第15話 いざ帰宅

 飛竜の生命力の高さもあり、治療はすぐに終わった。


 やるべきことを終えた僕たちが屋敷を戻ると、ちょうど兄さんとジークさんも屋敷に戻って来ていた。どうやら裏手の森の探索を終えて、これから僕たちのいた方の森に入ろうとしていたみたいだ。


 無事クリスを見つけ、戻ってきたことを報告すると兄さんはすごい喜んだ。


「がはは! さすが我がカルスだ! まさか出し抜かれるとはな!」

「ちょ、痛いって、背中、いた」


 バンバンと背中を叩かれる僕、兄さんの手はデカくてゴツいので鈍器で叩かれてるみたいに感じる。

 するとそんな僕の所にジークさんもやってくる。


「本当にありがとうカルス君。なんとお礼を言っていいか……」

「いえ、僕なら大丈夫です。それより……」


 師匠の後ろに隠れ、ちらちらとこっちを見ているクリスの方に目を向ける。

 本当は今すぐにでもジークさんの所に駆け寄りたいんだろうけど、自分から逃げた手前戻りにくいんだろうね。


「クリス……」


 ジークさんはゆっくりとクリスのもとに近づく。

 そして彼女の側でしゃがんで目線の高さを合わせると、思い切りクリスの頬をはたいた。


 ピシャン! という鋭い音と共にクリスの左頬が赤く染まる。

 痛む頬を押さえながら呆然とする彼女に、ジークさんは言う。


「どれだけ心配したと思ってるんだ! なぜこんな馬鹿なことをした!」


 ジークさんは鬼気迫る表情でクリスを叱りつける。離れてる僕ですら恐怖を感じるんだから、それを間近で受けてるクリスのショックは凄いだろう。


「わだじ……パパにがまって、ほしくて。それで……」


 涙をぽろぽろと流しながらクリスは喋る。そんな彼女をジークさんは強く抱きしめ、言う。


「だから馬鹿だと言ってるんだ。お前が望むならいくらでも相手をする、お前以上に大事なものなど、私にはないのだから……!」

「う゛、うう……っ!」


 涙を流しながら抱き合う二人。

 やっぱり家族っていいな、そんなことを思いながら僕は二人を見るのだった。



◇ ◇ ◇



 少し時間が経って、みんなが落ち着いた頃。僕は兄さんに話を切り出した。

 ちなみに森であったことは全て話し、信じてもらった。流石に竜と僕が戦ったって話は半信半疑だったけど。


「兄さん、実は紹介したい人がいるんだ」

「む? それは構わんがいったい誰だ?」


 突然のことに戸惑う兄さん。

 そりゃ僕に知り合いだなんておかしな話だと思うよね。


「それじゃあ……来ていいよー!」


 森の中に合図を出す。

 すると……木々の間から青い鱗の飛竜がにゆっと顔を出す。


『ギュ?』


 本当にいいの? と言いたげな顔だ。

 更においでと手招きすると、飛竜はゆっくりこちらに来る。


 そしてそれを見たダミアン兄さんはあんぐりと口を大きく開き驚く。


「カ、カカカカかカルス!? あれはなななななんだ!?」

「話したでしょ? 森にいた飛竜だよ。怪我の経過を見たいから屋敷に来てもらったんだ」

「ほ、ほわ! こっち来たぞ!?」


 見ればジークさんも驚き剣を構えてる。あ、クリスがそれを引き止めた。

 屋敷の使用人たちも驚いて、ひっくり返る人もいる。もうちょっと説明しておいた方がよかったかな?

 ちなみに少し驚かせたい気持ちがあったのも嘘じゃない。


『きゅい、きゅい』

「お。おい。なんかちっちゃい飛竜も来たぞ!?」

「大人の飛竜、ええと僕は『サフィ』って呼んでるんだけど、あの子たちはサフィの子どもたちだよ。かわいいでしょ?」


 サフィはやっぱり子育て中で、三体の子竜を育てていた。

 子どもを置いて来てもらうわけにもいかないので、一緒に来てもらった。あとでじっくり観察させてもらおう。


「サフィ! こっちだよ!」

『ルル……』


 手を振り呼ぶと、サフィが僕の側に来る。


「えっと、この人がダミアン兄さん。僕の兄さんなんだ。ほら、兄さんも挨拶して」

「む、や、あ。ええ……こほん。ダミアン・リオネール・レディツヴァイセンだ。よろしくなサフィ殿」


 若干戸惑ってたけど、さすが兄さん。飛竜にちゃんと挨拶してる。

 サフィもそれに応え、前脚を出して握手した。おお、良かった良かった。


「まさか竜と握手する日が来るとは思わなかった。世界は広いな……」


 感慨にふける兄さん。するとジークさんもこっちにやって来る。


「大陸各地に行ったものだが、野生の竜を友とした者は初めて見た。やはり君は特別なのかもしれないな」

「ありがとうございます。でも多分サフィが優しい竜だったからだと思いますよ」


 サフィの頬をなでると、喉をぐるぐると鳴らす。凶暴な竜だったらこうはいかない。


「謙虚だな君は。きっとよい魔法使いになる」

「当然よパパ。だってカルスは私が認めた人だもの!」


 ジークさんの隣にはクリスの姿があった。

 まだ目も頬も赤いけど、ひとまず落ち着いたみたいだ。彼女はジークさんから離れて僕のところに来る。


「言うの遅れちゃったけど……ありがとう。あの時来てくれて嬉しかった。それと……か、かっこよかった、よ!」


 そう言ってクリスは走って逃げてしまった。

 んん? なんで逃げたんだろう。顔も最初より赤くなってたし。


「熱でも出たのかな?」

「ガハハ! 流石のシリウスもカルスの治療には時間がかかるんだな!」


 ダミアン兄さんも変なこと言ってるし。本当に訳が分からない。

 言葉の意味を考えてると、今度はメイドのシズクがやって来る。


「あ、シズク。心配かけてごめんね。でもほら、無事に帰って来たでしょ?」

「はい……お帰りなさいませカルス様。私は信じてましたよ」


 口ではそう言ってるけど、シズクは僕を超怪力で抱きしめる。

 い、息が……


「むぐ、ぐぐ……ぷは! ちょっと!力強いって!」


 抱き死められるところだった。危ない危ない。


「ええと、それよりシズクに頼みたいことがあるんだ」

「はい、何でしょうか?」

「せっかくサフィと子竜たちが来てくれたから、庭でパーっとやりたいんだ! 出来る?」

「パーっと、ですか。なるほど、お任せください」


 シズクは僕の言葉の意図をすぐに汲み取ると、頼もしい笑みを見せてくれるのだった。



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[用語解説』

・飛竜

前腕が翼になっている竜種。ワイバーンとも呼ぶ。

全長六〜十メートル程度の種が多く竜種の中では中型の部類。知能が高く群れをなして行動することが多い。

空中を自在に飛び回り鋭い牙と爪で狩りをする。竜の奥義『竜の吐息ブレス』が使える種もいる。

野生の個体が人に懐くことはほぼ無いが、卵から育てると優秀な相棒になる。


太古の時代、竜種の軍勢は炎の神に反旗を翻した。

戦いの末、敗れた竜種は背中の翼をもがれ地を這う地竜へとその身を落とした。

しかし彼らを哀れんだ水の神により一部の地竜は前腕を翼に変えてもらうことで、再び空へと還った。

ごく稀に生まれる四枚の翼を持つ飛竜は、この時失った翼を偶然取り戻した姿だと言われる。

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