第18話 別れ、そして――
次の日、僕はクリスと剣の稽古をしながら色んなことを話した。
クリスはジークさんと一緒に色んな所を回ってるだけあって僕の知らないことを色々知っていた。
砂漠の街や山の中にある都市、海の上に浮かぶ国や空を飛ぶお城の話。そのどれもが刺激的で僕はいつか旅をしてみたいなと思ってしまった。
「カルスも興味あるならいつか旅に出れば? きっと楽しいわよ!」
「そうだね、僕も行けたらいいんだけど……」
「へ? どういうこと?」
首を傾げるクリスに、僕は自分が重い病気に罹ってると話した。
そのせいでこの屋敷から出たことすらほとんどないと。
「そう……だったのね。ごめんなさい、無神経なこと言っちゃって……」
僕の話を聞いたクリスはしゅんと落ち込んでしまう。
しまった、悲しませちゃった。
「き、気にしなくて大丈夫だよ! ほら、今はだいぶ良くなってるから」
えっほえっほと腕と足を体を動かして元気アピールをする。
それを見たクリスは「ぷっ」と小さく噴き出す。よし、手ごたえありだ。
「……そうね、カルスならきっと大丈夫よね。それにもし大きくなっても体が弱かったら、私が側で支えてあげるわ」
「それは心強いね。ぜひお願いするよ」
知らない土地を、仲間と一緒に旅をする。
なんて素敵な夢なんだろう。
この夢を叶えるためにももっと頑張らなくちゃ。僕はそう思うのだった。
◇ ◇ ◇
「では、そろそろ発つとしよう。おせわになりました殿下」
その日の昼過ぎ、僕たちは屋敷を去るクリスとジークさんを見送るために外に出ていた。
本当なら一泊だけして帰る予定だったんだけど、昨日はクリスの家出騒動があったので、今日まで滞在が伸びてたんだ。
僕にとって初めての同年代の友達であるクリスとは、もっとお話ししたかったけどジークさんも忙しいから仕方ない。
「俺も楽しかったぞジーク。またいつでも遊びに来い」
「はい、是非。そしてカルス君もありがとう、君のことは忘れえないよ」
「は、はい!」
差し出されたジークさんの手を握り、握手する。
ごつごつして硬い、戦士の手だ。
「クリス、お前もちゃんとお別れしなさい。次にいつ会えるか分からないのだから」
「……うん」
珍しく静かにしていたクリスが僕の前に来る。
なんだか少し緊張してるって感じだ。どうしたんだろう。
「カルス、もうちょっとこっち来て」
「へ?」
自分から来ればいいのにと思いつつも、一歩進んでクリスに近づく。
するとその瞬間、突然クリスが僕の襟をつかんで、思い切り引き寄せて来た。
「うわっ!?」
油断していた僕は抵抗することも出来ず引っ張られて……右の頬に優しく、キスをされた。
「……へ?」
突然のことに理解が追いつかず、呆然とする僕を見てクリスは顔を赤くしながらいたずらげな笑みを浮かべる。
「これで私のことを忘れないでしょ? もし忘れてたら容赦しないからっ」
そう言って彼女は止めてある馬車の方に走っていく。そして馬車に乗る直前で止まると、背中を向けたまま大きな声を出す。
「私はもっと頑張って強く、そして綺麗になるから! 楽しみにしてなさいカルス!」
「……うん! 僕もクリスに負けないくらい頑張るから!」
今度はちゃんと返事をする。
僕の返事に満足してくれたのか、クリスは振り返ることなく馬車に乗り込む。別れるのは寂しい、でもそれ以上に楽しみにもなった。
成長したクリスを見る楽しみ、そして僕の成長を見せられる楽しみ。どっちも僕の寂しい時間を支えてくれるだろう。
「……全く、おませな娘に育ったものだ。それではまた会いましょう皆さん。本当にお世話になりました」
最後に一礼し、ジークさんも馬車に乗り込む。
そして二人を乗せた馬車が見えなくなるまで、僕たちは手を振り続けるのだった。
――――こうして、騒がしくも楽しい三日間は終わった。
だけど終わるものがあれば始まるものがある。
『始まり』。その言葉を聞くとプラスのイメージを持つことが多い。
でも今回のそれは……間違いなく『最悪』の始まりだった。
「……あれ?」
クリスが屋敷を去って二日後。
いつも通り魔法の授業を終え、夜ご飯を食べている途中それは『始まった』。
初めに感じたのは小さな違和感。持っていたスプーンを置き、その違和感の正体を探ろうとする。
「どうしたカルス。どこか痛むか?」
「いえ、ちょっと違和感が……」
心配そうに見てくる師匠。
……なんだろう、この感じは。まるで崖のギリギリに立っているような不安感。どこまでも深い海を漂う孤独感。そして首元にナイフを突きつけられているような焦燥感は。
「……っ!?」
不意に視界が傾く。目がおかしくなった、そう思ったけど違う。
いつの間にか僕の体が倒れ机に突っ伏してしまったんだ。
ああ、料理が溢れちゃった、もったいない。
思わずそんなことを考えてしまうほど僕は冷静だった。でもそんな僕とは対照的に僕の体は大変な状況にあった。
「どうされたのですかカルス様!? ど、どうしたら!?」
「シズク殿、まずはカルスを横にさせて下さい! それとタオルと水の用意を!」
机に突っ伏している僕は口から泡を吹いて、痙攣している。見るからに危険な状況だ。
それをまるで他人が見ているかのように僕は感じていた。
助かりたい、どうにかして。そんな事は考えずただ……『申し訳ない』。そう考えながら僕の意識はぷつりと、途切れ、た――――――――
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