第12話 もう一人の兄さん

光の治癒ラ・ヒール!」


 呪文を唱えると右手から柔らかな光が出て、それがひと固まりになる……かと思ったら、ぽふんと消えてしまう。

 はあ、これで失敗するのは何回めだろう。


「難しいなあ……」

「ほほ、治癒魔法は魔法の中でもかなりの高等術。そう簡単に使えるようになったら苦労せんわ」


 そう言って師匠は「ほれ、もう一回やってみい」と促す。

 セレナと呼吸を合わせてもう一回チャレンジしてみるけど、やっぱり魔法は形になる前に崩れてしまう。


 今日は修行六日目。

 基本術をほぼ習得した僕は、とうとう治癒魔法『光の治癒ラ・ヒール』の修行に入っていた。

 本当ならもうちょっと段階を踏んでから覚えるべき魔法らしいけど、この魔法は僕にとって一番覚えなきゃいけない魔法なので、早めに教えてもらえることになった。


 でも後の方に覚えるべき魔法であって、やっぱり難しい……。

 魔法の剣とかなら、形をちゃんと想像イメージするだけでいいけど、治癒は想像イメージが湧かない。いったいどうやればいいんだろう。


「ねえ、セレナはどう思う?」

「私は精霊だから何となく理解は出来てるわ。でもそれを説明するのはちょっと難しいかな? こう、ぶわーって感じなんだけど……分かる?」

「ぶわーっ、かあ」


 全然分かんない。

 セレナは感覚派なんだなあ。師匠には向いてないタイプだ。


 するとそんな困った様子の僕を見かねて師匠が口を開く。


「光魔法は『物事を正しき姿に戻す』力がある。『光の治癒ラ・ヒール』はその力を怪我や病気に適用する魔法じゃ」


 そういえばそんな事を習った気がする。

 確か炎魔法には『広がる力』。水魔法には『鎮める力』。みたいな特徴があるんだった。

 なるほど、だから光魔法は呪いに効くんだ。


「じゃからイメージする時は『呪いが縮んでいき、体から抜け落ちる所』を想像するといいじゃろう。光魔法は扱いが難しいが、扱えるようになればこれほど心強いものはないぞ」

「……分かりました。頑張ります」


 師匠に教えられたことを頭に刻み、再び『光の治癒ラ・ヒール』の特訓に集中する。

 うわ、本当に師匠の言う通りにやってみたらさっきより上手くいった。やっぱり教えるのが上手なんだなあ。


 僕の師匠であるゴーリィさんは『賢者』だ。

 賢者は魔法使いの中でも選ばれた人にしか与えられない称号だ。その数はとても少ない。

 本当なら忙しいはずなのに、僕にこんなに時間を使わせちゃって申し訳ないなあ。何かお返し出来ことがあればいいんだけど。


 そんなことを考えていると、ドアがノックされて部屋の中にメイドのシズクが入ってくる。


「失礼いたします。カルス様、シリウス殿下が到着なされました」

「あ、もうそんな時間か」


 シリウス兄さんは僕の兄でこの国の第二王子だ。

 武闘派なダミアン兄さんとは反対で頭脳派な人だ。いつも冷静で落ち着いた判断の出来る兄さんは、ダミアン兄さんと同じく憧れの人だ。

 それにシリウス兄さんは魔法も得意だったはず。出来損ないの僕とは違って、凄い人だ。


「師匠、席を外して大丈夫ですか?」

「ああいいとも。家族の再会は何より優先すべきことだ」


 許可をくれた師匠に頭を下げ、僕は中庭の屋敷の玄関の方に向かう。

 なんと今日の夜はシリウス兄さんだけじゃなくて家族全員が揃って夕食を食べる日だ。父さんと母さん、そして二人の兄さんと僕。みんなが揃うなんていつぶりだろう?


 僕が王都に入れれば会えることも多いんだろうけど、別邸にいるせいで中々会うことができない。早く呪いをどうにかして普通に生活できるといいんだけど……と考えていると、玄関に到着する。


 シリウス兄さんは既にそこにいたので近づくと、兄さんも僕に気がつく。


「カルス……!」

「あ、お久しぶりです、兄さん」


 兄さんは僕の顔を見るやツカツカと早足で近づいてくる、

 そして僕の側まで来ると、その冷たく鋭い目で僕のことを凝視する。『青鷲あおわし』の異名を持つシリウス兄さんの眼光はめちゃくちゃ鋭い、これで睨まれたらどんな人もビビっちゃうだろうね。


 兄さんはそんな眼光で僕のことを睨みながら、両肩をガシッと掴んで顔を近づけてくる。そして、


「カルス、お前……歩いて大丈夫なのか!? 少し良くなったとは聞いたが無理しない方がいいぞ。そうだ、ダミアンの馬鹿に何か嫌なことされてないか? もしされてたら私に言え、すぐ始末してやるからな!」

「ちょ、大丈夫だって兄さん! 心配しすぎだよ!」


 ……ご察しの通り、シリウス兄さんもなぜか僕にはめちゃくちゃ甘い。

 二人の兄さんは性格は正反対なのになぜかこれだけは共通してるんだよなあ。いったい何でなんだろ。

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