第17話 告白

 クリスに手を引かれてやって来たのは、人気ひとけのない森の中だった。


 宴会場からは結構離れてて、賑やかな声が遠くに少し聴こえるくらいだ。


「ここでいいかしら」


 クリスは僕の手を離して、向かい合うようにして立つ。

 そして僕の目をジッと見る。これから何が始めるの……!?


 頭をフル回転させ、僕は一つの解答に辿り着く。


 分かった。これがシリウス兄さんの言ってた『告白』だ! 『女子が人気のないところに呼び出したら99%告白だと思え』と言っていたから間違いない!


 ドキドキしながらクリスの言葉を待つ僕。いったい何て返事したらいいんだ……!?


「えっと……まずは、ありがと。カルスのおかげで助かったし、パパとももっと仲良くなれた。本当に感謝してる」

「へ? あ、ああ! そっちか、じゃなくてどういたしまして」


 違うじゃないか兄さん!

 意外と兄さんの言うことも当てにならないなあと思いつつクリスの言葉に耳を傾ける。


「それでね。私ずっと考えたの。この恩をどうやって返したらいいのかなって。それでさっき決めたの」


 こ、これは本当に『告白』か……!?

 緊張で口の中が乾き、鼓動が速くなる中、クリスは口を開く。


「私、カルスの『騎士』になるわ!」

「……へ?」


 まさかの言葉に僕はガクッと体勢を崩す。

 な、なんで今騎士が出てくるの?


「えーと、クリス? なんでそうなったの?」

「確かにカルスは凄いけど、見てて危なっかしいのよ。竜に腕を噛まれた時とか気を失っちゃいそうになったわ」

「それは……ごめん」


 自覚はないけど、僕は自分の体を雑に扱う時が多いみたいで、よくシズクにも注意される。きっとそれは自分に自信がないから、雑に扱っても……それこそ最悪死んでしまってもいいと思ってるからだと思う。

 クリスにもそのせいで心配かけちゃったみたいだ。


「だから私が守ってあげる! 今はまだ頼りないかもしれないけど、もっともっと強くなって、胸を張って自分を騎士だと言えるようになるから。そしたらカルスの側にいて全ての危ないものを叩き切ってあげる!」


 そう自信満々に言い放つクリスは、なんだか輝いて見えた。きっと彼女には僕にはない『自信』があるんだ。羨ましいな。

 でもそれを僕のために使うのは……なんだかもったいない気がする。


「クリス、気持ちは嬉しいけどそこまでしなくてもいいんだよ。仕える人はちゃんと選んだ方がいいと思う。恩を返したいだけなら方法はいくらでもあるからね。人生をかけてまで返さなくても大丈夫だよ」


 そう説き伏せようとするけど、クリスは引き下がらず首を横に振る。


「違うわ。恩を返したいっていう義務感だけで言ってるんじゃない、私はカルスだから仕えたいの。初めて心から『すごい』って思えた人だから。初めて『この人のために戦いたい』って思えた人だから言ってるの」

「クリス……そこまで……」


 まっすぐな思いをぶつけられて、胸が熱くなる。

 まさかクリスがそこまで僕のことを想っていてくれたなんて、思わなかった。


 彼女がそこまで想ってくれているなら、ちゃんと受け止めないと失礼だね。


「……わかった。じゃあこうしない? 僕たちが大きくなって、それでもクリスの気持ちが変わらなかったら、クリスを僕の『騎士』する。それでどう?」

「いいわ。気持ちが変わることはないと思うけど、カルスがそう言うなら飲んであげる」


 ふう、良かった。

 そもそも 僕はいつまで生きられるか分からない体だ。僕だけを目標にするのは良くない、これでいいんだ。


「じゃあ早速騎士の『叙任式』をしましょ! 私憧れてたのよね!」

「ええ!? まだ騎士にしたわけじゃないのに気が早くない?」

「いいからいいから。ほら、私の剣を貸すからやって!」


 クリスに促されるまま、二人きりの叙任式が始まる。まさかこんな事になるなんて……


「ええと……何て言えばいいの?」

「私もよく知らないから適当でいいわよ。ほら、早く!」


 まったく、無茶苦茶だなあクリスは。

 でも何だろう。この状況を少し楽しんでいる僕もいた。


「えー、じゃあ、こほん。剣士クリスを僕の騎士に任じます。頑張ってください」


 そう言って僕の前に跪く彼女の肩に、剣の平を乗せてぽんぽんと叩く。確かこんな感じだったはずだ。

 僕のたどたどしい叙任に満足したのか、クリスは立ち上がると嬉しそうにニカっと笑う。


「はい。承ったわ。カルスの障害は全部私がぶっ潰す。安心しなさい」

「それは心強いね。これで安心だ」

「ええ、私に認められるなんて光栄こーえいに思いなさい」


 公式でも何でもない、おままごとみたいな『叙任式』。

 でもこの出来事はまるで宝物みたいに、僕の記憶の中でずっと輝きながら残り続けるのだった。

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