第6話 不穏な報せ

 クリスさんの教えは凄い分かりやすいものだった。

 ダミアン兄さんの教えももちろん悪くはないんだけど、教え方が少し脳筋過ぎるからね。「もっと筋肉を締め上げ……ああ違う! そこの筋肉を緩めては駄目だ!」みたいに言われても正直よく分からない。


 その点クリスさんは意外と理論立てて教えてくれる。体格も近いからか彼女のやり方は僕の体にすっと入ってきた。


「こうやって……こう?」

「うんうん。だいぶ良くなってきたんじゃない?」

「やった。教えてくれる人がいいからかもね」

「……っ! や、やっぱりそう思う!? いやー、やっぱり分かる人には分かっちゃうのよねえ」


 心配になるくらいちょろいねこの子は。

 悪い人に騙されないか心配だよ僕は。


 そんな調子でしばらく二人で剣を振っていると、メイドのシズクがやって来た。どうやら紅茶とお菓子を用意してくれたみたいだ。

 僕とクリスさんもちょうどお腹がすき始めていたので、場所を移して庭に置いてあるテーブルでティータイムをすることにした。


「でね? パパったらこないだも私を置き去りにして戦いに行っちゃったのよ。まあ私はパパがいなくても寂しくなんかないんだけどね? それでもひどいと思わない?」

「ははは……そうだね」


 ティータイムはクリスさんの愚痴大会となってしまっていた。

 どうやら彼女は父親と一緒に色んな所を移動しながら生活をしているらしい。そのせいで友達を作ることも出来ず、今みたいに愚痴ることも出来なかったみたいだ。

 まあ僕も友達はいないので少しは気持ちがわかる。でも僕にはシズクという話し相手がいたけど、彼女にはそれすらいない。

 口では寂しくないと言ってるけどかなり寂しかったんだろうな。シリウス兄さんも乙女はいつでも寂しがってるとか何とか言ってた気がする。


「そっかあ、大変だったんだねクリスさんは」

「そうなのよ! カルスあんた中々話がわかるじゃない、特別に私を呼び捨てにしてもいいわよ。いい? 特別なんだからね!」

「わあ、嬉しいナー」


 謎の許可を貰ってしまった。

 まあでも同年代の友人は初めてなので、仲良くなれるのは嬉しい。クリスからは学べることも多いだろうしね。


「それにしてもこのクッキー美味しいわね! これってメイドさんが作ったんでしょ? 凄いわね!」

「お褒めに預かり光栄です、クリス様」


 クリスの素直な称賛にシズクが小さく頭を下げる。

 シズクは表情が薄くて分かりにくいけど、嬉しそうだ。


 第一印象はかなり悪かったけど、クリスは意外といい子だ。話を聞く限り人に進んで迷惑をかけるような子には見えない。

 きっとわざと父親に怒られたくてやってるのかな? あんまり良くないことだけど、気持ちは分からなくも無い。


「そういえばカルス様、お耳に入れて頂きたいことが」


 クッキーを全てたいらげ、ゆっくりと紅茶を楽しんでると何やら真面目な顔でシズクがそう切り出してきた。


「へ? どうしたの?」

「屋敷近くの森で『飛竜』の目撃情報がありました。大丈夫だとは思いますが森の中には入らないでください」

「そうなんだ。珍しいね飛竜なんて」


 飛竜とは前脚が翼になっている竜のことだ。

 竜種の中では小型だけど、それでも十分危険なモンスターだ。気をつけないとね。


「飛竜……」


 ボーッとして何やら考え込むクリス。

 いったいどうしたんだろう。


「どうしたの?」

「へ!? い、いや、なんでもないわよ?」


 怪しい。明らかに何か考えていた顔だ。

 もしかして……


「飛竜と戦おうなんて考えてないよね?」

「ま、まさかそんなこと考えるわけないでしょ! 今はまだ勝てるわけないわ」


 いつかは勝つつもりなんだ……。

 でもクリスならいつか竜を倒せてしまいそうな気もする。


「よかった。みんな心配するからやめてよね」

「ええそう……ね」


 またぶつぶつとクリスは考え込んでしまう。

 結局この日はこれ以上剣の特訓はせず、師匠と魔法の特訓をして終わった。ちなみにジークさんとクリスは屋敷に一泊することになった、ここから街も遠いしね。


 だけどみんなで楽しく食事をとっている時も、クリスはどこか上の空だった。



 ――――あの時、特大級の地雷を踏んでしまったということに気がついたのは、次の日の朝になるのだった。



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[用語解説]

・剣聖

戦士の中でも極めて優秀な者に与えられる称号。

『天刃衆』によって管理されている。

剣聖にこれといった『特権』はなく、それはただ栄誉のために存在する。

『剣』聖とあるが、剣士だけなく、槍や斧などの刃物を扱う者であれば誰でも剣聖になる資格がある。これは古く武器の種類が曖昧な時代に、全ての武器がひとくくりに『剣』と呼ばれていた名残であると言われている。

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