第五話 正統《オーソドックス》な推理
空から地震が降ってくる。ステンドグラス越しに響く、酷く
「………っ。」
声もなく震えている小さな妹の肩を抱き寄せる腕に力が籠もる。
「お兄ちゃん、静か…。」
「しっ。…外の様子を見てくる。マーシー、もし僕に何かあっても、お前の力を使ってはいけないよ。」
「でも―――。」
「いいね、兄上様と同じ轍を踏んではいけない。」
兄上様、と、彼が呼ぶのは、彼の唯一の兄であり、今や一族の頂点と言っても過言ではないローマン・カトリックの事だ。彼は―――コニーは、その次弟にあたる。そして彼の妹のマーシーは、矢追町でただ一人の妹だった。
そして、兄同様、少々特殊な力も持っていた。この一大事に、不安に駆られたマーシーがその力を使わないよう、コニーは真っ先にマーシーを保護したのだ。
「………。」
ゆっくりと聖堂の扉に近付く。そして、静かな声で聖堂の守りを強めるように、かつての同胞の霊を呼び出した。
「
十五世紀、他ならぬ兄ローマンに蹂躙された同胞の魂が、ステンドグラスから、イコンから、聖堂の中のありとあらゆる像から現れる。彼等のうち、特に屈強な二人がコニーの後ろに付き、彼等の妻や娘がマーシーを守った。玉座の間のように、一定の間隔を設けて、かつての敗北者達が、二度目はないと剣を掲げている。
「行くよ。」
コニーが聖堂の扉をバンと開ける。
外は、相変わらず不気味なほど静かだ。確かに
一度。二度。三度。
インターホンは空しく響くばかりで、家人を呼び出さない。―――と、いうより。
「人がそもそもいない………?」
異常事態だから、インターホンを警戒し、出ないのは分かる。しかし、この家には確か小さな子どもがいたはずだ。子どもの泣く声や、驚く母親の声、警戒する父親の殺気、そういったものを感じ取れない。猛烈に嫌な予感がし、コニーは門を飛び越えた。侵入者が入ってきたのは、音で分かるはずなのに、それでも家の中から音はしない。
「僕はハリストス教会のコンスタンティンです! お怪我はありませんか、大丈夫ですか!」
直接ドアを叩いたが、やはり反応はない。コニーは後ろの霊の一人に目配せをし、一歩、二歩、と、扉から離れ、家全体を舐めるように見上げる。霊はわざと鎧の音をがしゃがしゃと立てて、家の中に入っていく。しかし、数秒で出てきて、首を振った。
「いない………? 一人も?」
霊が頷く。コニーは考えを巡らせようとした、が、それよりも早く、予感が的中しているじゃないか、と、コニーのもっと冷静な部分が囁いた。
「矢追町の人々が消えている…!?」
自分が存在出来ているということは、自分の
では、その逆は?
つまり、人よりも先に、
よもや、あの歌声の理由が、自分の
あの時、すぐに末弟イェールの教会に連絡を試みた。だが、イェールに連絡が届くことはなかった。すぐに信徒達に電話をし、連絡網で家から出ないように指示を出して、その後兄ローマンの教会にも連絡を入れたが、兄にも繋がらなかった。唯一繋がったのは、マーシーだけだ。そして現在、通信機器は全て故障している。そうではなくて、通信機器を受け取る人が、そもそもいないのではないのか? つまり、自分達が消えたならば、仲間も同時に消えてしまう、だから叔父一族のように、強固な絆で結ばれている人々が、忽然と消えたのではないだろうか。
ならば彼等は今どこにいる? 信仰を奪われた彼等がいるとしたら、それはどこだ?
「
コニーが呼びかけると、曇天に薄汚れた魂が集まってくる。
「今すぐ、矢追町に誰が残っていて、誰がいないのか、調べてきてくれ。」
魂達は、ふわっと頷き、よろよろと散っていった。
考え至ってしまったことが余りに恐ろしくて、手が震える。今まで自分達というものは、いつだって受動的で、人間の営みに振り回されているだけだった。その『人間』が、国家元首であることもあれば、病人の乞食だったときもあった。いずれにしろ、
その逆―――自分達が人間の命を握っているというのは、考えたこともなかった。
もしそうだとするなら、とんでもない逆転現象だ。この国で一番
無論父からは、
「お前達の誰が一番かなんてないよ。皆同じ
そのように言われているが、何かと証を欲しがるのが人間というものであり。ひいては、『天国の鍵』を唯一欲しがり、与えられた兄が、最も遅れた教会であれども『長男』であるとは、弟四人達の共通見解であり、尊敬であり、劣等感でもあった。
例え、ローマンの仲間が、プロテスタント一族より遙かに少なくても、彼が『在る』というだけで、士気は上がるはずだ。それは、この前代未聞未曾有の危機に際して、八つ当たりでもリーダーでも、それこそ生贄であったとしても、ローマンは何も言わずに身を差し出すだろう。
あの堕落しきった姿の裏には、幼いころ、誰よりも間近に、
―――そして、そんなことを要求する
「―――んっ?」
裾を引っ張られ、振り向くと、小さな魂が慌てていた。言語化出来ないが、なんとなく伝えたい意味を汲み取り、急いで自分の家に引き返す。どうやら招かれざる客が、聖堂の扉を叩いているらしい。
誰も入れてはならない、と、兄コニーが言ったので、マーシーは聖堂の隅で、怯えながら小さくなっていた。
『―――お願いします、開けてください! 大勢の怪我人がいます。椅子を退けて、彼等を集めさせてください!』
実のところ、マーシーにはこの声の主に覚えがあった。よく、アメリカの選挙演説等の時に、後ろで澄まし顔で立っている、大兄の弟、の妹、の弟。一つの
『こっちこっち! 聖霊様、こちらにお連れしてください!』
『自分はメソジスト・ルーテルです。自分を知っている筈です、コンスタンティン司祭! 中へ入れてください!』
聖堂の外からは、もう一人別の気配もする。恐らくメソジストの妹の、ペンテスコステだ。数十年前まで、この国ではカルト扱いされていたが、この頃漸く、メソジストの妹として、異端児らしさを残しながらも、認知されつつある。そして、彼等の真面目で規律正しく、自制心を尊ぶ排他的な教理は、この国の国民性と良くマッチしているので、高等教育の学校なんかでも見かける。
どちらも一言二言、それこそ社交辞令的に声を交した程度だから、この声が人ならざる者なのは分かるが、本人かどうかが分からない。必死に兄が戻ってくることを信じて祈っていると、扉が開いた。
「! お兄ちゃん!!」
青い祭服が、これ程眩しかった事はない。マーシーは立ち上がり、こちらに背中を向けて何か指示を出しているコニーの背中に飛びついた。
「お兄ちゃん! おかえりなさい!」
「そう、そこを左に行くと修道院があるから、使える家具家電は全部持ってきて! ―――マーシー、遅くなってごめんね。でもすぐ行かなくちゃいけないから、僕の言うことをよくお聞き。…ちょっと退こうね、邪魔だから。」
そう言ってコニーと避けると、すぐ隣を、屈強な若者が、黒い祭服を背負って走って行った。すぐに、何故かふわふわ浮いているツインテールの少女が、巨大な蠟燭の炎を従えて、どっせいどっせいと次から次へ、黒くてドロドロしたものに張り付かれている青年を運び込んでいく。
「あ、あの人達は………。」
「メソジストが背負っていた黒い祭服のがアレクス。
「一部…て?」
「バプテストの力で文字通り数を増やして、多分何かしらの戦闘があったんだと思う。アレクスがどうしてああなっているのかは本人の意識が戻らないと分からない。だからね、マーシー。お前はメソジストを助けて、ここで情報を集めておいて欲しいんだ。僕は兄上様のところに行く。」
しかし、マーシーは首を振って泣き出した。
「やだ…やだ! お兄ちゃん行かないで、行っちゃダメ! あたし怖いよう、感じるの、この町に物凄い敵意が満ちているのを。一人でこの教会を守ったりなんて出来ない!」
「一人じゃないよ、マーシー。メソジストもいるし、ペンテコステもいる。今修道院の方に、ホーリネスが道具を取りに行ってる。四人だ。」
「やだ!!!」
「マーシー。」
言い聞かせようとするコニーにマーシーは大声で泣きじゃくって叫んだ。
「皆そう言ってあたしを独りぽっちにした! あたしは覚えているわ、
「マーシー!」
怪我人の呻き声も響いてこないような静かな聖堂に、拳銃よりも暖かな音がした。
「マーシー、兄上様がお前に会いに行ったとき、兄上様の先生が何て言ったか、覚えているよね。言ってごらん。」
「………。『
「その通りだ。いいかい、どんなに系図上遠く離れていても、僕らは兄弟だ。僕らを分かつのはいつだって人間だ。神が与えたもうた、素晴らしく美しく弱く、醜穢極まりなく強かなものだ。この葦の原を絶やしてはいけない。僕らの親戚の数だけ、葦の彩りは豊かになる。
「………。」
「自信を持ちなさい、マスクヴァ・コンスタンティン。お前は、僕の妹だよ。永久凍土の上で燃えさかるこの
「………。うん。」
「幸いペンテコステは、炎についていくらかの見解を持っているようだよ。きっと仲良く出来る。僕が戻ってくるまで、アレクスに注意しておいてくれ。」
「バプテストさんは?」
「………。」
コニーは、静かに首を振った。それだけで、マーシーは恐怖に身が竦む。後ろを見ると、『大』の字に少し似た形の、黒い水たまりがいくつも出来ていて、その上に、焼け焦げた衣服が無造作に置かれている。先ほど運ばれてきたモノの中で、人の形を保っているのは、コニーの弟であるアレクスだけだった。その他は―――。もはや、助ける側の意地の張り合いにもなっていた。
「………。お兄ちゃん、もしあの人達があたしの言うこと聞いてくれなかったら、どうしたらいいの?」
「僕の名前を使って良いよ。」
「…あたしが、それを悪用するとは思わないの?」
「思わないよ。」
「だってあたしの力は―――。」
「マーシー。」
穏やかに微笑むコニーは、掌でマーシーの頭を撫で、額に三度、口付けた。
「お前の全ての決断は、神と共に在る。行きなさい。」
「………。うん!」
袖で目元を拭い、マーシーは力強くコニーを睨み付けた。
「帰ってこなかったら、燃やしちゃうんだからねっ!」
「ああ、わかったよ。」
「行ってらっしゃい!」
「うん、行ってきます。」
コニーが太陽の光に満ちあふれる方向へ背を向けたので、マーシーも建物の中へ背を向けた。その背中を、色とりどりのバスタオルやテーブルクロスの塊が駆け抜けていく。
「メソジスト兄弟、ペンテコステ姉妹! とりあえず布と呼べそうなモノ、片っ端から持ってきたよ!」
塊は椅子の上に脱皮していき、中から水色のワンピースを着た金髪の子どもが現れた。
「今ポット持って来る!」
「あ、ま、待って!」
通り抜けようとするので、マーシーは呼び止めた。舌打ちをしつつも、子どもはその場で足踏みをしながらマーシーの言葉を待つ。
「あ、あたしは、マスクヴァ・コンスタンティン。この教会を任されました。―――一緒にやらせて。」
「ああ、そういうことか! ごめんよ、何か融通の利かない事を言われるかと思ったんだ。ボクはホーリネス・メソジスト。三兄妹の真ん中さ。」
「ポット、ポットを持ってくるのね?」
「ポットもそうだけど、風呂釜ごと持ってきたいくらいだよ!」
「分かった、一緒にやろう!」
「案内してくれ、結構複雑だぜ、あの修道院!」
「任せて!」
そうして、幼い姿をした擬者達は、聖堂を飛び出して行った。椅子の上にぶちまけられたタオルの類を、ペンテコステはふわふわ浮かびながら、黒い水の上に乗せる。するとタオルは、ジュッと音を立てて、炎をあげるでもなく、煙を上げて融けていった。それは、光を奪われた蠟燭のようにも見えた。
「メソジスト。」
ペンテコステの操る炎が、その黒い水に触れると、水は忽ち透明になり、何も吸わないはずのタイルに染み込んでいった。
「メソジスト。」
そんな最中にも、メソジストは鍛え上げられた筋肉を唸らせ、どん、どん、どん、と、床を叩いていた。ペンテコステは彼の背後に回り、血走った目を、爪先まであるツインテールで覆い、耳元で叫んだ。
「メソジスト!!」
「邪魔ですよ、ペンテコステ。心肺蘇生を―――。」
「現実見なよ。―――もう、服も融けてる。」
メソジストの黒い軍手は益々黒ずみ、指の股にはいくつもの黒い橋が架かっていた。メソジストはしかし、その両手を強く握りしめ、立った今し方、掌で押していた床を、今度は拳で殴りつけた。黒い水は、彼の痛ましいまでの献身を嘲笑うかのように、静かに手袋からタイルへ移動する。手袋のかえしの上から、水が伝って降りていく。
「クソッ!」
「聖霊様の炎を近づけると、黒い水は透明になる…。罪が浄められてるんだと思うよ。」
「ペンテコステ、口を慎みなさい。バプテスト兄弟は―――。」
「バプテストが、というより、あの空に特攻していって、それで穢されたんじゃないかと思うんだ。…あの歌は、アタシには悲鳴にも聞こえたんだけど、アンタはどうだったのさ、メソジスト。ただただ、道に迷ってたバーサンを保護しただけじゃなかっただろ?」
「………。」
メソジストは何も言わず、ペンテコステの髪の毛の下に手を滑り込ませ、ごしごしと拭った。髪の毛をずらすと、ペンテコステの落ち穂のようなツインテールがすとんと落ちる。
改めて冷静になり、メソジストは黒い水でビシャビシャになったタイルを歩いた。黒い水に浮かんでいた服や、折れたステッキのようなものは、見ている分には変化に気付かないが、左右を順番に見ると、確かに融けていっているのが分かる。それらの速さは一定ではないし、真ん中から融けていくものもあれば、淵から融けていくものもあるし、物理的に有り得ないような曲がり方や折れ方をして融けていくものもある。融け方一つとっても、個性があると言って良い。
「この国で言うのも難ですが、自分はこういう『融ける』という死に方を報告されたことがあります。」
「へえ?」
「………。いいえ、もしそうなのだとしたら、民家は全て消し飛んでいます。息を殺しているだけで、人の気配がする民家もいくつかありました。つまりは―――。」
「少なくともヒロシマとナガサキは関係ないってことだね。」
口にしたくない単語を続けざまに言われ、メソジストは眉間を抑えた。
「…ペンテコステ、神の炎を扱うというのだったら、人の炎についてももう少しデリカシーを持ちなさい。…アレは、大兄にやらせるべきではありませんでした。」
「そんな後悔をしてる場合じゃないだろ。人の炎はアタシ達をどうこうすることは出来ない。アタシ達の
「言い方!」
「だけど、アタシ達だけを焼く炎なんて、聞いたことがない。人も建物も、草木ですら影響を受けていない、
アタシは知らないね、と、ペンテコステが毛先を弄ぶ。メソジストは真剣に眉間を押さえて考え込んだ。
少なくとも、メソジストが実家でドンパチをやっている相手は、既に消えている。元々お互いが憎くて、というよりも、成り行きで始まってしまったような戦いがいくつもある。その上で言えるのだが、メソジストの実家では、この矢追町のようなことは起きていない。恐らくだが、同じアジアでも、中国でも韓国でも起きていない。
異変に気付いた時、メソジストは今夜行う予定だった炊き出しの準備で、前立線の、とある駅にいた。その時は、自分の姉で産みの親でもあるルーテルの姿もあった。隣町から来る、自分達とは全く違う一族のものたちが来るのを待っていたのだ。ところが、駅に着いた彼等は、改札を通り抜ける事が出来なかった。何か見えない壁に拒まれ、進む事が出来ない。会話も、唇は見えるものの、声が聞こえなかった。周りを行く人間達があまりに不審そうな顔をするので、とりあえずその場は去らせた。
何かが起こっている、調べなければ、と、ルーテルとはそこで分かれ、メソジストは一度家に戻り、だんだんと人気が少なくなっていった町を歩いた。その時メソジストは、特に家にいろとも連絡をしていなかったので、
これは家にいさせた方が良いかもしれない、と、スマホを取り出した時、道で壮絶な母娘喧嘩を見つけてしまった。母親の老婆の方は、確か大兄ローマンの
様子を見るまでもなく、暴力に発展しそうだったので、まあまあと止めに入った。老婆が泣き出してしまったので、娘は更に憤慨して、どこかへ走り去ってしまった。とにかく、老婆を落ち着かせよう、と、自分の家に入らせた。老婆は何があったのかは話してくれなかったが、ただ仕込んでおいたスープを飲むと、俯いたまま世間話には答えてくれるようになった。
その時、何だか外が、俄に熱くなったような気がした。暑いのではない。熱い。
嫌な予感がして、老婆に待っているようにと言い、外に出た。そして空を見上げる。熱気は空から降ってきているような気がした。それは春の日差しのような暖かいものでも、夏の日差しのような恵みのものでも、小春日和のような、或いは秋晴れのような気まぐれな空からの贈り物でもない。
巨大な、睫毛の生えた瞼が、いくつもあった。
より正確には、上睫毛と下睫毛が合わさったものだけが浮かんでいるので、瞼らしきモノはない。見つめ合っている訳ではないのに、睨まれたように身体が動かなくなる。しかしそれとは別に、小さな白い羽のようなモノと、見間違いだと思いたいのだが、何百、何千、何万というフライングヒューマンが空へ飛んでいった。より正確には、睫毛の目の前に飛んでいったように見えた。
そして、あの歌が聞こえてきたのだ。陰気で寂しげで、暗い、あまり好きではない歌が。アレはよく知っている。
僅かに睫毛が動いた。その瞬間、フライングヒューマンたちは、一斉に睫毛の間に飛び込んだ。睫毛は真っ黒な血を流し、そして消えていった。あの様は、正しく『カミカゼ』のようで、すこぶる気分が悪くなった。
つまりそれは、何かしらとの『戦争』を意味するからだ。メソジストが戦争と聞いて思い浮かべるのは、大体実家がらみのことの方が多いが、いくら実家が宇宙産業に多額の投資をしているとはいえ、あんなことが出来るとも思えない。…というより、どう考えても、あれは睫毛とフライングヒューマンたちの相打ちだ。
人の手に寄らざる戦いであれば、それは神による戦い―――思い浮かぶことは一つしか無い。即ち、『
時間にして、数秒だろうその一連の特攻は、メソジストを酷く動揺させた。
バンッ! と、音を立てて、目の前にフライングヒューマンが墜ちてきた。その時、フライングヒューマンは、確かに人の形をしていたし、ボロボロになってこそいたものの、服を着ていたし、傍に帽子が墜ちてきたし、ステッキがアスファルトの上に叩きつけられて砕けた。
「バプテスト兄弟…ですか? どうしたんですか!?」
顔も髪も掌も、酷い虐待を受けたかのように紫色になっていた。落下の衝撃で、身体はぐにゃぐにゃに曲がっていた。それでも、犬のようにひくひくと息をしていたのだ。何か唇が動いていたので、メソジストは唇から目を離さないように、耳を近づけた。
『ちちうえ』。
メソジストが読み取れ、聞き取れたのは、その言葉だけだった。天の父のことだろうか。詳しく聞こうとしたが、バプテストの顔面を、別のステッキが突き砕いた。銃声も悲鳴も何も聞こえてこない静かな矢追町が、確かに戦場に代わっていた。そして、自分の手元が暗くなったので、急いで屋根のあるところへ避難した。案の定、『別のバプテスト』が、メソジストのいたところに墜落してきた。影に気をつけながら外を窺うと、どうやら『更に別のバプテスト』が、次々と落下しているらしい。
とにかく怪我人を助けなければ、と、メソジストはそのまま家を飛び出した。家の中に老婆を入れたことなど忘れてしまっていた。とにかく今は、怪我人―――情報が伝えられそうな怪我人を運ばなければ。少なくとも『救う』ためであれば、自分も頭数を増やすことは出来る。バプテストの力ほど、強力ではないが。
「
地面から、ザッと軍靴のような音を立てて、屈強な、メソジストのコピーが生える。しかし彼等の首から上は輪郭しかなく、服も輪郭があるだけで、服を着ている訳ではない。白い亡霊のようなそれらの姿には、メソジストの実家のような人種的多様性は見られない。しかし、身長と性別の違いはあるようだった。白い亡霊達は、メソジストと視線を合わせると、すぐに行動を開始した。散り散りになって、墜ちてきたバプテスト達を集めに行く。
同じ事を考えていたのは、ホーリネス、ペンテコステも同じだったらしい。ペンテコステは持ち前の
隠して三人は、普段絶対近寄らない
「う…っ。」
深い思考に入り込んでいたメソジストを、呻き声が引き上げた。
「誰です!? 喋れるのは!」
「………、私。」
茶色い腕が揺れ、メソジストは急いで駆け寄る。
「貴方は………たしか、ええと。」
「メソジスト・ルーテルと申します。姉上から独立し、今はメソジスト一族の頭です。」
「……うえ、ローマン…上に……。これを。」
そう言って、アレクスは、黒い祭服の中から何かを取り出した。
「いそいで……。…上は、だまされて―――。」
そこまで言って、アレクスは気を失ってしまった。
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