第16話 その実力は

 魔術協会の会長エミリア・リヒトーは世界中から疎まれている。

 ゆえに刺客を送られることも多く、一日に八つの別の組織から狙われたこともある。


 しかしそのどれもが彼の命に刃を突き立てることは出来なかったのだ。


「下がっとれアレグロ。なあにそう時間はかからんよ」

「お、お願いします会長〜!」


 木を降りてきた会長に任せ、アレグロは茂みに逃げ込んだ。


「ひいふうみい……十人か。嬉しいよ、こんな大所帯で来てくれるなんて」

「自ら姿を現すとは馬鹿なやつだ。その命、頂戴する」


 短剣を構える刺客たち。その黒い刃は僅かに濡れている。毒が仕込まれているのだろうとエミリアは推測した。


「ほう、どうやら本気で私を殺したいようだな

「――――何を笑っている!」


 刺客の一人が短剣を構えながら突っ込んで来る。


「死ねッ!」


 胸元を狙い突き出される刃。

 エミリアはその一撃を……正面から受け止めた・・・・・


「は、どうだ……っ!」


 刃はエミリアの胸の真ん中に深々と刺さる。血がぼたぼたと流れ落ち、毒の効果でエミリアの肌は刺された箇所から紫色に変色していく。


 出血と毒。どちらかだけでも命を奪うに十分なダメージ。刺客は勝利を確信し、短剣を抜かずにそのままにしてエミリアから離れる。しかし、


「この毒、紫黒草か。これを貰うのは久しぶりだな」


 むん、と力を入れると、変色した皮膚が戻っていき、血も流れなくなる。

 そして彼は胸に刺さった短剣を無造作に引き抜き、捨てる。胸には短剣の穴が空いていたがそれもみるみる内に塞がっていく。


「よし、解毒完了っと。たまには攻撃を貰うのも悪くないな。さて、次は誰がくる?」

「あ、ありえない……っ」


 目の前で起きた異常な光景に、刺客たちは狼狽える。

 紫黒草の毒は一滴で熊をも絶命させる。それを刃にたっぷりと塗っているのにも関わらず、目の前の人物はピンピンしている。嫌な夢を見ているとしか思えなかった。


「こんな毒でなんとか出来ると思ったか? 貴様らの目の前にいるのは魔術協会の長だぞ、そこらの魔法使いと一緒に思うなよ」

「ぐっ、かかれ! 囲んで殺すんだ!」


 刺客たちは連携の取れた動きでエミリアを囲み、攻め立てる。


炎の奔流フ・リーバ!」

水の槍オル・サクス!」


 襲い掛かる巨大な炎と水の槍。

 それに対しエミリアは片手を上げて対処する。


「魔術、『消失する手クリアハンド』」


 そう呟いた瞬間、エミリアめがけて放たれた魔法は一瞬で消え失せてしまう。突然の出来事に刺客たちは混乱する。


「馬鹿、な……!」

「ほれ、ぼうっとするな」


 唖然とする刺客の一人めがけ手を振る。するとその刺客の膝から下が突然消失・・する。

 足がなければ立つことは出来ない、その刺客は足があった場所から血を噴き出しながら地面に落下し、その場で苦悶の声を上げる。


「あ、足がぁ……っ!?!?」


 血を撒き散らしながら地面をのたうち回る。

 エミリアはそんな彼をゴミを見る目で見ながら、再度手を下ろす。


「うるさい」


 すると地面が手の形に刺客ごと抉られる・・・・

 のたうち回っていた者の姿はどこにも無くなってしまっていた。


 あまりにも現実離れした光景に、残りの刺客たちは呆然とし足を震わせていた。

 こんな魔法、今まで見たことがない。そもそもこれは魔法なのか? ぐるぐると回る思考に支配され、体が動かない。


「どうした、もう終わりか? 私を仕留め損ったと報告に帰るか? まあそんなこと出来んよな。暗殺に失敗したなんてお前らが消されかねんからなあ」

「こ、の……!」


 図星を築かれた刺客たちは一斉に襲い掛かる。

 短剣、魔法の剣、銃など、それぞれ得意の獲物を握りしめエミリアの命を狙う。


「くくく、それでいい。せめて華々しく散ってくれたまえ」


 エミリアはまず近くにいた者の顔を目にも止まらぬ速さで掴む。


「や、やめ……」

「まず一人」


 ぞる。という不快な音ともに刺客の姿が消える・・・

 体も服も、匂いも全部。その人物がこの世にいた形跡は全てその場から消え去ってしまう。それを見ていた彼らの記憶、ただそこだけにしかその人物は残っていない。


「何だあの魔法は……!?」

「これは私のオリジナル魔術。魔法などという遅れた代物に縋る貴様らでは辿り着くことの出来ぬ魔の極致よ」


 刺客たちはエミリアの言っている意味がわからなかった。

 ただ目の前の化け物は自分達の理解の及ばぬ何かを使うことが出来る。それだけは理解できた。

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