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「認められていないというよりも、賛成派と反対派に分かれているのです」
「やはり、グランドール王国が奴隷生産国だから?」
「それもございます。アダブランカ王国は、ここ数年苦労をして奴隷撤廃を掲げました。ですから、わざわざ奴隷を生産している国と友好を結ぶなどと言う者もいることは事実です。そして、王には元々結婚予定の姫がいたので、反対派はそちらを推しておりました」
「じゃあ、なぜ私は呼ばれたの?」
昨晩クノリスが答えをはぐらかした答えを知りたかった。
リーリエは助けられて感謝しているが、どうしても求められている理由が分からないのだ。
他国の姫と婚約が決まっていたのであれば、尚更。
「それは……王が頑なにグランドール王国のリーリエ姫を嫁にと仰っておりまして譲らなかったのです」
「アダブランカ王国の領土を拡大するため?」
「……それ、王がおっしゃっていたのですか?」
「はっきりとは答えてはくれなかったけれど、そう言っていたわ」
「そうですか……」
ミーナは何か知っているような素振りを見せるので、「何か知っているのなら、教えてちょうだい」とリーリエは言った。
「いえ。私が知っているのは、王が他の国の姫との結婚を蹴ってまでリーリエ姫を第一王妃に欲しがったということだけです」
腑に落ちなかったが、ミーナはこれ以上答える気はなさそうだ。
クノリスにしても、ミーナにしても、何か他に隠していることがある気がしてならない。
それが、何かリーリエには分からない以上、詮索を続けても答えは出て来なさそうだった。
「ところで、リーリエ姫に質問があります」
「いいわ。あなたとは長い付き合いになりそうだし、色々教えて欲しいこともたくさんあるから」
「なぜ、あのようなドレスを召していたのですか?」
「……それは」
「答えづらいのであれば、答えていただかなくて結構ですが……」
リーリエは、正直にミーナに今までの待遇の話をした。
幼い頃、母親が囚われている奴隷達を大量に解放したこと。
その件が王と第一王妃の逆鱗に触れたことによって、長い間幽閉され、ひどい暴力や罵詈雑言を受け続けてきたこと。
母が亡くなってから、その扱いはより一層ひどくなったこと。
結婚が決まっても、あのようなドレスしか着せてもらえなかったこと。
話を進める度に、ミーナの表情は悲しく歪んだ。
「なんてひどい……」
「王族じゃなかったら、とっくに奴隷になっているか、殺されている人生なのよ。私はこの結婚に感謝しているの。だから、少しでもこの国の役に立ちたいと思っていたのだけれど、反対派がいるのであればなかなか幸先が不安ね」
ミーナは肯定も否定もしなかった。
簡単に「大丈夫ですよ」と言うような人間でないことが分かり、信用できるとリーリエはミーナに対して感じた。
信用できそうだからこそ、自分の生い立ちを話してみようと思ったのだ。
きっとミーナだったら、王宮の中で勝手に言いふらしたりはしないだろう。
「私はてっきり……」
「てっきり?」
「身代わりの人間がボロ布を着せられて、アダブランカ王国に宣戦布告をしてきたのかと思っておりました」
「私でもそう思うわ。宣戦布告と取られていれば、私が殺されて自分たちの手間が省けると思ったのよ」
今更ながら、あの時クノリスが来てくれていてよかったとリーリエはホッとした。
あの場所にクノリスがいなかったら、命はなかったかもしれないのだ。
晩餐会は、大臣を含め数名で行われるとのことだった。
貴族たちを含めた、お披露目会は近いうちに開催されるとのことで、リーリエは上手くやれるか不安でいっぱいになった。
今夜の晩餐会には、どのくらい反対派の人間がいるのだろうか。
この城に着いてから、たくさんの新しい悩みが、リーリエの中に生まれている。
「うーん。なんか慣れないわ」
胸元に光る大粒の宝石がついたネックレスを指でいじりながら、リーリエは苦笑いを浮かべた。
湯あみを終えて全身ピカピカになった後、部屋がもう一つ出来そうなほど大きなクローゼットの中にあった大量の贈り物の中から、ミーナが全身コーディネートしてくれたのだ。
「お似合いですよ」
「ありがとう……」
コルセットを締められて、ふんわり広がった薄紫色のドレスの裾が歩くたびに揺れる。
晩餐会の会場に到着すると、リーリエの到着を待っていたアンドレアが、驚いたような表情でミーナによって磨かれた姫君を見ていた。
「お……王がお待ちです」
荘厳な扉が開くと、中には豪華な装飾がされた長いテーブルが設置されていた。
白いクロスの上には、豚の丸焼きやパン、果物などが所狭しと、置かれている。
隙間に設置されたキャンドルが、ゆらゆらと揺れていた。
「リーリエ姫。こちらへ」
クノリスがリーリエの姿を見つけると、自分の隣へ来るように、隣の椅子を差し示した。
大臣達は、リーリエを値踏みするように見ている。
グランドール王国の姫君はどのような程度のものか、今すぐにでも知りたいようだ。
グランドール王国では、違った視線を受けることが多かったが、値踏みされるようなことはなかった。
アダブランカ王国で、上手くやっていきたいリーリエにとって大臣達の視線には冷や汗を内心かいていた。
「では食事をはじめようか」
リーリエが席につくと、クノリスは赤ワインの入ったグラスを上に掲げて挨拶をした。
食事がスタートすると同時に、クノリスに大臣を紹介されて、リーリエは挨拶をする。
「グランドール王国より参りました。リーリエと申します。以後お見知りおきを」
全員が愛想よくリーリエに挨拶をしてくれたが、快く思っていない人間が何人かいることは一目瞭然だった。
中にはあけすけに「グランドール王国では、このような豪華な食事を食べられていたのかな?」と言って来る者もいた。
「確かに、こちらの晩餐は素敵ですね」とリーリエが笑みを浮かべて返すと、嫌味を言ってきた大臣は面白くなさそうな表情を浮かべていた。
クノリスは、反対派の大臣の視線など全く気にしていない様子で、目の前にある食事を楽しそうに食べている。
リーリエも続いて食べているが、長い間ろくな食事をとってこなかったので、既に満腹に近い状態だった。
「無理をするな」
リーリエが無理に食べ続けていると、クノリスが制した。
「まだ食べられます」
「残さない精神は立派だが、その締め付けたコルセットが爆発する前に、自分のお腹と相談した方がよさそうだということをお伝えしよう」
厭味ったらしい口調で挑発されると「お構いなく」とさらに食べたくなるが、本当に満腹に近かったので、リーリエは挑発に乗るのをやめた。
「ありがとうございます。クノリス王。素晴らしい観察眼に感謝いたしますわ」
「ところで、リーリエ姫。一点確認したいことがある。君は、グランドール王国でどのくらいの教育を受けていた?」
クノリスの突然の質問に、リーリエは「自国の歴史、母の出身国である隣国のノーランド王国の歴史は一通り。レディのたしなみに関しては、母が亡くなってからは受けておりません」と正直に答えた。
嘘をついても仕方がない。
グランドール王国の第一王妃モルガナは、「あの子にそんな教育もったいないですわ」と一切の教育を受けさせなかったのである。
「なるほど」
クノリスは、何か考えているようだった。
しばらく考え込んだ後、一人の大臣の方を見た。
「イーデラフト公爵。あなたのお嬢さんは、貴族の令嬢たちに講師をやっていたと前に話を聞いた気がするが」
「さようでございますが……。まさか我が娘を?」
「明日から来ることは可能か?」
クノリスの言葉に、イーデラフト公爵と呼ばれた大臣は、驚いたような顔を一瞬だけ浮かべた後「承知しました」と頭を下げた。
「リーリエ姫。アダブランカ王国に来たからには、こちらのしきたりを覚えていただく必要がある。構いませんか?」
クノリスは真っ直ぐリーリエの方を見た。
納得していない大臣達が、納得するようにアダブランカ王国で立派な王妃になってみせろということらしい。
リーリエからすれば願ったりかなったりだ。
「もちろんでございます」
リーリエは、クノリスではなく自分を見ている大臣達の方を見て答えた。
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