第2章 赤の少女

第1話 新しい日常

 師匠が僕のために賢者の座を降りたことは、すぐに国王である父上に報告した。

 父上はすぐに魔術協会に抗議してくれたみたいだけど、会長の決定は覆らなかった。もし『国王の息子を助けるために行けなかった』と言うことが出来れば可能性はあったかもしれないけど、僕は存在を隠された王子だ。それをおおっぴらにすることは出来ない。


 そして何より師匠がこの件を大事にしたくないと父上を止めた。いわく「自分で決めたことは自分で責任を取る」だそうだ。少しかっこつけすぎだよ。


「本当に魔術協会って頭が硬いよね! 思い出したらまたムカついてきた!」

「ほほ。まあそうカッカするな。過ぎたことを考え過ぎても良くないぞ」


 師匠は当事者だというのに落ち着いた様子だ。僕なんか一週間経ってもまだ怒りが湧いてくるというのに、師匠はずっと落ち着いている。これが大人の余裕ってやつだね。


「でも師匠みたいな優秀な魔法使いを除名していいことなんかあるの? 僕にはとてもそうとは思えないんだけど」

「魔術協会は何より縦の関係を重視する組織じゃ。上の決定は絶対、もし今回儂が命に背いたことを容認すれば上の威厳が低くなってしまう。それに比べたら儂一人切り捨てるくらいわけないじゃろう」

「そんなものなのかなあ。よく分からないや」

「理解せんでも大丈夫じゃ。ただ自分とは価値観が違う者がいる、それだけ理解出来ればな」


 そう言って休憩を切り上げた師匠と共に、僕は魔法の特訓を再開する。

 魔術協会から抜けた師匠は、正式に父上が雇ってくれた。元々貰っていたお金と同じくらいの給金を渡してくれると言っていた。

 これで恩を返せたとは思わないけど、お金の面では迷惑をかけずに済んだので父上にはすごい感謝してる。


「よいか、儂がずっとここにいることが出来るからといって油断するでないぞ。お主の呪いは日々大きくなっておる。儂の『光の治癒ラ・ヒール』でいつまでも抑え切れる訳ではない」


 生まれた時は数センチだった黒い膿は、今や僕の左胸をほぼ覆ってしまう程に大きくなっている。この調子だと僕は成人を迎える前に死んでしまうと思う。

 だからそれまでに見つけなければいけない。


 この呪いを完全に解く方法を。


「とはいえ焦っても仕方がない。少しづつ堅実に前進しよう」

「はい!」


 僕は更に魔法に没頭した。

 それと並行して体も頑張って鍛えた。


 普段はシズクと一緒に筋トレして、ダミアン兄さんが来てくれた時には剣技を教わった。

 そんな生活を続けていると、シリウス兄さんも僕の育成計画に参加したいと言ってきた。


「あの馬鹿兄貴に任せていたら馬鹿が移ってしまう。カルスには私が勉強を教えよう」

「本当に!? ありがとう兄さん!」

「ふっ。なあにかわいい弟のためだ。当然のことだ」


 自分一人で本を読むことは増えてたけど、やっぱりそれでは限界があった。

 頭のいいシリウス兄さんに教えて貰えるのは凄い助かる!


「魔法のことはゴーリィさんから聞いてるだろうからそれ以外をやろう。文化や数算学に政治学、貴族のマナーなど覚えることはいくらでもある。なに心配いらない。カルスはに似てるからすぐ覚えられるだろう」

「う、うん。がんばる」


 なぜか僕の評価が高い。

 その期待に応えられるよう頑張らなくちゃ。


「おっとそうだ。他にも教えなきゃいけない大事なことがあったな」

「へ? 何のこと?」


 そう尋ねると、兄さんは悪そうな笑みを浮かべながらとんでもない事を言い出す。


「男が何よりも優先して覚えなければいけないことと言ったらひとつ。それは……女性の扱い方と口説き方だ!」

「え、ええ!?」


 僕の驚いた顔を見て、兄さんは満足そうに笑う。

 か、からかってるんだよね?

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