5
馬車の中でリーリエは、もう一度手当を受けた。
簡単に事の顛末を話し、ラッシュが助けてくれたので、ひどい怪我にはならなかったことを伝えると、クノリスは馬車を降りて、もう一度ラッシュに御礼を言いに戻ったようだった。
馬車に戻って来た後、クノリスが「俺の責任だ」とリーリエに謝罪の言葉を述べた。
「なぜです?あなたは悪くないのに」
「俺が、ちゃんと警備をあてていなかったからだ……君に何かあったらと思うと、背筋が凍るような思いをした」
クノリスはリーリエの手を優しく撫でて、彼女を慈しむような表情で見つめた。
「ミーナは大丈夫だったんですか?」
「ああ、彼女は無事だ」
「よかった……」
「だが、今回の警護にあたっていた者は、厳重に処罰して今後は違う人物に警護をあたらせる」
「マーロさんとガルベルさんが?」
「あの場所に誰も置いていかなかったのは、奴らの落ち度だ」
「でも、私が行っていいと指示を出しました」
「だとしても、君は実際に危ない目にあったじゃないか。
「でも、彼らに責任は……」
「君は死ぬところだったんだぞ!」
クノリスの言葉に、リーリエは言い返せなくなった。
確かに死ぬところだったかもしれない。
だが、悪いのは、リーリエをどうにかしようとした人物であって、マーロやガルベルが悪いわけではない。
なぜ彼らが処罰を受けなければならないのだろうか。
「とにかく……彼らには、今後、君の護衛を外れてもらう」
クノリスは決定事項は譲らないといった様子だった。
「……」
リーリエは、納得している訳ではなかったが「分かりました」と小さく呟き、了承した。
***
グランドール王国に到着するまで、クノリスとリーリエはほとんど会話を交わさなかった。
クノリスは何かを考えているようだった。
リーリエは、自分が拉致され殺されそうになったことも考えると迂闊にクノリスに何かを進言できるとは思えなかった。
城に戻ってから、リーリエの護衛の数は、明らかに増えており、クノリスと一緒に過ごす時間も増えた。
まるでクノリスは誰も信用していないかのように、怪しい人物がいると睨みを効かせて今にも攻撃しそうな様子だった。
ミーナは怪我で療養中なので、着替え以外はアンドレアがリーリエの世話をし始めた。
アンドレアは態度を変えないまでも、リーリエのことを気にいらないのは一目瞭然で、リーリエはミーナがいかに自分のことを大事にしてくれていたのかということを痛感するのだった。
傷が治るまでは、メノーラの授業も休むこととなってしまい、リーリエはほとんど口を効かないメイド達に囲まれて過ごしている。
少しの間に、城での生活の何もかもが変わってしまい、マーロやガルベル、ミーナ、メノーラとの生活が好きだったということを今になって気が付くのだった。
幼少時代に母親が亡くなってから、リーリエはずっと独りぼっちだったのだ。
アダブランカ王国に来て、はじめてできた友人のようなものだった。
確かに身分の差はあったものの、一緒に過ごしている時間はかけがえのない時間だった。
クノリスはダットーリオにすら、リーリエを会わせたがらず、仕事をしている時間以外はほとんどリーリエと二人きりで過ごしたがった。
***
その日の昼食は一人で過ごしていた。
クノリスは大事な会議があるので、リーリエは部屋で待つようにと進言されたのだ。
「戦争を始めるとのことですよ」
アンドレアが素っ気なく言ったので、リーリエが顔を上げる。
「戦争……」
「そうです。グランドール王国に戦争をしかけるとのことです。今のアダブランカはそんな状況じゃないというのに」
アンドレアは、全てリーリエのせいだと言いたいようだった。
クノリスは今回の件で、何かスイッチが入ったかのように人が変わってしまった。
その変貌ぶりは、まるで前王のようだと噂している人もいるほどに。
リーリエに対しても前のように軽口をたたくようなことはなくなり、とにかく誰かの傍にいるようにということと、時間が空いている時は片時もクノリスの傍から離れないようにと指示を受けている。
「戦争が始まったら……」
「しばらくの間、民は苦しむでしょう。せっかくここまで回復してきたというのに。はっきりと進言させていただきます。リーリエ様。あなたがこの国に来たからです。この結婚に反対派が多かったのは、こうなることを恐れてのことでした」
アンドレアの目はリーリエをひどく軽蔑しているようだった。
肩眼鏡の奥の瞳は、決してリーリエに気を許す気はないようだ。
「私は……」
自分のせいではないと言えないところが酷く苦しい。
モルガナは血が繋がっていないとはいえ、国王であるレオポルド三世はリーリエの実父だ。
彼らが奴隷を作り、クノリスを痛めつけ、リーリエを痛めつけ、そして挙句の果てにアダブランカ王国までを脅かしている。
「王に言いたければ、どうぞ報告してください。私はどんな処罰を受けても構わないと思い、リーリエ様に今申し上げました。お食事召し上がらないのであれば、下げますが、いかがいたしましょうか?」
冷ややかに言葉を投げるアンドレアに、リーリエはただうつむくのだった。
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