第3章 小さな師匠(せんせい)

第1話 急変

 ――――ふと気がつくと、僕は真っ暗な空間にいた。


 地面はなくて、上下左右の感覚もないただただ真っ暗な空間。浮いてるのか沈んでるのかすら分からない。


 暗黒。それ以外にこの光景を表すことは出来ない。


「僕はなんでここに……」


 記憶を必死に掘り起こそうとするけど、モヤがかかっているように思い出せない。うう、頭が痛い……


 どこに進むことも出来ず苦しんでいると、僕の目の前に何か黒い霧のようなものが集まっていることに気がついた。

 その霧はどんどん膨れ上がっていって、最終的には僕と同じくらいの大きさになる。

 そしてモコモコと姿を変えると、なんと人の形に変形する。顔と思われる場所には二つの穴が開いている。形から察するにおそらく目のつもりなんだろう。


 その謎の霧は、空洞の目を僕に向ける。


「……なんだ、お前は」


 僕にはその霧が何かの『意識』を持っているように感じられた。

 なんでそう思ったのかは分からない。でもそう確信できる何かを感じたんだ。


 そしてその確信を裏付けるように……その霧は僕を見ながら『笑った』んだ。


「何を……笑ってるんだ……!」


 こんなにも苦しいのに、何がおかしい。僕の頭の中は怒りで埋め尽くされる。

 怒りに満ちた目で霧を睨みつける。するとなぜか霧は今度は悲しそうな顔をした。本当に意味が分からない。こいつはなんなんだ?


『…………!』


 霧が手を伸ばす。ゆっくりと、僕に向かって。

 当然そんなもの触りたくない。必死に避けようと頑張るけど、僕はその場から一歩も動くことが出来ない。

 いくらもがいても進むことが出来ないんだ。


「やめ……っ!」


 そしてその手は僕に触れる。痛みはない、でも僕はその瞬間それ・・が何なのかを強烈に理解した。


「お、まえ……っ!」


 こいつは、『呪い』だ。

 僕の体に巣食う『死の呪い』。それの根源がこいつなんだ。


 この場所は死の臭いが充満しているから気がつかなかったけど、触ってようやく分かった。


「お前……今更僕の前に出てきてどういうつもりなんだ!」


 しかし呪いは答えない。

 興味深そうに僕のことを見るのみ。その仕草は楽しげに見える。


「僕を馬鹿にしに来たのか!?」


 答えない。


「いったい何のために僕を呪う!?」


 答えない。


「僕がどれだけ――――どれだけ苦しい思いをしたか知っているのか!?」


 それを聞いたそいつはビクッと震えると、二つの目の下にもう一個穴を作る。これは口のつもりか?

 その穴をパクパクと動かしたそいつはたどたどしいながらも言葉を発した。


『ガ、ンバッ……タ。ネ』


 理解が、出来ない。

 なんだこいつは。いったい何を考えてるんだ。


 頑張ったね。だって? なんだそれは、僕を慰めているつもりなのか?

 だとしたら……それは逆効果だ。


「僕は絶対に呪いを治す。覚悟しとけ、絶対にお前を追い出してやるからな」


 そう強く言い放つ。

 するとソイツはゆっくりと口を動かしながら……最後にこう言った。



『ダイスキ』










◇ ◇ ◇



「うわあっ!?」


 急激に覚醒する意識。

 現実か夢か分からない感覚に、心臓が激しく波打つ。体中から汗が出てシーツも布団もビッチャリだ。


「ここは……?」


 あたりを見渡すと、そこは見慣れた自分の部屋だった。

 窓から見える景色は明るい。昼ごろといったところだ。


 確か最後の記憶の時は夜ご飯を食べてる時だったから最低でも半日以上は寝てたみたいだ。


「喉が渇いた……」


 何も口にしてないからか喉が強烈に渇いてる。

 見ればベッド横のテーブルには水が入ったコップが置かれている。手に取ろうと体を動かしてみるとその瞬間、体に激痛が走った。


「う、ぐ……!」


 肉が裂け、骨を捻じ曲がったような痛み。

 そうだ。そうだった……僕の体は、こうだった・・・・・


 師匠の魔法のせいで忘れてたけど、この痛みこそ僕の日常だった。


「でも……なんで?  『光の治癒ラ・ヒール』の効果はまだ続いてるはずなのに」


 僕が倒れる少し前、ご飯を食べる直前に師匠は魔法をかけてくれた。

 その効果は次の日の昼までは持つはずだ。でもかけて二時間も持たず僕は倒れてしまった。


 考えられる理由は二つ。

 一つは師匠の魔法が正しくかかってなかったということ。

 でもそれは考えにくい。師匠がそんなミスするとは考えられないし、僕もかけてるとこを見てたけどおかしいとこはなかった。


 ならもう一つの理由が正解の可能性が高い。

 それを確認するため、僕は気絶している間に着せてもらった寝巻きを脱いで上半身を確認する。


 そしてそこにあったそれ・・を見たことで僕の推理は確証に変わった。


「はは、こりゃ参ったね……」


 胸だけにとどまっていた『呪い』は、いつの間にか広がっていて……僕の腰あたりまで黒く変色させていた。

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