レンタル彼氏を始めたら、義妹に指名されたんだが。

秋月月日

#1 レンタル彼氏、はじめました。

「ぐああああああああああ! どうして出てくれないんだよおおおおおおお!」


 桜も散り始め、春の涼しさも落ち着いてきた五月中旬。

 お弁当の匂いが充満する昼休みの教室で、俺は悲嘆の咆哮を上げていた。


「あっはっは。また爆死したのかい、蒼人? それで何連目? そろそろ天井いっちゃうんじゃないの?」


 俺に心なき言葉を浴びせかけやがるのは、前の席で美味しそうに卵焼きを頬張っている唯一無二の悪友・桜坂修一だ。整った顔立ちと高い身長を持つ、クラスで一番モテるいけすかないイケメン野郎。フツメンな俺とは正反対な存在だが、これでも中学一年からの付き合いである。腐れ縁というやつだ。

 他人事のように馬鹿にしてくるシュウ(俺はそう呼んでいる)に、俺は怒りの声をぶつける。


「うるせえ! まだ100連しか回してねーよ! 言わば折り返し地点! つまりここからが本番ッッッ!」

「そう言って先月のピックアップの時も天井まで回してたよねキミ。大人しくSSR引換券の対象になるまで待てばいいのに」

「そんなことしてたらイベントが周回できねーじゃんか! このキャラがいないと最高率でイベントを回れねーんだよ!」

「ソシャゲ廃人は言うことが違うなあ」

「誰がソシャゲ廃人だ。俺はこの『GDF』にちょっとハマっているだけだ」

「毎月ガチャに六万円溶かしてるヤツのどこが“ちょっと”なんだか」


 GDF。

 正式名称、グランド・ドラゴン・ファンタジー。

 剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、数多のドラゴン娘たちを率いて強大な敵を倒したり、世界中のライバルたちとバトルしたりするソーシャルゲーム。

 俺はこのゲームをサービス開始当初からやっているいわば古参であり、常にランキング上位をキープしているランカーでもあったりする。


「はぁ……実のお兄ちゃんがこんなだなんて、紅葉ちゃんには同情するよ」

「実じゃなくて義理な。つーか紅葉は関係ねーだろ」

「大好きなお兄ちゃんがソシャゲ廃人なんだよ? 普通、嫌がると思うけど」

「そもそもの問題として、紅葉が俺のことを大好きだなんてありえねーよ。最近、挨拶しても普通に無視されるし」


 ジュースのパックを指でへこませながら、シュウはため息を零す。

 紅葉とは、四年前に俺の妹となった、ひとつ年下の女の子のことだ。

 ちょっと無口だが、お世辞を抜きにしてもかなり可愛い、そんな妹。でも、ここ一年ぐらいは俺とはあまり口を利いてくれない。最初はお兄ちゃんお兄ちゃんってまるで本当の妹のように懐いてくれていたのに……どうしてこうなった。


「ありえないって……それ、本気で言ってる?」

「当たり前だろ。この前なんか、髪についてるホコリをとってやったら、顔を真っ赤にして自室に駆け込まれたしな。確かに驚かせたのは悪かったけど、あんなに怒らなくてもいいのに……」

「ごめん蒼人。とりあえず一発ぶん殴ってもいい?」

「今のエピソードのどこにお前を怒らせる要素が!?」

「ボクというか、紅葉ちゃんの代わりにというか……はぁ。昔から思ってたけど、キミってソシャゲのこと以外になると途端にポンコツになるよね」

「誰がポンコツだ誰が。これでも勉強も運動も得意なんだからな」


 成績が下がるとお小遣い減らされるし。


「……そういうところなんだよなあ」

「おい、それってどういう意味――」


 意味深なシュウを追求しようと腰を上げるが、まるで俺を遮るかのように昼休み終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


「おっと、そろそろ授業の準備をしなくっちゃ。じゃあねー」

「あ、こらっ、逃げんな!」




          ★★★




「あーくそっ。結局、キャラを引くまでに五万円も溶かしちまった……」


 放課後になり、帰り道でガチャを引きまくった俺。目的のキャラは無事に引けたのだが、その代償はあまりにも大きかった。


「今月は流石に節約しないとな……」


 当然だが、俺は石油王でもなければ大富豪でもない。不労所得が毎月入ってくるわけでもないので、軍資金には限りがある。しかもまだ高校生だ。親からもらうお小遣いはそう多くはない。


「貯め込んでいたお年玉もそろそろ底を尽きそうだし……マジでアルバイト始めるかなあ」


ウチの高校はバイト禁止じゃないので働こうと思えば今すぐ働けるのだが、軍資金を稼ぐためにソシャゲをやる時間を削るのは考え物だ。


「はぁぁ……求人サイトでも見てみるか」


 スマホで高校生でもできそうな求人を探しながら、自宅の玄関の扉を開け――ようとしたところで、何者かが俺の手に触れた。

 慌てて隣を見てみると、そこにはライトブラウンのミディアムヘアと、片眼が隠れるほどに長い前髪が特徴の美少女が立っていた。


「っと、なんだ紅葉か。お前もちょうど帰りだったんだな」

「…………」


 美少女――義妹の紅葉に声をかけると、彼女はゆっくりと手を引っ込めた。俺に触れてしまったのがそんなに嫌だったのか、色素の薄い肌が朱に染まっている。

 義理とはいえ兄妹なのだから、もう少し仲良くしたいんだが……紅葉は無口だから何を考えてるのかわかんないんだよな。俺が実の兄だったら、顔色だけで心内を理解できたりするんだろうか。


「と、とりあえず、家に入ろうぜ。こんなところで立っててもしょうがねえし」

「……(こくり)」


 軍資金についてもそうだが、この冷え切った兄妹仲も早いとこなんとかしないといけないなあ――などとぼんやり考えながら、俺は玄関の鍵を開けた。




          ★★★




「おーっし、スタミナ使い切ったー」


 紅葉からの塩対応に悲しみを覚えてから数時間後。

 俺は自室のベッドで寝転がりながら、GDFのイベントを黙々と周回していた。


「スタミナドリンクもないし、今日はここまでにするかなー」


 GDFを終了し、Twitterを開いてぼんやりと眺める。GDF以外に趣味と呼べる趣味のない俺は、スタミナが回復するまでいつもこうして暇を潰しているのだ。


「みんなイベント頑張ってるなあ。くそっ、完凸できなかったのが悔やまれる……って、うん……?」


 GDFで繋がっているフレンドのツイートを遡っていると、とある広告ツイートが俺の目に映り込んできた。


「『登録するだけで、あなたもレンタル彼氏に!』か……」


 レンタル彼氏。あまり聞いたことがないワードだ。でも、少し興味がわいたのでリンク先に飛んでみることに。

 架空請求などされないか少し不安だったが、俺を待っていたのはレンタル彼氏の募集要項がまとめられたページだった。


「ええっと、なになに……『年齢制限十六歳以上』『個人情報を登録するだけで、誰でもレンタル彼氏になれます』『レンタル一時間につき五千円』『追加オプションを利用してもらえればさらにお金を稼げます』って……要は彼氏のフリをして金を稼ぐってことか?」


 あまりにも怪しい仕事だが、金額だけ見るとかなり破格だ。なんせ彼氏のフリを一時間するだけで毎日五千円ずつ稼げるのだから。GDFのガチャの天井は六万円だから、二週間働くだけで余裕でお釣りがくる。それに、提携元はテレビでもよく見る有名企業みたいだし、詐欺ってわけでもなさそうだ。


「ま、登録するだけならタダだしな。稼げなさそうだったら他の仕事を探せばいいだけだし」


 年齢や性別、住所などの個人情報を入力し、応募申請完了。

 数分と経たない内に登録完了のメールが届いた。


「これで今日から俺もレンタル彼氏か。よーっし、ガチャのためにたくさん稼ぐぞー!」


――だが、軽い気持ちで始めたレンタル彼氏が俺の人生を大きく左右することになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

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