第5話 剣聖の娘

 クリスさんが指さした剣を持ち上げ、僕は説明する。


「これは体を鍛えるために振ってるんだ。最近始めたばかりだからまだまだだけどね」

「まあ確かにあんたは強そうに見えないからそうなんでしょうね」


 むう、ひどい言いようだ。

 だけど実際、僕は体が細い。これでも師匠が来る前よりはだいぶ良くなったんだけど、普通の子と比べたらまだまだ貧弱だ。


「本当ならしないところだけど……パパは戦いに夢中になってるし、暇だから特別に見てあげる。ちょっと振ってみなさいよ」


 相変わらず上から目線だけど、それはありがたい申し出だ。クリスさんは剣聖の娘、剣の扱いは僕より上のはずだ。

 お言葉に甘えてアドバイスを貰おう。


「――――せいっ!」


 刀を振り上げ、思い切り振り下ろす。

 うん、我ながら上手く出来たんじゃないかな? そう思ってクリスさんを見ると、なぜか彼女は呆れたような顔をしていた。


「はあ、全然ダメね。そんなんじゃスライムも倒せないわ。貸してみなさい」


 そう言って彼女は模擬刀を僕の手からひったくる。

 むむ……そんなに言うなら見せてもらおうじゃないか。


「いい? あんたは軸がブレすぎなの。しっかりと地面を踏んで、体に一本、太い芯を作るの」


 そう言ってクリスさんは模擬刀を構える。

 悔しいけどその姿は様になってる。きっと昔から剣の修行をしてだんだろう。


 そして剣を振り上げると……近くにあったそこそこ大きい石を斬りつける。


「うわ……っ!」


 手にしているのは模擬刀のはずなのに、石は綺麗に両断されてしまった。すごい……!

 彼女は「ふう」と一息つくと僕の方を向き、ドヤ顔で笑みを浮かべる。


「どう? すごいでしょ」


 えっへん、と無い胸を張るクリスさん。

 確かに態度は失礼だけど、腕は本物だ。僕と背丈と体格が変わらないのにこんなに凄い剣術が使えるなんて。

 凄い技術を持っている人はそれだけで尊敬できる。僕は彼女の認識を改める。


「ふふん、悔しくて何も言えな……」

「凄いよクリスさん! 今のどうやったの!?」

「えっ!? ちょ、ま、顔が近い! 離れなさい!」


 クリスさんにぐいぐいと押され、距離を取られる。

 むう、もうちょっと近くで見たかったんだけどなあ。


「あんた変な奴ね……まあ、私の剣技が凄いのを見分けた所だけは褒めてあげるけど」


 ふふん、とクリスさんは得意げな顔でまた無い胸を張る。

 でも確かに凄い剣技だった。あれなら自信を持つのも頷けるね。


「ねえ、僕にも剣を教えてよ。にいさ……ダミアンさんはしばらくジークさんに付きっきりだし」

「なんであんたなんかに……って言いたい所だけど、しょうがないから見てあげる。私もどうせやることないしね」

「やった! ありがとう! クリスさんは優しいね!」

「まあね。困ったことがあったら何でも私を頼るといいわ。私を、ね」


 ……わかった。この子、ちょろい・・・・人だ。

 他の人に褒められたり頼られたいけど、素直になれなくてから回って周りの人を怒らせてしまう人がいるってシリウス兄さんから教えてもらったことがある。きっとこの子はそれなんだ。

 そういう子は怒らず頼ってあげて仲良くなればいいとシリウス兄さんが言ってたけど、確かに効果がてきめんだ。

 まさかチャラ男テクニックがこんな所で役立つなんて……。


「ほらカルス! さっさと刀を持ちなさい! たっぷりしごいてあげるから!」

「……でもこれはちょっと張り切らせすぎたかな?」


 一抹の不安を抱えながらも、僕は彼女と剣の特訓を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る