第16話 賢者の選択
その日の朝は、いつもより早く目が覚めた。
いつもなら二度寝に入るところだけど、昨日あんなことがあったからか横になっても寝付けなかった。
「……少しその外の空気でも吸おうかな」
着替えることもせず寝巻きのまま屋敷の庭に出る。
夜の内に雨が降ったらしくて地面は濡れていて空気はひんやりしている。
「師匠は今頃どこにいるんだろ」
魔法都市に行くとなると、一回王都に向かうのかな?
王都は昔行ったことがあるけど、人もお店もたくさんあってとても賑やかだった記憶がある。
「王都には大きな学園もあるんだっけ。行ってみたかったなあ……」
友達と学園に行って、学んで、遊んで……普通の人なら当たり前に出来ることが、とても輝いて見える。
昨日まではその夢も叶うんじゃないかと思ってたけど、師匠がいなくなってしまったのでその夢が叶う確率はかなり下がってしまった。
だけどまだ諦めてはいない。
師匠がいなくても一人で頑張ってみせる。そう決意を新たにしていると、突然後ろから話しかけられる。
「おやカルス。珍しいのうこんなに朝早く。散歩か?」
「へ……!?」
驚き振り返る。
そこには……ここにいるはずのない人。賢者ゴーリィの姿があった。
「な、んで……!」
ありえない。師匠はここにいちゃいけないのに。
そんな気持ちと反して湧き上がってしまう嬉しさを押し殺し、師匠に尋ねる。
「なんでここにいるんですか! 魔法都市に行かないと『賢者』じゃなくなってしまうんですよ!?」
「ふん、そんなこと言われんでも分かっとるわい。儂はしっかりと考え、結論を出しここに立っておる。お主にとやかく言われる筋合いはないわい」
とやかく言われる筋合いはない、だって?
あるに決まってるじゃないか。僕のせいで師匠が迷惑を受けるなんてあっちゃいけないことだ。
「なめないで下さいよ師匠。確かに僕は生きたい。でも人の夢を犠牲にしてまで生きたくはない! これが僕に情が移っての行動なのでしたら……迷惑です。すぐにここから出ていって下さい!」
嘘だ。迷惑なわけがない。本当はすごく嬉しい。
でもそう言わないと師匠は聞いてくれないから。僕のせいで師匠の夢を犠牲にして欲しくはないから。
師匠は優しい目で僕のことをジッと見つめた後、ゆっくりと口を開く。
「それは違う。違うのだよカルス」
「……何が違うって言うんですか」
「儂の夢はカルス、お主なのだよ」
「――――へ?」
意味が分からない。いったいどういうことなの?
「……儂は魔法使いとして長年腕を磨き続けてきた。しかし年を重ねるごとに痛感する、儂の魔法はこれ以上進化することはない。大賢者になったとしてもそれは変わらないじゃろう」
師匠の歳はもう六十を超えている。普通の人なら魔法を使うのにも一苦労する歳だ。力が衰えるのも当然だ。
でもその当然が、師匠にはとてもつらかったんだ。
「儂は自分の魔法でなるべく多くの人を救いたかった。それこそが儂の天命だと信じ腕を奮い続けてきた。……しかし老い先短いこの体ではもう大したことは出来んと理解し、深い絶望の中におった。そう……お主と出会うまではな」
師匠は僕を強く見つめながら続ける。
「カルス、お主には素質がある。物凄い速度で魔法を習得していくお主を見て儂は理解した、この才能を活かし、一人前の魔法使いにすることこそ儂の本当の天命なのだと。お主なら儂を超えて大賢者、いや更にその上の魔導士にだってなれる」
「そんな、言い過ぎですよ……」
魔導士とは全ての魔法使いのトップに立つ存在だ。流石にそれは買い被りすぎだ。
「それでも儂は信じておる、お主はいずれ凄い魔法使いになるとな。そして儂なんかよりも凄い魔法使いになり、大勢の人を救ってくれると。その未来を実現するためならば今の地位なぞいくらでも捨ててやろう。儂の夢はお主が一人前の魔法使いになること、ただそれだけなのだから」
「師匠……」
気づけば目から涙が溢れて止まらなかった。
師匠は今まで積み上げてきたもの全てを捨てる価値を、僕に見出してくれたんだ。
それはどんなに勇気がいることなんだろう。何もなしえていない僕には想像もつかない。
「やるよ師匠。僕、絶対に凄い魔法使いになるから。それで師匠を追い出した人たちを見返してやるから……!」
震える声でそう宣言する僕の背中を、師匠は優しくなで続けてくれた。
そしてこの日から一週間後――――師匠は正式に魔術協会から除名されることになる。
こんなことあっていいはずがない。絶対に凄い魔法使いになって見返してやる。僕はそう心に誓うのだった。
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[用語解説]
・賢者
魔法使いの中でも極めて優秀な者に与えられる称号。
賢者に選ばれるのは非常に難しく、魔法界全体の利益になるような功績を残さないと候補にすら上がることは出来ない。
賢者には数々の『特権』が与えられ、ほぼ全ての魔法設備の無料利用や国境無制限通過権、魔法及び魔道具特許申請優先権などがある。
その称号は全ての魔法使いの憧れであり夢。
いまだかつてその地位を自ら手放した者はいなかった。
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