第7話 兄、襲来

 師匠が来てから早いものでもう四日の時が経った。

 多忙な師匠は外すことの出来ない用事があるみたいで、ここにはあと十日しかいることが出来ない。つまりあと十日で僕は光の回復魔法『光の治癒ラ・ヒール』を覚えなくちゃいけない。


 師匠曰く僕は魔法を覚える速度が速いみたいだけど、それでも残り日数で回復魔法を覚えるのは難しいらしい。


 今日も頑張らなくちゃ……と思っていると、専属メイドのシズクが予想だにしてなかったことを口に出した。


「カルス様、今日の昼過ぎに第一王子ダミアン殿下がこちらにいらっしゃるようです」

「え、兄様が!? ちょっと急過ぎない!?」


 第一王子であるダミアン兄さんは、ここレディヴィア王国の次期国王第一候補だ。

 僕と違って体が強く、戦があると危険を省みず自ら赴いている。


 そのおかげもあって兵士たちからの信頼も厚い。自慢の兄さんだ。


「いつもなら来る三日前には連絡が来るのに、今日はどうしたんだろう」

「確かに妙ですね。何かあったのでしょうか」


 第一王子である兄さんはやることがたくさんあるから、普段は王都に篭りっきりだ。

 僕が住んでいる別邸は王都から馬車で半日ほどかかる場所にあるから来るだけで大変だ。最後に家族みんなが揃ったのは何年前になるかもう覚えてない。


「兄さんのことは尊敬してるけど、少し不安だなあ」


 そんな気持ちを抱えながら、僕は魔法の特訓を開始するのだった。



◇ ◇ ◇



 昼過ぎ。

 いつも通り師匠と魔法の特訓をしていると、突然扉が勢いよく開いて大柄の男が僕の部屋に入ってきた。


「……邪魔するぞ、カルス」


 この筋肉ムキムキでガタイのいい人が僕の兄でありレディヴィア王国第一王子のダミアン・リオネール・レディツヴァイセンだ。

 その燃えるように赤い髪から『炎獅子』とも呼ばれてるらしい。かっこいい。


 兄さんは金色に輝く目を僕から師匠に移すと、低く響く声で話しかける。


「貴方が賢者ゴーリィ殿か。悪いが少し弟と話したいことがあるので席を外して頂きたい」


 そう言われた師匠は伺うように僕のことを見る。

 多分二人きりにして大丈夫か心配してるんだろう。兄さんの顔は正直怖いからね。


「大丈夫です師匠。少し休んでて下さい」

「……お主がそう言うなら」


 少し躊躇いながらも師匠は部屋を出ていく。

 シズクもいないので部屋には僕と兄さんの二人きり。


 しばらくの沈黙の後、兄さんは僕の側に来て口を開く。


「カルス。随分調子が良くなったみたいだな」

「はい、おかげさまで。最近はご飯もちゃんと食べれるようになったんですよ」

「そうか……」


 兄さんは言葉を止めながらしゃがみ、座っている僕と視線を合わせると、急に両手で肩をガシッと掴み、言う。


「……それは本当に良かったな! お前の調子が良くなったと聞いていても立ってもいられず飛んできてしまったぞ! あ、今日も土産をたくさん持ってきてやったからな! 食べ物がいいか!? 本もあるぞ!! さあなんでも言うが良い!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて! ゆっくり言わないとわからないよ!」


 早口で捲し立てるように言ってくる兄さんを何とかして落ち着かせる。


 そう、この強面の兄さんは意外なことに凄い弟思いのいい兄さんなのだ。

 昔から病弱で外に行けない僕に、兄さんは外での出来事を色々と教えてくれた。


 そして忙しくて休みなんてほとんどないはずなのに、時間を見つけては呪いに効きそうな薬などを他の国から買いつけてくれたりしていたのだ。


「それにしても驚いたぞ。こんなに顔色のいいお前を見るのはいつぶりだろうな。ゴーリィ殿にも後でちゃんと礼をしなければな。

 ……ところでカルス。何か俺にして欲しいことはないか? かかりきりだった案件が落ち着いて時間が出来たんだ。週に二、三回はここに来れるだろう、何でも言ってくれ」

「兄さんにして欲しいこと?」


 うーん、何かあるかな?

 魔法の特訓は師匠で事足りてるし……あ。


「そうだ、僕を鍛えてよ兄さん」

「鍛える? ゴーリィ殿にもう鍛えて貰ってるだろ? それに俺は炎の魔法しか教えられんぞ」

「違うよ。僕は肉体的にも強くなりたいんだ、今の体はちょっと細すぎるからね」

「なるほど、納得だ」


 今までずっとベッドの上で過ごしてきたから、僕の体はガリガリだ。

 ここ数日はご飯を食べれるようになったから少しはマシになったけど、それでも他の人と比べると圧倒的に細い。年を召している師匠よりも、だ。


「魔法を使うにも体力はいるから、せめて人並みの体力は欲しいんだ。お願い出来る?」

「おいおい、当たり前じゃないかカルス。そんなことでいいならいくらでも面倒を見てやる。あっという間に騎士団に入れるくらいに鍛え上げて見せようじゃないか!」

「いや、そこまでじゃなくても……」


 王国騎士団は精鋭ぞろいと聞いたことがある。

 今からいくら頑張ったところで入るのは厳しいと思う、ていうかそんな特訓したら間違いなく死んじゃう。


「ほら、魔法の特訓もあるし、ほどほどにお願い」

「ん、そうか? まあカルスがそういうなら……」


 説得の甲斐あって、兄さんは渋々納得してくれる。

 とはいえ兄さんのことだ、指導に熱が入るのは間違いない。


 大変だけど、頑張らなくちゃ!

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