第10話 少女の独白

 最初はパパを心配させたいだけだった。

 ほんの少しだけ森に隠れて、すぐに屋敷に帰るつもりだった。


 でも馬鹿な私は森の奥に入ってしまって……迷ってしまった。

 記憶を頼りに歩き回ってみたけど、どこまで行っても木しかない。屋敷はどっちにあるの……?


「おなか……すいたなあ……」


 まだ誰も起きてない時間に屋敷を飛び出したから今日はまだ何も食べてない。ぐうぐうとなるお腹をさすりながら私はアテもなく森の中を歩く。うう、足も痛くなってきた……。

 迷った時は動かない方がいいなんて聞いたことがあるけど、今止まったら空腹と寂しさでどうにかなっちゃいそう。


「パパ、どこにい……ん?」


 足を止めて立ち止まる。

 確かに今、音がした。誰かが葉っぱを踏んだ足音、遠くて少ししか聞こえなかったけど間違いない。


「きっとパパだ! 探しに来てくれたんだ……!」


 そう確信した私は、空腹と足の痛みを忘れて走り出す。

 でもそこにいたのはパパじゃなくて……大きな『竜』だった。


『ルルル……ッ』


 青い鱗の大きな飛竜。

 荷物を引く地竜とか、竜騎士の人が乗る小さな飛竜は見たことあるけど、野生の飛竜を見るのは初めてだった。

 当然だけど、人が飼っている竜とは全然違う恐ろしさがある。これが本当の飛竜なのね……


「に、にげなきゃ」


 勝てるとか勝てないの問題じゃない。こんな怖い竜に挑んでも頭から食べられて終わり。

 なんとか気づかれる前にこの場から離れなきゃ。


 だけどそう思えば思うほど動きは固くなってしまう。その結果私は木の根っこにつまずき……ガサッ! と音を立ててしまった。


『ルルッ!?』


 音に反応した飛竜は私を一瞬で捉える。

 その目はとても怖くて、足がすくんで全身から汗が吹き出してしまう。


「い、いや……!」


 震える足を叩いて、無理やり動かす。逃げなきゃ、遠くに。


 右足、左足、右足、左足、

 必死に足を動かしてその場から離れようとする。頼むからついてこないで、と私は願う。でも、


『ゴギャアアアアアッ!』


 絶望の声がすぐ後ろから聞こえてきた。

 追って来ている、間違いない。


 よく聞けば荒い鼻息も聞こえる。あの飛竜は私を食べるつもりなんだ。

 怖い……怖いよ。私はなんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。パパはちゃんと私を愛してくれているって分かっているのに、何で試すようなことをしちゃったんだろう。


 それはきっと私が弱いからだ。心が弱いから信じることが出来なかったんだ。

 そしてその弱さで、私は死ぬ。


「きゃ!?」


 石につまづき、私は地面に転がる。見れば両足ともガクガク震えている。恐怖と疲れでもう走るのは無理みたい。

 落ち着け、と叩いてみるけど痙攣は治らない。これは本当にお終いかもしれないわね……


『グルルッ……』


 地面を揺らしながら竜が近づいてくる。その顔はかなり怒っているように見える、縄張りに入っちゃったのかしら。

 でもその怒りの理由を知ることももうない。竜は大きな口を開いて、その牙を私に向けてるのだから。


 ――――死の際に私が思い出したのはパパとの何気ない昔の会話だった。



『ねえ、パパって騎士だったのよね? それなのになんで今は一人で戦ってるの?』

『難しい質問だね。確かにパパは昔尊敬する主人に仕える騎士だった。でもその人の世継ぎには仕える気が起きなかったんだ。だから今はこうして一人で戦ってるんだ』

『へー、そうだったんだ! 新しい仕える人は探さないの?」


 そう聞くとパパは困ったように眉を下げる。

 今にして思えばかなり失礼な質問ね。でもあの時の私は純粋に気になってしまった。


『そうだなあ……今のパパにはクリスがいるし、探す気はないかな。この人に仕えたいって人が現れたら分からないけど』

『ふーん。私はパパみたいに立派な騎士になりたいけど、見つかるかなあ』


 そう悩む私をパパは優しくなでてくれた。


『無理に探す必要はない。その時が来れば分かるものだ。本当に自分よりすごい人と思える人に会った時、クリスの体は自然に動くはずだ』



 優しく温かい走馬灯。

 それはこのピンチから逃れる知識はくれなかったけど、折れかけた心を奮い立たせる勇気をくれた。


「――――ああっ!」


 声を出しながら剣を抜き、飛竜の歯を受け止める。だけど飛竜の力は強くて、私の体はその力を受け止め切れず後ろに吹き飛んでしまう。地面を数度バウンドした私の体はあちこちが擦り切れてしまう。


 痛い。怖い。寂しい。

 不安に押しつぶされそうになりながらも、剣を杖にして立ち上がる。


「逃げ、なきゃ……」


 そう言って顔を上げた私の目の前には、飛竜の大きく開いた口があって――――


「しまっ」


 視界が暗黒に染まる。

 飲み込まれたと思った。もう全て終わったんだと。


 でも次の瞬間私の視界を染め上げたのは、暗黒じゃなくて……まばゆい光だった。


光在れライ・ロッ!」


 弾けるような光を目に受けた飛竜は『ギャウッ!?』と声を出し、怯む。そして次の瞬間、私は誰かに抱えられて、離れた場所に運ばれる。


 いったい誰が?

 顔を上げてみると、そこには自分が弱いと決めつけていた男の子の姿があった。


「カルス……なんで……?」


 なんとか声を出してそう尋ねると、カルスは明るく力強い声で言った。


「よく頑張ったねクリス。後は僕に任せて!」

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