第9話 契約成立

「ほれ、契約が成立したなら宿り石の前に置くのじゃ。はよせんと心変わりされるかもしれんぞ」

「は、はい」


 師匠に促されて、僕はセレナが座る宿り石の前に、クッキーを置く。

 するとセレナはそのクッキーの表面をなぞる。そうしたらクッキーから魂みたいな半透明のオーラが抜けて、セレナはそれをパクリと食べてしまう。


「うーん、あまーい!」


 どうやら口にあったようで喜んで食べている。

 これでひとまず契約成立なのかな?


「カルスの魔力はそのままでもおいしいけど、他のと合わせてもまた違う良さがあるわね! 特に甘いものは更に甘さが際立つ感じ、意外とお肉とかにも合うかもしれないわね」

「……えーと、セレナ。楽しんでるところ悪いんだけどクリスの場所を教えて貰っていい? 時間がないんだ」

「もぐもぐ……ごくん。へ? ああ、そうだったわね。私に任せなさない!」


 ドンと胸を叩くセレナ。よかった、乗り気みたいだ。


「それで方法ってどうやるの?

「実は朝から精霊たちが騒がしいの。話によると近くに気性が荒い飛竜がいるみたいよ。飛竜を朝見たって精霊もいるから話を聞いてみるわね」


 そう言ってセレナは精霊から話を聞き始める。僕はセレナの姿しか見えないけど、この世界には精霊が溢れてるんだ。飛竜がでれば目撃した精霊もいるか。


「ふんふん……なるほど。そっちにいたのね。カルス、飛竜は屋敷東部の森にいたそうよ。何人かが言ってるから間違いないと思うわ」

「屋敷東部ってジークさんたちが向かった方向とは全然違うじゃん! 急いで探しに行かないと!」


 ジークさんと兄さんは屋敷裏手、つまり屋敷西部の方に行ってしまってる。つまり真反対、いくら二人でも見つけるのは難しいだろう。

 クリスが飛竜と出会う確率は低いとはいえ、行かないわけにはいかない。僕は外に出る決心をする。


「シズク、少し外すから屋敷はお願い」

「……いくらカルス様のお願いといえど、聞くことは出来ません」


 断固とした口調で断られてしまった。

 ぐう、これは手強いぞ。


「私はカルス様たちが何をしていたのかは分かりません。しかし飛竜の所に向かおうとしているのは分かります。クリス様の身の安全も大事ですが、私にとって一番優先すべきはカルス様の安全。どんなに嫌われようとここから出ることは許可出来ません」


 そう言ってシズクは僕と屋敷の出入り口の間に割って入るように立つ。これじゃあ逃げるのも不可能だ。


「部屋にお戻りを」


 折角手がかりもつかんだのにどうすればいいんだ……。

 そう悩む僕を救ってくれたのは、またしても師匠だった。


「まあまあシズク殿、少し落ち着いて下され。儂もカルスについていく。これで安心して貰えぬか?」

「……しかし屋敷にいた方が安全なのは変わりません」

「じゃが儂は一人でも嬢ちゃんを探しに行くぞ? 儂のいない屋敷に残るより、儂と共に行動した方が安全とは思わんか? それに……カルスもすっかり行く気じゃ」

「ですが……」


 心配した目で僕を見るシズク。そんな彼女を僕は精一杯の強い目で見返す。


「心配してくれるのは嬉しいけど行かせて欲しい。大丈夫、絶対に帰ってくるから」


 それを聞いたシズクは目を伏せしばらく考え込んで……ゆっくりと目を開く。


「……わかりました。カルス様は意外と頑固なところがありますからね、なにを言っても決意は変わらないでしょう。でも絶対に帰ってきてくださいね、今度は作りたてのクッキーを用意して、お待ちしてますから」

「うん、ありがとう! クリスの分も用意して待っててね!」


 シズクの説得に成功した僕と師匠は飛び出す。そして走りながら僕の横を飛ぶセレナに尋ねる。


「セレナ! まだ飛竜は屋敷の東にいるの!?」

「そうね。まだ大きくは動いてないみたい。でも気をつけて、赤い髪の女の子がこっちに行くのを見たって精霊がいるわ」

「もう! なんて間が悪いんだあの子は!」


 クリスの野生の勘を強さを呪いながら、僕たちは森の中を駆けるのだった。



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[用語解説]

・宿り石

精霊がとまると言われる白い石。

精霊石、止まり石、供え石など様々な呼び名があるが、『宿り石』が最も一般的。

『白曜石』が用いられることが多いが、他の石でも代用が可能。一部地域では骨や角などの素材を使うこともある。

今でも田舎の村では祠にこの石を置き、お供物をする。想いを込めて供えた物には、幽かながら魔力が宿るのだ。

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