第17話 全て流れは手の中に

「……しかし本当に良かったのですか? あんなことをしてしまって」


 オールバックの赤髪が特徴的な男、アレグロは目の前の人物にそう尋ねる。彼の目の前にいるのは魔術協会の長、エミリア。百を超える年齢ながらも若い肉体を保っている最強の魔法使い。

 アレグロは彼の秘書であった。


「くどいぞアレグロ。何度も言わせるな」

「ですがゴーリィ様は大賢者になるほどの素質を持つお方。彼を敬う魔法使いも多いです。たいした理由もなく除名しては反発の声も来るかと」

「かか、そりゃ来るだろうな。あやつに育てられた魔法使いは多い、人望の高さで言ったら私より高いだろうからな。ははは」


 エミリアは心底楽しそうに笑う。

 事実圧倒的な強さを持つエミリアだが、その評判はとても悪い。傍若無人で幼稚で気分屋、とても人の上に立つような器ではない。

 しかしそれを全て帳消しに出来る圧倒的な『強さ』が彼を会長の座にとどめている。


「いや笑い事じゃないですよ会長。いったい反発してきた人に何て説明すればいいんですか」

「そんなもん私は知らん。貴様らで勝手にするといい」

「そんな無責任な……」


 いつも無茶な頼み事をされるアレグロだが、今回のはいつもより数段酷かった。

 なにせ目的が分からない。別に会長はゴーリィ様を嫌ってたけわけじゃないのになぜ……とアレグロは頭を抱えていた。


「会長は知っていましたよね?ゴーリィ様が何か手の離せない大事なことをしていると。それなのに無理やり呼び出した、意味がわかりませんよ。そんなに怒らせたかったのですか?」

「勘違いするなよ、私だって別に酔狂で奴にこんなことをしたわけじゃない」

「へ? そうなんですか?」

「当たり前だ。私を何だと思っている」


 それはわがまま大魔神だと思ってますよ。と心の中で思ったが、口には出さない。

 アレグロは処世術に長けた男。ゆえに優れた魔法使いでもないのに今のポジションに収まっているのだ。


「ではなぜ? 教えていただけませんか?」

「まあ別に言ってもいいが、お前如きに理解できることではないぞ」


 そう前置き、エミリアは語る。


「『流れ』が起きようとしている、とても大きな、な。ゴーリィはそれに関わる確率が高いと我が占星術で出た」

「……え? ど、どういうことですか?」


 あまりに抽象的すぎる言葉にアレグロは困惑する。

 しかしエミリアは補足することなく言葉を続ける。


「何が起きるかまでは私も分からない。だがこれだけ大きな流れ、魔法都市も関わることになるだろう。しかしその時、ゴーリィは共におるべきではない。あいつにはもっと別の役目がある」

「だから手を切るようなことをしたと? でしたら直接そう言えば良かったのでは?」

「阿呆が。その程度の理解だから賢者にすらなれんのだ」


 エミリアの辛辣な言葉が刺さり、アレグロは「う゛」と声を漏らす。

 それは彼にとって触れられたくないデリケートゾーンであった。


「流れに無理やり手を加えるのは思わぬ悪影響をもたらす。あくまで間接的に、導くように誘導せねばならない」

「ではもし、ゴーリィ様が大賢者になる道を選ばれたらどうしていたのですか?」

「であればもう二手三手は打ってただろうな。しかしそれでもなお大賢者になろうとするならそれを受け入れるつもりでいた。過度の干渉は流れを歪めるからな」


 正直な話、エミリアはこんなにもすぐにゴーリィが協会を抜けるとは思っていなかった。ひたすらに魔法の道を極める彼が協会を離れるのは考えられなかったからだ。

 しかし彼は抜けた。一体何がそこまで彼を駆り立てたのか、エミリアは興味を唆られていた。


「少ししたら様子を見に行ってやろう。くく、面白いものが見れるやもしれぬな」


 そう言ってエミリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 彼は自分の興味あることにしか手を出さない。そこに善悪の区別はなく、ただひたすらに無邪気なのだ。


 また何をしでかすつもりなのか、と胃を痛めながらアレグロは小さく呟く。


「結局サインは貰えませんでしたね……娘に怒られなければよいのですが」

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