第14話 責任の取り方

『サイア種は温厚な種であり、人を見ると基本的に自分からその場を離れる。もし向こうから威嚇してきたら近くに子どもがいる可能性が高い』


 本にそう書いてあったのを思い出したのは、飛竜が倒れた後だった。


「あの飛竜はここで穏やかに子どもと暮らしていたはずなんだ。それを邪魔したのは人間、ならその責任は取らなくちゃいけない」

「で、でも! それをカルスがやる必要はない! 大人に任せて屋敷に帰りましょうよ!」


 クリスの言ってることは正しい。こんなこと子どもがやることじゃない。


 でも違うんだ。

 例えそれが隠されていて、公式には認めらていなくても、僕は王族なんだ。

 そしてあの屋敷を任されているのも僕だ。だからこの地で起きたことの責任は取らなくちゃいけない。


 じゃなければ、王族かぞくと共に笑ってご飯を食べる資格は僕にはない。僕だけが責任を放棄するわけにはいかないんだ。


「師匠、クリスを」

「うむ。気をつけろよ」


 引き止めようとするクリスを師匠に預け、僕はゆっくりと飛竜のもとに向かう。


『ルル……ッ』


 飛竜は翼を地面に立て、ゆっくりと体を起こす。

 その鋭い目は僕をずっと捉えている。これ以上近づいたらすぐにでも襲いかかってきそうだ。


 僕は敵意がないことを証明するため、両手を広げながら近づく。すると、


『ガアッ!!』


 飛竜が動き、僕の右腕に噛み付いて来た。

 鋭い牙が皮膚を裂き、血が流れ落ちる。その鋭い痛みに少し怯んじゃったけど……これくらいなら大丈夫だ。


 呪いの痛みに比べたらたいしたことない。


「すー……はー……」


 ゆっくり呼吸して乱れた思考を整える。

 そして無事な方の手に魔力を集中させて魔法を発動する。


光の治療ラ・キール


 発動したのは『光の治癒ラ・ヒール』の下位に当たる回復魔法だ。

 体力は回復しないし呪いにも効かないけど、毒には効果が高い魔法だ。これなら……


『……グ?』


 つらそうな顔をしていた飛竜の顔に生気が戻っていく。

 どうやら魔法は効いてくれたようだ。


「よか……った……」


 足に力が入らなくなってその場に崩れる。

 少し血を流しすぎたみたい、だ……


「全く、無茶をしよる。お主を見てると寿命が縮むわい」


 倒れた僕を受け止めてくれたのは師匠だった。

 そしてすぐに傷ついた右腕に回復魔法をかけてくれる。するとみるみる内に傷が塞がって痛みもなくなる。やっぱり師匠の回復魔法は凄いや。


「ほれ、最後までしっかりとやれ」

「はい……ありがとうございます」


 師匠から離れ、自分の足で立つ。

 そして不思議そうに僕のことを見る飛竜の前に出る。まだ少し警戒してるみたいだけど、攻撃する意思はなさそうだ。


「えっと……まずはごめん。ここで大人しく暮らしてたはずなのにそれを邪魔しちゃって。もう二度とそんなことは起きないように気をつける。だから許して欲しい」


 飛竜は知能が高いけど、人の言葉が通じるのかは分からない。

 でも飛竜は僕の話を興味深そうに聞いてくれた。そしてしばらく沈黙した後……大きな口を開いて、僕の顔を舐めた。


「おわっ!?」


 一瞬食べられるのかと思ってびっくりしたけど、そうはならなかった。

 何回か舐めた後、飛竜は喉を鳴らしながら顔を僕の体に擦り付けてくる。加減してくれてはいるけど、鱗がゴツゴツして痛い。


「ほほ。良かったのカルス。お主どうやら認められたようだぞ」

「へ? 認めるってなに……いたっ! なんですか?」

「飛竜は仲間に自分の鱗を擦り付け匂いを移す習性がある。つまりその飛竜はお主を仲間と認めてくれたのじゃよ」

「そ、そうなの?」


 飛竜にそう尋ねると『ギャウ』と肯定するような声を出す。

 ほ……よかった。これ以上傷つけあう必要はなくなったみたいだね。


「えっと、じゃあまずは刺さってる矢を抜いて傷の手当てをしないとね。師匠、手伝ってくれますか?」

「当たり前じゃ。弟子にばかりいい格好させはせんぞ」

「はは、それは心強いです」


 そう言って二人で傷の手当てをしようとした瞬間、後ろから大きな声が飛んでくる。


「待って!」


 振り返るとそこにはクリスがいた。

 力強く前を見据える彼女からは何か強い決意を感じる、いったいどうしたんだろう。


「…………」


 クリスは黙ったまま歩くと、僕たちを越えて飛竜の前に行く。

 そして真っ直ぐに飛竜と目を合わせると……頭を下げた。


「ごめんなさい」


 素直に謝るクリスを見て、僕と師匠は目を丸くする。飛竜も少し戸惑い気味だ。


「突然森に入って驚かせてしまってごめんなさい、怖がらせてしまったわよね。もうこんなバカなことはしないわ、だから……」


 と言ったところで、飛竜がクリスの顔を舐めた。

 クリスは驚き「きゃあ!?」とかわいい声を出す。


『グル……』


 飛竜はクリスを見ながら、声を出す。その声に怒りの色はもうない。


「良かったね、許してくれてるみたいだよ」

「そう……なの?」


 半信半疑の彼女に、飛竜は自分の鱗を押し当てることで返事をする。


「ありがとう……」


 目を潤ませながら、震える声でクリスは言う。やっぱり優しい子だったんだ。


「よし、じゃあ仲直りも出来たことだし、治療しよっか」

「その治療、私にも手伝わせて。私も炎の簡単な魔法なら使える。役に立ちたいの」

「勿論だよ。協力して早く終わらせて、屋敷に戻ろう。みんな待ってるよ」



 こうしてクリスの短い家出騒動は幕を閉じた。


 ほんの半日程度の短い家出だったけど、クリスも僕もこの日のことをずっと忘れないだろう。

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