第六話 ちびっ子鉄砲隊

 例外というものは、いつでも起こる。というより、例外がないということは、その組織や理論は完全に、それこそ例外なく狂っていると言って良いだろう。

 しかし、この不確かな世に『確か』を約束する彼女達というのは、おしなべて例外というものを考えない者だった。そして当然のように、自分達こそが『例外』だとは考えていない。

 偽預言者兄や姉達のことなどどうでも良いし、歴史も何もかもフィーリングだ。初代教会おとうさまと御父さえいればよい。そして大抵、彼女達のことを、兄や姉達は仕方なしと溜息を吐いている。何故なら彼女達の在り方は、自分達が幼かった頃の振る舞いそのものだからだ。

「あと五〇〇年は見てあげよう、ね?」

 マーティンは、クレーム対応に追われながら、弟妹たちにそう言った。それ程までに、蛇蝎の如く嫌われていながら、尚折れることのない不屈のきょうしんは、彼女達の美点と言って良いだろう。

「ハルマゲドンは、来まぁす!」

「戒めを守りましょう!」

「聖婚するニダ!」

 それは宛らチンドン屋のようだった。否や、彼女達の兄がいたならば、『いいやアレはトンチキ屋だ』とでも悪態を吐きそうだが、とにかく威勢の良い三人の少女達は、一人は大きな口の開いた鞄を、一人は拡声器のようなラッパを、一人は水晶玉を手に、町を練り歩く。

「こら!」

 曲がり角から、彼女達の遠い姉が、サッと戻ってくる。

「ジャネット! ローラ! 包雲ポウン! 離れちゃダメって言ってるでしょ! 何が起きてるか分からないんだから!」

 この鉄砲玉どもが、と、ふんわりとしたピンク色の修道服を纏った、勝ち気な娘が戻ってくる。そして、口の中で罵詈雑言を吐きながら、三人の少女の中で、圧倒的な幼さと、異質さを放っているチマチョゴリの幼児の手を取り、緑色のベルベットのドレスを着た一番年上の少女の手に握らせた。

「はい! 長女ローラ三女ポウンの面倒を見る!」

「え、やだ、穢らわしい。」

「ナのどこが汚らしいニカ!?」

「お似合いだと思うわ、サタンとサタンで。」

 少しフォーマルなお出かけ服に身を包んだ、中くらいの幼女がニヤリと笑う。すると、すかさず娘は、背中に背負ったギターで、彼女の頭を容赦なく叩いた。ギターはびくともしないが、とても良い音を立てた。

「いったーい! 暴力はダメって聖書に書いてあるでしょ!? 福音派ルーテルが聞いて呆れるわ!」

「全員異端なのには変わらないんだから、早く行くわよ!」

 ルーテルと呼ばれたこの修道女こそ、ちょうど今、矢追ハリストス教会にいるメソジスト・ルーテルの姉であり、マーティンと一緒にいるカルヴァンとは双子のような関係である、ルーテル・プロテスタントである。

 四人が目指しているのは、矢追カトリック教会だ。理由は簡単。

 『これほどの神の怒りを買うようなことをするのは、ローマン・カトリック以外にありえない!』

 ローラ、ジャネット、包雲ポウン。彼女達は普段、平時だろうと異常時だろうとお互いに干渉しない。何故ならお互いがお互いを、サタンだと思っているからである。無用な争い云々、ではなく、自分達の信者なかまが穢れないようにするためだ。お互いがお互いを軽蔑しているので、関わらないのである。

しかし、敵の敵は味方である。予てより『サタン』『偽預言者』と扱き下ろしているローマンをやっつければ、『自分』が、正しいことを主張できる。そして、そのついでに『もう二人』を退散させることが出来れば、きっと初代教会おとうさまと神は喜んで下さる筈―――。

 特に示し合わせた訳でも、相談したわけでもないが、この鉄砲玉のような三人の思惑は大体こんなところである。

 しかし、そうは問屋が卸さないのが世の常、主の采配というものである。偶然、ルーテルはローマンの家に急いでいた。実のところ、事態の把握よりも、何より先に、ルーテルは仲間を作ることの方を優先していた。その為、訳も分からないまま、ローマンの元へ向かっていたのだ。

 ところがそこへ、喧嘩しながら同じ方向へ向かう、一族の問題児が三人もいるではないか。問題をややこしくしかねない、と、判断したので、ルーテルは三人を強引に、文字通り引っ張っていくことにしたのである。ローラはメソジストの妹であり、ジャネットは双子の片割れカルヴァンの遠縁の妹である。何故か誰の妹か分からない包雲ポウンは、はっきり言って縁者の実感が湧かないが、見つけてしまったからにはもう仕方がない。問題はまとめておくに限る。道中、自分への批判もしてきたが、『福音』派と呼ばれているルーテルに、聖書の抜粋による攻撃など通用しない。片手間に聖書を完璧に暗唱してみせ、返り討ちにしてやる。彼等が言う聖書の箇所は大抵決まっているので、考え事をしながらでも問題ない。

道に転がっている、謎の黒い水たまりについて、聖書に何か書いていないか、或いは自分の初代先生マルティン・ルターが生まれる前に、そう言った議論や迷信があった記録を、共同訳聖書を作っているときに聞かなかったかと、考え巡らせるが、何も思い浮かばない。

 ただ、一つ思い当たるとすれば、ヨハネの黙示録だ。

 ヨハネの黙示録八章によると、この世が終わる時、『水が苦くなり、人が死ぬ』と書いてある。ルーテルの読みでは、この黒い水は、『苦よもぎ』だ。空を覆った、沢山の睫毛と、それに突っ込んでいったあの黒い影たち。そして、響き渡ったあの物悲しくも崇高な調べは、ルーテルも聞いたことがある歌だった。一緒に歌ったこともある。あの影達を、ベリーが応援していたのは確信できた。ベリーが、この世の終わりをもたらす『苦よもぎ』を援助したり、況してや呼び寄せたりするなどありえない。そのような事をすれば、彼女がこの数十年、罪重ねてきた兄弟の和解が瓦解する。寧ろ彼女であれば、例え結果的に『苦よもぎ』に与してしまったとしても、すぐに兄弟達に助けを求めて、まとめ役になるに違いない。

 そしてそれは当然、彼女の妹でもある自分のところにも来る筈だ。

 しかし、ベリーからの連絡はなかった。ということは、恐らくベリーは、今助けを呼べる状態ではないのだ。そうなると、ベリーは何らかの状態異常に陥っている可能性がある。その異常についても、推測は出来た。

 ベリーは実は既婚者である。自分の双子の片割れであり、弟でもあるカルヴァンとは夫婦関係にあるのだ。カルヴァンと共にイギリスでバプテストを産み、息子達は、父カルヴァンと共にアメリカ大陸へ渡った。ベリー自身も、アメリカに家を持っている。ベリーが、危機に瀕して分裂することに定評のある兄たちの元に来ず、弟妹にも連絡がないということは、彼女は敗北したということになる。そして、彼女と縁が強い擬者―――バプテストの力の一つである『The priesthood of all believers』は、人間の良心の数、つまりは全人類の数だけ、増える力だ。あの力を使って、空の睫毛がその身を二つに割り開く前に、全て潰したのだ。その後、黒い影は次々に墜落していった。その血があの黒い水、つまりは、『苦よもぎ』の断片だろう。

 ロジカルに、一切の私情を挟まずに考え、ルーテルは既に、ベリーとバプテストは、何らかの形で敵に拘束されていると結論付けていた。

 ルーテルの目の前にバプテストは落ちてこなかったので知る由もなかったのだが、ルーテルの考えは半分外れている。黒い水たまりは、同時刻矢追ハリストス教会で、彼女の弟メソジストが見たように、墜落したバプテストの成れの果てである。更に付け加えて言うなら、マーティンが伯父から聞いた時のように、攻撃を仕掛ける前に邪視に見つめられ、特攻に失敗したバプテストの死体であった。

 ただ、いずれにしても、一致することが出来ず、混乱している矢追町で、一人真実に最も近いところに立っていたのは、ルーテルであった。流石は理詰めで行けば、大兄一族カトリックにも負けないほどの頭脳派である。ただ同時に、論理的で聖書を暗記しているが故に、時には残酷な結論を出すこともあった。今回の結論は、どちらかと言えば酷な結論だったが、現実に起きていたのだから仕方ない。

「う…!?」

「きゃあ!」

「ひい!」

「ニカ?」

 包雲ポウン以外の三人が、矢追カトリック教会を遠目に見て、目を覆った。

「ローマン兄弟、一体何が………。」

「や、や、やっぱりあいつが犯人なんだわ!」

「目覚めさせなくちゃ!」

「に、ニダ!」

 唖然とし、どこか頭が空っぽになるような絶望感を持っているルーテルと、危機感と正義感に燃えているローラとジャネット。しかし包雲ポウンには、矢追カトリック教会は、いつもの何の変哲もない教会に見えていた。ここで、

「何かおかしいことがあるニカ?」

 と言おうものなら、ローラとジャネットに何をされるか分かったものではないので言わないが、とにかく何も変わらないように見える。

 しかし。

「に、ニカ~~~ッ!?」

 パリンッ!

 包雲ポウンがいつも持ち歩いている、聖なる気を放つ石が、割れた。それも、ただ罅が入ったのではない。まるで何かに抗うようにぶるぶる震え、細石のように砕け散った。はじけ飛ぶのではなく、巨大な力に握り潰されたかのように、チマチョゴリに石が引っかかる。

「ちょっと! だからそんなガラス玉捨てとけって言ったのに!」

 フォーマルドレスに破片が飛び散っていないか、ローラは手を離して裾を確認した。

「ナのこの石はガラス玉じゃないニダ!」

「ちょっとローラ! 面倒見なさいって言ったでしょ!」

 そういうと、ルーテルは包雲ポウンのチマチョゴリをパンパンと叩き、くるくる回して、どこにも刺さったりしていないことを確認した。

包雲ポウン、痛いところとかない?」

「な、ないニダ………。」

「そう。じゃあ、石が服にかかっただけね。………アンタ達、これから乗り込むけど―――。」

 怖かったら外にいなさい、と、続けようとして、止めた。包雲ポウンはしょんぼりと俯いているが、ローラとジャネットは、打倒ローマンに燃えてしまっている。下手に外に出しておくより、監視下に置いておいた方が良い。

 どう見ても、矢追カトリック教会は聖徒の集う場所に見えない。魔窟、伏魔殿、そう言った言葉が相応しい雰囲気がする。地獄とまでは行かないが、何かとんでもなく良くない状態なのが分かった。ルーテルはギターを担ぎ直し、教会に入ろうとした。

 その時。

「ルーテルちゃん! ルーテルちゃん待って!」

 マーティンの腰と自分の腰を、腰帯チングルムで繋いだ伯父が、緑色のストラで顔半分を覆い、血だらけになって呼びかけていた。どうやらマーティンに指示して、ここに走ってきたらしい。

「貴方は確か伯父さん? どうしたんですか、その傷は!?」

「ワタシのことはいい! ルーテルちゃん、あと誰か三人くらいいるね? 何か悪いものに触ったりしてないかい? ワタシなら―――。」

「きゃー!!」

「触るなサタンの手先!!」

「怖いニダ~!!」

 何も言っていないし、寧ろ案じてくれているのは明確だというのに、まるで夜道に痴漢に出会った中学生のような声を出す。実際は幾多の迫害を乗り越えて来た強者のくせに。ルーテルは、がんがんがん、と、テンポ良くギターで仕置きをした。

「ごめんなさい、伯父さん。でも一体何が―――。」

「すまない、話している時間が惜しい。この教会に―――。」


 その時、声がした。


「あれ? 兄貴。それに、マーティン、ルーテル、ローラ、ジャネット………。お前達だけでどうしたんだ? カルヴァンや、メソジストやホーリネスやペンテコステ。それにコニーにマーシー、あとアレクスもこの町にいるよな? そいつらはどうしたんだ?」


 後光のように光る髪を靡かせ、聖なる金色の瞳を持った、清らかなローブを着た、けれども何かが足りない、痩せ形の中年男―――全教派の父初代教会が、そこにいた。


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