#2 最初のお客様は義妹でした。


 レンタル彼氏に登録してからはや一週間。

 俺を指名してくれる女性はただのひとりも存在しなかった。


「ぐえー。全然稼げねえじゃねーかよ……」


 リビングのソファに寝転びながら、俺はスマホを睨みつける。

 画面に表示されているのは、レンタル彼氏専用の管理ページ。今までどれだけ指名されたのかや自分の彼氏ランクなるものが確認できたりする。ちなみに、一度も指名されていない俺はブロンズ彼氏だ。なんかすごく馬鹿にされている気がする。


「指名上位はやっぱりイケメンとか陽キャっぽい人ばっかりだな……うぐぐ。なんだこの形容しがたい敗北感は……」


 登録者のみが確認できる指名ランキングを眺めながら、俺はやるせない溜息を吐く。

 そりゃあまあ、レンタル彼氏というぐらいだから、女性もできればイケメンを指名したいに決まっている。俺みたいな平凡な男子高校生がぽこじゃか指名されるわけがなかったのである。当然と言えば当然の話なのだが……どうして俺はそこまで考えが至らなかったんだろう。たくさん指名されてウハウハ! とか考えていた一週間前の自分をぶん殴ってやりたい。


「やっぱり普通に働くべきなのかなー……」


 楽して金を稼ごうとしたのが間違いだったのかもしれない。

 自分の軽率さを反省しながら、スマホから視線を外す――と、真横から俺のスマホを覗き込んでいる紅葉がいることに気づいた。


「うわあっ!? ――あでっ!? ぐおおおおおおお……」


 まさかそんな至近距離にいるとは思わず、動揺した俺はソファから落下。床に思いきり後頭部を強打してしまう。


「も、紅葉お前、そこで何してんだよ……!」

「……レンタル彼氏って何?」


 会話のキャッチボールなど知るかバカと言わんばかりの直球返し。

 そういえば、こいつって喋る時はこんな感じだったな……回り道をしないというか、常に言いたいことだけ言ってくるというか……。

 痛む後頭部をさすりながら、俺は身体を起こして彼女の問いに答える。


「最近始めた……まあ、アルバイトみたいなもんだな。彼氏のフリする代わりに金をもらうみたいな仕事だよ」

「したの?」

「え、したのって……何が?」

「彼氏のフリ、お兄ちゃんはもうしたの?」

「い、いや、俺はまだ誰にも指名されたことないけど……」


 俺は何で義理とはいえ妹にこんなことを言っているんだろうか。自分はモテませんって報告しているみたいですげー悲しくなるんだが。


「それ、誰でもお兄ちゃんを指名できるの?」

「会員登録してる人なら誰でも指名できるはずだぞ。なんだお前、こういうのに興味あるのか?」

「別に」

「あ、そうですか……」


 本当に何を考えてるのかわかんねえ。


「ふうん。一時間コースと三時間コース、半日コースに一日コースもある……料金はコースによって変わる……ふうん。ふうん」

「なぁ、やっぱり興味あるんじゃねーの?」

「別に」


 じゃあなんで俺のスマホをかじりつくように見てるんですかね……実はこいつもイケメンに恋人になってもらいたい願望でもあるんだろうか。色恋沙汰には興味ないと思っていたが、そういうところは年頃の女子高生なんだな。

 義妹の意外な一面を知ることができ、なんとも言えない感動を覚えていると、紅葉が俺にスマホを突き返してきた。


「スマホ、ありがと。……お兄ちゃんが誰かの彼氏役をやるなんて、想像できない」

「想像できなくても大丈夫だぞ。どうせ誰も指名しないだろうから」

「……そうとも限らない」

「え?」

「何でもない」


 素っ気なくそう言い残すと、紅葉は自分の部屋へと戻っていった。

 本当に何だったんだあいつは。久しぶりに話しかけてきたと思ったら、意味深な言動だけして姿を消すし……やっぱり嫌われてんのかなあ。


「まあいいや。イベント周回でもしよ」


 どうせ誰も俺を指名なんかするわけがない。

 そう思っていた俺だったが、その日の夜、ついに初めての御指名依頼が入った。




          ★★★




「……まさか本当に指名されるとはな」


 レンタル彼氏として初めて指名された週の土曜日。

 俺は池袋駅の東口で、お客様が来るのを待っていた。


「それなりにお洒落してきたけど、こんな感じの格好でよかったのかね……デートなんてほとんどしたことないから勝手がわからねー」


 女性とふたりきりで出かけたことぐらいは何度かあるけど、あれは別にデートって感じじゃなかったしな。


「それにしても、今日はどんな人が来るんだろうか。顔は隠されてたから、年齢ぐらいしか知らねーんだよな……」


 指名者情報によると、俺を指名した奇特なお客様は俺のひとつ年下らしい。会員名は確かメープル……だったかな。明るめの髪をしていて、雰囲気はかなり可愛い感じだったが……さてさてどんな人が来るのやら。


「三時間とはいえ、仕事は仕事だからな。失礼のないようにちゃんと彼氏のフリをしなくては」


 お金を払ってもらっている以上、不真面目に対応するわけにはいかない。ガチャを回すためのスポンサーと考えればいいんだ。この人のおかげでガチャが回せると考えれば、真面目にレンタル彼氏を演じられるはず……っ!


「っと、もう十一時か。待ち合わせ時間だから、そろそろ来るはずなんだが……」

「おに……蒼人さんですよね?」

「あ、はい。もしかしてメープルさんですか? よく一目で俺だって――は?」


 失礼のないように、そう心に決めた矢先に口から飛び出した間抜けな声。

 だが、誰に俺を責められようか。

 レンタル彼氏としてお客様を待っていたら、義理の妹が目の前に現れるという意味不明な状況に立たされた、この俺を――。


「え、えっと……こんなところで何をしてるんだ、紅葉?」

「三時間コース」

「……え」

「私がお兄ちゃんを指名した。これから三時間、お兄ちゃんは私のレンタル彼氏」

「…………はぁあああああああああああああ!?!?!!?」





          ★★★




 義理の妹からレンタル彼氏として指名された。

 あまりにも現実離れした事態を前に、俺は思わず頬を抓ってみたが、返ってきたのは激痛だけ。どうやらこれは完全無欠の現実らしい。


「な、何でお前が俺を指名するんだよ」

「お兄ちゃんには関係ない」

「いや関係あるだろ!」

「お金は払ってる。それとも、違約金を払ってくれる?」

「うぐっ。そ、それは……」


 レンタル彼氏は指名を承諾したら基本的にはもう断れない。もし断る場合はレンタル料金の二倍の金額を指名者に支払わなくてはならないのだ。今回は三時間コースなので、違約金は三万円。そんな大金、払えるわけがない。


「……も、申し訳ありませんでした。レンタル彼氏として、よろしくお願いします」

「そう。お兄ちゃんは今、私の彼氏。他の誰でもない、私だけの彼氏。分かった?」

「ハイ。ワカリマシタ」


 義妹の彼氏役をさせられるなんてどういう罰ゲームなんだよ。知り合いに見られたら百回は軽く死ねるぞこれ。


「分かったならいい。じゃあ、早く行こ?」

「行くってどこに?」

「水族館。ずっと行ってみたかった」

「あー、そういえばそんなのあったっけ」


 確かサンなんとか水族館みたいな名前だったっけか。ソシャゲ以外に興味ないから俺も行ったことないんだよな。

 紅葉はスマホでマップを開くと、俺に向かって手を差し出してきた。


「はい」

「なんだよ」

「恋人だから。手を握ってほしい」

「……身体的接触は追加コンテンツとなっております」


 これは嫌だから言っているわけじゃなく、本当に追加コンテンツなのだ。だから嘘は言っていない。妹と手を繋ぐのが恥ずかしいからとっさに話を持ち出したというのが本音だけど。ちなみに手を繋ぐオプションは千円である。

 三時間レンタルで一万五千円も払ってるんだ。流石に追加料金を払ってまで兄と手を繋ぎたい、なんて言い出すはずが――


「お金を払ったら、手……繋いでくれる?」

「え? いや、まあ、仕事だし、やるのはやるけど……」

「分かった。すぐに買う」

「は?」


 凄まじい速度でスマホを操作する紅葉。

 数秒後、俺のスマホに追加コンテンツ購入の通知が届いた。


「マジかよ」

「お兄ちゃん。手、繋いで? ……それとも、私と手を繋ぐのは、嫌?」

「……あーもー、分かった、分かったよ! ほら、これでいいんだろ!?」


 やけくそ気味に紅葉の手を握りしめる。柔らかな感触が手を通じて脳まで伝わり、反射的に顔が熱を覚えてしまった。


「っ……こ、恋人繋ぎがいい」

「正気かよ!?」

「お金は払ってる」

「うぐ……こ、これでいいですか」

「くるしゅうない」


 何故か武士みたいな言葉を口にしながら、頬を緩ませる紅葉。こいつが笑う顔なんて久しぶりに見たな。俺が羞恥にさらされる姿がそんなに面白いんだろうか。やっぱり嫌われてますよね俺?

 義妹からの手の込んだ嫌がらせに精神ダメージを受けつつも、俺は水族館目指して足を踏み出す。


「い、いいから早く行こうぜ。三時間しかないんだからな」

「お兄ちゃん。顔、赤い」

「あ、赤くなってなんかねーし!」


 こうして、紅葉のレンタル彼氏としての初仕事が幕を開けた。

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