本当に仲良いな。物語に出てくる王族ってもっとギスギスしてるんだけど。
まあいいや。僕に何を着せるか談義で盛り上がってるあそこは放っといて、母上の所に行こう。
「母上、お見送りに来て下さりありがとうございます」
「ああカルス……本当に立派になって……!」
目を潤ませながら、母上は抱擁してくれる。
そしてゆっくりと体を離した母上は、僕のことを色んな感情が織り混ざった目で見る。
そしてしばらく悩んだ後……ゆっくりと口を開く。
「今だから言えるわ。カルス、私はね、一時期本当に貴方を産んで良かったのかと悩んだ時があったの」
それはずっと隠してきた母上の本音だった。
「貴方のことは愛しているわ。でもずっと苦しみ続ける貴方を見て……私は後悔してしまった。産んだことと……呪いに侵されていると知った時に、育てると決心したことを」
忌み子が無事大きくなった記録は残ってない。
育てる決心をしたのは大変だったと思う。
「本当は私がずっと育てたかった。でも……苦しみ続ける貴方をみるのに耐えられなくて、私は仕事に逃げてしまいました。私は母親失格です。だけど本当に貴方のことは愛していたのです」
母上は涙をぼろぼろと流しながら語る。
僕と同じように母上もずっと苦しんでた。きっとそれは父上と兄さんたちも同じで。僕たち家族はみんな呪われていた。
苦しむ家族の側に居てあげられない、側にいても苦しむのを見ていることしか出来ない。そしてその子がいることを……誰にも言うことが出来ない。それはとっても苦しいことだと思う。
「今日こうして立派に成長し、旅立つ貴方を見れて本当に嬉しいのです。でもそれ以上につらくも感じてしまう。こんなこと感じてはいけない、そう思っても胸の中から罪悪感が押し寄せてきてしまうのです。ごめんなさいカルス、貴方の門出を笑顔で見送れなくて……」
母上はまだ……囚われてるんだ。
罪悪感という檻に、呪いに。
「どうか責めて下さい不出来な母を、母親失格なのだと
悲痛な声でそう嘆願する母上の手を僕はそっとつかむ。言うべき言葉はもう決まっている。
「……確かに僕はつらかった。産まれて来たことを呪った日も……ある。何で僕だけがこんなに苦しまなくちゃいけないんだと思ってた。でも苦しむ僕を見て泣く母上を見て『苦しいのは僕だけじゃないんだ』と思ったことを今でも覚えてる」
「カルス……」
一緒に苦しんでくれたことは僕にとって救いだった。
一人で戦ってるわけじゃないと分かったから。
「だからつらい日々も耐えれた。だから生きて今日この日を迎えられたんだ。僕は今幸せだよ母さん。たくさん学べて、体を動かせて、大切な人たちと過ごすことが出来て」
それは紛れもない本心だ。
マイナスも多い人生だったけど、トータルでプラスになる人生だって胸を張って言える。
「僕には夢があるんだ。すごい魔法使いになって師匠みたいにたくさんの人を救うって夢が。そして呪いを解く方法を見つけて、二度と僕みたいに苦しむ人が現れないようにするんだ。いい夢でしょ?」
「えぇ……それは……とっても、素敵な夢ね……」
見れば母上だけでなく、師匠や父上、兄さんにシズクも泣いてる。
本当にみんな泣き虫で……いい家族だ。
「こんな素敵な夢を持つことにできた僕が『産まれなければ良かった』なんて、言わせない。たとえ母さんでもね。だから母さん……」
そう、言うべき言葉は――――
「だから母さん。産んでくれてありがとう。僕は幸せ者だ」
心から、心からそう言った。
母さんは泣き崩れて僕の服に大量の涙をこぼす。いい生地を使ってるんだ、たくさん吸ってくれよ。
「私も……貴方を産んで本当に良かった……貴方は私の誇りよ……!」
気づけば兄さんたちも抱きついてきて泣いている。おかげで暑いったらないや。全く本当にしょうがない兄さんたちだ……
たまりにたまっていた膿を、全て流し落とした僕たちは、遂に別れる。
ちゃんと、笑顔で。
そしてみんなに見送られながら僕は産まれて初めて、その言葉を言った。
「それじゃあ、行ってきます!」
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