第15話 いつかまた
エミリアとかいう人が見えなくなり、力の抜けた僕はその場に膝をついてしまう。
はあ……緊張した。
「大丈夫かカルス。よく頑張ったな」
そんな僕を師匠は起こしてくれる。
「よくぞ自分の意思で道を選んだ。お主の師として誇らしいぞ」
「へへ、ありがとうございます」
僕の選択は間違っていないはずだ。
でも、ひとつだけ引っ掛かっていることがある。
それは……
「ねえ師匠、僕はいつまでこの屋敷にいるんだろう」
「む? それはどういうことじゃ?」
「あの人の言うことにも一理あると思うんです。僕はずっとこの屋敷にいちゃいけない」
みんなが優しくしてくれるのは嬉しい。
でもそれに甘えてたら駄目だ。一人でもちゃんと生きれるよって分かって貰えるようになりたいから。いつかはこの屋敷から飛び出さなきゃいけない。
そして外の世界で色々学ぶんだ。
それでいつかはこの呪いを完全に解いてみせる。自分の力で。
師匠は僕のそんな気持ちを聞いてくれ、提案してくれる。
「じゃったら……魔法学園がいいかもしれん」
「魔法学園って王都のですか?」
「うむ」
魔法学園とは王都ラクスサスに建つ、大陸最大規模の魔法の学び舎だ。
魔術協会とレディヴィア王国が共同で立て、運営するその学園には大陸中から有望な子どもたちが集まり、日々魔法を学んでいる。
確か師匠もここの卒業生のはずだ。
「あそこにも協会と負けないくらい様々な魔法の知識が集まる。同年代の魔法使いとも会えるし、よい刺激となるじゃろう。魔法学園の運営には協会も絡んどるからエミリアの奴が出張ってくる可能性があるが……それはどうにか出来よう」
師匠の提案は凄い魅力的に思えた。
もともと学園には興味があった、友達と一緒に授業を受けたり遊んだり。それはどんなに素晴らしいことだろう。
「じゃが学園に入れるのは十五の歳になってから。まだ時間はある、ゆっくり考えるといい」
そう言って師匠は僕の頭にポンと手を置く。
ゆっくり考えるといい。
そうは言ってくれたけど……僕の心はもう決まっていた。
◇ ◇ ◇
次の日。
僕は帰ることになったシシィを見送るべく外に出ていた。
「本当にありがとうねシシィ。君がいなかったら僕は今頃こうして普通に過ごすことは出来なかったよ」
「そんな。私は大したことはしてませんよ。全部カルスさまが頑張ったおかげですっ」
本当に彼女にはお世話になった。返しきれないほどの恩がある。
いつか少しでも返すことが出来ればいいんだけど。
「それでは……また会いましょう」
「うん。いつでも遊びに来てよ。あ、でも五年後には学園に行くからその時はいないかも」
「学園……そうですか。分かりました」
シシィは何か考えた様なそぶりを見せたあと、馬車に乗り込む。
いよいよお別れか……寂しくなるよ。
走り出す馬車、窓から顔を出してシシィは叫ぶ。
「さようならカルスさま! 絶対にまたお会いしましょうね!」
彼女に似つかわしくない、大きな声。
きっと勇気を振り絞って出してくれてるんだ。
「うん、絶対!」
だから僕も彼女に負けない大きな声で、そう返事をするのだった。
◇ ◇ ◇
森の中を走る、一台の馬車があった。
小型の馬車だが、細やかな装飾が施されており中に高い身分の者が乗ってることが窺い知れる。
『ヒィン!?』
横転する半壊した馬車と、混乱し暴れる馬。
そんな大事故の起きた現場に近づくのは黒いローブで素性を隠した人たちだった。
「やったか?」
「無事だとは思えないが確認しよう」
小声でそう話しあった者たちは、馬車に近づく。
すると壊れた馬車から一人の人物が飛び出してくる。
「
現れたのは赤い髪が特徴的な長身の男だった。
男はぜえぜえと息を切らしながら壊れた馬車から離れる。そして目の前にいる謎の黒い人物たちを見て、再び叫ぶ。
「ぎゃー!? 何ですか貴方たちは!?」
「……こちらの台詞だ、何だお前は」
その男は黒ローブの者たちの『標的』ではなかった。
目標の馬車を間違えたか? と焦るが、仲間の一人がその人物を特定する。
「その男は標的の秘書だ。つまり馬車はあれであっている。おい男、お前の主人はどこだ!」
「ひぃー!?」
ギザギザのナイフを突きつけられ、その秘書……アレグロは泣きながら両手を上げる。
「や、やめてくださーいっ!!」
「やめて欲しくば言え、貴様の主人はどこだ!」
「そんなこと言われても知りませーんっ! いきなり馬車が倒れて私も何が何だか……助けてエミリアさまー!」
アレグロの悲痛な叫び声が森の中にこだまする。
すると頭上より呆れた声が降ってくる。
「全く、しょうがないやつだ」
一斉に頭上を見上げる一同。
そこには樹の枝に腰かけるエミリアの姿があった。
彼は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに言い放つ。
「私はいま虫の居所が悪い。少し憂さを晴らさせてもらうぞ」
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