幽霊列車~前世の旅【完】

幽霊列車~前世の旅

1.

 きさらぎがヴァンパイアに転生し車掌補佐として幽霊列車の乗組員に加わったから数日が経った。今日も仕事を終えたフジニアたちはロビーで一息ついていた。



 「さて...これでおしまいっと!」

 「ようやく一仕事終わったな」

 「終点についたし、皆で一杯上げましょう!」

 「喜んで!」


フジニアたちがバーに向かうと先客がいた。その人物は手を振る。


 「お仕事お疲れ様ー!」

 「マジシャン?なんでここにいるんだ?地獄の仕事はいいのか?」

 「別にいいじゃないか。ここに来ることが仕事だから」

 「地獄の地獄の仕事は?」


とグリンが聞くと当然のようにマジシャンは言った。


 「もちろん!閻魔に押し付けてきた」

 「...マジシャン。いつか本当に殺されるぞ」

 「そうかも知れないね~」


とふざけて笑うマジシャンにフジニアたちは冷めた目で見た。


 ちょうど同時刻、閻魔の机に大量の書類が置いてあることに閻魔は気づいた。メモには”ちょっと出かけてくる。後の書類はよろしくな。by地獄門番”とか書かれており閻魔は怒りながらその目を握りつぶした。


 「門番ーーーーーーーーー!」


と叫び声が地獄に響き渡りマジシャンはくしゃみした。


 「風邪かな?」

 「十中八九閻魔だと思う」

 「「「同じく!」」」

 「まあ、そんなことより写真家連れてきたよ」

 「そんなことより...」


 笑いながら言うマジシャンに遠目なりながらフジニアをそう呟くと申し訳なさそうに頭を下げながら写真家は現れた。


 「何かすみません」


と言いながら体を縮ませた写真家はお辞儀をして記録を取りに行った。


 写真家を誘い先にフジニアたちは乾杯した。カーナのドリンクを飲んだきさらぎは一息つくとマジシャンがきさらぎに声を変えた。


 「仕事は落ち着いたかい?きさらぎ」

 「はい!もう大丈夫です」


ときさらぎが元気よく言うとマジシャンはきさらぎの頭を優しく撫でた。


 「そう?良かった」

 「私これから車掌補佐として頑張ります!」

 「きさらぎなら大丈夫です。信頼してますよ」


と言うマジシャンにフジニアは抗議した。


 「ちょっと待ってください...何か俺の時と反応が違うような..」

 「そりゃーきさらぎはフジニアと違うよな。きさらぎは素直だし~」

 「悪かったな。素直じゃなくて!」

 「あっ!それは僕が飲んでいたカクテル!」

 「フジニア!それは...」


フジニアはやけになりマジシャンから飲んでいたカクテルを奪い飲んだ。


 「没収だ!これも飲んでやる!」

 「待ってそれは原石だから飲んだら...」


マジシャンが止める前にフジニアは原石を飲み干し倒れた。


 「フジニア!」

 「だから言ったのに!君は酒が苦手なのに飲むから」

 「ううう...気持ち悪い。吐きそう」

 「もう少し...ちょっ待ってフジニア!ああああああああ!」


 介抱しようとしたフジニアにマジシャンは服に吐かれて発狂した。マジシャンは叫びながら後処理を済ませ二人で服を着替えた。バーに戻ったマジやんは死んで目で目の前のカクテルを見つめ、フジニアはきさらぎの膝を枕にして横になった。


 「お疲れ様マジシャン。カクテルあるけど飲むかしら?」

 「いいです」

 「でもあなたの好きなカクテルよ」

 「いりません」

 「ほんとにいいの?」

 「いりません」

 「そう?美味しいのに」


と言いマジシャンの目の前でカクテルを飲むカーナにきさらぎは思わずツッコミを入れた。


 「やめなさい...もうそのくらいにしてあげてカーナ。マジシャンのライフはもうゼロだから」

 「分かったわ~」

 「大丈夫マジシャン?私のクッキー食べる?」


ときさらぎが聞くとマジシャンは悟りを開いた目をしながら答えた。


 「大丈夫...です..クッキーはいただきます」

 「はい、どうぞ」

 「ありがとうございます..」


とマジシャンは礼を言うときさらぎのクッキーを食べた。美味しかったのか疲れからなのか目から涙が流れた。


 「ううう...美味しい..」

 「泣いてる。そんなに美味しかったのかな?」


きさらぎは泣くマジシャンの目元に隈が出来ていることの気づきもう一枚クッキーを手渡すとマジシャンは更に泣きながら食べた。


 「疲れてるんだなマジシャン...今日もお疲れ様。良かったらもう一枚食べる?」

 「いただきます...美味しい..美味しい」


と食べているマジシャンにきさらぎは苦笑いをした。きさらぎは改めてバーを見回すとカーナはカクテルを狂うほど飲み続け、グリンとネムはふたりで仲良くオムライスを食べていた。フジニアはまだきさらぎの膝で魘されている。何ともカオスな状況である。そうとは知らない写真家がバーに顔を出した。


 「あの...終わったので私はこれで...」


と言いバーを出ようとしてカーナに肩を掴まれた。


 「カーナさん?離してください。力強いです強い!」

 「何言ってるの~今夜は飲むわよ~」

 「え!ちょっと待ってください!誰ですかカーナさんにお酒を飲ませたの!彼女の酒癖はとにかく悪いんです!」

 「そんなこと言わずにねえ~」

 「ぎゃあああああああああああああ!」


カーナに掴まった写真家は酒瓶語と飲まされそうになり、きさらぎは二人に近づきとカーナに水を飲ませた。


 「凄い。あの酒癖が悪いカーナが..」

 「カーナは私の小説のキャラクターだからね。カーナは酒癖が悪いけど水を飲んだら寝ちゃうから!」

 「流石きさらぎさん!頼りにしてます!」


と写真家は言うときさらぎの手を握った。カーナを止めたきさらぎの勇姿はグリンとネムも見ていたようで二人から褒められた。


 「ママ...凄い..」

 「あのカーナを寝かせるなんて流石きさらぎだ!」

 「ありがとう...二人とも」


ときさらぎが二人に言うとマジシャンは正気を取り戻し、フジニアは目を醒ました。数分後にカーナも目を醒まし、写真家も加え改めて乾杯した。


 「よしそれじゃあ、改めて...乾杯!」

 「「「「「乾杯!!!」」」」


 フジニアが音頭を取ると皆が持っていたグラスを合わせた。それからフジニアたちが楽しい時間を過ごした。


 「ええ!写真家は僕たちが消えかかっている時に昼寝してたの!」

 「はい...すみません。私は普段、記録を取る時に力を使う故...昔はもっと覇気も力があったのですが...今ではそんなに...」


と写真家は申し訳なさそうにグリンに言った。


 「酷い酷い!写真家のカメラにいたずらしてやる!」


怒ったグリンは写真家のカメラを奪うと持ち上げた。カメラに消えないペンで落書きしようとするグリンを写真家は必死に止めようとする。


 「グリン!それだけはやめてください!」

 「嫌だー!落書きしてやる!」

 「ほんとにそれだけはやめてください!」

 「何やってるんだよ...グリン」

 「グリン...それはやっちゃだめだよ」


半泣きになっている写真家と落書きをしようとするグリンに呆れながらフジニアとマジシャンは止めた。


 「分かったよ!」

 「そのカメラは写真家さんの大切なカメラだもんね。いつもありがとうございます写真家さん」


ときさらぎが言うと写真家は照れながら礼を言った。


 「いえいえそんな...照れますね」

 「.....」


きさらぎに照れる写真家にフジニアは無言で見つめた。


 「......」

 「そんなに見つめてどうしたのフジニア?」

 「なんでもない」


 と不機嫌そうに言うフジニアの視線の先を見たマジシャンは不機嫌の理由を理解した。


 「成程ね...フジニア」

 「何が?」

 「いや~あの時と同じだなっと思って」

 「あの時って何時だよ」

 「うん?君がいない時にきさらぎと僕や異形たちが話していたら今みたいに不機嫌になるよな~って話し」

 「不機嫌になってない」

 「まあーこれは不機嫌っていうより嫉妬かな?」

 「嫉妬?誰が誰に?」

 「フジニアが写真家に嫉妬してるんだよ」

 「何言ってんだ?嫉妬するわけないだろ?」


とフジニアは言うが写真家ときさらぎの話が盛り上がりさらに機嫌が悪くなった。


 「素直じゃないなー」

 「何が?誰に?」


と言うフジニアに酒で酔ったカーナがダル絡みした。


 「そう言えばフジニア~きさらぎ離れ出来て良かったわね~」

 「な、何を言ってるんだカーナ!」


カーナに言われたフジニアは顔を真っ赤にしていうがカーナはお構いなしに話し続ける。


 「だって~初めの頃なんか~きさらぎ、きさらぎってずっと言ってたものね~」

 「ちょっちょっとカーナ!」


焦るフジニアに話を終えたきさらぎが話に入りフジニアの顔は更に赤くなる。


 「何の話?私がどうしたの?」

 「終点に着くとねフジニアはきさらぎ、きさらぎ~って言うんだ!」

 「ちょっとそれは言わない約束ですよ!」

 「そうなの?」


と言うグリンにきさらぎが聞くとマジシャンは頷いて面白そうに答えた。


 「そうなんだよ~。きさらぎ、きさらぎってね。そう言えば~悪魔の時もきさらぎ~って言ってたな~」


と言うマジシャンにカーナたちはマジシャンから離れ距離を取った。訳が分からないマジシャンは首を傾げた。


 「あれ?皆どうしたの?」

 「マジシャン...あれ見て...う、後ろ」

 「後ろ?はっ!」


とグリンに言われたマジシャンは後ろを振り向いた。振り向いた先にいたのは悪魔の時同じように怒り物凄いオーラを身に纏っているフジニアが立っていた。フジニアの手には死神の鎌が握られており、バーにいた全員が恐怖し青ざめ、カーナたちはマジシャンに手を合わせた。


 「マジシャン...あなたのことは忘れないわ」

 「マジシャンの犠牲は無駄にしない!」

 「マジシャン...の死は無駄にしない..」


と上からカーナ、グリン、ネムにさんざん言われるマジシャン。


 「ねえ、そのフラグ回収みたいなことやめてよ!死ぬことが前提みたいな話し辞めてよ!」


とマジシャンが声を荒げて言うとフジニアに肩を掴まれた。


 「あっ..あっ..あっ..あの~フジニア..さん?」

 「マジシャン...車掌の前のことは言わないでって言ったでしょう?」

 「そ、そうでしたね...なんで鎌構えてるんですか!」

 「許さない!」

 「フ、フジニアが怒った!」

 「「「「あっ!逃げた」」」」

 「こら!待って!」


マジシャンはバーから逃げ出した。フジニアは鎌を背負うとすぐさま後を追いかけた。廊下には二人の叫び声が響き渡りバーに残されたきさらぎたちは静かにネムが居れたお茶を啜った。マジシャンとフジニアの攻防が続くが捕まり”もうしません”という蓋を首から掛けられ正座をした後に閻魔から連絡を受け渋々地獄戻っていった。


 「全く...マジシャンは...でも少し楽しかったからいいや」

 「楽しそうでよかった」

 「でも少し疲れた...」

 「あれだけはしゃいだもんね。ここでお開きにしよう」


ときさらぎは言いその場で解散となった。


 カーナはドリンクの下準備をするためバーに残りグリンは料理長室に向かった。ネムはきさらぎの腕の中で眠り二人は車掌室に向かった。


 「ネム...寝ちゃったね」

 「ネムもはしゃいで疲れたんだろう。布団で寝かせてやろう」

 「そうだね。寝かせてくる」

 「おやすみ..ネム」

 「ママ...お休み...」


きさらぎはネムを布団に寝かせるとネムの髪を優しく撫でた。きさらぎは帽子を取るとフジニアが様子を見にやってきた。


 「きさらぎ、ネムを寝かせられた?」

 「うん。すやすや寝てるよ可愛いね」

 「そうだな。ネムを見てると昔の二匹を思い出す...」

 「フジニア...辛い?ネムを見る時、あなたは悲しい顔をする時があるの。まだ昔の事を思い出す?」

 「時々...思い出すんだ。もう過ぎたことなのに思いだしてしまう。夢に出てくるんだ」

 「フジニア...」

 「もう後悔はしたくないんだ。あの時みたいに大切なものを失うのはもう嫌だ。目の前で誰かを失うのも..自分が知らない間に大切な誰かを失うのも嫌だ。けど...夢の中や思い出は見ているだけでどうすることも出来ない。それが怖いんだ。情けないよな...きさらぎが車掌補佐になって初めの頃に話し合ったのに」


悔しそうな顔をしたフジニアは下を向き舌を噛んだ。


**

 きさらぎが車掌補佐になった初めの頃に一人で塞ぎこむことが多かった。きさらぎの異変に気付いたフジニアが訳を聞くと終点になると魂を解放された時の事を思い出し不安になってしまうのだ。ロビーの端に一人座るきさらぎに話しかけた時その目は不安と恐怖に溢れていた。


 「きさらぎ探したぞ。何かあったのか?」

 「フジニア...ううん。考え事してただけだから大丈夫」


と笑うきさらぎの目元は隈が出来ており平気でないことはすぐに分かった。


 「嘘をつかないでくれきさらぎ。俺はお前のことが分からないほど馬鹿じゃない。何か悩んでいるなら教えてくれ..それが無理なら少しだけで良いから話してくれ...」

 「やっぱりフジニアには適わないな。話すよ約束したもんね...」

震えるきさらぎの手をフジニアは握る。

 「落ち着いて...ゆっくりでいい」

 「ありがとうフジニア...話す間手を握っててくれる?」

 「分かった。ずっと握ってる」

 「ありがとう。話すね...私ね終点になると怖いんだ。終点になるとあの時のことを思い出して怖くなるの。また同じことが起きるんじゃないかって...起きてフジニアを置いて行ってしまうんじゃないかって怖くて怖くてたまらないの。馬鹿だよね。勝手に不安がって...」


きさらぎはそう言い笑ったが笑えておらず見ていて辛そうだった。辛そうに笑うきさらぎの体は震えており見て居られなかった。フジニアはきさらぎを優しく抱きしめた。


 「そんなことないぞきさらぎ...俺もそうだ。終点になると不安だった。あの時までは...あなたの魂を解放したくなくて、一人になりたくなくて許されないことをした。それがしてはいけないことだと分かっていたのに...それでもきさらぎを失うのが怖かったんだ。今は魂を解放してきさらぎとともこの仕事ができる。だけど終点に限らずまたあなたを失うのではないかと怖くなることがある」


と言うフジニアの顔を見てきさらぎは驚いた。


 「フジニアも私と同じように怖くて不安だったんだ」

 「ああ...情けない話だがな」

 「全然情けなくないよ。同じだね私もフジニアも」

 「そうだな。同じだ」


とフジニアが言うと安心したようにきさらぎが笑った。


 「笑ったなきさらぎ。俺は幸せそうに楽しそうに笑うお前の笑顔が好きだ。俺はお前に笑っていて欲しいんだ。今みたいに何か悩んでいるのなら話してほしい。俺は俺の大切なパートナーなんだからな」

 「ありがとうフジニア。え?今パートナーって言った?それって...」

 「...そう言う意味だ」

 「!!」


フジニアは赤面しながら言うときさらぎの同じように顔が赤くなった。


 「私でいいの?」

 「お前だからいいんだ..きさらぎ。俺のパートナーになってくれないか?」


と言うフジニアにきさらぎは涙を流した。きさらぎを悲しませたと思い焦るフジニアだがきさらぎは幸せそうに笑った。


 「違うよフジニア。ただ嬉しくてつい涙が溢れて止まらかっただけだから...」

 「それじゃあ...」

 「はい...こちらそこ私のパートナーになってください」


ときさらぎが頷くとフジニアは喜びきさらぎを抱きしめた。その後カーナたちに知られたフジニアは死ぬほど弄られる事となった。後日二人の指には対の指輪と首にかけるネックレスのリングを首にかけられていた。


**

 向かい合って座るフジニアの頬をきさらぎを両手で触れると額を合わせた。


 「ありがとう話してくれて」

 「約束だからな」

 「うん。どう?まだ怖い?」

 「もう怖くない。きさらぎ話したおかげで落ち着いた。少しまだ不安だけど俺はもう一人じゃないから。きさらぎがいるから大丈夫だ」

 「良かった」

 「心配かけてごめんな」

 「いいんだよ。私たちはパートナーに何だから二人で助け合っていけばいいんだよ」

 「そうだな。きさらぎの言う通りだ。これからも互いに助け合っていこうなきさらぎ」

 「うん!フジニア」


ときさらぎは言い二人は互いの顔を見て笑い合った。


 「そろそろ遅いから一休みしよう」

 「そうだねフジニア」


二人は一息つきネムの眠る布団に横になった。


 「おやすみなさいフジニア」

 「おやすみきさらぎ」


二人は言い合い仮眠を取った。


 幽霊列車の大きな蒸気が社内に響き渡る。蒸気音で目を醒ました二人はネムと共に布団から降りて支度を始めた。帽子を被り車掌と車掌補佐になった。


 「よし準備できたかきさらぎ?」

 「できたよフジニア」

 「よしいくか」


とフジニアが言いきさらぎとネムは頷いた。車掌室を出た三人はバーに居るカーナや料理長室にいるグリンに声をかけた。各々の準備が終わると幽霊列車は動き出した。動き出す列車に各々が思いをはせた。


 「あっ!列車が動き出した。今回も頑張らないと!」


とグリンは料理長室で仕込みをしていながら呟いた。


 「あら?列車が動き出したわ。今回も張り切ってやらないと。それに選別出来る魂があるといいわ」


とカーナは言うと舌なめずりをした。その雰囲気はどこか怪しく不気味だ。


 「列車動いた...ママ...ネム頑張る」


と張り切るネムの髪を優しくきさらぎは撫でた。動き出した列車は始発駅に向かって今も移動を続けている。遠くの方だが始発の駅と共に乗客たちが見えた。


 「そろそろか..始発の駅が見えたな。遠くから乗客が見える」

 「ほんとだね、フジニア。今回も頑張ろうね」

 「ああ、一緒に頑張ろうな」


と言うフジニアにきさらぎは頷いた。


 「なあ、きさらぎ...ちょっといいか?」

 「なあに?フジニ...」


きさらぎはフジニアの方を向くとフジニアの顔は迫り何かが唇に触れた。触れられたのは唇だと気づくときさらぎは顔を赤くして声の出ない悲鳴を上げた。その反応を見てフジニアは笑った。


 「フジニア!急に何するのよ!」

 「悪い悪いついな。仕事が始まったら前世の解明で忙しくてそれどころじゃないからな!」

 「だからって...もう!」

 「そう怒るなよー。きさらぎだって嬉しかっただろう?」

 「まあそうだけど...急にしたからびっくりしたの!」

 「悪かったってならこれで許してくれるか?」


フジニアはきさらぎの額にキスをした。キスをされたきさらぎは再び顔を赤くし下を向く小さな声で頷いた。


 「うん...いいよ」


と言うきさらぎを微笑ましそうにフジニアは眺めた。その視線に気づいたきさらぎを叫ぶとフジニアを置いて先に仕事に取り掛かった。


 「ああああ、もう!これで終わり!私たちはやるべき仕事があるでしょ!さあ早く!フジニアも仕事に取り掛かるよ。始発までもうすぐなんだから!」

 「はいはい。俺はお前と一緒だから怖くないしもう怖くないぞ」


と揶揄うフジニアにきさらぎは睨んだ。


 「口より体を動かす体を!その気持ちは嬉しいけどすぐ揶揄わないのー!」

 「悪かった悪かった」


と笑うフジニアにきさらぎは小さな声で呟いた。


 「私だって...フジニアといるから怖くないよ」

 「え?今なんて言ったんだ。俺といるから怖くないって?もう一回、もう一回行ってくれ!」

 「っっっ!もう知らない!」

 「頼むよーきさらぎ!」


聞こえないように呟いた声はフジニアに聞こえてしまい、始発に着くギリギリまでフジニアときさらぎの攻防は続いた。


 幽霊列車が始発に着くと蒸気音と共に扉が開き、乗客たちが列車に入っていく。乗客は案内されロビーに集まった。集められた乗客は椅子に座り車掌が来るのを今か今かと待っている。ロビー近くの廊下で待機をしているきさらぎはフジニアの服装を確認し手直しをしていた。


 「これでよし!ネクタイも帽子も完璧だね」

 「ありがとな、きさらぎ。きさらぎの帽子も少し曲がってる。これでいいぞ」

 「ありがとう、フジニア」

 「どういたしまして」


とフジニアは言う。互いに服装を直し合った二人は一度顔を見合わせ深呼吸をした。


 「準備はいいか?きさらぎ」

 「ええ、ばっちりだよ。今日も前世の解明頑張ろうね」

 「ああ...よし行くぞ!」


とフジニアは言いロビー入りきさらぎ後に続いた。二人が中に入り乗客たちに演説をする。


 「お待たせいたしました。長い間ご苦労様でした。私は車掌のフジニアと申します。こちらは車掌補佐のきさらぎです」


と言うフジニアにきさらぎも続けて話し、やがて演説は終わり乗客たちはロビーを去る。乗客が全員ロビーから出たことを確認したフジニアたちはこれから始まる前世探しのことを話しながら廊下を歩いていた。


 「いよいよだな。これからまた始まるんだな。前世探しが..」

 「そうだねフジニア。思えばあの時もここから始まったんだよね」


ときさらぎは思いだしながら笑った。フジニアも思い出しながら廊下を見回した。


 「そうだったな。あの時も堕天使が列車に乗り込んできた時もこの廊下だったな。全ては此処から始まったんだ」

 「思いだすと誰も懐かしいね。あの時、まさか自分が異形・ヴァンパイアに転生してフジニアと一緒に働くことになると思わなかったよ!」

 「俺もだよ。あの時の俺はきさらぎのバレることが怖くて内心焦ってたんだ」

 「そうなの?全然そう言う風に見えなかった!」

 「まあ..死神の表情は分かりずらいし感情は伝わりにくからな」

 「その割には分かりやすかったような...でもカーナたちは全然分からないって言ってたような...」

 「きさらぎが特別なんだ...死神の感情は理解しずらい。魂を扱う分どうしても自分の感情や表情が疎かになり相手に認知されにくい傾向にある。よっぽどその死神のことを理解した者でないと読み解くことは難しいんです」


と言い照れて顔が赤くなるフジニアを置いてきさらぎは納得した。


 「なるほど...だからカーナたちは分からないって言ってたんだ」


と言うきさらぎにフジニアは帽子を動かしながら言う。


 「そうなんですよ~。逆に死神を理解している相手だと誤魔化すことが難しいんですよ。それでもきさらぎが俺のことを理解してくれてると分かった時とても嬉しかったな~」

 「そうなんだ。だから私はフジニアのことが理解できたんだ」


と一人で盛り上がるフジニアに対してきさらぎは冷静に頷いた。二人の温度差にマジシャンがこの場に居たら胸焼けするだろう。きさらぎはフジニアの話を聞き今までのことを思い出した。思い出したフジニアはどれも平静を装っていたがどこか悲しそうな寂しそうだった。きさらぎと話すフジニアはどれも安堵した表情が多かった。それに気づいたきさらぎは微笑んだ。


 「そっか...私は前世を解明してなくても..フジニアの事だけは覚えていたんだね」

 「きさらぎ...っっっっっっっっっ!」


きさらぎの言葉にフジニアは一瞬固まり声の出てない悲鳴を上げ顔が真っ赤になった。


 「フジニア、顔真っ赤!見して見して!」

 「やっやめろ見るな...きさらぎ!」

 「ええ~いいでしょ?フジニア!」

 「ちょっ...きさらぎ...あっ!」

 「きゃあ!」

 「今日も来ちゃった~」

 「ごめん~忘れ物しちゃった~」

 「「「「あっ!」」」」


フジニアは帽子で赤くなった顔を隠したがきさらぎはその顔を見ようとして躓いてしまった。二人は倒れてフジニアの上にきさらぎが乗っかり、そこに運悪くグリンとマジシャンに見られた。


 「あっ...ごめん...おかましなく...楽しんでお二人さん」

 「ねえマジシャン、二人が倒れて...」

 「グリン!僕らは行こうか」

 「え?う、うん」


マジシャンはグリンの手を掴むとカーナのいるバーへと走りフジニアは慌てて後を追いかけた。


 「カーナさ~ん!」

 「おい!待て待て待て!」

 「ぷっふふふ...」

 「ママ...楽しい?」

 「うん楽しいよ。私たちもフジニアたちを追いかけようね」

 「うん!」


ネムは元気良く言うと手を繋いでフジニアたちの後を追いかけた。バーへ着いた二人は中を覗いた。マジシャンとグリンは正座をして反省中をかかれた札を首にかけフジニアに説教されていた。きさらぎと目が合った二人は助けを求めた。きさらぎがフジニアを説得し二人は解放されたが反省はしておらず三人の追いかけっこは続き列車が止まるまで終わらなかった。


 「列車が止まった」

 『え~岡本~岡本~列車が止まりま~す』


とアナウンスが流れ、カーナはフジニアたちに声をかけた。


 「アナウンスが流れたわ。そろそろ仕事に戻るわよ。御三方」

 「分かった。お前ら次やったら宙吊りだからな」

 「「は、はい...」」

 「僕は料理長室に戻ります」

 「私はここでドリンクの準備をするわ」

 「僕もカーナのドリンクを飲まないと!」

 「お前何しに来たんだ!」

 「もちろん!カーナさんのドリンクを飲みに!」

 「仕事しろ!」

 「これが仕事だから!」

 「キメ顔やめろ...」


と呆れるフジニアの服を掴む。


 「パパ...私は仕事頑張る...手伝う」


と言うネムに感動し頭を撫でた。


 「ネム!今パパって言ったか?お前はいい子だな。よしよし!」

 「ネム...嬉しい」

 「良かったねネム」

 「うん...ママ...パパ好き」

 「「ネム!」」


素直で可愛いネムに二人は癒されているとロビーから悲鳴が聞こえた。


 「悲鳴...出番だよお二人さん」

 「そうだな...行くぞきさらぎ」

 「ええ...行ってきます」

 「ネムも行く!」

 「おいでネム」


ふたりは帽子を直した後、きさらぎがネムを抱っこした。


 「「「それじゃあ行ってくる/行ってきます」」」

 「「「いってらっしゃい」」」


元気良く言う三人にカーナたちは手を振りながら見送った。


 ロビーには首吊り遺体と共に混乱した女性の乗客が立っていた。訳が分からないと言う様子できさらぎたちに詰め寄った。きさらぎは女性の乗客に列車の事を説明した。


 「幽霊列車...前世の魂を解明する...」

 「そう、それがこの幽霊列車。私とフジニアは前世を解明する手伝いをするの」

 「ネムもするよ...」

 「前世の解明...私の前世を...」

 「そうだ。俺ときさらぎがあんたの前世を共に調べ解明する手伝いをしてその魂を導くんだ」

 「まだよく分からないけど...お願い。私の前世を探して」

 「ええ!私とフジニアとネムが貴方の魂を導いて見せる!」

 「うん...」

 「さあ、やるか!前世探しを」


とフジニアは言いその場にいた全員が頷いた。幽霊列車...それは魂を解明し死後の世界へ魂を導く列車である。狭間の世界に存在し、魂たちは乗ることが出来る。魂は乗客となり乗組員である車掌と車掌補佐が前世を調べ魂を導くのだ。今日も幽霊列車は狭間の世界にやってくる魂を導くため駅にやってくる。幽霊列車の旅はまだまだ続く...(終)

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幽霊列車〜前世の旅 時雨白黒 @siguresiguro

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