第7話 巡れ光よ

 話を整理しよう。

 僕は今まで自分の呪いが左胸にかかっていると思っていた。黒い膿が左胸にあるから。


 でも呪いは僕の『血』にかかっている可能性が出てきた。

 左胸に膿が出ているのは、血を送り出す心臓がそこにあるから。きっと送り出す過程で心臓周辺に呪いが溜まってしまっているんだ。だから左胸の表面に膿が出た。


「だとすると『光の治癒ラ・ヒール』をかけるべきは僕の『血液』ってことになるのかな?」

「そうなりますね。黒い膿は根源ではない可能性があります。真に治すべきはその中、血にある可能性が高いです」


 僕も少し気にはなっていた。なんで膿がある左胸だけじゃなくて、色んな部分が痛むんだろうと。

 でも分かった。呪われてるのが血なら、僕の全身を呪いが駆け巡ってることになる。色んな所が痛むのも当然だ。


「じゃあ早速だけどやってみてもらっていいかな。僕の血に回復魔法を」

「は、はい。血にやるのは初めてだけどやってみます」


 シシィは目を閉じて集中し、魔力を練り始める。

 彼女の魔法技術は高い。積み重ねられた知識とそれを補う高い魔力、師匠が褒めるだけあってその実力は並の魔法使いを大きく上回る。


光の治癒ラ・ヒール


 シシィの手から放たれた光の波動が僕の体に吸い込まれていく。

 最初は今までと同じく左胸に。だけど今まではその表面に集中していた光を、シシィはさらに奥、心臓めがけて流し込んでいく。


「う、ぐう……!」


 じゅく、という胸を刺す痛みに声が漏れる。これは今まで感じたことのない痛みだ……!


「だ、大丈夫ですか?」

「僕は……平気。続けて……」


 痛みはどんどん大きくなっていくけど、シシィに続けるよう促す。

 この痛みはきっと呪いが魔法に抗ってる痛みだ。ということは効果があるということ。僕は歯を食いしばり、痛みを堪える。


「――――っ!!!!」


 脳が弾け、目玉が飛び出し、歯が溶けるような痛みに耐え続ける。

 頑張ってるようだけど無駄だよ、このくらいの痛みで僕は折れない。お前のせいでこっちは痛みに強くなってるんだ。


光の治癒ラ・ヒールが血液に乗りました。このまま流し込み続けて全身に送ります」

「うん。よ、ろしく……!!」


 光の魔法が血液の流れに乗って全身を駆け巡っていく。するとみるみる内に体を襲っていた痛みは沈んでいく。これは……確実に成功と言っていいだろう。


 僕の体は発作が起きる前と同じくらい元気になっていた。


「やった……!」

「あの、大丈夫……ですか?」

「うん、大丈夫だよ! シシィのおかげだ!」


 感極まってシシィに抱きついてしまう。

 すると彼女は「ぴゃいぃっ!?」と小動物みたいな悲鳴を上げながらのけぞる。


「か、かるしゅさん!? ち、ちかちかちかいですすすす」

「おっとごめんね、つい」


 我に帰って彼女から離れる。

 シシィの顔は林檎みたいに真っ赤になっている。悪いことしちゃったね。


「ごめんね。嫌だったよね」

「い、いやいやいやってわけじゃななないんですけどしかしあのあれ」


 言語機能が壊れてしまったみたいだ。

 僕はしばらく黙り、シシィの調子が戻るのを待つ。


 時間にして十分。たっぷりと深呼吸をしたシシィはようやく落ち着きを取り戻す。


「すー、はー……すみません、もう大丈夫です。取り乱しました」

「こっちこそごめんね。気をつけるよ」

「それでええと……呪いの件ですが、カルスさまの『血』に呪いがかかってるという推測は当たっているとみて間違いないと思います。魔法をかけた私もそう感じましたしカルスさまの体調も良くなった所をを見るに間違い無いでしょう。でも……」


 シシィは僕の左胸に視線を落とす。

 そこにはまだ――――黒い膿が健在していた。


 痛みは減った。体調は良くなった。しかしそれでも呪いは僕を掴んで離しはしなかった。


 事実僕は感じる。僕の体内でまた呪いが増幅していくのを。

 虎視眈々と体内でまた僕を苦しめようとする呪いの意志を、確かに感じている。


「やっぱり僕自身が『光の治癒ラ・ヒール』を覚えないと長くは持ちそうにない、か……」

「……すみません。私の魔法がもっと強ければ……」

「やめてよ! シシィのせいじゃないって! これは僕の責任だ、シシィはなんにも悪くないよ!」


 悪いのは僕ひとりだ。

 シシィも師匠もセレナもとてもよくしてくれている。頑張ってくれている。


 それなのに成果が出ないのは僕が落ちこぼれだからだ。


 いつまでも弱く、脆弱で、救い難い。

 大切な人が出来ても、その人たちのことを困らせてしまう、本当に最低な人間だ。


 だからいけないと思いつつもこう考えてしまう。



 もしかしたら僕は――――生きるべきじゃないのかもしれない、と。

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