最終話 終わりの終わり
後悔が無いことなどないし、神に心から感謝したことなど一度も無い。
生まれたのは、ローマ帝国の西の果て。キリスト・イエスの土地から遠く離れ、手紙の言葉すら分からないラテン語圏。
そのうちその視線が、最も遅れている自分に向けられるのが怖かった。
だから、父に強請った。その首にかけている、天国の鍵が―――
―――俺が、長男だから、と。
父はそれを受け入れ、自分に天国の鍵を与えてくれた。その時明確に、自分たちに序列が出来た。
嬉しかった。最も遅れて劣った者が、最も先に来て優れた者になった。聖書がどうの、神の言葉がどうの、後からいくらでも付け足すことはできたが。
だが、幼い自分は、単純に嬉しかったのだ。質の悪い資料と言語の壁を乗り越えようとしていた自分を認めてくれたのだと。そして、その鍵を、自分も欲しいと言わなかった『弟』のことも嬉しかった。
ラテン語圏とギリシャ語圏で一人ぽっちになっていても。
ローマ帝国が分裂し、一人だけ西ローマに取り残されても。
嬉しかった。この鍵が、父が自分を『跡継ぎ』と認めてくれた。唯一の無二の初子と認めてくれた、と。
父が遺してくれた『国教』という肩書を手に入れて、一人前になるのも、決して一番先ではなかった。寧ろ遅いほうだった。
必死になって栄えた。増えて、
気づいた時は遅かった。所詮自分は人間の空真似。信仰が人の形を模した
自分には、唯一無二の天国の鍵がある。
自分は、父が認めてくれた初子だのだ。
その誇りが傲りに変わっていたと気づいたのは、大切にしていた父の鍵を失くした時だった。
深い悲しみと絶望の中でも、世界は待ってはくれない。
王を飲み込みすぎた。倫理を作りすぎた。
人の弱きを、知らなさすぎた。
二進も三進もいかないまま、多くの信者を裁いて殺した。時には権力争いに負けて、時には借金苦に負けて、八十年と生きられなかった時代の貴重な人生を半ばで絶った。
二〇〇〇年の大聖年の年。当時の
もう、一番じゃなくていい。もう、止まっていい。もう―――………。
一七〇〇年の悪行放蕩のツケは、弟妹の多さが全て物語っていたし、一度は殺しあった
家族というものが、人の弱さというものが、とても愛おしくなった。
だから、
原爆を開発したのも、落としたのも、自分だった。そしてそれを受けたのも、自分だった。だから、この武器は、例えマーシーにだって使わせるわけにはいかなかった。敵を見誤って使った武器を、今度こそ正しく使ってやりたかった。
敵を殺す武器ではなく、大切な者のために脅威を退ける武器の在り方を。
戦争屋と揶揄される弟妹がいたからこそ、自分が示さなければならなかった。自分は、人類最悪の兵器を作り、使い、使われたのだから。
別にそれをわかってもらおうとは思わない。平和を叫ぶだけで神の国に入れると信じているのを止めるつもりはない。自分の過去を忘れて、過去の自分を非難しようとは微塵も思わない。
…まあ、寂しいか寂しくないか、辛いか辛くないかと言ったら、断然前者なのだけれども。
それでも本望だった。どうせ自分は地獄に行く。神の国にではなく、真っ先に地獄に。
―――そこで、かつて自分と共に苦しんで、自分を裁いている仲間がいるから、迎えに行かなければならないからだ。
「
ギシッと、何かが融けていく体に巻き付いた。もう鎧はとうに融け落ちて、血肉も蒸発している。骨だってところどころなくなっていたけれど、走馬灯を見られるくらいには形を保っていられていたので、とりあえず意識を周囲に向けてみる。
「ローマン義兄さん!!! 捕まえましたよ!!! 妻に申し開きなんて御免です、戻ってきてください!!!」
ああ、なんだ。
「やる気出してください!! 妻の
別にやる気がない訳じゃあない。
ただ、まあ、なんというか。
「―――神が望まれるなら。」
ちょっと胎に溜まったモノが多すぎて、重すぎて、持ち上げてもらえそうにない。
実際、持ち上がらなかった。カルヴァンがベリーの腰帯に結び目を作り、地獄の淵から垂らしてくれた、強固な蜘蛛の糸は、蜘蛛ごと落ちてしまった。
脱落者一覧
叔父、従弟二名、エルサレム・カトリック、アンティオキア・カトリック。
カンタベリー・カトリック、バプテスト・プロテスタント、
伯父、父(偽)。
コンスタンティン・カトリック。
ローマン・カトリック、カルヴァン・プロテスタント。
勝敗結果
カトリック及びプロテスタント一族らの勝利。敵個体消滅。
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