??章 ****駅

??章_****駅


 一体何が起こってしまったのだろう...それは誰にも分からない。もしも分かるとするのは神のみである。この仕事をする上で何か起きてしまっても何とかなると...全てうまくいくのだと思っていた。しかしそう簡単に事は進むものではなく、自分に都合のいいことが長くは続かない。この世界はそんな単純ではなかった。全てを隠して嘘で固めたことなら尚更だ。


 「嘘つき...信じたのに!全てあなたが仕組んだことだったなんて!」

 「待ってください!」


****に押された時に何が起きたのか理解できなかった。動けず写し出された映像を見て戦慄した。映像を見られたこともそうだが****が死んだ時の状況を知られたくなかった。****に全てを打ち明けたほうがいいのか..言えば****は...考えが追い付かない。そんなことより今は****に誤解を解かないと!追いかけなければ!


 「車掌~いいのかな~?早くいかないとやばいんじゃないかな?」

 「堕天使!」

 「僕に構ってあぶらをうってもいいけど~ここはきさらぎ駅。何が起きるか分からないよ?この駅は未知数で不安定な駅だ。君ならその理由が分かるよね?魂が不安定だとその駅も影響されるよ」

 「ここは構わず行ってください車掌様」

 「...後は頼む」


悔しいが写真家にここは任せることにした。カーナたちに説明している時間はない。泣いて走り去ってしまった。自身の釜で痕跡を辿ると列車の外に出たようだ。いくら****の駅とはいえ外に出れば魂が焼けてしまう。最悪地獄の門が開いてしまうかもしれない。意を決して外に出ると体があの時のように焼けた。それでも****を探した。今真実を話さなければ...空を見上げるとやはり赤い月が登っていた。


 「まずい...赤い月が...早く見つけないと!」

 「****!どこですか!」


あちこち探しまわってやっと****を見つけることができた。声をかけ腕を掴む。


 「ここにいたんですね。列車に戻りましょう?ここは危険なんです。今すぐ離れましょう?それから..」


掴んで戻ろうとしたが腕を払われる。


 「いや!話なんて聞きたくない!あなたは私に嘘をついた。どうして嘘をついたの?殺したことがばれたくなかったから?嘘がばれたくなかったから?だから...気づいたこともことごとく忘れさせたの?」

 「それは...聞いてください!あなたが見た映像は真実ではないんです!あれは裏側の映像です!裏側の映像は偽りなんです!」

 「それが信じられるわけ..」

 「なら見なよ。このレコードで真実を...そうすればすべてが分かるよ。」

 「堕天使!なぜここに」

 「やあ~さっきぶりだね~」

頭上から声が聞こえて顔を上げると堕天使が荒れた岩に腰かけていた。取り乱す車掌に見向きもせず****に例のレコーダーを見せる。


 「君がどうやって彼、車掌と出会ったか?君がどういう人生を送ってどうやって死んだのか?君と彼の関係は一体何なのか?彼がなぜこの場所で車掌なんてやっているのか?そしてこの狭間の世界_幽霊列車は何故存在しているのか?その真の目的と死者の前世を解明するのは何故か?この幽霊列車の旅の終わりである最後の終着駅_きさらぎとは一体なんなのか...君も知りたいだろう?」

 「そのレコードを見たらすべてが分かるの?」

 「すべて分かるよ。さあ...どうする?」

 「レコードを見れば真実が分かる...」

 「......」


****は悩み車掌を見る。車掌はしばらく悩んだが****に真実を知ってもらうことに決め****に向き合った。


 「車掌...私は...」

 「はい...決めました。お願いです...私と一緒にこのレコードを見てください」

 「いいの?」

 「はい。あなたに知って欲しいのです」

 「決まりだね!このレコードで君の前世の記憶、前世の旅を見るよ。でも安心して!前回と違って今回は表だから~」

 「表...わかった」


堕天使はレコードを見せてきたが念のために確認する。****は同意してレコードは再生された。再生すると先ほどと同じ映像が流れる。****が車掌に殺された映像だった。


 「やっぱりそうじゃない!」

 「まあ~見てなって~ほらほら~」

 「え...映像が変わっていく...!!」


ビデオが動き出す。終わったはずの映像は流れ****を殺した車掌は振り返るとノイズが起きその姿は変わり堕天使が立っていた。直ぐに堕天使のもとへ車掌が駆けつけて殴りかかり映像は巻き戻さ...再生の文字がレコードに表示された。


 「何...この映像...車掌じゃなかった...私を殺したのは...」

 「僕だよ~君が見たのは裏側のやつだから僕じゃなくて車掌が殺した嘘の映像が流れたんだね~」

 「そんな...じゃあ私は勘違いして...」

 「いいんですよ。私はあなたに嘘をついていいたんです。それに...」

 「酷いよね~君を救おうとしていたのに人殺し扱いされるなんて~」

 「もとはと言えばあなたがあの映像を見せなければ!」

 「そうだね~でも...君が死んだのは彼・車掌のせいなんだよ~。そう!全ての元凶はこの悲劇を招いた車掌・死神くんで~す!」

 「...すべては私の責任です。私があなたと出会いあなたの人生とその運命を壊してしまったんです」


堕天使に言葉に車掌は怒るが堪えて****に謝罪した。


 列車に残った三人は窓から外を見た。外に出られない二人は車掌に全てを託した。車掌たちがレコードについて話しているのを窓から見たグリンは小さな声で呟いた。 


 「カーナ...始まっちゃうのかな...」

 「...そうね。私は...どんなことがあっても受け入れるつもりよ。それが例え破滅の未来になろうとも...」

 「カーナはすごいね...」

 「ママ...」

 「あのレコードは...そっか...一人は寂しいもんね」


レコードが再生されるとグリンは寂しそうに言った。


 レコードが再生さそうになる数分前に写真家はマジシャンに連絡した。


 「ご報告いたします。門番様...実は..」

 「な、何!そんなことが...まずい!きさらぎ駅は何が起きるかわかないんだぞ!急いで外の様子を見に行く。後は任せた!」


マジシャンは大急ぎで地獄から出るとその異様な光景に壮絶した。


 「なんだこれ...赤い月が登り条件を満たしているのに地獄の門は開いているのに発動していない。どういうことだ?」


マジシャンは辺りを確認すると車掌たちを見つけた。


 「あれは...車掌と****...何であんなところに?堕天使もなぜあいつがここに...あれは!あのレコードは...まさか再生するつもりなのか!いけない!止めないと」


マジシャンはレコードの再生を止めるため車掌の元へ急いだ。


 「それじゃあ始めようか~再生するよ。本当の真実を」


堕天使が再生しようとするレコードをマジシャンは止めようとするが防がれてしまう。


 「来ると思った!君に邪魔をされたらせっかく用意した舞台が無駄になるだろう?君には大人しくここで共に見てもらうよ。彼女のレコードを」

 「くそ!どけ堕天使!そのレコードは再生するな」

 「もう遅いよ」

 「何?」

 「君が来ることはおおかた予想が出来たからね」

 「!!」


マジシャンは糸を出し食い止めようとしたがこの距離では車掌と****に当たってしまい思うように糸を操作できなかった。堕天使はそれをチャンスとし自身の翼から羽を取り出しマジシャンに突風をくらわせる。突風に当てられたマジシャンは避けようとしたが避ければ車掌たちに当たってしまう。当たれば車掌は深手を負い****は魂ごと塵になってしまうため避けられなかった。マジシャンは自分の愛用する帽子がボロボロになる程度で済んだが堕天使と距離を離されてしまう。


 「しまった!」

 「神はどうやら僕に味方したようだね。マジシャン」

 「よせ!ダメだ!やめろおおおおお!」

 「もう遅いよ。全て手遅れさ!君も見るといいよ~禁忌とされ封印された古の禁じられたレコードを」


マジシャンは再生させないように試みたが間に合わずレコードは再生し動き出した。


2_0(レコード:00ひとりぼっちの悪魔)

 車掌と****の記憶を辿るレコードが再生された。レコードは動き出し映像が徐々に映し出される。


_死神は人の願いによって生まれる異形である。死神の主な仕事は人の行いから善悪を見定め善を導き、悪の魂を裁くことだ。死神は自然に生まれ来る種族ではない。死神になるにはある条件が必要である。その条件とは;悪魔が過去に償いきれない罪・大罪を犯すこと;が条件である_

しかし...未だにその大罪を犯した者はいない...はずだった。


 約???年前に一人の悪魔が誕生した。その悪魔は生まれながらに力が強く人も異形も上位の力を持つものでないと姿を目視できなかった。その悪魔は黒くゆがんで見えることや自身が悪魔のせいか誰も悪魔に近づこうとしなかった。悪魔はそのことに気づいていたが気づかないふりをし続けた。この悪魔の存在は多くの異形でも知られ噂されていた。


 「いたわ...あの悪魔よ。不気味ね」

 「本当だわ...」

 「...」

 「やだ、こっち見たわ!」

 「行きましょう!」

 「...此処にも俺の居場所はない...」


悪魔は呟くと悲しそうに歩き出した。悪魔に親はいない。単体で生まれてくるため仲間もいるわけでもない。そして悪魔は強力な力を持ち、人のみでなく異形の魂を捕食することが出来る。


 「悪魔に魂を取られる」


と皆口々に言い子供の異形や大人の異形たちは悪魔のことを危険な異形であり醜い象徴だと教えた。そのせいだろう...ある日子ども異形は悪魔に時々石を投げたり燃やそうとする者もあらわれた。


 「痛い!何するんだ」

 「お前悪魔なんだろ?お前悪い奴なんだってな」

 「俺たちが退治してやるよ」

 「いっ痛い!」


子どもの異形は悪魔の尻尾を踏みつけ倒れた所を押さえ何度も痛めつけた。悪魔は痛みに耐えていた。


 「う...うう...」


悪魔はもう動けず息をするのがやっとだった。恐る恐る見上げるた。


 「うわ!きも!見ろよ~こいつまだ生きてるぞ」

 「あんなに痛めつけたのに生きてるとか...化け物かよ」

 「だって悪魔だろ?このくらいで死なないよ」

 「どうする?」

 「このまま生かしたってこいつ悪魔だもん。復讐されたらたまんないよ」

 「なら...この悪魔殺す?」

 「!!」

 「そうだね!この悪魔を..]

 「「「「殺そう」」」」


悪魔は殺されることが分かると暴れたが押さえつけられる。


 「おいおい動くなって~」

 「お前が動いたら俺たち殺せないだろ?」

 「やめ...ろ...」

 「なんで?お前悪魔だろう?悪魔なんだから悪い奴に決まってるだろ?悪い奴を退治して何が悪いんだよ」

 「俺は...何も...悪いことなんて...してな...」


異形の子供の一人が悪魔の髪を掴んだ。


 「何言ってんだよ?お前がいるから悪いんだろ?」

 「母さんが言ってたぞ!お前、人だけじゃなくて異形の魂を食べれるんだろう?」

 「こいつどうせたくさん異形の魂を食ってるんだ!」

 「そうに決まってる!」

 「待って...俺は...人も...異形の...魂なんて...食べたこと...なんか...」

 「悪魔のことなんか信じられるかよ」

 「「そうだそうだ!」」

 「待って...俺は...うぐっ...ああああああああああああああ」


悪魔は片方の目をくり抜かれて焼かれた。血が大量に流れ全身に激痛が悪魔を襲った。悪魔は自分を殺そうとする異形の子供たちを見た。


 _俺が悪魔だって...俺は人も異形も傷つけたことは無いし魂なんて食べたことなんかない...どうして俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ...俺が悪魔だからこんな目に合うのか...こいつらは本気で俺を殺そうとしている。このままじゃ俺はこいつらに...殺される。俺のことを悪魔というこいつらは平気で傷つける。こいつらの方が悪魔なんだ_


死にかけている悪魔は死にかけている自分を見て笑う異形の子供たちに恐怖を覚えた。


 「めろ...」

 「うん?こいつなんか言ってるぞ」

 「やめろ...やめろ...」

 「やめろだって~!」

 「殺される...やめろ...やめろ!」


悪魔は自分が傷つけられたことを何度ども何度も思い出す。殺されるかもしれないという恐怖に襲われる。異形たちが近づいてきたことに気づいた悪魔は殺される思い片腕で薙ぎ払った。悪魔はその後意識を失った。


 「う...ううん?あれ...俺...生きて...いっっ...」


 悪魔は目を覚ますと激しい痛みに襲われた。痛めつけられた傷が痛むのだ。痛みに耐えている時悪魔は自分が襲われたことを思い出した。


 「そうだ...あいつらに襲われて...あれからどうな..え?森が...」


悪魔は周りを見渡すと自分がいた森自体が無くなっていた。


 「嘘だ...なんで...俺はあの森にいたはずなのに...どうして森が無くなってるんだ...」


悪魔が驚いていた時、異形たちがやってきて悪魔を取り囲んだ。


 「いたぞ!悪魔め」

 「森を吹っ飛ばしよって」

 「待ってくれ...俺は!」

 「この子達から聞いたよ!あんたが森で悪さをしてたんだって!」

 「俺は何もしてない!」

 「嘘つけ!うちの子が嘘をついたって言うの!」

 「俺はこいつらに襲われたんだ!何も悪い事なんかしてないのに」

 「黙れ!悪魔のいう事など信じられるか」

 「そうだ!」

 「子どもが傷つけられたんだ」

 「俺達だって黙っていられるか!」

 「子どもたちの敵だ!」

 「殺せ!」


誰かがそう言うと皆、狂ったように叫んだ。


 「そうよ!殺せ」

 「殺して!」

 「殺せ!」


殺せと叫ぶ声が延々と聞こえてくる。悪魔はもうどうすることが出来なかった。それに追い打ちをかけるように異形の子供が大人たちに言う。


 「こいつは酷いんだ...自分が悪いのに...俺たちのせいにして...暴れて...そのせいで俺は頭を怪我したし、他の皆だって怪我をしたんだよ...殺して...この悪魔を殺してよ...」

 「な...俺は...そんなこと...!!」


異形の子供は母親の後ろに隠れると悪魔を見てにやけた。自分のしたことに嘘をつき全て悪魔のせいにして、大人が悪魔を殺すのを今は今かと待っていた。そのことに気づいた悪魔はもうどうすることも出来ず殺されるのを待つことにした。


 _俺はただ自分の居場所が欲しかっただけなのに...もういいや...早く..殺してくれ_


生きることをあきらめた悪魔は自分に振り上げられた釜を呆然と見上げた。振り上げられた釜は悪魔に届くことは無く頭に触れる寸前で止められた。悪魔は不振に異形たちを見ると彼らは驚いていた。異形の老人が振り上げた鎌を掴み止めたからだ。


 「何で止めるんですか!」

 「そうですよ。こいつは悪魔ですよ」

 「今殺しておかないと皆こいつに殺されます」


 異形の老人は異形たちを見ると深いため息をつき悪魔のに触れ怪我の手当てをした。


 「なんで手当てを!」

 「こいつの触れたら!」

 「お前たち...黙らんかい!先ほどからなんじゃお前たちは悪魔悪魔と騒々しい!」

 「しかし...」

 「彼を見て分からぬ馬鹿者!悪魔だからと決めつけて傷つける。それはいじめや差別と何ら変わらんではないか!彼を見よ!深手を負い傷ついているが子供らを見て見よ。彼に襲われているのならその程度の怪我ではすまぬ。その証拠に彼の腕には子供らを襲った形跡はない。襲ったのなら怪我など彼が追うことなどない。彼は子供らを襲わず無抵抗だったのだ」

 「ならなぜ我らの森がこのようなことになってしまったのですか?現に子供達だって」

 「子供らの傷は森を吹き飛ばした際に怪我をしたので自業自得だ。わしには分かる。彼は襲われ死にかけて抵抗したのだ。わしだって襲われ死にかけたら抵抗する。それと同じことだ」


異形の老人は大人の異形たちに向かって言うと悪魔に頭を下げた。


 「よいか!お前たちがしたことは決して許されることではない!それを肝に銘じよ。悪魔だからと決めつけて傷つけるなど愚か者のすることだ」

 「本当に申し訳ない!この森に住むわしら異形たちが君にしたことは決して許されないことだ。謝っても謝り切れない...だが、謝らせてくれ...本当に申し訳ありませんでした」

 「なんで...あなたは...なにも...悪くな..」

 「いいや、この森に住む異形をまとめる上でこの森の異形たちがしたことはわしの責任だ。こんなことが二度と起こらぬように異形たちに話し合う。わしは君の怪我癒す力はない。だから簡易的な手当てしかできない。今までの非礼をこれで許してほしい」


異形の老人は悪魔の怪我を手当てをした後に悪魔を抱きしめた。


 「本当に済まない...傷ついた君にこんなことを言うのは酷な事は分かっている...君にお願いがある。ここら立ち去ってくれないか?君がここにおればこの森の異形たちに傷つけられ、今は助かったが殺されるこもしれない。森に住む異形たちはまだ納得していない者も多い。わしは傷つけられる君と君を傷つける異形たちを見たくない。君は優しい子だ。子どもとはいえ傷つけられて死にかけたのに誰一人傷つけることなかった。この森のことは気に無くていい...わしに出来ることはこのくらいだ」

 「無事でよかった...」


傷つけられた悪魔は抱きしめられ初めて言われた言葉に涙が止まらなかった。異形の老人は声を押し殺して泣いた悪魔の背中を優しく撫でた。悪魔が泣き止むまで異形たちは黙って見ていた。もう誰も悪魔のことを責める異形はこの森にいなかった。悪魔のことを傷つけた異形の子供たちと殺そうとした異形たちは自分がしてしまったことに気づいた。しかし...悪魔に声をかけることが出来ず悪魔は異形の老人にお辞儀をした後、森から立ち去った。


 「化け物なんかじゃなかった..悪魔は俺たちの方だったんだ」


と、森に住む異形たちが言った言葉は悪魔には聞こえなかった。


2_1(レコード:01出会い)

 異形たちが住んでいた森から立ち去った悪魔は襲われた傷口が開き大量の血が流れ死にかけていた。歩くことも辛くなり立つことも出来なくなった悪魔はその場で倒れてしまう。


 「体が...動かない...俺は...死ぬのか...」


激しい痛みと睡魔に襲われた悪魔は目を閉じて眠りについた。悪魔は夢の中で異形の親子の夢を見た。その親子は楽しそうに幸せそうに手を繋いでいた。顔は見えなかったが幸せそうで悪魔は羨ましいと思った。悪魔が寂しそうに見ていることに気が付いたのか子供の異形は悪魔に近づいた。顔を見た時、悪魔は驚いた。その異形の子供は自分自身だったからだ。


 「...夢か。俺に親なんて...家族なんていないのに...」


 目を覚ました悪魔は夢とは違う現実にため息をついた。


 「そんな...甘くないよな...」


悪魔はそう言うとゆっくり起き上がった。少し眠っていたせいか体が少し楽になった。悪魔はこれからどうしようかと考えていた時、誰かの悲鳴が聞こえた。その悲鳴が聞こえた悪魔は気が付いたら体が動いていた。駆けつけると罠に引っ掛かり暴れた異形が二体の異形に襲われていた。


 「誰か!助けて!」

 「おい!大人しくしろ」

 「大人しくしていれば楽に殺してやる」

 「嫌だ...誰か!助け...殺される」

 「!!」


その言葉を聞いた時、悪魔は自分が襲われ死にかけたことを思い出した。ここで助けなかったらこの異形は殺されると思った悪魔は二体の異形に声をかけた。


 「おい...何してる?」

 「なんだよ?邪魔すんな」

 「お前もこいつを食いたいのか?悪いが俺たちがこいつを食い殺すから..」

 「なあ...俺は何してるんだって聞いたんだ」

 「!!」

 「こ、こいつ...悪魔だ!」

 「なに?悪魔だと!」

 「え...悪魔...」

 「こいつに何をしてるんだってさっきから聞いてるんだ。殺すって言ったか...こいつを殺すって」

 「ひぃ!悪かった!許してくれ」

 「俺たち知らなかったなんだ!お前の食事だって!だから許して...」

 「失せろ...」

 「え?今なんて...」

 「失せろって言ったなんだ...俺たちの前から消えろ...こいつを食うことも殺すことも許さない。もし同じことをすれば俺が....殺す。分かったな?」

 「は、はい!」

 「すみませんでした!」


悪魔に睨まれた異形たちは謝って逃げていった。


 「...あの...助けてくれてあり..」

 「動くな...この罠をとく」

 「ありがとう...」

 「礼はいい。これでよし...どうだ?」

 「ありがとう!」


助けられた異形は感謝し自分の姿を悪魔に見せた。それは白き気高い翼にその異形の象徴であるわっかがあった。


 「驚いた...お前は...天使だったんだな」

 「助けてくれてありがとう...代わりにお礼をし...あれ...」

 「おい!しっかりしろ。あいつらにやられたのか」

 「うん。天使は悪魔や小悪魔たちとは犬猿の仲だから...天使を襲って食らう小悪魔たちが多くて...」

 「そうなのか?」

 「そう...だから君が来た時正直終わったって思ったよ。小悪魔は悪魔と違い力はそこまでじゃなくても悪知恵がすごくて...油断してたんだ」

 「そうだったのか...とにかくお前の傷を治さないと」

 「それをいうなら君の方が怪我がひどくて..」

 「いいから教えろ」

 「ここから少し歩くよ?怪我のせいでうまく飛べなくて」

 「翼も怪我してるな...なら...乗り心地は悪いが許してくれ...」

 「え...傷が、血だって出てるよ!」

 「そこに行けばお前は治るんだろ?おぶってやるから場所だけ教えろ」

 「...ありがとう」


天使をおぶった悪魔は場所を指示されながら歩き出した。道中、傷が開き血が流れて天使は気が気でなかった。血の匂いと天使に引き寄せられたが天使を抱えているのが悪魔だと気づきと異形たちは襲うことは出来なかった。悪魔には上下関係が存在し強い奴には逆らわないというルールがある。悪魔はそのルールを知らなかったがこちらの様子を伺うも襲ってこないので都合が良かった。


 「ここだよ...この聖なる泉につかれば...助か...」

 「どうした?天使?おい!しっかりしろ!」


 天使に案内され聖なる泉についたものの天使が小悪魔の罠で傷ついた傷は蝕まれていた。どうすればいいのか分からない悪魔は近くの異形たちに助けを求めたが小悪魔ばかりで天使の異形が他にいない。困ってしまった悪魔に聖なる泉は答えてくれた。


 『聞きなさい..悪魔よ...その天使をこの聖なる泉につかればこの天使は助かるでしょう...小悪魔たちはこの場所に近寄ることが出来ません...安心してください...しかし...あなたは悪魔...悪魔がこの聖なる泉に入れば苦しみ死んでしまうので...決して入っては..』

 「なら、天使がつかれば助かるんだな」

 『ですが...待ちなさい...自殺行為です...やめなさい』

 「つべこべ言ってる場合じゃないんだろ?このままだとこの天使は死ぬ。ならこれしかない!」


聖なる泉は止めたが悪魔は死を顧みず天使を抱えて聖なる泉に飛び込んだ。聖なる泉は悲鳴をあげ周りにいた小悪魔たちも驚きの声を上げた。


 「あいつ...正気か!」

 「悪魔が聖なる泉に飛び込んだ」

 「自殺行為だ」

 「死んじまうぞ!」

 『何という事を...』


悪魔は天使と共に深い泉の底へ落ちていく。悪魔は天使の傷が癒されいく様子を見て安心した。


 「これで...天使は...大丈夫だ...」


悪魔が気を失った後、完全に傷が癒えた天使は意識を取り戻すと自分の傷が癒えている事と悪魔が自分を抱えて気を失っている事を理解し悪魔を抱きしめた。


 「死なせない!助けてもらった命...今度は僕が君を助ける!」


天使はそう言うと翼を広げて地上を目指し飛んだ。一方、聖なる泉も小悪魔たちも悪魔が死んでしまったと思い悲しんでいた。突然、聖なる泉から悪魔を抱きしめた天使が飛び出してきたときは皆驚いた。


 「な、なんだ!」

 「天使が泉から飛び出してきたー!」


天使は聖なる泉に助けを求めた。


 「聖なる泉よ。聞いてください!彼は僕を助けてくれたんです!彼を助けてください!」

 『確かに彼は他の悪魔や小悪魔とは違い優しい悪魔です。しかし...私では悪しき心を持たない異形や天使を癒すことは出来ても悪魔は癒すことはできません』

 「そんな...ならどうしたら!彼はこんなに怪我して死にかけているのに!」

 『そうですね...こんなに怪我を...天使よ...私たちは夢を見ているのでしょうか...彼の傷が治っています』

 「え...本当だ」

 『こんな...奇跡があるのですね...彼は悪魔ですが悪しき心を持たず心が綺麗なのでしょう...でなければ泉に落ちた時点で死んでしまうでしょうし傷の治ることはありません...彼に感謝をしなければなりませんね』

 「はい!ありがとう...」


気を失った悪魔を天使は抱きしめてそう礼を言った。


 目を覚ました悪魔に気づいた天使は喜び話しかけた。


 「う...ううん...あれ...俺は...」

 「目が覚めたみたいだね!よかった!君は気を失ってから全然目を覚まさないから死んじゃったと思ったよ」

 「俺は生きてるのか?泉に飛び込んで死んだんじゃ...」

 『それについては私が説明しましょう...あなたはこの天使を命を救いました...それだけではなく危険を顧みず泉に飛び込みました...本来ならば死んでしまうでしょう...しかし悪しき心を持たない者や心が綺麗な者は別です...あなたは心が綺麗なのでしょう...聖なる泉の力が効き傷が癒えることが出来たんです』

 「そうだったのか...でも奇跡だ...あの時死んだかと思った」

 「僕も...命の恩人を殺したかと思ったよ」

 「それは悪いことをしたな」

 「全然!礼と言ったらなんだけど助けてくれたお礼がしたいんだ」

 「お礼?別に俺は見返りが欲しくて助けたわけじゃない」

 「分かってるよ!でも僕がしたいんだ」


悪魔は言うのを躊躇ったがもし叶うならと思い恐る恐る言うと天使は一瞬驚いた。悪魔はまずいことを言ってしまったのかと思い焦っていたが天使

の一言で気が抜けた。


 「なら...居場所が欲しい...俺には家族も帰る家もない...俺は悪魔だから...その...」

 「ならこの森に住みなよ!」

 「ふぇ!いいのか...」

 「ふぇって...あはははははは」

 「わ、笑うな!」

 「ごめんごめん...ってきり魂をよこせって言われたらどうしようって思って!」

 「魂って...俺..人も異形の魂も食ったことないんだけど」

 「そ、そうなの!でも安心した...君が優しいやつで...聖なる泉が癒すわけだよ」

 「そうか?」

 「そう!それと...後ろを見て」


後ろを見ると小悪魔たちが集結しこちらを見ていた。


 「後ろ?小悪魔たちか?」

 「そう。彼らはね、君の危険を顧みず僕を助ける姿を見て感化されたんだって」

 「だから?」

 「もう悪さはしないから自分たちを君の配下に加えてほしいんだって」

 「配下...え?冗談だろ」

 『もともと悪魔や小悪魔には強さの上下関係があります...強い者に従う異形ですがあなたの天使を助ける姿を見て彼らも強さだけでなく心から忠誠を誓ったのですよ...』


聖なる泉にそう言われたがさっきまで天使を襲おって殺そうとしていた異形たちが急に配下に加えてくれて言われ悪魔は混乱した。


 「そんなこと急に言われたって...お前たちも困るよな?」

 「俺たちあんたに一生ついていきます!」

 「俺たちを配下に加えてください!」

 「え...」


悪魔は反応に困ったが小悪魔たちが悪魔をキラキラする目で見つめられ折れて配下に加えることにした。配下に加えた小悪魔たちに天使はむやみに襲わないことを約束させた。


 「いいのか?小悪魔たちに傷つけられただろ?」

 「あの後...二体の小悪魔が首が取れるぐらい謝りにきたんだ。自分がしたことに反省してたし二度としないって自分から言ってたから許してあげたんだけど二体の小悪魔が...切腹しますって言いだして死のうとするから止めるのに苦労したよ。死ぬんじゃなく君のために命をかけてくれって言ったら納得したんだ」

 「そんなことが...俺が気を失っている間に大変だったんだな」

 「うんうん!大丈夫。むしろ面白かったから」

 「面白かったて...お前」

 「冗談だよ!」

 「お前が言うと冗談に聞こえない」


天使と悪魔はそう言い合い笑う。天使が悪魔に手を差し出した。


 「これからよろしくね!」

 「これからよろしくな...」


と悪魔は言って手を掴んだ。孤独で居場所がない悪魔は一人の天使と出会った..そして..多くの小悪魔たちを配下にし...聖なる泉と天使とともにこの森に住みことになった。この日...初めて悪魔の居場所が出来た。


2_2(レコード:02人間)

 悪魔が天使と出会い森に住み始めてから数年の時が経った。悪魔は不器用ながら打ち解けて小悪魔たちや聖なる泉にも心を開いていった。


 「おはよう!今日もいい天気だね」

 「相変わらず早いな...」

 「違いますよ親分!天使さんさんが規則正しいんです。親分が不規則なんですよ~」

 「な!そんなことない..」

 『いいえ...そんなことありますよ...あなたは少したるみすぎです』

 「聖なる泉までそういうのか...分かったよ...気を付ける」

 「なんて~僕も小悪魔たちもさっき起きたんだけどね~!」

 「皆だって変わらないじゃないか...」

 「ごめんごめん!冗談だって」

 「そう膨れるなよ~」


顔を膨らました悪魔の頬を天使は突っつき小悪魔たちも触ろうとしたが悪魔に腕を掴まれ真顔で見つめられた。


 「いや...あの...親分...」

 「うん?なんだ?その手は?」

 「俺たちも親分に触れ...たいな...って」

 「何がしたいって?」

 「...あの...」

 「なんだ?」

 「えっと...」


悪魔にじーと顔を見られた小悪魔たちは固まり冷汗が止まらなかった。小悪魔は動けず小動物のように小さくなり天使が助け舟を出した。


 「もう、君の冗談は小悪魔たちには通じないんだからね」

 「え?冗談だったんですか!」

 「そうだけど...」

 「え...え!冗談だったんですか!」

 「さっきのお返しだ」

 「酷いっすよ!親分」

 「さてー今日もこの森を見守るとするか」

 「そうだね。行こう!」

 「え...親分、無視ですか?」

 「......」

 「親分ー無視しないで!」


悪魔は天使を連れて先に森の奥へ行こうとして小悪魔たちは腕を掴んで引き留めた。悪魔は掴んだ小悪魔ごと引きずって森の中へ入っていった。


 『彼はますます悪魔らしくなってきたな...』


と、様子を見ていた聖なる泉はそう呟いた。


 森の見回りの仕事は天使が一人で行っていたが、今では悪魔と小悪魔と分散して行っている。今日も森の見回りをした悪魔たちは森の入り口へ向かう。


 「そう言えば見回りをする前に聖なる泉に何か言われてたよね?なんて言われたの?」

 「詳しくはよくわからない..俺が聖なる泉に言われたのはこの森に人間が来るということだけだ」

 「人間がこの森に来る?」

 「それは本当ですか親分。ここ何百年も人間なんて一人も来なかったのに?」

 「そうなんだ..聖なる泉も驚いていたみたいなんだ...人間の気配を感知したらしくて...」

 「それで親分に確かめてほしいってことですか」

 「そうみたいだね!」

 「親分なら適任ですね。親分強いし見た目怖いから!」

 「なんか言ったか?」

 「何でもありません!」

 「君たち仲いいね」

 「本当ですか!俺たちはそう見えます?」

 「あー見える見える」

 「酷いっすよ!その反応思ってないでしょ!親分!」

 「思ってるぞ...お前らは頼りになる子分たちだからな」

 「親分...照れますって~」


悪魔に言われたことが相当嬉しかったのか悪魔たちは喜んでいた。その姿を見た悪魔は思わず天使にしか聞こえない声で言う。


 「なあ?あいつら俺の子分になったとはいえ変わりすぎないか...前はもっと殺意があって殺すぞと言わんばかりの目をしてなのに...」

 「そうだね。今は何と言うか...小型犬が大型犬に尻尾を振っているようにしか見えない」


二人は喜ぶ小悪魔たちを見つめた。天使は小悪魔たちの頭を撫でた。


 「子犬というより子猫だな...」


 悪魔はそう呟いた。悪魔がそう呟いた時、後ろから足跡が聞こえ天使たちに合図する。天使たちも入り口を見ると人間がやってきた。


 「さて、そろそろか...来たぞ」

 「本当にきた!人間が」

 「聖なる泉の言った通りだ」

 「それにしても想像してたのと違う。もっと..」

 「もっといかつい人間でも想像していましたか?」

 「え!なんで分かるんですか!親分この人凄い人ですよ!」

 「少し落ち着け...」

 「元気がいいんですね。異形の皆さんは人間と聞くと乱暴なイメージをもつ方も多いんですよ」

 「すみません。俺たち...」

 「いえ、いいんですよ」

 「あんたが人間...」

 「おや?あなたは人間は初めてですか?」

 「ああ...初めて見た。これが...人間」

 「あなたは悪魔ですか?」

 「確かに俺は悪魔だが...人間ってそういうの分かるのか?」

 「全員が分かるわけではないんです。人間にも分かる者と分からない者もいます。しかし大前提として見えない者のほうが遥かに多いでしょう」

 「そうなんですね!凄いですよ!親分!」

 「そうだな...なあ?その手に持っているものはなんだ?」

 「これは本です。気になりますか?」

 「ああ...」

 「見て見ますか?」

 「いいのか...?」

 「はい。どうぞ」


人間は悪魔に本を手渡そうとしたが天使が間に入り止めた。小悪魔たちも悪魔も天使が止めると思わず驚いた。


 「え?どうしたんですか天使さん!」

 「......」

 「なんで止めるんだよ...天使?」

 「...ダメだよ。人間なんて信用できない。天使は人間の愚かさや醜さを知ってる。人間ほど醜くて信用できない生き物はいないよ。それに僕は...彼を信用できない。ねえ?聞くけど君は何でここに来たの?その目的は?僕らのことをどこまで知ってるの?君は一体何者なの?」


天使は敵意を向け人間を睨んだ。睨まれた人間は怯むことなく、二人は見つめ合い、人間の方が手を挙げた。


 「降参です。あなたの言う通りです。人間は醜い生き物です。あなた方異形から見たらそうでしょう。名前も名乗らず大変申し訳ございませんでした。申し遅れました。僕の名前は利籐と言います。よろしくお願いします」


人間は悪魔たちに向って手を差し出したが天使がその手を振り払った。


 「俺は悪魔だ」

 「俺たちは小悪魔です」

 「天使だ...人間の手なんか握る必要はない」

 「なあ?さっきからどうしたんだよ...」

 「彼は人間だよ!」

 「そうだけど...さっきからその態度は良くないんじゃないか?利籐は何も悪いことはしてないだろ?」

 「それは今だけだよ。人間なんて碌なもんじゃない。後から後悔するよ。きっと...僕は君たちに傷ついて欲しくないんだ。異形と違って人間は本当に醜いんだ。僕は一度聖なる泉に人間が来たと伝えてくるよ」

 「分かりました!気を付けてくださいね。天使さん!」

 「うん。じゃあ行ってくる。利籐とか言ったけ?後で話がある。行っておくけどこの森で悪さしたり彼らに悪さをしたら許さないからね」

 「はい。肝に銘じておきます」


天使は人間を人睨みすると聖なる泉のもとへ向かった。悪魔は天使のことを謝ると利籐は笑って言った。


 「いえいえ。彼の反応が正しい反応ですから。あなたは初めてなんですよね」

 「そうなんだ..天使から人間のことを聞いていたんだがあんたは悪い奴じゃやなさそうだな」

 「利籐でいいですよ」

 「じゃあ利籐って呼ぶな...森の中を案内するよ...」

 「いいんですか?ありがとうございます」

 「俺たちも教えますよ!ついてきてください利籐さん!」

 「ありがとうございます」


悪魔と小悪魔は人間・利籐と連れて森の中へ入り案内した。


 悪魔たちが案内をしている時、天使は聖なる泉と人間について話していた。


 『落ち着かないのですか...天使よ...』

 「...あの人間は信用できない。悪魔たちは人間の愚かさ醜さを知らない。だから...」

 『そうですね...長い年月の間...人間たちを見てきましたがあれほど醜い生き物はいません...それは事実です』

 「だったらなぜこの森に人間を入れたんですか!人間は厄災しか起こしません!あの人間は僕たちに不幸をもたらします」

 『そうかも知れません...ただ...悪い異形もいるように良い人間もいるのは事実...』

 「なら見定めろってことですか?人間は嫌い...あいつらは血も涙もない...醜い生き物なんだ!あいつのせいで...あいつらのせいで..あいつらは仲間を殺した...」

 『あの人間は正直私でも分かりません...しかし聖なる泉が揺れているのです...これから何かが起きようとしている...天使よ。彼の傍にいてあげなさい...さきほどあなたが来る前に聖なる泉に彼が映りました」

 「それって!」

 『彼はもうじき死ぬ...』


聖なる泉が揺れた時に人間か異形が映ると映った生き物は死ぬ。聖なる泉に悪魔の姿が映ったのだ。それを知った天使は悪魔のもとへ駆けつけ人間を追い出したかったが出来なかった。悪魔たちが聖なる泉に人間・利籐を案内してここまで来てしまったからだ。聖なる泉に言われ悪魔たちは席をはずした。天使も利籐の目的を知りたいが悪魔のことが心配で天使のその場から離れた。天使が居なくなったことを確認した利籐は聖なる泉と話し始めた。


 「僕の名は利籐と申します。名無しという村で書生をやっている者です」

 『書生ですか...聞いたことがあります...それで書生のあなたがなぜこの森に来たのですか...?』

 「見届けるためですよ」

 『見届けるとは...?』

 「僕たち書生の仕事はこれから起こる真実を見届けることが仕事です」

 『そうですか...何を見届けるのです?』

 「この森には悪魔がいますよね?」

 『いますが...』

 「僕の仕事は彼がこの森で人間たちによって殺されるところを見届けることです。聖なる泉にも映ったでしょう?」

 『気づいていたのですか...』

 「はい。彼の死は決定事項です。それを止めることはできません。僕は彼の死を見届けたらこの森を去りましょう。安心してください!あなたも天使も小悪魔たちも誰一人傷つき死ぬことはありません。彼が死ねばいいのです」

 『...やはり人間は醜い生き物ですね』

 「ええ...それが仕事ですから。彼は...あの悪魔は死ぬ」


利籐はそう言うと笑った。聖なる泉は何も言うことなく利籐は悪魔たちの所へ向かった。聖なる泉と人間の会話を小さな二匹の小悪魔が聞いてしまい急いで悪魔の元へ向かった。


 「たいへんだ!パパが死んじゃうよ」

 「パパが死んじゃう!急いで伝えないと!」

 「それは無理だよ...」

 「え?」

 「人間!」

 「本当はこんなことしたくないけど僕の仕事を邪魔されたくないんだ。だから...ごめんね」


二匹の後ろには人間の利籐が立っていた。まだ幼い二匹の小悪魔は利籐を怖がりその場から動くことが出来なかった。利籐は謝ると持っている本を掲げた。すると本が一瞬光って二匹の小悪魔は消えてしまった。


 「ごめんね。君たちを殺すのは決定事項なんだ。恨むなら自分の人生を恨んでね。さて...後24時間後だ。あと24時間後に彼は死ぬ。僕もそろそろ動こうかな...」


利籐はそう言うと本をしまい森の中を歩き出した。悪魔が死ぬまで後...24時間


2_3(レコード:03家族)

 聖なる泉に映った生き物は死ぬ。それは異形も人間も変わりはない。聖なる泉に生き物が映ることなどここ百年起きていなかった。異形の森に人が来る。それだけで異例のことだ。何かの前触れなのかもしれない。森に人間を入れることが正しい事かは定かではない。何もできない聖なる泉はただ皆の無事を祈ることしかできなかった。悪魔が死ぬまで後...23時間


 聖なる泉に悪魔のことを告げられた天使は内心気が気ではなかった。目の前にいる人間のこともそうだが今は悪魔のことが気がかりだった。聖なる泉に告げられたのは悪魔が死ぬことのみ。いつなのか分からなければ防ぎようがなかった。人間を睨み続ける天使に小悪魔たちは声をかけた。


 「何してるんですか~天使さん?」

 「何もしてないよ」

 「そ~んな事言って~ずっと親分と利籐さんを見てますよね~」

 「見てないよ」

 「見てたじゃないですか~親分たちを睨みつけるように見て」

 「別に彼を見てたんじゃない。あの人間を見てたんだ」

 「人間って利籐さんですか?」

 「そうだよ。それ以外にこの森に人間なんかいないよ」

 「そうですね。親分たらすっかり利籐さんが気に入ったみたいで~今朝からずっと一緒ですもんね」

 「気に入ったんじゃない。あの人間のことが珍しくて気になるだけだ。あんなにくっつかなくたっていいのに...」


悪魔は利籐の傍で何かを話していた。厳密に言うと利籐の持っている本や持ち物に興味があり聞いているのだ。天使はその様子を見て何故かイラつきが抑えられなかった。それを見た小悪魔は察したのか天使の肩に手を置いた。


 「天使さん...人間の利籐さんに嫉妬...してますよね!」

 「してない!」

 「してますって!天使さんは親分のことが大好きなんですよ。だ、か、ら、人間の利籐さんに親分を取られて嫉妬しているんです!」

 「さっきから嫉妬嫉妬言わない!違うよ!僕は純粋に人間が」

 「何が違うんだ?」

 「だからっていつの間に!」

 「違うよ!僕は純粋にからだ...何を言ってたんだ?」

 「何でもないよ」

 「え?だって違うって...何が違うんだ?」

 「知らない!」

 「天使が言って..」

 「だから知らないってば!」


天使は悪魔に突然話しかけられて驚き飛び上がった。その様子を利籐に見られ笑われた天使は余計にイラついたが何とか誤魔化した。


 「面白いですね。あなたは」

 「イラっ...もう絶対教えないから!」

 「何が違うんだよ?教えろよ?」

 「知らない!」

 「なあ?天使?」

 「フンだ!人間の悪魔の馬鹿ー-!」

 「ええ...俺なんかしたか?」

 「親分...天使さんは繊細ってことですよ」

 「お前たちは何か知らないか?さっき天使と話してただろ?」

 「????」

 「????じゃなくて...」

 「????」

 「...分かるか!」


恥ずかしくなった天使は顔が赤くなりいてもたってもいられず顔を抑えて走り出した。小悪魔は天使のために悪魔に聞かれたが表情をアホずらにして誤魔化した。結局、悪魔は天使と小悪魔には誤魔化され、天使が嫉妬していたことは知らずに終わった。そのやり取りを遠くで見ていた利籐は本を開いて笑う。本には先ほどのやり取りが記載されており、書かれた行動 が終わるとその部分の文字に斜線が引かれていく。利籐は次に起きる出来事を確認するため本のページをめくると白紙で何も書かれていなかった。白紙を確認した利籐は口元だげ笑ったが誰も気づくことは無かった。悪魔が死ぬまで後...20時間


 異変に気付いたのは天使でもなく聖なる泉でもなく小悪魔だった。小悪魔達は幼い二匹の小悪魔が居なくなっていたことに気が付いた。


 「あれ?あの二匹どこ行ったんだ?」

 「いない...」

 「親分や天使さんに聞いてみたほうがいいのか?」

 「いや待て...親分と天使さんの手を煩わせる訳には...」

 「でも...この前もあの二匹が迷子になって小悪魔総出で探したし...」

 「でもその時親分のところに居たし...」

 「正確に言えば親分が二匹を見つけてくれたんだよね」

 「俺たちが言わなくても親分はちゃーんと俺たちを見てくれたんだもんな」


小悪魔たちはその時のことを思い出していた。これは数年前...小悪魔たちが悪魔の配下となって間の無い頃の話。小悪魔たちは悪魔の配下になったがまだ悪魔との関係は今よりも親密ではなかった。配下になり子分になったのはいいけれどどう関わっていけばいいのか分からなかった。


 「あの...親分...その...」

 「どうした?お前たち?」

 「いや...何か困ってる事とかありますか?」

 「特に無いな...」

 「そ、そうですか...ならいいんです」


小悪魔たちはそう言うと森の奥に歩いていき、その様子を見ていた天使と悪魔は顔を見合わせた。


 「ねえ?小悪魔たち最近元気ないね」

 「そうだな...どうしたんだ?」

 「でも驚いたよ。あの反抗的な小悪魔たちが君の配下になりたいなんてね」

 「俺も驚いた...まさかそう来るとは思わなかったから」

 「本当だよね!僕なんかさ~聖なる泉から飛び出した時に小悪魔たちがやってきて身構えていたらいきなり土下座してきたんだもん。聖なる泉と一緒に思わず変な声が出ちゃったよ」

 「それは見て見たかったな...」

 「あれからこの森も変わったよ。以前は小悪魔たちと敵対関係にあったし常に気を張っててさ。聖なる泉の所にいる時だけが安心できたから」

 「それは大変だったな...」

 「うん。でも僕は感謝してる。誰にも心を開かなかった小悪魔たちがが君に心を開いたし僕も命を助けられた。聖なる泉も君と出会えて変われたって言ってたからね。君が僕らを変えてくれたんだ」

 「...なんか照れるな」

 「ええ~照れてるの?」

 「いじるなよ...でも俺も感謝してる。お前らのおかげで居場所が出来たし...仲間も出来たから...俺も方こそありがとな」

 「どういたしまして!」


二人がそう言い笑いあっていると近くで泣き声が聞こえた。


 「泣き声?」

 「誰かが泣いてる?」

 「少し...見てくる」


悪魔は天使にそう言うと声のする方へ歩くとそこにいたのは幼い二匹の小悪魔だった。


 「お前たち...こんなところでどうしたんだ?」

 「え...」

 「親...びゅん...」

 「親...びゅん...」

 「こんなところでどうしたんだよ?」

 「「う、うわ~ん!怖かったよ!」」


悪魔に気づいた小悪魔たちは泣きついた。悪魔は抱き着いた二匹に驚いたが落とさないように抱きしめた。


 「うお!お前たち...いきなり抱き着いたら危ないぞ...こんなところでどうしたんだ?迷子になったのか?」

 「うん!」

 「みんなと一緒にいたんだけど...二人で蝶々を追いかけてたら...気づいたら皆とはぐれちゃって...」

 「迷子に...なっちゃって...それで...それでね...」

 「どうすればいいのか分からなくて...」

 「「だから...だからね...ごめんなさい」」


二匹の小悪魔は泣き出して謝り悪魔は二匹の頭を撫でた。二匹は怒られると思い悪魔を見た。


 「怒ってないの?」

 「親分...」

 「怒ってない..お前たちが無事ならそれでいい」

 「「親分!」」

 「でも、他の小悪魔達にはちゃんと謝るんだぞ...今頃お前たちを探している頃だと思うから」

 「うん!」

 「謝る!」

 「よし!いい子だ。じゃあ戻ろうか」


悪魔は二人を抱えて天使の所に戻ると事情を説明した。


 「成程!だから小悪魔たちは様子が変だったのかな」

 「そうかも知れない...俺は小悪魔たちの所に戻るな」

 「分かったよ!」


 天使と分かれて小悪魔たちの所に向かった。小悪魔たちは森中を探していた。


 「ここにもいない!」

 「別の所を探そう!」

 「あそこは?」

 「そこはもう見たぞ」

 「じゃあどこに行ったんだ?」

 「まさか二匹は聖なる泉に落ちて溺れたんじゃ!」

 「じゃあ今頃あいつらは...」

 「「ヤバい!急がないと!」」

 「もし、そうならあいつらは.....」

 「今から天使さんの所に行かないと!」

 「どうしよう!!!」


小悪魔たちは最悪な状況を想像し混乱状態だった。もはや取り返しがつかなくなる前に悪魔は声を掛けた。小悪魔たちはいっせいに振り向き悪魔がいることに驚きの声を上げた。


 「お、親分!いつの間に!」

 「さっきからここにいたぞ?」

 「え!マジですか?」

 「マジだがどうした?」

 「親分...その...」


小悪魔たちは二匹のことを言おうとしたが戸惑ってしまった。言っていいのか、頼っていいのかと思ってしまった。小悪魔たちの様子を見た悪魔はこの森に来る前の自分を思い出した。ぎこちなくて誰かに頼っていいのか不安になる。小悪魔たちが昔の自分と重なりあの時、自分自身が掛けてほしかった言葉を彼らにかけた。


 「迷惑なんかじゃない...」

 「え?」

 「誰かに何かを頼るのは怖いし...不安だよな。でも俺は誰かに頼ることは迷惑でも悪い事じゃない...困っているなら頼ってもいいんだ。俺にできる事ならなんでも協力する...」

 「親分...」

 「俺もそうだったから...孤独で悪魔ってだけで嫌われて傷ついて...お前たちと出会う前は何で生きてるんだろうって考えて生きてきた。俺が生まれてきた意味って何なんだろうって...答えがない答えを必死に探して...でも今は違うだろ?俺は誰かが配下になってくれたこともないし、これが始めてだからお前たちにも迷惑をかけることもあると思う。こんなやつ俺たちの求める親分じゃないって思う事もあるかもしれない」

 「そんなことないですよ!」

 「ありがとう。少しずつでいいから...俺に話してくれ」


悪魔はそう言うと小悪魔たちの頭を撫でた。小悪魔たちは悪魔の言葉を聞いて感動した。


 「頼ってもいいんだ...」

 「うん?なんか言ったか?」

 「何でもないです!実は親分、二匹の小悪魔が居なくなって」

 「それなら...」


悪魔が後ろに隠れている二匹に声をかけると二匹は恐る恐る声を顔を出した。


 「あああ!お前たち!」

 「あの...皆...」

 「その...」

 「二匹は蝶に夢中になって迷子になったみたいで泣いていたんだ...それで...」

 「「ごめんなさい...」」

 「心配したんだぞ!勝手に離れるなって言ったろうが!」

 「ごめんなさ..」


二匹は小悪魔たちに謝ると小悪魔たちは大きい声で怒鳴った。悪魔は驚き二匹は泣きそうになる。謝る二匹を小悪魔たちは強く抱きしめた。


 「皆...?」

 「心配したんだぞ...」

 「ごめん...なさい...」

 「無事でよかった...」


小悪魔たちは強く二匹を出来きしめると二匹は安心して泣き出した。二匹が泣き止むまで小悪魔たちは背中を摩り悪魔は傍で見届けた。


 「見つかってよかったな...お前たち」

 「はい!親分もありがとうございます!」

 「困ったら今みたいに頼ってくれよ...」

 「はい!」

 「「ありがとう...親びゅん!」」


二匹は無事見つかりこの出来事がおかげで小悪魔たちは悪魔を頼り心から信頼することが出来た。


 「でも本当によかったね。見つかって」

 「本当ですね。天使さんのおかげです」

 「僕は何もしてないよ」

 「相談に乗ってくれたじゃないですか」

 「そうだね。僕のアドバイスが役に立ったなら嬉しいよ」

 「はい!」


小悪魔は天使と寝転び話していた。悪魔のことで相談にしていた小悪魔たちだったが二匹の件でその悩みも解決した。天使に礼を言うと天使は笑った。


 「全然大丈夫だよ。それに...あの二匹がまさか懐くなんてね」

 「ほんとうですね。見てて微笑ましいです」


二人が見た先にいたのは横になって寝ている悪魔とその傍で眠る二匹の小悪魔たちだった。


 「最近二匹が親分のことをパパって呼ぶんですよ。何度も親分って言ってるのにパパだって言い張って」

 「まあまあ...可愛いじゃないか」

 「そうなんですけど...でっもまあ...いっか」

 「なんか彼らを見てたら眠くなってきたよ。皆もどう?」

 「そうですね。俺らも眠くなりました」


小悪魔たちと天使は悪魔の傍で横になり眠った。小悪魔たちは熟睡し気づけば暗くなり寝すぎたことを後悔した。


 「そんなこともあったっけ」

 「きっと二匹もあの時みたいに無事ですよ」

 「そうだな」

 「あの時みたいに探してやろう!」

 「パパ~って泣いてるかもしれないからな」

 「言えてる~探すか」

 「きっと...みつかる」


二匹が利籐に消されたことを知らない小悪魔たちは死んだ二匹を探した。悪魔が死ぬまで後...10時間


2_4(レコード:04利籐) 

 「何かがおかしい...何か嫌な予感がする。風が...」


 天使は森に吹く風がいつもより荒々しいことに違和感を感じていた。森が風に吹かれて騒いでいるようだった。嫌な予感が耐えない天使は小悪魔たちを見かけ声を掛けた。


 「天使さん!お願いがあります。二匹が居なくなったんです」

 「二匹が!」

 「はい。おかしいんです。森中探したのにどこにといないんです!」

 「え!どこにもいないの?」

 「はい。聖なる泉にも聞いたんですがどこにいるのか分からないって言われて...もうどうしたらいいか...」

 「彼とは連絡を取った?」

 「親分ですか?」

 「うん。もしかしたら彼の所にいるのかもしれない」

 「そうだといいんですけど...」

 「なら一緒に探すよ。嫌な予感もするし...それに彼が心配だ」

 「心配?親分に何かあったんですか?」

 「実は...」


天使は悪魔について小悪魔たちに話した。小悪魔たちは驚き取り乱した。


 「分かってる。彼の安否も知りたいし、二匹が無事かどうかも分からない」

 「早くしないと親分が!」

 「とにかく、急ごう」

 「はい!」


天使は小悪魔たちと共に二匹と探し悪魔の安否を確認するため走り出した。


 「親分!」

 「無事でいてくれよ!」


天使たちが悪魔の元へと急いだ。悪魔が死ぬまで後...5時間


 天使たちが悪魔のもとへ駆けつけようとした同時刻、悪魔は森の中を歩いていた。


 「森が騒がしい...一体どうしたんだ」

 「...ここにいたんですね」

 「その声は...利籐」

 「あなたを探すのに苦労しました」

 「俺を?」

 「そう、あなたをね。森が騒いでるみたいです」

 「分かるのか?」

 「もちろんです」

 「風が冷たい...なあ利籐...さっき小悪魔たちの声が聞こえて二匹が居なくなったみたいで何か知らないか?」

 「二匹?ああ...知っています」

 「本当か!」

 「はい。この本に書いていますから」

 「この本に?変なことを言うんだな」

 「なら見て見ますか?」

 「いいのか?見たらダメなんじゃないのか?」


以前悪魔は利籐に持っていた本のことが気になり見せてほしいと言ったが断わられた。大事なもので時が来るまでは見せられない秘密の本と言われたのだ。悪魔はよくわからなかったが大切な物なのは理解できたのでそれ以上は聞かなかった。


 「別にいいですよ。今なら見ても」

 「なら見させてもらうな...」


悪魔は利籐から本を受け取ると中を開き見ると今までの出来事が書かれていた。


 「な、なんだこれ?」

 「それは記録。あなたたちの行動すべてが載っている本です。そこには二匹のことも書かれているはずですよ」

 「そうなのか!」

 「はい。見たら分かります。そこには書かれているはずですから。」

 「どれどれ...二匹は...え...死んだ...」

 「......」


悪魔は二匹が死亡と書かれた文字に驚き利籐に問い詰めた。その時、悪魔は本を落とした。次第に森に雨が降りだし大雨となった。


 「死亡ってどういうことだよ...だって二匹は...利籐!どういうことだよこれ!」

 「......」

 「なんか言えよ!嘘だよなあ?なあ!」

 「本当ですよ。だって二匹を殺したのは僕ですから」

 「!!」

 「それに書かれていることは事実。あなただってわかってるんでしょう?その本に書かれていることが嘘じゃないってこと。だからあなたは否定したくて怒っているんでしょう?」


悪魔は怒り利籐の胸倉を掴んだ。掴まれた利籐は冷静に悪魔を見下ろし、その様子から見下したようにも見える。


 「なんで!なんで殺した!二匹はまだ生まれたばかりの小悪魔だったんだぞ!」

 「それがどうしたんですか?あの二匹はあそこで死ぬと僕に殺されると記載されていました。だから殺しました」

 「ふざけるな!そんな理屈が通ると思うか!」

 「それが僕の仕事ですから」

 「仕事なら殺すのか!」

 「そうです。その本に書かれた通りに未来を切り開き遂行するのが僕の仕事である書生です。この本に書かれた通りに未来を行わないと皆が迎える結末が変わる。そんなことになれば未来が失われる。皆が平和になれるように行動するのが使命なんです」

 「なら目の前で傷ついている奴がいたら見殺しにするのかよ。助けを求める奴を殺して理不尽に見て見ぬふりをするのか!利籐!」

 「そうですよ...」

 「お前!」


悪魔は利籐を殴ろうとしたが寸前で拳が当たることは無かった。利籐の悲しそうな表情を見た悪魔は利籐を殴ることが出来なかった。


 「ごめんなさい...許されることじゃのは分かってます。二匹はいい子達だった。手にかけた時二匹はあなたのことを心配していました。あなたたちを見ていると昔を思い出します...あなたに恨まれて当然です。僕は二匹を殺しました...こんなこと言ってごまかしているようにしか聞こえないでしょう。それでいいから聞いてくれませんか?」

 「...何だよ」

 「僕たち書生はこの仕事から逃れられません。あなたの言う通り僕は最低です。今まで多くの命が目の前で失われ血が流れてきました。僕らは見届けることが仕事で深く関わってはいけない。助けたりするなんてもってのほかです。もしも助けたり関わたりすれば未来が変わり関わった人や異形が不幸になる。最悪死んだり存在が消えることだってある」

 「だから...助けたくても助けられなかった...殺したくなくても殺すしかなかった...そうしないともっとひどい未来になってしまうから...」

 「...利籐」

 「恨んでくれていいです...」


利籐はそういうと涙を流して謝った。悪魔は胸倉を掴んだ手を離した。利籐は呼吸を整えるとあの場で倒れて悪魔を見上げた。


 「おい利籐!どうした...?」

 「あなたは僕の心配をしてくれるんですね。あなたはいい異形です...そうですか...」

 「利籐?」

 「あなたは死ぬ...」

 「え?俺が...死ぬ」

 「そう...僕はあなたが死ぬのを確認するためにここに来ました」

 「そうだったのか...」

 「僕はあなたが死ぬ所を黙ってみようとしてたんですね...」

 「利籐...」

 「時間です...」

 「時間?」

 「そう。これを見てください」


悪魔は利籐に差し出された時計を見ると時計は進み続けていた。悪魔は利籐の言う意味が分からず困っていると利籐は針を指さした。


 「この時計は動いているでしょ?本来ならもう止まっているはずなんです」

 「え?俺は死ぬはずでしょ?」

 「...君は考えたことは無かったんですか?自分がどうして死ぬのかを」

 「そんなの考えたことなんか...」


その時だった。激しい爆発音が森中に響き渡った。


 「な、なんだ!」

 「...始まったんだ」

 「あそこか!行かないと!」

 「やめといたほうがいいです。行けばあなたは...死にますよ?」

 「だからってあいつらを放っておけない!あいつらは俺の大切な...家族なんだよ!」


悪魔はそう言うと爆発の起きた方へと走り出した。見届けた利籐はため息をついた。


 「家族か...行ったら死ぬのに...あなたは...優しいんですね」


利籐はそう言うと腕で顔を隠した。利籐は走り去った悪魔の後ろ姿を見て誰にも聞こえない声で呟いた。


 「あなたは殺される...あなたを殺すのは彼だよ」


 悪魔は走り爆発の起きた付近にいくと森が燃えていた。


 「ああ!森が燃えてる...急がないと...天使ー!小悪魔ー-!」


悪魔は叫びながら走り地面に血が飛び散っていることに気が付いた。嫌な予感がした悪魔は爆発が起きた場所につくと目の前の光景に悪魔は衝撃を受けた。


 「ち、血が...!!」

 「な、なんで...う、嘘だろ...」

 「...皆が死んでる」


悪魔が見たのは血だらけで倒れている小悪魔たちだった。悪魔が死ぬまで後...0時間


2_5(レコード:05堕天)

 悪魔は生存者を探すが小悪魔たちは皆死んでいた。


 「誰か!誰でもいい!生きているなら返事をしてくれ!」

 「誰か!助け...」

 「あっちの方から聞こえてくる!待ってろ!今行く」


声を荒げて悪魔は叫ぶと消えそうな声で助けを求める声が聞こえてきた。悪魔は声のする方へと走りまだ息のある小悪魔を見つけた。


 「大丈夫か!」

 「その...声は親分...」

 「そうだ!来たぞ。もう大丈夫だ」

 「ごめんなさい...俺達...こんなヘマを...」

 「そんなことない!俺が今すぐ助けてやるから!」

 「嬉しい...でも...俺のことはいいんです...俺はもう助からない...」

 「何言ってるんだ!諦めるな!俺がお前を!」

 「親分に...そう言ってもらえるだけども...俺は...幸せです...それに...もう...血を流しすぎたし...痺れてもう...感覚が無くって...」

 「そんなこと...!!」


悪魔は小悪魔の容態をみて気づいてしまった。小悪魔は胸から大量の血を流し重傷だった。それだけではない小悪魔は...


 「お前...体が!」

 「はい...体の胸から下が無くて...どの道...出血が治まってもこの怪我じゃ...助かりません」

 「そんな...俺が何とかする!そうだ!泉だ。聖なる泉に入れば傷も!きっと治る。だから」

 「無駄ですよ...分かっているでしょう?俺は小悪魔です。小悪魔が聖なる泉に入ることはできません」

 「でも...俺は...」

 「親分が...特別なんです」

 「でも分からないだろ!お前達だって変わったんだ!もしかしたらきっと!奇跡が起きれば!」

 「あなたは本当に...やさしいんですね...そんなあなただから奇跡は起きたんですよ...俺じゃダメです」

 「そんなことない!」

 「親分...泣かないで..」

 「泣いてない...」

 「親分...お願いがあります。天使さんを助けて...ください」

 「天使に何か起きたのか!」

 「はい...全てを話します。ここで何が起きたのかを...」


小悪魔は悪魔に全てを話した。悪魔は小悪魔の話に耳を傾けた。


 「親分...お願いです。この森を...天使さんを助けてください...きっと聖なる泉にいるはずです」

 「聖なる泉に...分かった」

 「親分...俺は俺たちは...親分の配下になってよかった...今までありがとうございました」

 「何言ってるんだよ。それは俺の方こそ...」


悪魔はそう言いかけた時、小悪魔は目を閉じ悪魔に伸ばされた腕は力が抜け落ちた。悪魔は小悪魔の腕を掴み必死に声をかけたが反応は無かった。


 「そんな...最後まで言わせてくれよ...」


悪魔は小悪魔の腕を掴み涙を流した。小悪魔たちが死んだ。その事実に心が押しつぶされそうだった。悪魔は小悪魔たちの亡骸を弔ってやりたかったが天使のことを託された。


 「天使の安否が気になる...こいつらを弔う前に...聖なる泉に向わないと...せめてこれだけでも...」


悪魔は自身の羽を使って小悪魔たちに被せて聖なる泉のもとへ向かった。



 「聖なる泉!天使!無事か!」


 悪魔は走って聖なる泉のもとへと向かった。聖なる泉に向かう際に血の匂いがひどくなり、地面には大量の血がこびり付いていた。


 「こんなところにも血が!急がないと...!!」


悪魔は地面に落ちている天使の羽を見て鳥肌が立った。


 「天使の羽が...なんでここに...天使ー--!」


悪魔は死に物狂いで聖なる泉に向かうと聖なる泉は荒れ果てていた。美しく咲いていた花たちは枯れ果てていた。


 「聖なる泉が...荒れ果てて...」


悪魔は歩きながら周りを見回すと聖なる泉の近くで蹲る天使を見つけた。天使に声を掛けようとしたが天使は聞こえておらず独り言を言っていた。


 「な...きゃ...さなきゃ...」

 「天使?どうしたんだ?」

 「ころ...なきゃ...ころさ..きゃ...」


悪魔は心配になり天使の肩を掴んだ時、天使の言葉が聞こえる。


 「どうしたんだ?天使!」

 「殺さなきゃ...殺さなきゃ...」

 「え...?殺すって...」


悪魔が驚いていた時、聖なる泉の声の焦った声が聞こえる。


 『いけない...今すぐ彼から...天使から離れなさい...でないと取り返しがつかなくなります...彼は...』

 「聖なる泉...何言って?」

 『いいから早く逃げなさい...彼はもう堕ちて...』


聖なる泉の言うように天使の様子は可笑しく悪魔が立ち去ろうと下がった時に枯れ葉を踏み音が響く。その音に反応した天使はゆっくり悪魔に振り向いた。悪魔は嫌な予感がおそい、この場から逃げないといけないのに足がくすんで動けなかった。悪魔はこちらを振り返る天使を見る事しかできなかった。


 「...僕がなんだって?」

 『見てはいけません...逃げなさい...彼は...もうあなたの知っている天使ではない』

 「ここにいたんだね?会いたかったよ。君に」


そう言い振り帰った天使の顔には大量の返り血がこびり付き口元から血が流れていた。天使が悪魔をみて笑うと口元から何かが落ちる。悪魔はその何かを見た時、感じたことのない恐怖と抑えられない吐き気に襲われその場で吐いた。


 「どうしたの?いつもの君らしくないね~」

 「う、うう...天使...お前...それは...」

 「これ?いいよね~」

 「!!」


天使が腕に持っているものを悪魔に見えると悪魔は再び吐いた。


 「大丈夫?君はこれは初めてかな~」

 「うう...やめろ...気持ち悪い...吐き気がする」

 「そうかな~君も美味しいよ~食べる?」

 「いるわけだろ!やめろよ」

 「そうむきにならないでよ~なら僕た~べよう!」

 「!!」


天使は腕に持っているものを見せつけて被りついた。天使がかぶりつくと血が飛び散り天使だけでなく地面を真っ赤な血で染めた。悪魔は天使がそれを食べ終えるまで黙ってみる事しかできなかった。天使が食べたそれは...人間の...


 「お前...それは...人間の...」

 「そう...おいしいよ!これは人間の生首」

 「!!」


天使は悪魔の顔の側に人間の生首を見せる。


 「なんで...こんなことを...」

 「うん?首が嫌なら腕でもいいけど?」

 「そうじゃない!なんで人間を食べてるんだ!可笑しいだろ!だって天使は人間を!」

 「守るって?違うよ~僕らはそんな善人じゃない。天使は本来人間を導きけど僕に与えられたのはこの森を守ることだった。その際、掟として決して人間を傷つけたり殺したりしてはならない決まりがあったけど」

 「なら...なんで殺した!お前はこんなことをするような奴じゃない!死にかけた小悪魔から全部聞いた。この森に何が起きたのかも全部!」

 「聞いたなら分かるだろう?この森に人間たちがやってきた。君を殺すためにね...初めから僕たちは嵌められていたんだ。利籐に...彼に言われてはっきりしたよ。君を殺すのは人間じゃない...僕だって...」

 「天使が...そんなわけないだろう!」

 「僕もそう思ってた。でも君を殺そうととした人間たちを殺した時、その人間の悪意に触れたんだ。僕は思ってしまったんだ...君を殺したいって...」

 「何言ってるんだ...冗談だろ?」

 「僕がいつ君に冗談を言ったことがある?」

 「君を殺したくないのに殺したい。君と過ごす内に君が欲しくてたまらなくなっていったんだ。そんなことはあってはいけないのに...」


天使は悪魔に少しずつ近づき悪魔は対称に後ろに下がる。次第に天使の白い羽は黒く染まり天使のわっかも破壊され形がギザギザした黒きわっかに変化した。


 「天使!」

 「羽が...わっかも...あがっ...ああああああああ 」


天使は羽やわっかが変化したことで激痛に襲われその場で蹲る。心配した悪魔が声をかけたが反応はない。


 「天使!天使!」

 「う、うううう...」

 『もう彼は天使ではありません。彼は決して犯してはいけない禁忌を犯しました...禁忌を犯した彼は堕ちます』

 「堕ちたらどうするんだ」

 「堕ちた者を天使の言葉で堕天といいます...彼のような天使のことをこういいます...堕天使...と』

 「堕天使...」


天使が罪や禁忌を犯すとその天使が堕ちることを堕天という。堕ちた天使は堕天使と呼ばれる。天使が堕天使になる際に本来あるべき翼と白いわっかが失われる。その激痛に襲われほとんどの天使はその痛みで死に至る。だが稀にその痛みに耐えて堕天使になる者がいる。堕天使はとても凶暴で自分の欲に誠実な異形である。もしも堕天使に出会ったらその異形や人間は死ぬ。天使が堕天使になる前に堕ちた天使がいたのならその天使を殺さなくてはならない。自分のためにも...その天使のためにもだ。


 『あなたにお願いがあります...彼を...殺してください...彼が完全な堕天使になる前に...』

 「俺が...殺す...」


悪魔は痛みに耐える天使を見た。天使は体から血を流し頭を押さえていた。


 「あがっ...ああああああああああ!痛い!痛い」

 「無理だ...俺は...天使を...殺せない...」

 「お願い...俺を...殺...て」


胸を押さえながら泣いて助けを求める姿を見た悪魔は首を横に振る。体が震えて悪魔は涙が止まらない。


 「お願い...俺を...殺して...助けて...」


堕天しかけた天使は悪魔を押し倒すと泣きながら言った。



 「おそらくあなたは彼を殺せない。あなたは優しいから天使を助けようとするでしょう...あなたは堕天しかけた天使に殺される」

 「奇跡は起きない...あなたは一体どうする?」


 利籐は本を開き結末を確認した。堕天しかけた天使に殺されると書かれている。この事実が変わることは無い。持っている時計を確認するとその時計は止まった。


 「終わったのか...これで僕の仕事は終わった」


利籐は起き上がると悪魔たちのいる場所へ向かう。悪魔の死を確認するまでが利籐の仕事なのだ。利籐はため息をつく。


 「彼の死を確認しないと..でも分かっていても誰かが死ぬのは気分が悪い..」


爆発の起きた場所までいくと利籐は驚いた。小悪魔たちの死体がなくその死体は聖なる泉に集められていた。


 「おかしい...小悪魔たちはなぜここに...!!」


利籐は聖なる泉に誰かがいることに気づく。堕天した天使だと思っていた利籐はその人物を見て衝撃を受けた。


 「時計が...まさか!!なぜあなたが生きているのですか...悪魔」

 「利籐...」


聖なる泉にいたのは死んだはずの悪魔がだった。悪魔は小悪魔の骸を持ち立っていた。利籐の持っている時計が再び動き出し時を刻みだす。驚きで声もでない利籐に悪魔は悲しく微笑みかけた。


2_6(レコード:06回想)

 「どうして...君は堕天しかけた天使に殺されるはずなのにどうして...生きてるんだ?」

 「あいつが...天使..いや堕天使が俺を助けてくれたんだ」

 「彼が...君を殺さず生かした...そんな馬鹿な」

 「奇跡は起きたよ...」


 悪魔はそう言うと空を見上げた。小悪魔の骸を抱えた悪魔は切なく悲しい表情をしていた。その顔は雨で濡れているのか涙を流しているのか利籐には分からなかった。悪魔は小悪魔の骸を床に寝かせるとこれまで起きたことを説明してくれた。


 「やめてくれ...頼む...天使...」

 「う、うう!俺を殺せ殺してくれ!」

 「無理だ!俺にはできない」

 「なら君を殺す!ここにいる死んだ小悪魔たちも全部!」

 「それはだめだ!」

 「なら俺を殺せ!じゃないと俺は...君を殺す!」


堕天しかけた天使は自身の羽で作り出した黒い剣で悪魔のことを刺そうとして悪魔はそれを止めようと必死だった。剣の矛先は心臓に行き両手で掴み悪魔の両手から血が流れる。


 「やめろ...こんなこと!」

 「うるさい!僕は君を殺す!」

 「お前はこんなことを...誰かを傷つけるような奴じゃな...っっ!!」


悪魔の心臓ではなく片腕に剣が深く刺さり悪魔の体に激痛が走る。


 「あがっ!ああああああ!」

 「痛いよね...?それは天使が異形を殺すための物だよ。本来なら白いけど僕はもう天使じゃないから...色が黒いんだ。黒くて助かったね。本当なら君は死んでたよ」

 「何で...」

 「何でだって!僕の本当の目的は君を殺す事だった!異形の中でも悪魔は負の象徴だ。悪魔は人だけでなく畏敬を襲う醜い生き物なんだ!君が生まれた時、僕も生まれたんだ。天使は悪魔と同時に生まれてくる。何故だか分かる?悪魔を殺すために天使が生まれるんだ!僕は君を殺すために生まれてきた。この森に立ち寄ったのも君と出会ったのも全て...君を殺すためだった!まさか小悪魔たちの罠にかかるとは思っていなかったけどね」

 『やはり...そうでしたか...』

 「気づいていたんだ。聖なる泉は」

 『はい。だってあなたは天使の中でも優秀で悪魔を多く葬ってきました。どの悪魔も凶暴で残虐な性格で多くの命を奪い殺してきたのです。そんな悪魔たちを退治してきたあなたがここに来た時は大変驚きました』

 「じゃ...じゃあ最初から全て知ってたのか?天使は俺を殺すためにここにきたのか...」

 「そのつもりだった。罠にかかって君に助けられたときは本気で死を覚悟したよ。僕はここで君に殺されるんだって思った...けど君は僕を殺さず僕を助けてくれた...僕は君を殺そうと思ったのに!」

 「天使...」

 「ずっとずっと殺そうとしたのに!君は優しくて...自分が死にかけているのに殺そうとしていた僕を助けて...あの時、僕は君が死んだと思ったよ。でも奇跡は起きた。君は死ななかった...おかしいだろ!悪魔だぞ!人や異形を苦しめる悪い奴だぞ!いらない、存在してはいけない異形なんだ!異形のはずなのに...君の傍にいて君の醜い悪魔の部分をひきずり出してやろうとしたのに!君を殺そうとしたのに!君を...だましていたのに...」

 「泣いてるのか...天使...」


悪魔の顔に天使の涙が零れ落ちる。


 「泣くなよ...俺のせいだったんだな」

 「違う!僕が悪いんだ!君のことを悪魔だと思って近づいて殺そうとしていたんだから...」

 「ごめんな...気づいてやれなくて...」


悪魔は掴んでいた両手を離した。悪魔の行動に戸惑う。


 「な、なんのつもりなんだ!」


悪魔は剣を心臓に寄せて天使の腕を掴んだ。


 「...いいよ。お前になら殺されてもいい」

 「君...何言って!」

 「俺のせいでお前はずっと傷ついて苦しんだ。だから...今度は俺がお前を救いたい。俺にはお前を殺すことはできないから...」

 「君は酷い奴だよ...」

 「...ごめんな」


悪魔はそういうと目を閉じた。聖なる泉が必死に呼び止めようとするが彼らは聞く耳を持たなかった。堕天しかけた天使は叫びながら自分と葛藤する。頭を抱えて大量の涙を流しながら剣を振り上げた。激しく地面にぶつかる音が響きと剣先は折れた。堕天しかけた天使は悪魔を殺すことが出来なかった。


 「くそおおおお!くそおおおおお!くそおおおお!うわああああああああああ」

 「かはっ!」


剣を放り投げて悪魔の首を絞める。悪魔は無抵抗で天使を見つめた。悪魔が死にかけ悪魔のことを食おうとした時、堕天しかけた天使は完全に堕天使になった。堕天使になったことで殺意が増し嚙みつこうとしたが悪魔の顔を見た際、悪魔と過ごした出来事を思い出す。堕天使は悪魔を食い殺す寸前でやめて悪魔から離れた。


 「やめだ...このまま心まで堕天使になってたまるか...」

 「天使...?」

 「僕はもうお前の知る奴じゃない。僕は堕天使だ。本当...君のせいだ。君のせいで決心が鈍った...」

 「堕天使...」


堕天使は黒き翼を広げた。この森から飛び去ろうとしている。


 「待ってくれ...」

 「ごめん...僕は行くよ。僕はこのまま君といたら小悪魔たちもこの森も君の殺しちゃう。君のことが殺したくて今も堪らないんだ。だからこのまま身も心まで堕ちる訳にはいかないんだ...最後まで一緒に居られなくてごめん...小悪魔たちを守れなくてごめん...君に嘘をついてごめん...今度会ったときは君を傷つけて最悪殺すと思う。だから...僕に殺されないで欲しい..」

 「堕天使...俺は...」

 「立ち上がらない方がいい。死にかけているから...僕は君を殺さない。あの人間の思う通りになんてさせるか...じゃあね...バイバイ」

 「待って!」


悪魔は手を伸ばすが堕天使が腕を掴むことは無くそのまま飛び去ってしまった。悪魔の腕は空気を掴み堕天使を引き留めることが出来なかった。悪魔が空を見上げると堕天使に羽が落ちてきた。その羽を掴んだ悪魔は涙が止まらず泣き続けた。悪魔が無く終えた数分後に利籐はやってきた。


 話を聞いていた利籐は驚きを隠せなかった。今まで過去を変えられることなど起きるはずがなかったからだ。


 「な、なんで...それでもあそこで悪魔の君を殺すはずなのに...」

 「俺にも分からない...もう何も..いや...俺は何もわかっていなかったのかもな...」

 「堕天使が殺さずに君を生かした。こんなこと初めてだ...奇跡は起きるのか?」

 「奇跡なんて起きない。起きているなら...こんなことになってない。小悪魔たちが死ぬこともないんだよ」

 「...!!」


利籐はそう言った悪魔を見た時に人間の死体を見つけた。


 「その人間たちは!」

 「知ってるのか?」

 「うん。その人間たちは骸人むくろと呼ばれる者たちだ。書生の中には書生の仕事が耐えられず改変してしまう者が現れる。改変した者は闇に落ち二度と戻っては来られない。殺戮と残虐のみを行うようになる。いわば人間のなれの果てだ」

 「そんなやつらがいるのか...死んだ小悪魔に聞いたんだ。あの爆発はこいつらに襲われたんだって」

 「骸人に...そんな話は無かった。知っているのは天使が堕天使になり悪魔の君を殺すという事だけだ。まさか、彼らが来るなんて...」

 「なんだ?」

 「これは...」


利籐がそう言った時、利籐の持っていた本が光輝きだし利籐と悪魔は光に吸い込まれた。二人を吸い込んだ本は光を失い地面に落ちた。


 本の中に吸い込まれた悪魔が目を開けると白い空間に立っていた。何もない空間に戸惑っていると利籐に声を掛けられた。


 「ここは本の中だよ」

 「本の中?」

 「そう。極稀に本の中に吸い込まれることがあるみたいだけど...まさか本当に吸い込まれるとは思わなかった。君は本当にすごいね。本が震えてるよ。こんなこと初めてだ。君の存在は奇跡としかいいようがない。本もこの未来を受け入れているようだ」

 「俺が奇跡?本が未来を受け入れている?」


悪魔は利籐のいう事が理解できず首を傾げた。利籐はその様子を見て微笑み腕を上げる。


 「ええ。本はどうやら教えてくれるようです。あの時起きた出来事を...あなたは辛いと思いますがどうか見てください。彼らの最後の勇姿を」

 「...分かった。本当は見たくないけど...俺も聞いただけだからあいつらがどんな風に死んだのか分からない。それにあいつらのことを殺して堕天使を傷つけた骸人とのことが知りたい。頼む利籐」

 「分かりました。本よ頼みます」


利籐の声に反応した本が答えるように目の前が一度暗くなると大きなスクリーンが現れレコードがスクリーンの中に入る。スクリーンが入ると画面が始まり再生という文字が出てくる。利籐と悪魔は頷き映像は始まった。


2_7(レコード:07残酷) 

 映像はモノクロに再生された。映し出された映像は爆発が起こる前数分前の映像だった。森の中で二匹の小悪魔を探している小悪魔たちの元に天使がやってきた。小悪魔たちは天使と話し悪魔が死ぬことを告げ悪魔のもとへ駆けつけようとした時に後ろから足音が聞こえてきた。天使たちは一斉に振り返る。


 「足音?親分!」

 「待って...違う。この足音は彼じゃない」

 「ご名答ー!よく分かったなー俺の足音が悪魔と違うって」

 「皆、下がって!誰だ!姿を見せろ」


天使は小悪魔たちを下がらせて言うと現れたのは人間だった。


 「親分じゃない...人間?」

 「悪いなー親分じゃなくてー」

 「何で人間がこの森に...一体何の用だ!」

 「そんなに反抗的な態度じゃなくてもいいのに」

 「答えろ!なぜ人間がここに」

 「俺の目的は異形殺しだ。君も分かってると思うけど悪魔だよ。俺たちは悪魔を殺しに来た。そのためにこの森に来たんだ」

 「親分を殺しに?ふざけるな!そんなこと許せるわけないだろ!」

 「許せるも何も君たち化け物に言われたくない。悪魔は害虫だ。生かせば多くの命を蝕む。それに悪魔を殺せば殺した分だけ強くなれる。俺は多くの悪魔を狩って殺す。悪魔狩りだ!」

 「悪魔狩り?」

 「君なら知ってるんじゃないかな?悪魔狩りについて」


人間は天使に向って言い天使も答えるように言う。


 「知ってる。悪魔狩りとは..」


 悪魔狩りとは、何1000年も前に起きた異形至上最悪の事件のことである。当初悪魔は異形の中で最も数が多い種族とされていた。善の異形は天使、悪の異形は悪魔から誕生したとも言われている。そのためどの異形にも悪魔は恐れ敬われていた。しかし、天使と違い悪魔は死の象徴と称されるほど残虐に多くの異形のみならず人間を殺してきた。悪魔に恐れた人間や弱き異形たちは天使たちや聖職者に助けを求めた。彼らの願いを聞きつけた者たちは悪魔を亡き者にするため手を尽くしてきた。その手はやがて天使にまで及んだ。天使は悪魔を殺し多くの者たちは喜んだ。しかし、それが悪魔たちの逆鱗にふれ多くの者たちを巻き込んだ戦争へと勃発した。結果、天使たちの一方的な蹂躙によって悪魔たちは敗北した。異形たちは悪魔たちを捕え見せしめとして殺そうと試みた。しかし、大半の悪魔は人を殺したこともない幼い子供や女性の悪魔であった。悪魔の王は自らの命と部下七匹を含めた計八匹の命で償うと訴えたが異形たちは聞く耳を持たず悪魔たちは処刑された。悪魔を処刑した天使はのちに調べで自分たちの犯した罪を知ることになる。

 悪魔たちは本来は温厚な性格で人を襲う異形ではなかった。悪魔を見つけた異形や人間が悪魔を攻撃し身を守るために反撃した際、襲ったと嘘をついた。騒ぎを聞きつけた他の異形や人間によって話しは広まり悪魔たちは無実の罪を着せられて殺された。この事実を知った天使たちは隠蔽し、悪魔狩りを異形至上最悪の事件として処理した。天使たちは悪魔狩りを禁止したが悪魔狩りは行われ悪魔の数はどんどん衰退していった。人間の中には悪魔を殺すことで力を得た者もいたそうだ。そして悪魔は最も数が少ない異形となった。


 「これが悪魔狩りだよ」

 「そんな...ひどいですよそんなの!勝手に決めつけて、最初に手を出したのは異形や人間なのに!襲ったって嘘ついて...結果殺されたなんて!」

 「それが事実なんだ。現に彼だってそうだろ?この森に来る前の彼は瀕死の重症だった。それがなぜか分かる?異形の子供に襲われたからだよ」


小悪魔たちは信じられない顔をしたが同時に理解してしまった。悪魔に聞くことが出来なかったことを...どうしてこの森に来た時に傷ついていたのかを。


 「信じられないかもしれないけど彼は悪魔。悪魔だから襲われたんだ」

 「じゃあ!悪魔じゃなかったら親分は襲われなかったのかよ」

 「そうだよ!」

 「信じられない...どっちが悪魔だよ。親分や殺された悪魔たちは皆...人間や他の異形たちに傷つけられて殺されたのかよ!そんな...あんまりだろ!」

 「小悪魔の君たちは理解できないかもしれないけどこれが現実だ。悪魔なんて生まれてはいけない、いらない存在なんだ。それを殺して何が悪いの?君だってゴミや汚れは捨てたり払うだろう?俺たちはただ駆除してるだけだよ。それの何が問題だって言うのかい?」

 「ふざけるな!親分のことを塵扱いしやがって...お前らの方が塵のくせに...天使さんの言う通り人間なんて信用するんじゃなかった。親分は殺させない!お前らは俺たちがここで殺す!」

殺気立つ小悪魔たちに人間たちは余裕そうに見る。

 「君たちが僕らを殺すなんてできやしないんだ」

 「舐めるなよ。俺たちは小悪魔だけど...俺たちは親分と違って人間を殺さない縛りはない。お前たち人間をいつだって殺せるんだ。本来俺達小悪魔は天使を食らうが主食は人間だからな。ここでお前らを食い殺す!」

 「そうすれば君らの親分は君らをどう思うかなー?」

 「例え配下じゃなくなっても嫌われても殺されてもいい。俺たちは親分に尽くすだけだ!」

 「君らに俺たちが殺せるわけな..!!」


人間はいや...この場にいる誰もが完全に油断していた。小悪魔たちが自分たちを殺せるはずがないと本気で思っていたらしい。小悪魔の一人が人間の腕を切り裂いた。人間の一人は痛みで悶える。


 「うわあああああああああ!」

 「どうした?殺されないんじゃなかったのか?」

 「ちっ!お前は殺す!」

 「やってみろよ人間!悪魔狩りだとかなんだか知らないが親分は殺させない!」


悪魔たちはそう言うと人間たちに向って走り出した。天使も小悪魔たちに参戦し人間たちに応戦する。


 「天使!お前も邪魔するな!」

 「悪いけどお前たち人間に彼は殺させない。この森は僕らの森だ。人間が土足で踏み込むな!皆、僕の手伝うよ!一緒に彼を救おう」

 「はい!」


天使が加勢したことで状況は一気に変わり人間たちも焦り始めた。


 「天使まで加勢始めた!もういい。全員殺せ!」

 「殺させない!ここは俺たちの森だ。お前たちは出ていけ!」

 「小悪魔が黙っていろ!」


天使と小悪魔たちは協力し人間たちを圧倒する。小悪魔に当たりそうな攻撃を天使が防ぐ。その際、天使に攻撃が来ないよう小悪魔たちが盾となる。天使たちによって人間たちは押されていた。天使の攻撃に膝をついた人間に追い打ちをかけた。


 「くそ!何なんだよこいつら...強い」

 「そもそも天使と悪魔たちが仲がいいなんて聞いてないわ!何なのよ。あんたたち...」

 「ここまで強いなんて聞いてない。くそ...骸人がほとんど全滅かよ」

 「残っているのは...俺と刹那と廃人はいとだけか...」

 「もういいんじゃないかな?結果は見えているでしょ?お前たちは僕らに負けた。お前たちも死にたくないでしょ。今ならお前たちが殺そうとした彼のよしみで逃がしてあげる」

 「誰が天使のいう事なんか聞くか!だいたいお前は悪魔を殺すためにここに来たんだろ!」


小悪魔たちは驚き不安そうに天使を見つめた。天使は小悪魔たちに向き合い小さな声で大丈夫と呟く。呟いた天使は人間と向き合い言う。


 「そうだよ。初めは彼を殺すつもりだった...けど事情が変わってさ、彼は殺さない」

 「天使のくせに...職務放棄かよ」

 「人間の堕ちたお前に言われたくはないな。知ってるよ。お前らは骸人だよね?」

 「骸人って一体何なんすか?」


と小悪魔たちは天使に聞く。天使は小悪魔たちに骸人のことを説明した。


 「骸人とは...人間のなれの果てだよ。堕ちた人間が行きつく所で...人間の墓場さ」


 骸人とは人間のなれの果てであり、堕ちた人間が行きつく所とされている。一度堕ちた人間はもう二度もとには戻れないとされている。骸人はいつから誕生したのかどうなるのかは記されていないが...とある書生と関連があるらしいが事実は不明のままである。


 「それがこいつら骸人なんっすね」

 「そう。本来天使は骸人は管轄外なんだ。骸人は人間であり人間ではない生き物だからね。異形ではないから手出しはできないんだ。骸人は書生が対処するようになっているんだ」

 「書生が?なら利籐さんも書生ですよね。利籐さんに頼めばいいんですね」

 「そうだね。彼らももうこの怪我では彼を殺せないだろう。大人しく彼に引き渡そうか」


と、天使が言うと骸人たちの様子が変わった。利籐の名前を出した途端急に大人しくなった。あまりの変化に天使は様子を伺っていると一人の骸人が暴れ出した。


 「利籐...利籐だと...」

 「な、なんだ!!天使さん、こいつ急に暴れたして...うわあああああ」

 「危ない!」

 「天使さんすみません!」


暴れ出した勢いで激しい風が吹き荒れて小悪魔たちは吹き飛ばされる。天使は彼らを受け止めると骸人を見た。


 「天使さん。こいつ一体何なんですか?」

 「分からない...なんだ...」


 突然暴れ出した骸人の周りには激しい風が吹いているため様子が分からなかった。風に飛ばされないように耐えていると次第に風が止んだ。骸人の姿を見た天使たちは戦慄した。先ほど人間の姿とは違うまがまがしい姿は不気味な雰囲気を醸し出していた。天使はその異様さが恐ろしかった。どの異形にも属さない、人間でもない未知な生き物を相手にしているような感覚に陥った。天使は冷汗が止まらずその場から動くことが出来なかった。動けば死ぬ...


 「何なんだあいつ...」

 「動くな!動いたら!!」

 「え...」


小悪魔たちは動こうと一歩踏み出した。それに気づいた天使は焦り叫んだが間に合わず骸人に襲われた。一瞬のことに気づかなかった小悪魔たちは自分の体から心臓が抜かれていることが分からなかった。体から血が流れて初めて気づいた小悪魔たちは痛みで叫び体中から大量の血が流れた。叫ぶ小悪魔たちの口元を掴んだ骸人は両手で引き裂いた。引き裂かれた小悪魔たちの体はバラバラになり、辺り一面に血が飛び散った。それを見た天使は恐怖で言葉を発すことすらできなかった。


 「利籐...利籐は殺す...あいつは裏切り者だ...あいつのせいで...殺す...あいつは俺が殺してやる...そのために...悪魔を殺す...」


と骸人は呟いた。小悪魔の返り血は天使にもついたが骸人の顔には大量の返り血がついていた。骸人はそれを気にすることなく辺りを見回す。二人の骸人は気を失っていた。骸人は小悪魔たちを見つめると小悪魔たちの方へ向かって歩き出した。小悪魔たちは恐怖で動けずその場で震えていた。


 「まずい...逃げろおおおおおおお!」

 「う...ううう...来るな!うわああああああ!!」


天使は必死に叫んだが腰を抜かした小悪魔たちは逃げることが出来なかった。小悪魔たちを助けなければいけないが天使は恐怖で動けず呼吸が荒くなる。


 「助ける...助けなきゃ...助けないと殺される...動け!動け!動け!動け!」


天使がふと小悪魔たちと目が合うと小悪魔たちは声に出さす天使に向って言う。”逃げて...親分を守って”という小悪魔たちの言葉に天使は目が覚めた。


 「何やってんだ僕は...怖いとか逃げるとか...彼を殺させないためにここにいるのに...目の前の命も救えないで彼の命が救えるわけないだろ。彼ならきっとこうする」


と、天使は言うと小悪魔たちを救い骸人から距離を取る。


 「天使さんなんで!逃げて親分を!」

 「僕は逃げない。仮に逃げても骸人は危険だ。君たちが戦っているのに逃げるなんてできないよ。君たちは僕の大切な家族なんだ。この森は僕らの森だ。これ以上骸人の好きにはさせない。それに...君たちが悲しいよ。勝てる勝てないじゃない。勝つんだ。僕らは骸人をこの森から追い出して、彼の命も守って、皆で生き残るんだ。死んでしまったみんなの分まで必ずやり遂げるんだ!」

 「天使...さん...はい!」


天使の言葉を聞いた小悪魔たちは返事をする。改めて骸人に向き合うと恐ろしいが天使には小悪魔たちが、小悪魔たちには天使が傍にいるので怖くはなかった。


 「いくよ皆!」

 「はい!」


天使と小悪魔たちはそう言い合うと骸人に向っていった。


 天使は自身の力を最大に使ったおかげで小悪魔たちも天使もなんとか応戦できたが相手は骸人だ。どんどん体力を削られていく。次第にどんどん体力を削られ死にかけていた。小悪魔たちは全員力を使い果たしその場で倒れてしまう。


 「天使...さん。すみません」

 「いいんだ!全員休んでて!」


天使は骸人の攻撃をはじき返しながら小悪魔たちにそう言った。小悪魔たちは頷き天使と骸人の攻防を見る。


 「殺す殺す...」

 「ちっ!相変わらず強いな!返すのでせいいっぱいだ!」

 「殺す殺す...利籐は殺す!」

 「さっきからそればっかりだな。僕たちは利籐じゃない」

 「殺す殺す...」


骸人は先ほどからずっと同じ言葉を口ずさんでいた。”殺す殺す...利籐は殺す!”っと。骸人は利籐に裏切られたと言った。彼に対して激しい恨みでもあるだろう。骸人をよく見ると無意識で戦っていた。利籐に対する憎しみだけで動いていることに気がついた。骸人を吹きと出して一息ついた。


 「これなら骸人に勝てる。自分の持っている力を最大限に使えば...でも」


天使の力を使い小悪魔たちを守っている。その力を解いたら小悪魔たちは巻き込まれてしまう。天使はどうすればよいか悩んでいた時に気づいた小悪魔たちは天使を呼んだ。天使は小悪魔たちを見ると頷いて言った。


 「俺達は大丈夫。だから使ってください」

 「でも...君たちを巻き込んでしまうかもしれない。それに標的が皆にいったら」

 「それでも大丈夫です。天使さんが戦ってくれたおかげで体も少し休めましたから。俺たちも戦います。勝手親分を守ります」

 「ありがとう。骸人を追い出せたらいくらでもお礼をするよ」

 「それは楽しむですね...あっ!天使さん!」


天使の後ろから骸人が起き上がってきたことに気づいた小悪魔たち天使に言う。天使は振り向くと血を流した骸人がこちらに向かって歩き出していた。骸人は天使に切りかかるが先ほどの力は無く弱まっていた。骸人も限界が近づいていたのだ。天使は一度小悪魔たちを見ると自身の力を最大限に使い骸人に向って放った。骸人にもろに受けて吹き飛ばされた。吹き飛ばされた骸人はもとの状態に戻り、天使は小悪魔たちの安否を確認する。


 「みんなーどこ?」

 「天使さん!」


声がする方へ行くと小悪魔たちが離れた所に固まっていた。全員無事のようで安心したがどこか様子がおかしい。吹き飛ばした骸人の他にあと二人骸人がいたことを思いだした。周囲を見るが見当たらない。


 「二人の骸人はどこに?」

 「天使さん後ろ!」


一人の小悪魔が天使に向ってそう叫ぶと何かが刺さる音と共に背中に痛みが襲う。


 「え?」

 「ったく...殺そうと思ったのにいいやがって...」


後ろから声がして振り向くと刹那とよばれた骸人が立っておりその手には巨大な釜が握られていた。釜で背中を斬られたのだ。釜を抜かれた天使はその場で倒れ、小悪魔たちの方を見る。廃人と呼ばれた骸人によって小悪魔たちが巨大な銃で撃たれていた。


 「まったく悪魔を殺すのに何でこうなるんだよ。骸を回収して帰るぞ」

 「悪魔は?」

 「もういい...ったくこいつらのせいで!」

 「ぎゃああああああ!」

 「や、やめろ!!」

 「黙ってろ天使。刹那そっちよろしくー」


廃人は小悪魔たちの角や尻尾を引きちぎる。ちぎられた小悪魔たちは弱り果てて死んでしまった。残ったのはさきほど叫んだ小悪魔だった。小悪魔を踏みつけて殺そうとする。一方刹那は天使は何度も釜で刺していた。刹那は吹き飛ばされ悪魔を殺せず苛立っていた。


 「分かってる。天使って言ったけ?あんた...あんたのせいで計画が滅茶苦茶よ。責任取ってくれるのよね?なら死んでくれる?天使とかうざいんだけど」

 「ぐっ...あがっ!」

 「きも...早く死ね」


刹那はそう言いながら天使を何度も斬り付ける。天使は小悪魔痛みに耐えながら小悪魔を見ると小悪魔と目が合う。天使と小悪魔は手を必死に伸ばす。


 「天使...さん...」

 「小悪魔...君...手を...」


天使と小悪魔に気づいた刹那は天使の腕を切りつけ廃人は踏みつけた。踏みつけらた小悪魔の腕は折れてしまい悲鳴が聞こえる。


 このままでは二人とも死んでしまう。悪魔を助けたかっただけなのに...助けるどころか死んでしまう。せめて目の前の命だけでも...天使は刹那が巨大な釜を振り上げようとしている隙に立ち上がる。油断をしていた刹那と廃人は一瞬動けずその隙に小悪魔を抱えて距離を取る。その時に、天使の羽に刹那と廃人が触れてしまった。


 「お前!なんで動けるのよ。死にぞこないのくせに」

 「天使...さん」

 「大丈夫...がはっ!」


天使は刹那達から距離をとったものの負った傷口が開き吐血してしまう。小悪魔を抱えたままその場で蹲ってしまう。その様子を見た廃人は天使を殺そうと近づいた。


 「せっかく楽しんでいたのに興ざめだ。殺す」

 「殺ちゃいましょうよ廃人。こいつむかつく...」

 「そうだな...ってなわけで死ね」

 「うぐっ!離せ!」


廃人が天使の羽を掴んで立たせようとした時に白い羽が紫色に変わりやがて黒色に染まった。


 「ねえ?こいつの羽の色どうしたの?」

 「羽の色?変わって...!!」


何かに気づいた廃人は急いで天使の羽を引きちぎろうとする。天使は暴れて逃げようとし、片方の羽を踏み押さえつけた。


 「なにしてんの廃人?そんなこといいからこいつを!」

 「そんなことどうでもいい。早くこいつを殺さないとやばい!」

 「何が!」

 「天使の羽が黒く染まったら堕天する」

 「そしたら堕天使に!急がないと」


事態に気づいた刹那も急いで天使の羽を引きちぎろうとする。小悪魔は天使の腕から逃げ出して廃人の足に噛みつく。噛みつかれた廃人は小悪魔を放り投げる。


 「ったく邪魔しやがって!」

 「小賢しいのよ。死にぞこないのくせに」


小悪魔に刹那たちは踏みつける。天使は死にかけていた。体中痛くて立ち上がらない。


 「体が...力が入らない。早く助けないと...」


天使は指を何とか動かそうとするが動けない。こうしている間にも小悪魔の悲鳴が聞こえてくる。


 「早くなんとかしないと...殺される。殺される...殺される。守らなきゃ...こいつらから...殺さなきゃ...殺す。そうだ...こいつら殺せばいいんだ...こいつらを殺す」

 「何で立ち上がってんのよこいつ。さっさと死ね!」

 「待て!刹那」


天使はそう呟くと立ち上がる。天使が立ち上がったことに驚いたが刹那は気にせず近づき殺すとする。廃人は天使の様子が変わり刹那を止めるが間に合わなかった。刹那は一瞬で吹き飛ばされ廃人は受け止めた。


 「こいつ...堕天が進んでる。今殺さないと...クソが!」

 「殺す...殺す!」


天使と廃人の力がぶつかり合い激しい爆発が起こった。


 「天使さん...天使さーーーーーん!う、うわああああああ」


小悪魔は吹き飛ばされながら天使の名前を叫んだ。


 爆発が起きて吹き飛ばされた小悪魔は目を覚ますと傍に天使がいた。天使は爆発から小悪魔を守ってくれたのだ。小悪魔が礼を言うと天使は嬉しそうに笑った。


 「これで...あいつらも森から出て...」

 「天使さん、急いで聖なる泉に行きましょう」

 「ダメだよ。今の僕じゃ...骸人に羽を触られて堕天しかけてるんだ。行ってもだめだよ」

 「そんなことないです!とにかく...!!」


小悪魔が天使を支えて歩こうとした時、後ろから刹那と骸を抱えた廃人が出てきた。


 「お前ら...生きて...」

 「くそ...もう体が動かない」

 「ちっ...興ざめだ。これじゃあ悪魔を殺すどころかこっちが死ぬ。今は引いてやる。俺たちに刃を向けたこと後悔させてやる。この森は終わりだ。じゃあな」


と言い、森を燃やし火は一瞬で広がった。廃人は背中から黒い翼を生やすと刹那たちを抱えて飛び去った。


 悪魔は死ぬことは無かったが結果的に小悪魔たちは全滅した。天使は堕天しそうになり必死にこらえていたがこのままでは傍にいる小悪魔まで殺してしまう。小悪魔から離れようとした時に木々が倒れてきた。天使は無事だったが小悪魔は避けられず潰され胸から下が無くなってしまった。


 「そんな!嘘だろ!」

 「俺のことはいいんです...早く聖なる泉に行ってください」

 「でも!」

 「俺は大丈夫ですから...」


小悪魔は天使の腕を掴んでそう言った。小悪魔は今にも泣きそうな顔をして言う姿に天使も涙を流した。


 「ごめん...行ってくる。行ってくるから待っててくれ!」

 「はい...待ってます」


天使はそう言うと聖なる泉に向かった。天使の後姿を見た小悪魔は小さな声で呟いた。


 「ありがとう...さようなら」


と言った小悪魔の言葉は誰にも聞こえなかった。


 一方天使は聖なる泉についたものの泉の中に入ることはできなかった。


 「痛い。やっぱり堕天しかけると天使じゃなくなるから...もう聖なる泉に入ることはできないんだ。これじゃあいずれ僕も堕天使になって無差別に傷つける異形になる。そうしたら彼のことを殺しちゃうのかな?」


天使は頭の中で悪魔を殺せと言う言葉に葛藤し、発狂する。


 「違う違う違う!殺さない殺さない殺せない!収まれ収まれ...」


頭を抱えて叫ぶ天使はふと近くに倒れていた骸人の死体を見た。その死体を見た時に”喰らいたい”と言う言葉が頭の中を過った。


 「ダメだダメだ...食べたら戻れない...ダメだダメ...」


天使は自分と葛藤しながら骸人の死体の一部を喰らった。食べてしまった...食べたくないのに...天使は死体を食い尽くした。死体を食い尽くした天使は壊れたかのように発狂しながら目から涙を流した。正気に戻った天使は口元の血を必死に落とそうとする。天使が聖なる泉で血を落とそうとしたため聖なる泉は枯れ始めていた。森が死にかけてていることや悪しきものの血が泉に流れたせいで泉の力は衰えてしまったのだ。その数分後に悪魔が天使の元へとやってきたのである。


2_8(レコード:08消滅)

 映像を見終わった悪魔と利籐は本の中から出された。


 「うわっ!あれ?森に戻った」

 「どうやら映像を見終わったから役目を終えた本が僕らを出したんだと思います」

 「そっか...」

 「あの...なんて言うかごめんなさい」

 「...謝るくらいならするなよ!全部滅茶苦茶だよ。森も皆も死んだ!天使は堕天使になって居なくなって...小悪魔たちは全員死んじゃった。あの二匹だってこれからだってのに...俺はまた...一人になっちまった...」


悪魔はそう言うとしゃがみ込んで泣いた。


 「本当は分かってたんだ...全部俺だって俺がいたからこうなったんだ。皆を巻き込んで殺した。小悪魔たちが殺されるんじゃなくて俺が死ねばよかったのに...」

 『それは違いますよ...あなたのせいではありません』

 「その声は聖なる泉!」

 『すみません。私は何もできずに...このような事態になってしまいました...』

 「聖なる泉が謝ることじゃない。すまない...あんたの森を守れなかった」


悪魔は頭を下げて謝った。聖なる泉は悪魔に頭を上げるように言う。


 『頭を上げてください...こうなったのはあなたのせいではありません...むしろあなたが無事でよかったです...ですが犠牲は大きかった...この森は終わりを迎えるでしょう...』

 「そんなどうすればいい!利籐、何とかならないのか?」

 「僕からはなにも...ここから先はもう僕の知る未来じゃないんです。だから...」


悪魔はどうすれば良いか必死に考えていた時、聖なる泉は悪魔に言った。


 『方法ならあります...』

 「本当か!聖なる泉!」

 『はい...その前に...利籐さん、今起きていることはあなたの知っている未来ではないんですね?』

 「はい。本来なら堕天した堕天使に彼が殺されて殺した堕天使は自殺するんだ。しかし、彼は死なずに堕天使は飛び去った。今起きているのは僕が知らない未来。何が起きるのか分からない...」

 『なら...何をしても良いということですね...』

 「何をする気だ?」

 『私、聖なる泉の力を全て使ってこの森を再生させ、死んでしまった小悪魔たち弔います...』

 「待ってくれ!そんなことをしたら例え森は戻っても聖なる泉は...」

 『聖なる泉は完全に枯れて無くなってしまうでしょう...』

 「そんな...嫌だよ俺!聖なる泉までいなくなったら!」


悪魔は泣いて訴えた。するとやさしい風が吹き悪魔の背中を摩り頭を撫でた。


 『泣かないで...私はあなたの笑った顔が一番好きですよ...あなたにそう言っていただけるだけで嬉しいです...謝らないといけないのは私の方です...私は初めてあなたと出会った時は悪魔だからと決めつけていました...しかしあなたは誰よりも優しくて...決めつけていた私の方が馬鹿でした...そんなあなただから天使も小悪魔たちも心を開き奇跡が起こったんです...この森に起きたことは気にしないでください...いつかは終わりが来るのです...それが今日という事です...ですが自分を責めたりしないでください...それはあなたを守ろうとした小悪魔たちや天使たちを侮辱することになります...私はあなたを信じます...だから生きて...ください』

 「...分かった。生きるよ俺...」

 『良かった...最後に約束があります...』

 「約束?何だ俺にできる事ならなんだって!」

 『ありがとう...私がこの森を再生させたら...この森を守ってくれますか?』

 「あたりまえだろ!守るよ守る!約束する。俺、絶対この森を守り続けるよ!」

 『ありがとう...約束です...後は任せます...この森のことお願いしますね...』


と言葉を最後に聖なる泉は自身の力をすべて使いこの森を再生させた。聖なる泉は無くなり、多くの小悪魔たちと共に消えていった。


 「こちらこそ...今までありがとう。聖なる泉...皆...」


と悪魔は言った。悪魔は森が再生されるのを見届けながら聖なる泉や天使や小悪魔たちのことを思いだす。再生された森は彼らを上書きするようだった。再生された森にもう彼らはいない。いるのは自分だけだった。


  森の再生を見届けた利籐は森から去ることにした。


 「今まで大変お世話になりました」

 「もう行くのか?」

 「はい...あなたはどうするんですか?」

 「俺は一人でこの森を守り続ける。異形だけが住む森に...人間なんか立ち寄らせない。人間は敵だ」

 「そうですか...」

 「あんたのことは忘れない。でも...もうこの森には来るな。今回のことで俺は分かった。人間は信じちゃいけない存在だって...これから小悪魔たちの墓の墓を作る。あんたは知り合いのよしみで見逃すが次にこの森に来たら殺す」

 「分かりました。僕から一言...あなたの起きる未来は変わりました。これからは自由です。あなたはこれから多くの経験をするはずです。その時きっとあなたを信じて傍にいてくれる異形や貴方が心から愛したい異形と出会うはずです。今は信じられなくてもきっと現れます。彼らを信じてあげてください」

 「...言いたいことはそれだけか?」

 「はい。あとこれをどうぞ」


利籐は持っていた本を二冊渡した。一つは悪魔が死ぬことが書かれていた本ともう一つは小説だった。


 「これは?」

 「小説です。今回のことでいろいろ勉強になりました。異形のこと、悪魔のことを勘違いしていました。あなたのような優しい異形もいることを...僕は何もできなかった。せめてものお詫びです」

 「そうか...ありがとな」

 「いえ...ではお世話になりました。あなたのこと、この森の平和を祈っています。それでは...さようなら」

 「じゃあな利籐」


利籐はお辞儀をした後にこの森を立ち去った。


 一人になった悪魔は森を守り続けながら小悪魔たちの墓参りをする日々を過ごしていた。悪魔は小さな異形や居場所がない異形たちを保護し森に住まわせた。やがて噂を聞きつけた異形や幼い小悪魔たちが集まり異形たちの住む森となる。やがて、ふもとに人間が住み始めこの森に入る者もあらわれた。悪魔を筆頭に異形たちを見た人間たちは襲われ誰一人帰ってこなかった。この森は立ち入れば二度と出ることはできないと言う噂が立ちこの森を”禁断の森”と名付けた。しかし、噂を聞きつけた人間たちはこの森に足を踏み込んでいった。森から抜け出すことが出来た人間は口々に言った。”悪魔に魂を抜かれる”と。彼らの言ったことは嘘か本当かは分からない。噂が噂を呼びそれから何年たっても人間たちは森に入る。それから数百年たった今もこの森は存在し悪魔が守り続けているそうだ。


 そして、さらに1000年が経ったある日一人の少女が森に迷い込んだ。彼女と出会うことで悪魔の運命は大きく動かされることになる。


 「あなたはだあれ?」


と少女は悪魔に聞いた。悪魔は答えた。


 「俺は悪魔だ。お前は誰だ?」


今度は悪魔が少女に質問をする。少女は悪魔に言う。


 「私?私は****だよ」


少女は悪魔にそう言うと嬉しそうに笑った。


2_9(レコード:09運命)

 悪魔が森を守って約1000年が経った。聖なる泉が命をかけて再生させた森は見事にあるべき姿を取り戻した。悪魔は居場所がない異形や弱気異形たちを見つけて森に住まわせた。異形たちは悪魔に感謝し多くの異形たちが住み始めた。人間たちは興味本位で森に立ち入ることはあっても悪魔によって森は守られていた。やがて人間たちによって”禁断の森”と言われるようになった。悪魔は人間を嫌い森を守っていたある日、人間の少女が迷い込んだ。


 「ねえ、あなたはだあれ?」


と少女は悪魔に話しかけた。悪魔は人間が入ってきた事にも驚いたが自分を見えることや怖がらずに話かけていることに驚く。


 「お前...俺が見えるのか?」

 「うん!見えるよ」


と悪魔聞くと少女は頷いた。元気良く言う少女に悪魔は拍子抜けた。


 「お、お前は怖くないのか?」

 「怖いって何が?」

 「え...だって俺は悪魔だぞ?」

 「全然怖くないよ。あなた悪魔なの?」

 「そうだけど...」

 「自分から言うなんて面白いね!」


と言う少女は俺のことを不思議そうに見る。なんだこいつは...変な奴だ。普通なら醜く姿が黒くて影みたいな俺が見えるはずがない。見えたとしても話かけるなんてしない。見えても怖がらずに逃げないなんてありえない。まあ...いいか。どうせ人間は欲深く醜い生き物なんだ。目の前の少女もそうだろう。見るからに森に入って迷ったって所だ。馬鹿な奴だ。この森は俺のような異形の悪魔たちが住み着く森。迷い込んだ人間を喰らう森だ。こいつも食ってやる。


 悪魔は涎を垂らしそうになるのを堪えながら少女に近づく。少女の肩を掴むと爪を見えないように伸ばし殺そうとした時に悪魔の腹が鳴る。少女は悪魔を見ると懐から何かを取り出した。


 「お腹すいたの?ならこれあげる!」

 「これは?」

 「クッキーだよ。作ったんだ!」


少女はそう言いながらクッキーを悪魔に渡す。渡された悪魔は戸惑うながら少女に聞いた。


 「クッキー?これを俺にくれるのか?」

 「うん!あなたにあげる!お腹すいてたんでしょ。ならこうして...はい、半分こ!」


少女は持っていたクッキーを半分に分けて悪魔に渡す。悪魔は受け取ったクッキーに戸惑うが少女がクッキーを食べたので悪魔も一口かじる。


 「...おいしい」

 「本当!嬉しい」


悪魔が初めて食べたクッキーの味はとても美味しかった。思わず口に出ていた言葉を少女に聞かれて口を手で塞ぐ。悪魔は少女を見るととても嬉しかったのだろう。とても喜んでいた。こんなにおいしいと思ったのは初めてだったからだ。悪魔はあれから約1000年たった今は人間の魂を喰らっていた。今まで多くの魂を喰らってきたがここまで美味しいと思えたものに出会ったことがなかったのだ。悪魔は貰ったクッキーをあっという間に食べてしまった。おいしい...もう一度食べてみたいと悪魔は思った。美味しそうに食べる悪魔の姿を見た少女は悪魔に言う。


 「まだあるけど食べる?」

 「え、いいのか?俺にくれるのか?」

 「うん!クッキーもあなたに食べてもらった方が嬉しいと思うよ」

 「そうか...ありがとう」


悪魔は人間に礼を言うとクッキーを貰い食べた。人間に礼を言うのは癪だが少女にいうのは悪い気はしなかった。少女と食べるクッキーはとてもおいしくて楽しい特別な時間のように感じた。


 やがて夜になり森は暗くなる。夜を告げるカラスの鳴き声に少女は驚き怖がった。


 「どうしたんだ?」

 「どうしよう...もうこんなに遅くなって...道に迷ったし早く帰らないと...」


少女は不安そうに言った。悪魔はそこで少女が人間であり森に迷い込んだことを思いだした。


 「なら、俺が森の出口まで案内してやるよ」


と悪魔は言ったが本当は嘘をついて魂を食べてやろうと考えていた。


 「本当!ありがとう悪魔さん」


と少女は悪魔に言った。悪魔は森に迷い込んだ人間に礼を言われたのが初めてで悪い気はしなかった。少女のクッキーは美味しかったし今回だけは特別に見逃してやることにした。二人で歩いていると少女は危なっかしく腕を掴んで案内した。しばらく二人で歩いていると少女が悪魔に話しかけた。


 「あの...悪魔さん手を繋いでもいい?」

 「手を?別にいいぞ」

 「いいの!ありがとう」


悪魔は不思議そうに少女を見た。少女は嬉しそうでしたが悪魔は面倒だったので自分の手を差し出しました。


 「ほら...」

 「え?」

 「手を握るんだろう?」

 「うん!」


少女は嬉しそうに悪魔の手を繋ぎ悪魔に礼を言った。悪魔は適当に返事を返す。悪魔は初めてのことに戸惑うが少女の嬉しそうな姿を見ていい気分だった。悪魔は少女を出口まで連れていき少女に言う。


 「いいか?ここでその道に行けば帰れるぞ。もう迷うなよ?」

 「ありがとう悪魔さん。道に迷っていた所を助けてくれて」

 「別に...ただの気まぐれだ。それじゃあな、もう来るなよ」


と悪魔は言うと森に帰ろうとした時少女に呼び止められた。悪魔は何事かと思い振り向く。


 「ねえ?悪魔さん。悪魔はさんはいつもあそこにいるの?」

 「そうだけどそれがどうしたんだ?」

 「なら、また来るね!それじゃあありがとう悪魔さん!」


と少女は言うと走っていった。おかしな奴だ。こんなところに来ようなんて変な奴だ。どうせすぐに忘れるだろう。そう思っていた翌日のこと。昼寝をしようとした時、茂みから音がする。人が来たのかと思っていたら昨日の少女だった。


 「ああ...今日も暇だなー。あれ?茂みから音がする。人か?」

人間だと待ち構えていたが少女の姿を見て悪魔は拍子抜けた。

 「ああいた!悪魔さんみっけ!」

 「お前は昨日の!本当に来たのか!」


まさか本当に来るとは思わず悪魔は驚いた。これが彼女との出会いで、これから多くの時間を少女と過ごすことになることを悪魔は知らなかった。


 その日から悪魔の所に少女は毎日訪れるようになった。


 「おい、お前なんでここに来るんだ?」

 「別にいいでしょ?悪魔さんはどうなの?」

 「俺は暇つぶしになるからいいけど...お前俺のことやここがどんな所か知らないのか?」


と悪魔は聞くと少女はけろっと答える。


 「知ってるよ!怖いんでしょ?」

 「知ってたのか。じゃあ何で来るんだよ?」

 「なんでって...だって悪魔さんに会いたいから」


と少女は言う。悪魔は人間に"会いたい”と”自分に会いたい”と言われたことがなく困惑した。


 「え...?俺に会いたい?俺は悪魔だぞ、悪い奴だぞ」

と思わず聞いてしまった。しかし少女は気にせず答える。

 「そんなことないよ。自分のことを悪いやつだなんて言っちゃだめだよ。悪魔さんは優しいし、いい人だもん!」

 「え...俺がいい人...」


悪魔は少女の言葉に再び困惑し同時に嬉しかった。少女といるといつも驚かされる。まるで1000年前の小悪魔たちが生きていた時のようだった。少女は悪魔が出会ってきた他の人間たちとは違うのかもしれない。悪魔を怖がらず優しいと言う...変わっていると悪魔は思っていた。少女といると嫌なことを忘れられて素の自分で過ごせる気がしたのだ。森を守ることを使命とする悪魔は人間には牙を向き、異形たちには優しく接するためいつも気を張っていた。しかし、目の前の少女は気を張る必要はなく普通に話すことができるのだ。


 「ねえ...ねえ?ねえ?悪魔さん!」

 「ん?なんだ悪い聞いてなかった」

 「もうーさっきからずっと呼んでたんだよ。話してたら驚いてたし、私なんか酷い事言っちゃったんじゃないかって...嫌だった?傷ついたのなら謝るね」

 「いや、そうじゃなくて驚いただけだ。俺みたいな悪魔のことを優しいだなんていうやつはお前くらいか?変わってんだなーと思ってな」

 「そんなことないもん!悪魔さんの意地悪ー!」

 「悪魔だからなー」

 「なら、せっかくクッキー持ってきたから一緒に食べようとしたけど意地悪な悪魔さんにはあげない!」

 「ええ...それは無いだろー悪かったって!機嫌直せよー」


と悪魔は手を合わせながら謝った。悪魔が人間に謝るなどおかしな話だ。普段の悪魔なら絶対に謝らないだろう。しかし少女の作るクッキーは絶品で気に入っており悪魔はそれが楽しみだった。少女に悪魔るのは悪い気がしないので悪魔は謝ると少女は言った。


 「なら、悪魔さんのお名前を教えて?」

 「俺の名前?なんでまた」

 「知りたいから!ずっと悪魔さんじゃ変でしょ?それに私は名前で呼びたいの!お願い、教えて?」


と少女に言われた悪魔は困った。名前など気にしたことがなかったからだ。正直に少女に言うことにした悪魔は名前がない事を告げる。


 「名前か...教えてやりたいのはやまやまなんだがあいにく俺達悪魔たち...いや異形たちに名前なんてないんだよ」

 「え?お名前ないの?」

 「そうなんだ。だから代わりの何かで...」

 「なら!私が名前を付けてあげる!」

 「お前が名前を?別にいいよー名前なんて面倒くさいだけだし...」

 「文句言わない!それに名前は大事なの!」

 「分かった分かった!そこまで言うなら...ほらつけてくれよ!」


と悪魔は言った。少女は待ってましたと言う目で悪魔を見る。悪魔は不安になった。つけろと言ったが変な名前を付けられるのではないかと...その予感は的中した。少女は悪魔を見て次々に言う。


 「なら..エンジェル!」

 「...却下だ」

 「いいじゃん!エンジェル」

 「...無しだ」

 「ダメなの?」

 「適当か...悪魔なのにエンジェルは無いだろう」

 「ならこれはどう?」

 「ありえない!」

 「これはどう?」

 「なんだデビルって...論外だ」

 「いいじゃん!」

 「そんな目をキラキラしてもだめだ」


と少女の出す名前にダメ出しを入れる悪魔。そのやり取りは一日続き悪魔の名前は決まらなかった。


 「これでどう?」

 「...無しで」

 「ああー決まらない。それじゃあ最後に..」


周囲を見回すと辺りはもう暗くなり悪魔は少女に声を掛けた。


 「もう時間だぞ。辺りも暗くなってる。帰った方がいい」

 「本当だ!もう暗くなってる」

 「ほら送ってやるからこい」

 「うん...帰る...」


いつものように悪魔は少女に手を差し伸べた。少女は悪魔の手を握る。悪魔は少女をつれて森の入り口に向かう途中で少女は泣き出した。急に少女が泣きだしたことで悪魔は混乱する。


 「おい、ど、どうしたんだよ?何で泣いて...ほ、ほらクッキーだぞ。クッキーいるか?」


と少女にクッキーを見せようとするが少女は見ようとしない。悪魔はどうしてよいか分からず焦っていると少女が口を開いた。


 「めんね...」

 「うん?なんて言ったんだ?」


悪魔聞きとることができず少女に聞くと少女は悪魔を見ながら言った。


 「ごめんね...」

 「何で謝るんだよ」

 「だって...名前つけてあげるって言ったのにつけることが出来なかったし、付けた後にクッキーを食べようって言ってたのに食べれなくてごめんね...」

 「そんなことか...泣くなよ」


と言いながら悪魔は少女の頭を優しく撫でた。


 「ありがとう...」

 「泣き止んでくれてよかった。名前ならまた明日でいい。明日が駄目ならまたつぎの日でいい。気長に待ってやるよ。それにクッキーは美味しいがお前と食べるクッキーが俺は好きなんだよ。じゃあ...そろそろ」


と悪魔は言うと少女から手を放そうとしたら少女が悪魔を呼び止めた。少女の視線の先には”フジ”の花と“ヘリコニア”の花が咲いていた。


 「ねえ悪魔さん、私思いついたよ!あれだよ。あの二つの花、悪魔さんにピッタリだよ!」

 「フジの”優しさ”とヘリコニアの”風変わりの人”っておい!風変わりな人ってなんだよ」

 「だって悪魔さんはとっても優しいもん!だから二つの花を合わさって...風変わりな優しい人だから名前は...フジニアってどう?」

 「そのまんまじゃないか...おれそもそも人じゃなくて悪魔だし...でもまあエンジェルよりはいいか。フジニアね。まあまあいい名前だ、気に入った」

 「よかった!それじゃあ今日は帰るね。クッキー食べていいよ!バイバイ、フジニア。また来るね」

 「待て!お前の名前は何だ?俺だけだと不公平だろ?」

 「そっか!ごめんね。私の名前は...きさらぎだよ!よろしくねフジニア!」

 「きさらぎか...いい名前だな。よろしくなきさらぎ」

 「うん!よろしくねフジニア!じゃあもう帰るね」


ときさらぎは言うと走っていった。


2_10(レコード:10怪物)

 きさらぎが居なくなった森は何故か寂しく感じた。今まではずっと独りだったはずなのに...フジニアはきさらぎが走っていた道を眺めていると異形の一人に話しかけられた。彼は森に住む異形の一人で小悪魔だ。フジニアが初めにこの森に招待した老人の小悪魔だった。


 「おい?悪魔よ」

 「なんだよ。急に話しかけてきて、何かあったのか?」

 「何かあったのはお前さんの方であろう?お前さん、最近あの人間と仲良くしているのか?」

 「あの人間?それってきさらぎのことか?」

 「いかにも、あの少女のことじゃ。どういう風の吹き回しだ?お前さんは人間を毛嫌いしていたはずだ。なのになぜあの人間と仲良くしているのだ?お前さんは過去に人間にこの森を仲間を殺されたのじゃろう?お前さんも大変後悔をしていたはずじゃ。人間から異形たちやこの森を守るためにお前さんはここにいる。それを忘れてはいけない」

 「......」

 「よいか?悪いことは言わぬ。あの人間と関わるのはやめた方が良い。人間と異形では住む場所も時間も価値観も違う。私達異形と人間では仲良くなどなれぬのだぞ」

 「...分かってる。そのくらい...これは暇つぶしだ...つまらなくなったらお前らにやるよ」

 「あの人間をか?要らぬ。あれは汚れを知らぬ故。食べるのなら醜い人間の汚れ切った魂の方が上手いのでな」

 「そうかい...ならいいけどさ」


とフジニアは言うと森の奥へ行こうとする。小悪魔はフジニアを飛び止めフジニアに何かを渡した。


 「お前さん。ほれ、これをやる」

 「これは...魂?」

 「お前さんは最近人の子が作ったものしか食わぬのだろう。それでは腹が満たされぬ。このままではいずれお前さんはあの人の子を食ってしまうぞ?」

 「分かったよ。ありがとな...まったく食いたいのか食いたくないのか分かんねえな」


と小言を言いながらフジニアは渡された魂を喰らった。


 「さて、私も帰るとしようか...おや?これは...」


小悪魔は何かに気づきフジニアを見た。フジニアもその正体に気づいて顔色を変えた。


 「悪魔よ。また来たみたぞ」

 「ああ...来たか醜い人間が!悪い持ち場に戻る」

 「そうか気を付けるのだぞ」


と小悪魔が言うと悪魔は振り返って言う。


 「そうだ...それから俺は悪魔じゃない。俺はフジニアだ。これからそう呼べ。じゃあ行ってくる」


とフジニアは言うと人間たちの元へ向かった。


 「フジニア...案外その名前気にいっているではないか」


とその姿を見た小悪魔はこう呟いた。


 森中に侵入した人間たちの叫び声が聞こえてくる。


 「はあはあはあ...なんなんだよ。あの化け物!聞いてねえよ。ただの噂じゃなかったのかよ!」


と人間は言いながら森の中を走っていた。片腕は何かにひっかかれたような怪我をしていた。走りながら怪我をした片腕を押さえて走るが地面にその血が垂れて一本道を作っている。人間はそのことに気が付かないまま走り続け森の奥深くまで進んだ。そこは先ほどの森の中とは違い綺麗な花が咲き誇っていた。人間はそこにたくさんの墓があることに気づいた。


 「墓...何で墓がここに?」

 「おい...貴様そこで何をしている」

 「!!」


気になった人間はそこに近づこうとした瞬間後ろに視線を感じ振り向くと悪魔が立っていた。悪魔は人間を見下ろすと人間を冷めた目で睨んだ。睨みつけられてた人間は恐怖で動けなかった。悪魔は人間を両脚を掴むと森の中へ引きずる。引きずられた人間の体から大量の血が流れるが悪魔はお構いなしだ。悪魔から逃げようと人間は抵抗する。


 「やめてくれ!来るなあああああ!」

 「やめてくれ?来るなだと...なぜ逃げる?お前たちはこの森に入っただろ?この森は人間が立ち入って良い森ではない。お前たちも知っていたはずだ。”この森には入るな”と。しかしお前たちはこの森に立ち入った。それが理由だ」


悪魔は近づき醜い化け物の姿となって人間たちに襲い掛かった。


 「嫌だ。死にたくない死にたくない!ぎゃあああああああああああ」


人間の醜い悲鳴と血飛沫が森中に響き渡った。返り血を浴びた悪魔・フジニアは人間だったものを森に住む異形たちに渡す。彼らは喜んでそれを喰らった。森には人間らしく遺体が転がっていた。しかしどれも原型をとどめている者はいない。


 「済まないな。それよりもお前は食べないのか?」

 「俺は今腹が減ってないんだ」

 「あの人の子の作ったやつが好きなのか?」

 「うるせぇー」

 「悪いことは言わないよ。人と我ら・異形の者達が人間と手を取り合うなんて出来っこない。ましてや仲良くなって」

 「お前もそう言うのか...なぜそう思うんだよ」

 「それが古くからのしきたりだからだよ」


と喰らいながらフジニアに言う。フジニアは不満そうに言った。


 「そんなしきたり気にしなきゃいいだろ?」

 「もうそんなこと言って。物事にはちゃーんと決まりがあるんだよ。あれ?どこ行くの?」

 「帰るんだよ寝床に。そうしたらまたあいつに...きさらぎに会わなくちゃいけないからな」


と言ってフジニアは手を振るとその場を去った。異形たちは誰にも聞こえぬ声で呟いた。


 「それはお前のためでもあるんだよ、フジニア。人間と異形が手を取り合うなど決して許されてはいないんだ。このままいけば必ず後悔することになる」


 それが現実になり後悔することになるとは誰も思いもしなかった。次の日もそのまた次の日もフジニアのもとにきさらぎはやってきた。ふたりは共に過ごした。悪魔と人のこという奇妙な関係は続き二年が経った。きさらぎは成長して六歳になった今もこの森に通い続けている。


 「フジニア、おはようーまた来たよ!」

 「おはようー相変わらず早いな」

 「お前さんが遅いのだ」

 「そうだそうだ!」


いつものようにフジニアの寝床にきさらぎがやってきてフジニアを起こすのが習慣になっていた。起こされたフジニアは嫌な顔をせず川で顔を洗いに行く。


 「眠いなーきさらぎ、今日は何のやつだ?」

 「お前さんはそればっかりじゃな」

 「そうだそうだ!」

 「ってなんでお前らがここにいるんだよ全く!きさらぎのクッキーを便乗してもらってるくせに」

 「酷い言い方じゃなお前さん。年寄りは敬うのが常識じゃよ!」

 「そうだそうだ!」

 「あんたと俺はたいして年変わらないだろ?なんなら俺の方が上だし!」

 「文句が多いのうー」

 「うるさい!お前だってそうだろうが!」

 「喧嘩しないの!」

 「「はい」」


ときさらぎに注意され二人は仲良く返事を返した。小悪魔や森に住む異形たちときさらぎは案外すんなり仲良くなった。フジニアが森に向かって話しているのを見たきさらぎが不思議がってフジニアに聞いたのがきっかけだ。初めは人間と警戒していた異形や小悪魔もきさらぎを認め今では共に遊んでいる。朝になってきさらぎと過ごし夜になると人間を狩るのが日課となっていた。その日常が変わったのはある異形がこの森にやってきたことから始まった。



 「分かりました。その森に行ってみます」


と管理人は言った。異形...管理人とは全ての異形たちを陰で管理している異形のことである。管理人の異形は禁断の森に行くよう指示を受けた。その内容は異形と人の子が仲良く手を取り合っているという事だった。異形と人間が仲良くしているなどあるはずがないと思っていた彼がさっそくその森に向かった。あるはずがないと思っていたのにあろうことか...本当に仲良くしている。


 「なんで人の子と悪魔が仲良く話しているんだ」


と管理人はあり得ないことに驚きを隠せなかった。視線に気づいた悪魔は管理人に気づくと声を掛けてきた。


 「お前誰だ?」


と悪魔は聞いてきた。それが彼と悪魔と...車掌との出会いだった。


2_11(レコード:11管理人)

 そいつと管理人と出会った第一印象は堅物で笑わないつまらない奴だと思った。話しかけても堅苦しい事ばかりしか言わず直ぐに注意してくる奴だった。


 「なあなあー笑えよー!お前眼鏡かけてるし頭いいのか?その割には笑わないな」

 「ああ、ちょっと!眼鏡いじらないでください!」

 「笑わないなら...これでどうだ!よし、皆見てくれ!」


と言いながらきさらぎたちに見せるときさらぎたちは腹を抱えて笑った。俺は管理人にマジックやパーティーで使うような赤いアフロとひげがついた眼鏡を付けた。


 「どうだ?これ面白いだろ?」


と俺が言うと小悪魔や異形は吹き出した。


 「ぷっ...ぎゃはははははははははは!」

 「ふふふふ...やめよ。あ、アフロとぷっ...眼鏡とアフロが面白いのー」

 「本当だ!面白いー」


散々いじられて顔に落書きをされた管理人は怒りで顔が赤くなり頭から湯気が出ているように見えた。


 「...いい加減にしてください!そこ、笑う所じゃありません!そこ、いつまで私の顔に落書きをしているのですか!皆さんいい加減にしなさい!」


と笑う異形たちや顔に落書きをしている俺に指を指しながら言う。顔に”堅物です””僕は笑います!”と書かれていたりパーティー用の眼鏡やアフロの落書きをされて少し滑稽に見える。管理人は落書きを落として眼鏡とアフロを取る。


 「って私はこんなことをするためにここに来たんじゃありません!」

 「そういうなよー堅物で全然笑わないな...そうだ!お前マジシャンになれよー。そうすればこんな顔もこうやって口元が緩んで笑うぞー」


と俺が管理人の顔をいじって笑わせようとすると彼は怒って手を掴んで言う。


 「いい加減にしてください!私は笑いませんし、そ・れ・に・笑うと無駄に筋肉を使って疲れるんですよ!」

 「お前...」

 「何ですか?」

 「...人生つまんなそうだな」


と俺が憐れんで口元を抑えながら見ると管理人は言った。


 「うるさい余計なお世話ですよ!だいたい...何で異形であるあなたと人間の彼女が共にいるのですか!異形である我々と人では関わってはいけないとあれはど...って聞いてますかあなたたち?やめなさい!話を聞き...話を聞けええええええええええええええええええええ!」


と大声で管理人が叫び森中に響いた。


 大きな声で叫んだ管理人は息を整えた後深いため息をついた。


 「まったくあなたたちは...とにかくこれは規定違反ですからね!報告は..」

 「なあ報告するのか?」

 「え?」

 「報告したらこいつはどうなるんだ?俺は規則とか知らないからどうなるのか分からない。そうなった時、俺はもうきさらぎと会えないのか?」

 「規則上はそうなります。あなたもきさらぎさんも処罰されることになります。最悪...あなたもきさらぎさんも殺されるかもしれない」

 「ちょっと待ってくれよ。そうなったら俺はまた...失うのか。俺は今が一番楽しいのにそれじゃ...ダメなのか...」

 「しかし...」


フジニアは頭を下げる。フジニアの様子を見た管理人は悩んだ後、深いため息をつき呟いた。


 「報告はひと月です。つまり...今から一か月後(の今日)です。条件としてはあなたが彼女に憑りついていないこと、きさらぎさん(彼女)があなたに魂を売ってしないことが条件です。あなた方が害がなく対等な関係であると分かれば処罰の対象から外れます。私はひと月あなた方に監視と言う名目でつきます。そちらでよろしいですか?」


と言う管理人にフジニアは下げた顔を上げた。


 「いいのか?」

 「ひと月の観察機関の間だけです。期限はこれ以上伸ばせません。私は管理人ですから厳しく審査します」

 「ありがとう管理人!」


とフジニアは言うと管理人の両手を掴んだ。喜ぶフジニアを見た管理人の袖で誰かが掴む。掴まれた管理人は袖に目を向けると掴んでいたのはきさらぎだった。


 「おや?あなたはきさらぎさんですか?一体どうしたのですか」

 「これ...どうぞ」


と管理人は聞いた。きさらぎは少し戸惑いながら手に持っていたクッキーを手渡した。きさらぎからクッキーを受け取る。管理人はクッキーを見たことがなく不思議そうに眺めた後きさらぎに再度聞いた。


 「これは...クッキーですか?私にくれるのですか?」

 「うん、そうだよ!甘くておいしいんだ。よかったら食べてみて!」

 「そう不思議そうに見るなよーきさらぎの作ったクッキーは美味しいんだぞ」

 「そうなんですか。名前は聞いたことはありましたが実物を見るのは初めてです。これが...そうなのですね」

 「そうなんだよーだから食べてみろって!」

 「分かりましたよ。あなたしつこいですよ...」

とフジニアに対して小言を言いながらクッキーを食べた管理人は体に電撃が走るような衝撃を受けた。

 「こ、この味は!」

 「どうだ?美味いだろう」

 「はい。とっても美味しいです。こんなに美味しいの初めて食べました!」

 「それは良かったよ!」

 「だろうーなんてったってきさらぎが手作りで作ってくれたからな。もし、報告したらこの味が食べれなくなるなー」

 「うぐっ!そ、それは...しかし...」

 「クッキーはまだあるし、お前の好みの味が見つかるかもしれないし、きさらぎに言えばまた作ってくれるかもなー」

 「そ、それは...」


と悩む管理人にドヤ顔で説得しようとするフジニアを見た異形たちは皆口々に言う。


 「悪い顔してるなー」

 「悪魔の顔だ。悪魔が異形や人を誘惑しようとしている顔だ」

 「まああいつはもともと悪魔だからな」

 「最近悪魔に磨きがかかってきたよな。悪知恵がついたって感じだな」

 「あれで揺らぐ管理人もどうかと思うけどな...」

 「でもまあきさらぎのクッキーは上手いからな」

 「あの状況で動じないきさらぎが一番すごいと思う」


と異形たちが言うようにきさらぎは動じることなく管理人にまたクッキーを渡している。


 「大丈夫!クッキーはまだあるから」

 「くーー仕方ないですね!食べ物は粗末にしてはいけませんしそこまで言うなら食べましょう。次は無いですからね」


と言いながら管理人はクッキーを口にする。


 「私としては報告がありますがまあいいでしょう。今日の所はこのきさらぎさんのクッキーに免じて見逃してあげます。ですが明日は見逃さず厳しく審査しますからね!」


とフジニアに言うと管理人はきさらぎに礼を言う。


 「では私はそろそろ行きます。私はまだ仕事がある上あなたに構っていつほど暇ではないのです」

 「なんだと!その割にはきさらぎのクッキーを食べたくせにー」

 「ギクッ!これで失礼します。そうだ...きさらぎさんクッキーご馳走でした。あなたのクッキーとてもおいしかったのでまた食べさせてくださいね」

 「はい、作って待ってます!」

 「楽しみにしています。では...」


と言うと管理人は消えてどこかへ行ってしまった。


 「消えた。なんだあいつクッキー気に入ったのか。俺たちのこと監視するって言ってたし、また来たりしてなー」

 「あり得ることだな」

 「それもそうだね!皆ーまだクッキーあるから食べよう」

 「そうだな!きさらぎのクッキー食べようぜ」


とフジニアは言うと皆きさらぎのクッキーを食べた。


 やはり二度あり事は三度あると言うが翌日の朝に管理人はやってきた。


 「おはようございます」

 「管理人来てたのかよ!」

 「当然です。私はあなた方の監視と報告が仕事ですから。私はあなたと違い果たすべき仕事と義務があるのです!」

 「近い近い!」

 「いいですか?私は...「ああー分かった分かった!」分かればいいのです。あなた方の監視の前にきさらぎさん」

 「はい、なんですか?」


ときさらぎは聞くと管理人は手を差し出して言う。


 「きさらぎの...クッキーください」


何を言われるのだろうと身構えていたきさらぎは”クッキーをくれ”と言われると思わず変な声が出る。そんなきさらぎと対称的にフジニアは管理人にツッコミを入れた。


 「やっぱりお前気に入ってんじゃねえか!」

 「気に入ったのではありません。ただ好きなだけです」

 「それは気に言ったと言うのではないか?」


と異形たちも思わず口に出す。きさらぎは管理人がクッキーを好きと言ってくれたことが嬉しかったようだった。


 「嬉しい!いっぱい作ってきたから食べて!」


ときさらぎは言いながらフジニアたちにクッキーを渡した。それから管理人も加わりたわいもない話をしながらクッキーを食べる日々が当たり前になった。


2_12(レコード:12石碑)

 管理人が加わり異形の森はますます前のような活気のある森になった。中でも人気になったのがきさらぎのクッキーだった。森にやってきた管理人はきさらぎに挨拶をした。


 「おはようございますきさらぎさん」

 「おはよう!管理人さん」

 「元気なあいさつでいいですね。早起きで何よりです。それに比べて...彼は...」


と管理人は言いながら寝床で眠るフジニアを見てため息をついた。それを見たきさらぎはフォローする。


 「まあ...フジニアは森を守ることで忙しいから...」

 「きさらぎさんは甘いです!こういうのは異形とか人間とか関係ありません!規則正しい生活は当たり前なんです」

 「そ、そうですね」

 「いいですか?こういうのは叩き起こすんですよ!」

 「叩き起こすってどうやるんですか?」


管理人の勢いに押されたきさらぎが聞くと管理人は懐からメガホンを取り出した。


 「それはなんですか?」

 「これはメガホンと言います。人間の世界にもあるものですが異形の世界のメガホンは少し違います。異形のメガホンは人間のメガホンの数百倍の声が出せるんです」

 「数百倍ってそれ大丈夫なんですか?」

 「大丈夫です。異形なら死にません。気絶するぐらいです。これなら一発でたたき起こすことが出来ますよ!」

 「それって目が覚めても逆に気絶しちゃうんじゃ...」

 「とにかく彼をたたき起こします!その前にこれをどうぞ」

 「え...これは...」

 「耳栓です」

 「なんで...耳栓?」


と管理人に渡されたのが小さな耳栓だった。きさらぎは渡された耳栓に戸惑いながら管理人を見た。管理人はにこにこ笑いながらきさらぎに言う。


 「きさらぎは人間ですからそれ付けていないとメガホンの音量に耐えられず死にます」

 「え...死ぬんですか?」

 「はい。鼓膜が破けて耳や目や心臓などの臓器が破裂して大量出血して死にます!」

 「ああ...そんなにこにこしながら”死にます”って言わなくても...急にバイオレットみたいな話されても」

 「バイオレットではなくバイオレンスです」

 「...どっちでもよくないですか?」

 「そうですね!まあ...と言うわけで起こます」

 「え、ちょっと待って!」


管理人に焦りながらきさらぎは耳栓を付ける。きさらぎが耳栓を付けたとことを確認した管理人はメガホンを持ち叫んだ。


 「起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


大声と共に激しい衝撃が襲いきさらぎは管理人の後ろにいたので吹き飛ばされることは無かったが、その場にいた異形たちが森の奥深くに吹き飛ばされた。大半は大声で気絶した異形が森にあちこち倒れた。


 「うわああああああ!」

 「う、うるさ...」


と言いながら異形たちは飛ばされ気絶していく、まさに地獄絵だった。


 「じ、地獄絵図...」


と思わずきさらぎは呟いた。当の本人は気にせずけろっとしている。森にはしばらくキーンと耳障りな音が響いた。


 「まあ、少しは懲りたんじゃないんですかね!」

 「そんなキラキラした目で言っても周りを見て下さい。地獄絵図ですよ」


きさらぎは周りで倒れる異形たちが心配になり声を掛けた。


 「だ、大丈夫?みんな生きてる?」

 「う、うううう...」

 「な、なんとか...い、生きてます...」

 「なんか、今に死んじゃいそうで怖い!」


とツッコミを入れたきさらぎとは対象に管理人は冷静に異形たちを眺めて頷いた。


 「大丈夫です。そのくらいなら異形は死にませんから!放置しておいて大丈夫です!」

 「え、いいの?」

 「はい。ところで...原因の彼は起きたんでしょうか?」

 「きっと起きたと思いますけど...多分気絶しました」


ときさらぎが言う通り案の定フジニアは気絶していた。


 「まったく何寝ているのですか」

 「いや...十中八九起きたけど気絶したと思いますよ」

 「はあ...ならもう一度しますか」

 「え?」


管理人はメガホンを再び持ち起こそうとしたので異形たちに全力で止められる事態に発展した。フジニアは昼頃まで気絶していた。目を覚ましたフジニアにことを説明した管理人はメガホンを出し時々フジニアを脅そうとしていた。それからというものフジニアが寝ているのをメガホンっで管理人が起こす日々が始まったが、耐性がついたフジニアはそのまま爆睡し管理人は更に強いメガホンを使うようになった。そのうち困った異形たちに頭を下げられて”早く起きて欲しい”と言われるようになり少し改善した。


 管理人のメガホンが無くても自然と起きることが出来たフジニアは一人で森の奥のとある場所に来ていた。そこはかつて聖なる泉があり小悪魔たちや天使たちと過ごした思い出の場所だった。フジニアはふと1000年まえのことを思い出す。聖なる泉が全ての力を使って森を再生させた。その再生で森はかつての姿を取り戻したが完全に生まれ変わった森は彼らがいた足跡や痕跡まで消してしまった。あるのはフジニアが彼らと過ごした記憶思い出だけだった。再生された森を一人で歩いた時は涙が止まらず一人蹲って泣いていた。本当はなんでも死のうとしたことがあった。しかし、今死んでしまえば聖なる泉との約束が無駄になってしまう。そう思うと死ぬに死にきれなかった。泣きつかれたフジニアは一人で縮こまる様に眠った。その夜にフジニアは初めて夢を見た。その見た夢は今でも忘れられない...


 夢の中でフジニアは森の中で立っていた。周りを見回すといつも通りの景色だった。いつも通りの様子にフジニアは驚いた。驚いているフジニアに見知った幼い声が聞こえてくる。声のする方へ振り向くとフジニアを呼んだの声の主が立っていた。先ほどまで一人でいたはずのフジニアの傍には殺されたはずの二匹がいたからだ。


 「「パパ!」」

 「え...嘘だ。だってお前たち...どうして...殺されたはずじゃ?生きてるのか...?」


とフジニアが恐る恐る聞くと二匹は笑った。


 「殺された?パパ、何言ってるの?」

 「殺されたって何が?」

 「いや...何でもない...」


フジニアは目の前の状況に戸惑い頭を抱えた。殺されていない?生きている?二匹が目の前にいる?頭がこんがらがったフジニアだったが二匹と会えたことでフジニアは気持ちが溢れて涙が止まらなかった。そんなフジニアを心配した二匹は声を掛けるがフジニアは”大丈夫、大丈夫だから”と言って膝をついて顔を手で押さえて泣いた。


 「パパ、大丈夫?」

 「パパ、どこか痛いの?」

 「ううん...大丈夫だ。ただ...二匹に会えて...生きていてくれて嬉しいんだ...」


と泣きながら言うフジニアは二匹を抱きしめようとしたが二匹に触れることはできなかった。二匹にフジニアが触れようとしたが二匹の体をすり抜けて両手を宙を掴んだ。触れられないことでフジニアは二匹を見ると体が透けていた。二匹は気づいていないのかフジニアに抱き着いた。二匹はフジニアに触れることができたがフジニアは触れることが出来なかった。二匹は楽しそうに笑い声をあげておりその声を聴いた小悪魔たちがやってきた。


 「ああーいたいた!ここにいたんですね。親分!凄い探したんですよ」

 「え...小悪魔たちが...」

 「うん?どうしたんすか親分?」


小悪魔たちの姿は二匹同様に透けていた。小悪魔たちの姿を見たフジニアの目から再び涙が流れた。中でも最後に話した小悪魔がフジニアに話しかけたことでフジニアの涙腺は崩壊した。フジニアの泣いた姿を見たことがない小悪魔たちは慌てる。


 「おお、親分!どうしたんですか?俺ら何かしましたか?したんだったら謝ります!」

 「いや、違うんだ...」

 「だって泣いてるじゃないですか!これハンカチです。使いますか?」


と差し出されたハンカチも触れることが出来なかった。フジニアは一声かけた。


 「その気持ちだけで大丈夫だ。誰も悪くないから...」

 「親分...」


小悪魔たちはフジニアが泣き止むまで傍にいて、優しい声をかけた。フジニアはその優しさにまた泣きそうになるのを必死にこらえた。フジニアが泣き止んだ後小悪魔たちに聖なる泉の所へ案内された。


 「聖なる泉がちゃんとある」

 「なに言ってるんですか親分!ずっとあるじゃないですかー」

 「そうだな...」

 「パパ、様子変...どうしたの?」

 「パパ、大丈夫?」

 「大丈夫だ。ただ...悲しいことがあって...少し聖なる泉と話してくる」


と言うと小悪魔たちは頷いて二匹を連れて森の中へ行き、フジニアは聖なる泉に話しかけた。


 「聖なる泉...起きてるか?」

 『はい...起きています...』

 「聞きたいことは山ほどある。ただ...はっきりさせておきたいことがある」

 『何でしょうか?』

 「ここはどこなんだ?一体何なんだ?なんでみんなは透けていて触れることが出来ないんだ?」

 『......』

 「それになんで皆生きてるんだ?...だって!皆は俺の目の前で死んだ。だから...生きてるはずがないのに...何で!」

 『......』

 「何で答えてくれないんだよ!聖なる泉!」

 『......』


フジニアは叫びながら言う。フジニアの言葉を聖なる泉は黙ってたた聞いていた。いつまでたっても答えない聖なる泉にフジニアは訴えるように言い、聖なる泉はやっと口を開いた。


 「答えて...くれよ...頼むから...」

 『...分かりました。そうですよね...お教えしないのはあなたに失礼ですよね...ここはあなたの夢です』

 「夢?俺の夢なのか?」

 『はい...あの時のことを覚えていますか?』

 「あの時のことって?」

 『この森に人間たちが侵入し、あなたを殺そうとした日のことです...あの日二匹や小悪魔たちが殺され、天使が堕天使になり、森が死にかけた日のことです...』

 「なんてその日のことを聖なる泉が知ってるんだ?」

 『知っていますよ...あなたにこの夢を見させているのは私ですから...』

 「聖なる泉がこの夢を」


フジニアは周囲を見回すが聖なる泉が見せている夢とは思えなかった。


 『一目見ても夢だと思えませんよね...当然です。これはあなたの望んだ記憶を媒介に作っていますから...』

 「俺の望んだ世界?」

 『はい...あなたはこの森で彼らとずっと一緒に居たいと思っていたんです。その思いが記憶を媒介に作られたのがこの夢です』


と聖なる泉は説明した。フジニアは納得した。フジニアの望んだ世界は聖なる泉が言っていたように”この森で二匹や小悪魔たちや天使と聖なる泉とともに一緒にいること”だった。話を聞いたフジニアは夢ならばずっとこのままでいたいと思った。しかし、夢は醒めるものだ。永遠には続かないのが現実だ。


 「なら、ずっとこのままがいい。夢ならこのままでいたい」

 『...残念ですがそれはできません。夢は醒めるものです...』

 「夢は醒めるってことはこの夢は無くなるのか?そうしたら俺はまた一人ぼっちに...」


フジニアは言いながら悲しくなり下を向いた。そんなフジニアを励ますように聖なる泉は言う。


 『顔を上げてください...あなたはひとりではありません...姿は見えずとも私たちはあなたのことを見守っています』

 「それってやっぱり...あの時、皆は聖なる泉も死んだって事だろ?これは夢だ。覚めたらまたみんないなくなる。こんなのってあるかよ!」

フジニアは彼らが死んだ事実を再度突き付けられ、胸が締め付けられるような苦しみに襲われた。

 『...泣かないでください。確かに私たちはあの時...死にました。でも、あなたのせいでない。命あるものは必ずいつかは死にます...それがあの時だったのです...でも寂しい気持ちは分かります...この夢はあなたが眠る時だけ何度でも見ることが出来ます..』


と言う聖なる泉の言葉を聞いたフジニアは顔を上げた。


 「何でも見ることが出来るのか?」

 『はい...この夢は私があなたのために最後に残したものです。森を再生させたときに少しだけ力が残ってしました。その力でこの夢をあなたに授けました。この夢は夢の中で何でも見続けることが出来ますが、心からあなたを信じて傍にいてくれる異形や貴方が心から愛したい異形と出会うとこの夢は醒めて見えなくなります』

 「そんな!夢が覚めたらもうみんなに会えなくなるのか。そんなの嫌だ!だいたいそんな異形や人がいる訳ない!」

 『今は理解できないでしょう。でもいつか本当にあなたのことを心から信頼し、信用してくれる異形や人に、あなたが愛したいと思える異形や人にある会うことができるでしょう....』

 「俺を信頼し信用してくれる、愛したいと思える異形や人に...出会う?」

 『そうです...今は分からくてもいつかは出会うでしょう...その日まで...この夢は続きます...そろそろあなたが目を覚ますころです。ですが夢から醒めてもこの夢は終わりません。少しの別れです。夢の中でまた会いましょう...』

 「待ってくれ!聖なる泉」


フジニアは消えゆく景色に手を伸ばしたがその手は何も掴むことなく、空気を掴んだ時に目を覚ました。


 「夢か...夢なら醒めたくないな...」


と呟いたフジニアの目から涙が流れた。


 それからフジニアは眠るために彼らと会うことが出来たが、彼らはすでに死んで知るおり、彼らと出会えるのは夢であり記憶を媒介にしていることもあり彼らと話せることはできても決して触れることが出来なかった。そのことに関してフジニアは悲しんだが気にしなかった。彼らと出会い共にいられるだけでよかったからだ。彼らと出会い夢が覚めると一人になり、その孤独を呪った。寂しさを紛らわすように異形たちを見かけ声を掛けたり手当てをすると異形たちはこの森を気に入った。喜ぶ異形たちの姿を見るとかつての小悪魔たちと姿が重なる。異形たちは彼らと違うのに。寂しさを埋めるかのようにフジニアは異形たちを森に出向いた。そして今...彼の元には多くの異形とともに人間のきさらぎがいた。約1000年前まではあれほど恨んでいたはずの人間を...不思議ときさらぎといると嫌なことも忘れられて素の自分でいられた。きさらぎだけは嫌悪感はなく傍に居たいと思った。きさらぎは人間でフジニアは異形の悪魔だ。異形の掟もある。傍に居たいと思ってもいつかは離れなくてはならないのかもしれない。


 「きさらぎと離れるのは嫌だな...同じ人間のはずなのにどうして一緒に居たいって思えるんだろう。約1000年前は人間のことも異形のことも何も知らなかった。魂すら喰らったことがない俺と比べて今の俺はどうだろう。人間の魂を喰らう本当の悪魔だ。今の俺を知ったら小悪魔たちはどう思うんだろうな...幻滅するのかな...嫌われるのかな...何でこんなことになったんだろうな...もしきさらぎに俺が人間の魂を喰らう悪魔だって知ったら...きさらぎも居なくなるのかな...それは嫌だな」


フジニアは言いながら蹲り、片手で髪を掴みため息を吐いた。


 フジニアは立ち上がると小悪魔たちと二匹のために作った石碑を見た。この石碑はフジニアが彼らのために作った墓だった。森が再生された時に彼らを聖なる泉が弔ったため彼らは消えてしまった。フジニアはせめて彼らが生きていた印を残しておきたかったのだ。何日もかけて人数分の石碑を作ったフジニアは時々この場所に来る。誰も知らないこの場所はフジニアにとって特別な場所だった。聖なる泉のある場所は花が咲き誇っていて綺麗だった。フジニアはこの場所が好きで一人でよく隠れて眠った。フジニアは見回した後、石碑に話しかけた。


 「おはよう、今日もいい天気だな皆。今日は皆に報告があるんだ。前にこの森に異形たちが住み始めたことは話したと思う。実は最近、きさらぎっていう人間とともに過ごしてるんだ。ごめん...言うのが遅くなって...あんなことがあったのに人間といるなんて怒ってと思う。自分でも驚いてる。けど...きさらぎはあいつらとは違うんだ。きさらぎは優しくて俺に名前を...フジニアっていう名前を付けてくれたんだ。今はまだ分からないけど...どうか見守っててくれ...」


フジニアがそう言うと返事をするかのように暖かい風が吹いた。風に吹かれたフジニアは空を見上げた。満開に晴れた空を見上げたフジニアは微笑んでいると遠くの方から自分の名前を呼んでいるきさらぎの声が聞こえてきた。


 「フジニアー!どこー?」

 「きさらぎか...もうそんな時間か...俺、もう行くよ。また来るな皆...」


フジニアは石碑に向ってそう言うとその場を後にした。フジニアは自分の血を使いその入り口を塞いだ。


 「じゃあ...行ってくるな皆」


とフジニアは呟いた。森の中を歩いているときさらぎたちを見かけた。フジニアに気づいたきさらぎたちは駆け寄って話しかけた。


 「フジニア、どこにいたの?探したんだよ」

 「悪かった。少し森の中をぶらぶらしてたからな」

 「あなたも珍しく早起きできたんですね。せっかく巨大なメガホンを持ってきたのに...」

 「おい!思わずつっこんだだろ」

 「いいツッコミですね。毎朝起こされる身になってくださいよ...まあ、このメガホンを使うのは面白いんでいいんですけど」

 「面白がってんじゃないか!俺だってたまには早起きするさー」

 「どうだが...きっとこれから雨降りますよ!」

 「降らないわ!今日満開に晴れただろー」

 「二人とも相変わらず仲良しだね」

 「「仲良しじゃない/ねえ!」」


管理人とフジニアはそろって言う。その様子を見たきさらぎは笑っていつものようにクッキーを渡した。


 「ほんとうに仲がいいんだからー。はいこれ」

 「ありがとう。きさらぎ」


受け取ったフジニアは礼を言うとクッキーを食べ、今日も変わらない一日が始まる。


2_13(レコード:13二人と管理人)

 いつものように森に来た管理人はあちこちをうろうろしているきさらぎに声を掛けた。


 「おはようございます。きさらぎさん、今日もいい天気ですね」

 「おはようございます。管理人さん」

 「元気そうで何よりです。ところできさらぎさんは何故うようよしているのですか?」

 「見られていたんですか!恥ずかしい...」

 「あ、いや、その...なんかごめんね...って何で俺謝ってるんだろう?」


きさらぎは両手で顔を隠して小さな声で言った。管理人はいたたまれなくなり何故か謝った。


 「私がうろうろしていたのはフジニアのことなんです」

 「フジニア?ああ、彼のことか」

 「はい。最近どこかぼーっとしてと思えばどこか暗い顔をして悩んでいたりして心配なんです!」

 「え?そうなの」

 「え?」


管理人は拍子抜けた声で言い、きさらぎも同様な声を声を上げた。管理人は食い入るようにきさらぎに言う。


 「彼がどこかぼーっとしてる?暗い顔をして悩んでるって分かるのかい!」

 「え?見て分からないんですか?フジニアは表情が硬いかもしれないですけど見たら分かりますよ...あの...管理人さん?」


突然下を向いた管理人にきさらぎは心配の声を上げる。直ぐに管理人は顔を上げた。急に上げたことできさらぎは驚き管理人を見た。管理人は頭に両手をのせてぶつぶつ呟いた。


 「あの...大丈夫ですか?」

 「なんで...分からなかったんだ...今まで分からないことなんかなかったのに...彼の表情は変わらないのに...きさらぎさんは分かるなんて...管理人失格です...」

 「あの...管理人さん?」

 「何で分かったんですか!彼は表情は変わらないじゃないですか!」

 「あの...だって見たら分かりますし、フジニアって何考えてるか顔にでて分かりやすいじゃないですか」

 「え...あれが顔に出てる...分かりやすい...流石です。きさらぎさん...負けました...」


管理人さんはきさらぎの肩を掴むと勢いよくそう叫んだ。管理人さんの勢いに圧倒的されながらきさらぎは答えると管理人さんは膝をついてショックを受けた。


 「負け?あの...管理人さん」

 「...すみません。少し取り乱しました。何でもありません」

 「少しどころじゃないですよね!何もないわけでいですよね!かなり取り乱してましたよねさっき!」


何事もなかったように立ち上がりかけている眼鏡を上にあげて言う管理人に思わずツッコミを入れた。


 「いえ、してません」

 「してましたよね!」

 「いえ、してません」


その後に管理人はかたくなに否定するのできさらぎはため息をついた。


 「話が脱線したところで元に戻しましょうか」

 「脱線したのってだれでしたっけ?」

 「さあー誰でしょう?」

 「誰でしょうって...」


少々呆れながら言うと管理人は真面目な顔をしてきさらぎに言った。


 「いつから彼はそうなんですか?」

 「最近です。ここ最近になって急に様子が変わったように静かと言うか、どこか一人でいることが多くてどうしたんだろうって思って。聞いても教えてくれないんです。だから心配で...困っているなら力になってあげたいんです」


ときさらぎは言った。管理人は少々驚いたようにきさらぎを見ながら黙って聞いた。


 「...なるほどな」

 「え?何が分かったんですか」

 「ずっと思ってたんだけど...君って彼のこと好きなの?」

 「え?私がフジニアを好き?」

 「だって私があなたこの森に来た時からとても仲が良くててっきり好きなのかと思いました」

 「好きってなに?」

 「えっと好きって言うのは...急に言われると難しいな」


管理人は急な質問に戸惑いあらかじめ持ってきた管理書を開いて説明する。管理書に書かれている内容は難しい言葉で記されているため、六歳のきさらぎに難しい話をしても分かるのか不安になる。


 「いいですか、好きと言うのは...説明が難しいですね。簡単に言うと大切でずっと傍にいて欲しい又は傍に居たい人や異形を指しますね。異形の場合だと異形を指し人間の場合だと人間を指します。きさらぎさんの場合だと...「そうなんだ!なら私の場合はフジニアや管理人さんやこの森に住む異形の皆だ!「ぎゃふん!「え?管理人さん?」すみませんまさかそう言う考えになるとは思わなかったので...」


管理人は思わず回答にその場でずっこけた。こけた管理人は何とか立ち上がるときさらぎに再度説明する。


 「いいですかきさらぎさん!私が言った好きと言うのはきさらぎさんが思っている好きと違うんです!」

 「え?違うの?」

 「はい。きさらぎさんの好きは友達としての好きです。私が言う好きは恋愛的な好きです」

 「恋愛的な好きって?」

 「えっと...なんて言いますか...きさらぎさんにとって特別な人です」

 「特別な人?」

 「そうです!あれですあれ!フジニアさんとかどうですか?」


管理人は焦りながらきさらぎに話を振る。


 「フジニア?フジニアはフジニアだよ?特別って?」

 「ええと彼が特別というのはあれです!きさらぎさんはよく彼と一緒に居るじゃないですか。だから特別と言うのは傍にいるよりも離れていていた時に会いたいと思える人じゃないですかね」

 「そうなんだー。難しくてよくわかんないけど私の特別な人はフジニアもそうだけど管理人さんもこの森に住む異形たち、みーんなが特別で大切な人だよ!あ、人じゃなくて異形か!」


ときさらぎは言うと笑った。ふいに管理人はきさらぎの笑みを見て可愛いと思ってしまい顔が赤くなった。


 「管理人さん、顔が赤いよ。大丈夫?」

 「だ、大丈夫です。すみません...」


と言いながら下を向いて小さな声で呟いた。


 「ふいにきさらぎさんが可愛いと思ってしまった自分を殴りたい」

 「あの...大丈夫ですか?」

 「大丈夫です。自身の煩悩のせいですから」

 「何が煩悩なんだ?」

 「「え?」」


後ろから声が聞こえて振り向くとフジニアが不思議にこちらを見つめていた。


 「いつの間に!あなたはいつからここにいたんですか?}

 「ついさっきだ。管理人がだ、大丈夫です。すみません...っていて顔が赤くなってからか?」

 「そんな前からですか!」

 「ああ。なんか二人で真剣に話してるし、話しかけるタイミングが難しくて...俺一応森の番人だから森の中を見て回ってたんだ。見終わって来てみたら二人がいたから話しかけたんだけど。何の話してなんだ?煩悩ってなんだ?」


と首をかしげて管理人に聞いてきた。管理人は恥ずかしくなり顔が赤くなる。きさらぎは説明しようとするが慌てて管理人は止めてきさらぎの口を塞ぐ。


 「ダメですダメです!きさらぎさん!それは言ってはいけません」

 「なんでだよ。別にいいだろ?」

 「ダメです!いいですか!きさらぎさん」

 「...」

 「管理人が口塞いでるから離せないだろ?」

 「ああ!すみません」


慌てて管理人は手をどけるとフジニアは管理人からきさらぎを搔っ攫うと抱きしめて管理人をジト目で睨んだ。


 「さっき何話してたんだよー」

 「何も!」

 「じー怪しい。言えよ...」

 「な、なにも...」

 「はあ...きさらぎー教えてくれよ」

 「ああ!きさらぎさん。あのですね、さっきの話は!」


管理人は冷汗をかきながらきさらぎを見るとは対称にきさらぎはさらっと答えた。管理人は自身が話を振ったものの恥ずかしくなったのでフジニアに知られたくなかった。知れば弄られそうだからだと思ったからだ。


 「さっきの話はね!「きさらぎさん!」フジニアや管理人さんやこの森に住む異形の皆がだーいすきっていう話だよ」

 「え?そうなのか?」

 「はい...まあそんな感じです」


きさらぎが上手くフォローしてくれたので管理人は一息ついた。


 「それなら俺も好きだぞ!この森の異形たちもきさらぎもあと...」


じーと自分を見てくる視線に管理人は不満そうな顔をして言う。


 「...なんですか?」

 「一応...管理人も好きだぞ」

 「いいですよ、無理して言わなくても」

 「そんなーすねるなよ」

 「すねてないです!」

 「すねんなってー」

 「こら!やめなさい」

 「管理人がキレた!」

 「イラっ...いい加減にしろ!」

 「やべっ!逃げろーーー」

 「待ちなさい!」


管理人の頬を指で何度も突っついていじり、いじられた管理人は頭か湯気が出るように怒った。フジニアは慌ててその場から走って逃げた。管理人は直ぐに後を追い二人の追いかけっこが始まった。


 「待ちなさい!今日と言う今日は許しませんよ!」

 「待てと言われて待つ奴がいるかよ!馬鹿だな」

 「今、馬鹿と言いましたね。絶対に許しませんよ!」

 「足早!ずるいぞ!」

 「そう言う能力の一つですから!待ちなさい!」

 「絶対に逃げてやる」


と言いながら逃げるフジニアと管理人。二人の追いかけっこは次第に森中の異形たちが集まり感染した。


 「おや?これは何の騒ぎかい?」

 「小悪魔の異形のおじいちゃん。今ね、二人が追いかけっこをしてるの」

 「そうなのかい?教えてくれてありがとうねえ、きさらぎ」

 「うん!」

 「それにしても元気で何よりだよ。おや、異形たちは何を騒いで盛り上がっているんだい?」

 「あれは...賭けてるみたい」

 「賭けてる?」

 「うん、なんか...フジニアと管理人の追いかけっこでフジニアが逃げ切るか、それとも管理人さんに捕まるかとか。管理人さんはフジニアを捕まえられないか、それとも逃げられるかっていう賭け事をしてるよ」

 「なるほど...それで盛り上がっているのか」


小悪魔の異形ときさらぎは盛り上がっている異形たちを見る。異形たちは白熱し盛り上がっていた。


 「うおおおお!行けー!」

 「逃げ切れるのか?行けるのか」

 「惜しい。俺は逃げ切れる方にかけるぜ」

 「何言ってんだよ。相手は管理人だぞ?いくらあいつでもあれは無理だろ」

 「それなら俺は逃げ切れて管理人が捕まえる方に賭けるぜ」

 「「「それじゃあ賭けにならねえだろ!!!」」」

 「それもそうか!」


と言った意見が飛び交っている。きさらぎも黙って見ていたが小悪魔の異形に話しかけられた。


 「ところで...きさらぎはどうなんだい?」

 「どうって?」

 「きさらぎはこの追いかけっこをどう思う?管理人が彼を捕まえると思うかい?それとも彼が逃げ切れると思うかい?」


と質問されたきさらぎは答えた。きさらぎが答えた時追いかけっこもラストスパートを向かえ強くとても激しい吹き荒れる。きさらぎの言葉は小悪魔の異形か聞こえなかった。


 「私は......と思う」

 「そうかい。お前さんらしいな」

 「そう?」

 「そうじゃ...おや?そろそろ終わりそうじゃな」


と小悪魔の異形が言うと再び激しい風が吹いたと同時にフジニアと管理人は賭け事をしている異形たちの前に立つ。


 「うわ!風が強い...」

 「あれ?二人はどこ行った?」

 「「どこ行ったって?俺/私はここだけど?/ですけど?」」

 「ギクッ!二人ともなぜここに?」

 「いやーな・ん・かー面白いことやってるなーと思ってさ」


 「やけに騒がしいと思ったので彼と来てみたらこれですかー。とても楽しそうですねえ」

 「よければ俺も/私も混ぜてくれよ?/混ぜてくださいよ?」


とフジニアと管理人は笑って言うが目が笑っておらず二人の圧や視線に異形たちは目を晒した。


 「あの...いや...その...何と言いますか...」

 「別に賭け事することは悪い事じゃありません。そうですよね?」

 「そうだなー賭け事なんか悪い事じゃないもんなー」

 「こ、怖い!二人とも、目、目、目が笑ってない!笑ってるのに笑ってなくて怖えよ!」

 「なーに言ってるんですかー。こんなに笑ってるじゃないですか?」

 「いや...笑ってないです「なんか言いましたか?」何でもないです。ごめんなさい」

 「俺もなんかーもう一回走りたい気分なんだよねー」

 「奇遇ですね。私ももう一度走りたい気分だったんですよ。例えばーこの森にいる皆さんとか」

 「それは名案だなー」

 「「「ギクッ!」」」

 「お、俺たちですか?冗談でしょ?」

 「俺がいつー冗談を言ったか?」

 「いや...言ってないです」

 「だろー?」

 「怒ってます?」

 「「ぜんぜん怒ってないぜ/怒ってません」」

 「いや、怒ってる。絶対怒ってる!目が怒ってる!」

 「何言ってんだよーおこってねえよ。それにお前らもしたいだろ?追いかけっこ」

 「俺たちは別にしたくな「うん?したいよね?」はい、したいです!めちゃあしたいです!「よろしい」...やります」


半ば強制に二人の圧に負けた異形は強制的に追いかけっこをする羽目になった。


 「お前ら死ぬ気で逃げろよ。逃げたりしたら追いかけるからな」

 「理不尽!逃げたり、逃げるなってどっちなんだよ!」

 「どっちもだわ!」

 「「「ひぇ!そんなーきさらぎ...」」」

 「皆...頑張って!」

 「きさらぎー!そんな...」


異形たちはきさらぎに助けを求めたがどうすることも出来ないので一声かけた。異形たちは助けてくれると思っていたがきさらぎにそう言われてしまい頭を下げた。そして始まった二人により追いかけっこは異形たちにとって地獄となった。


 「ぎゃあああああああああああ!」

 「許してください!すみません!」

 「なんか、悲惨な声がここまで聞こえる」

 「そうじゃな...」

 「小悪魔の異形のおじいちゃんは参加しなくていいの?」

 「元々年じゃし、賭け事をしていないからでなくていいんじゃ」

 「そうなんだ!」

 「そうじゃ...」

 「ああーなんでのんきに茶を啜ってんだじいさん!なんであんたは逃げないんだよ!」

 「きさらぎにも言ったがもう年じゃ。それにお前さんらと違って賭け事に参加しとらんでのー。参加する必要のないのはみて分かるじゃろ?」

 「ぐっ!何も言い返せない」


ときさらぎと小悪魔の異形は逃げる異形たちを見ながら温かいお茶を飲んでいた。逃げ惑う異形たちは小悪魔の異形に文句を言うがこう返されてぐうの音も出なかった。


 「所でお前さん...逃げなくてもいいのかい?後ろ...」

 「え?後ろ...ひい!」


誰かが異形の肩を触り鳥肌がたち恐る恐る振り向くと立っていたのはフジニアだった。


 「あ、あの...その...」

 「みーつけた!」

 「ぎゃあああああああああああ!」


と異形は叫び声をあげた。その声は森中に響いた。数分後異形たちは皆捕まって森中に伸びていた。


 「いいかお前ら俺たちを出し抜こうなんて100年早いんだよ」

 「「「「す、すみません...」」」」

 「これに懲りたら二度と賭け事をしないでくださいね。彼となんて御免です」

 「おい!まあ...勝負は引き分けだけどな」

 「あなたに引き分けって言うのは癪ですが今回は特別に引き分けにしてあげ「何が引き分けだ。追いつかなかったくせにー」そっちこそ焦ってましたよね...それで「言っとけよ!次は白黒つけようぜ」負けて泣かないでくださいね?「そっちこそな」いいでしょうやってあげますよ!」


と再びフジニアと管理人が勝負を始める前にきさらぎは二人の口にクッキーを入れた。


 「ふぐ!きしゃらぎ?」

 「きしゃらぎさん?」

 「はい、喧嘩は終わり。たくさん運動したらお腹すくでしょ?そういう時は一休みしよう」

 「それもそうですね。一休みしましょう!」

 「そうだな、きさらぎときさらぎのクッキーに免じて許してやるよ!」

 「あなたは口が減りませんねー」

 「お前もな」

 「まあまあ喧嘩しない。ほーら食べて食べて!異形の皆もほら!」


きさらぎは森で伸びている異形たちにもクッキーを渡し異形たちもクッキーを食べた。きさらぎのクッキーを食べて落ち着いたと思ったが今度はきさらぎの作るクッキーの好みでの勝負が始まった。今まで黙ってみていたきさらぎの堪忍袋がきれた。


 「...二人ともいい加減にしなさーーーーーーーーい!」

 「「は、はい!きさらぎが/きさらぎさんがきれたーーー!ごめんなさいーーーーーー!」」


きさらぎを怒らした二人はもう二度と怒らせないと心に誓った。


 翌日の早朝、フジニアはいつものように森の深くに行き石碑に話しかけていた。


 「おはよう皆。昨日は騒がしくて悪かったな。あんなに騒いだのは久しぶりで楽しかった。まるでお前らといた時みたいだった。懐かしい気分になれた。不思議だよな...こうして笑い合える日がくるなんて思いましなかった。こんな風にお前らとも笑い合えたら良かったのにな...そうしたらお前らともあいつらはあんな風に仲良くなれたかもしれないな。悪い...過去をいくら悔やんでもお前らが生き返ることなんてないのにな...ごめんな。俺が...死ぬはずの俺が生き残って本当にごめん。悔やんでも悔やみくれない...呪っても呪いきれないよ...」


フジニアは石碑に触れながら蹲り何度も謝った。もう死んでいる彼らはフジニアに言うことは無い。フジニアの彼らに対する懺悔の声が響くだけだった。気づけば涙が枯れてなお叫び続けていた。一息ついたフジニアはそなまま眠ってしまった。朝日が昇り鳥の鳴き声が聞こえてフジニアは目を覚ます。泣きつかれたフジニアは目元の涙を拭うとその場を後にした。


 「じゃあ皆またな」


と言うといつものように血を使い入り口を隠して歩いていた時、フジニアは何かに気づいた。


 「そこにいるんだろ?隠れてないで出て来いよ」

 「気配を決しても分かるんですんね」

 「...やっぱりお前か管理人。分かるさ...さっきまで俺のことをつけていたのに急に気配が消えたほうが気づくだろ」

 「それもそうですね。あの...謝ります。私は興味本位と仕事の一環であなたを付けました。でも...今はそれを後悔して「いいよ別に」しかし!」

 「知らなかったもんな。ここに異形たちの墓があるなんてこと」

 「...あなたの様子がおかしくてずっとつけていたんです。きさらぎさんもあなたの元気がない事や悩んでいることを気にかけていました。私たちに言えないことをしているのかと勘繰ろうとしました」

 「それで俺を付けていたのか...」

 「はい、すみません...」

 「いいよ。それなら俺に原因があるから...この時期になるとどうしてもだめなんだ。この時期はこいつらが死んだ時期だから...」

 「そうなんですね...あそこに建てられていた墓がすべて...」

 「ああ...俺を殺すためにこの森に侵入した人間たちによって殺されたんだ」

 「もしかして悪魔狩りですか?」

 「そう、ここには小悪魔たちの異形と二匹の小さい小悪魔と天使がいて、聖なる泉があったんだ」


管理人は信じられないものを見た顔をする。悪魔と天使が一緒に居るなど聞いたことがなかったからだ。


 「やっぱりそんな顔するよな。悪魔と天使が一緒に居るなんておかしいよな。天使は悪魔を殺すためにいるのに」


管理人はフジニアの話を黙って聞いた。


 「俺は自分が悪魔の異形なのは分かってた。でも、どうして周りから異形や人間たちから嫌われるのかその理由が分からなかった。傷ついて殺されかけてさまよっていた時にこの森で彼らと出会った。最初は小悪魔が天使と殺そうとしてそこを助けたんだ。俺は死にかけの天使を担いで聖なる泉に飛び込んだ。今考えると自殺行為だと思うよ。でも、その時の俺は目の前の命を救いたかった。ただそれだけだった...聖なる泉は天使や清き心を持った者しか癒せない。悪魔が入れば存在が消えるはずだった。奇跡が起きて俺は死なずに傷が癒えたんだ。そして、それから天使たちと仲良くなってこの森で過ごした。幸せだったんだ。毎日楽しくて居場所がなかった俺に居場所をくれた。この森が、皆が大好きだった」


 「でも...俺を殺すと人間がやってきた。そのせいで天使は傷つき堕天使に小悪魔たちは全員死んだ。聖なる泉は終わりゆくこの森を再生するために全ての力を使ってこの森を再生させかれ果てた。一人なった俺はこの森を守り続けた。人間がこの森にやってきた時に憎悪に駆られて人間を殺してその魂を初めて喰らった。人間は許さない殺す敵だと思い殺す続けた。何も知らない無知の悪魔は本当の醜い悪魔になった。そして長い年月が経ち一人の人間・きさらぎと出会った」

 「そうだったんですね...」


フジニアの話を聞いた管理人は重く悲しく切ない話を聞き下を向く。暗い表情をした管理人にフジニアは笑いながら声をかける。


 「ああ...約1000年以上前の昔話だ。そんな暗い顔をするなよ。ただの悪魔の話だぞ?悪魔はうそつきだし、この話も嘘かもな!」

 「そんなわけないですよ!その話が嘘の訳ないですよ!」


という管理人にフジニアは驚くの声を上げる。顔を上げた管理人は必至になって話す。


 「管理人?どうして...そう思うんだ?」

 「あなたと過ごしていたら分かります!あなたは嘘はつきません!いつも正直で素直に思ったこと言います!」

 「分かったから落ち着けって!」

 「それに!本当に嘘ならそんな辛そうな顔をしているわけないじゃないですか!さっきだってあなたは彼らに泣きながら謝り懺悔を繰り返していました!本当に嘘ならそんなことをしない。悪魔は決して嘘をついて涙を流したり、ついた嘘で後悔したりすることはありません!だからあなたは!」

 「もういい...もういいよ。管理人」

 「しかし!」

 「...ありがとう」


と言うフジニアに管理人は何かを言おうとしたが悲しそうな顔を見て何も言えなくなってしまった。管理人は下を向くとフジニアに謝り涙を流した。その日は気丈に振舞っていたが管理人は耐えられず早々に森を出た。それから一週間ほど管理人は森にはこず、約束したひと月が経った。


2_14(レコード:14きさらぎと異形たち)

 楽しい時間は過ぎてやがて終わりを迎える。フジニアときさらぎが管理人と過ごした時間も終わりを迎えようとしていた。あの約束から早一カ月が経とうとしていた。一週間前から来なくなった管理人を心配しきさらぎはフジニアに尋ねた。


 「ねえフジニア、管理人さん遅いね。今日も来ないのかな?」

 「......」

 「フジニア?フジニア聞いてる?」


一週間前のことを考えていたフジニアはきさらぎの話を何も聞いていなかった。ふと顔を上げるときさらぎがこちらを心配そうに見つめており、すぐさま声をかける。


 「ああ、悪い聞いてなかった。なんだっけ?」

 「もう一度言うね。管理人さん遅いね。もう来ないのかなって言ったの。だってあの時急に暗い顔をして先に帰っちゃったんだもん。あれからもう一週間だよ。もう来ないのかな...」

 「どうだろうな...管理人のことだからきっと来るさ!来るまで待とうぜ」

 「それもそうだね!」


ときさらぎは元気よく言うと先日生まれた二匹の異形と遊び始めた。異形の種類は違うが幼い二匹と遊ぶきさらぎを見ると殺された二匹を思いだした。思いだしたフジニアは切ない気持ちになり近くの岩に座った。その様子を見た小悪魔の異形は近くの椅子に座るとフジニアに話しかける。


 「すまんのう。お前さんの隣に座るぞ」

 「どうぞ...」

 「きさらぎは相変わらず元気じゃのう」

 「そうだな。元気で何よりだよ」

 「そうじゃな。あの二匹とも仲良くて安心したわい」

 「...二匹」


小悪魔の異形はフジニアが”二匹”に反応したことを見逃さず、ため息をはいた。


 「お前さん...あの二匹が気になるのかい?」

 「何故そう思う?」

 「何故と聞くのかい。誰が見たとしても気づくさ...お前さんはあの二匹を見る時...自分でどんな顔をしているのか分かるかい?」


フジニアは下を向きながら震えた声で答える。


 「そんなの分かるわけないだろ...」

 「お前さんはあの二匹を見る時...”辛くて苦しい顔をしている”んだよ。とても後悔している顔だ。お前さんはあの二匹を見る時は泣きそうな顔をしている」


と言われたフジニアは先日生まれた二匹のことを思いだした。二匹を抱きしめた時に死んだ二匹を思いだし両手が震えながら抱えていた。二匹が幸せそうに笑ってフジニアの手を掴んだ時は思いが溢れて涙が止まらず抱きしめながら”すまない”と”守れなくてごめん”と懺悔を繰りかえしていたことを...その思いを隠すようにフジニアは言う。


 「そんなわけないだろ...」

 「いや、している...今もしているよ。苦しく懺悔の顔を」

 「そんなわけないだろ!」


とフジニアは顔を上げるがその表情はとても苦しそうだった。


 「ではなぜ...お前さんは泣いているんだい?」


と言われたフジニアは顔に手を当てると自分が泣いていることに気が付いた。


 「あれ...俺なんで泣いて...止まらない...そうか俺...悲しくて苦しかったんだ...」

 「やっと気づいたんだな」


涙を流すフジニアに小悪魔の異形は続けて話す。


 「我らは何も知らない。お前さんの過去を...我らは知らない。お前さんの苦しみを...我らは知らない。お前さんの後悔を...我らは知らない。お前さんの葛藤を...我らは知らない。お前さんのすべてを...我らは何も知らない...何もできない」


と言う言葉を聞いたフジニアは戸惑いながら言う。


 「それは...」

 「我らは何も知らない...お前さんの心の内を全て晒せとは言えない。お前さんの過去やこれまで生きてきた全ての人生を...辛く悲しい苦しみや深い後悔も何も知らない。我らが思い想像できるほどお前さんの過去を図れるものではないだろう。その深い過去の傷は誰もが踏み込んでいいものではない。時間が経っても傷ついた心や爪痕は残るものだ。現にお前さんはその何かに囚われて後悔している。それがどれほどのものかなど押し計れるものではないのは百も承知だ。しかし、痛みを分かち合うことはできる」

 「痛みを...分かち合う?」


フジニアは不安そうに小悪魔の異形を見た。


 「そうじゃ...辛い苦しみやお前さんの過去を一人で背負わずに誰かに打ち明けることだ」

 「誰かに打ち明ける?」

 「そうじゃ...誰かに打ち明けることでお前さんは苦しみから解放される」

 「でも、だれかに話したらそいつが傷つくかもしれないだろ!俺の過去を知っても良い事なんかない!」

 「これは持論だが...お前さんに限らず誰かの過去を知ることは悪い事ではない。むしろ大切なことだ。損得の問題でもない。少なくともお前さんは今よりも楽になれる。そしてお前さんの過去を知る者はお前さんの苦しみを理解することが出来る」

 「でも...」

 「お前さんの過去を知ったように...お前さんも誰かの過去を知るとよい」

 「誰かの過去を知る...」

 「そうじゃ...お互いにお互いの過去を知ることで理解し、支え合うことが出来る。本当の自分を知っているからこそ心から相手を信じられるんだ。だから今は無理でも少しづつ話して欲しい。お前さんの過去を...我らもお前さんの力になりたい。力不足なのは分かっている。我らはだめでもきさらぎならどうだ?きさらぎにだけでも話してはどうだ?」

 「きさらぎに?」


フジニアはきさらぎを見ながら話す。きさらぎに自分の過去を話してよいのか不安になった。もしも話してきさらぎに嫌われたら...


 「俺...不安だ。きさらぎに話して嫌われたらどうしよう」

 「誰かに過去を話すのは怖いものだ。でも、きさらぎになら大丈夫だ。あの子はお前さんを誰よりも信じている。お前さんの過去を知っても見捨てると本当に思っているのかい?」

 「そんなことは...」

 「そうじゃろう。人の子であのように優しい子は珍しい。お前さんが昔怪我をした時にこの森を森を走り回って我らに助けを求めたこと。お前さんが風邪をひいて寝込んだ時は必死に看病してくれたことを思いだしてみよ」


と小悪魔の異形に言われたフジニアはその時のことを思いだした。


 フジニアは異形風邪をひいてしまい倒れてしまった。前日にきさらぎと川で遊んだフジニアは異形風邪をひいた。急に倒れたフジニアにきさらぎは驚いたが直ぐに状況を理解した。流石に幼いきさらぎではフジニアを運ぶことはできなかったのでフジニアを支えながらいつものねぐらに向かった。フジニアは意識がもうろうとし、いつもは低体温だが風邪をひいたせいで高くなっていた。


 「とにかく寝てもらったのはいいけどこれからどうしたらいいの?」


と困っているとフジニアの傍に落ちていた本がきさらぎの所まで浮いてきた。浮いた本に驚いていると白紙の本が光り出して薬学の本に変化した。


 「うわっ!本が変わった!なんでなんでってこんなことしてる場合じゃない。フジニアの病気を治さないと...どれだろう?わかんないよ」


当時のきさらぎはまだ字が読めず意味が分からなかった。本を見て困っていると本に印が付く。


 「あれ?印が...これをやればいいの?」


ときさらぎが言うと本がページが開き白紙のページに赤丸が表示された。きさらぎは本を見ながら走り回って風邪に聞く薬草を探した。あちこち走り回ったきさらぎだが薬草は見当たらなかった。


 「どうしよう!早く薬草を見つけてフジニアを助けなきゃいけないのに!」


困ってしまったきさらぎは焦り辺りを見回すと何かが物陰に隠れた。


  「誰?誰かいるの?いるんでしょう?」


先程から何がに見られている視線を感じていたきさらぎは音のした方を見る。


  「お願い!出てきて!今大変なの!フジニアが畏敬風邪を引いて寝込んじゃったの!このままじゃ畏敬風邪が酷くなっちゃう!お願い!私じゃこの森のどこに畏敬風邪に効く薬草があるのか見つけられないの!」

  「...」


畏敬達は一向に姿を見せる気配は無い。そこできさらぎは頭を下げてもう一度言った。


  「お願いします!薬草が何処にあるかだけでも教えて欲しいの!お願いします!お願いします!私は大切な友達をフジニアを助けたいんです!」

  「...」


畏敬達は頭を下げるきさらぎの姿に戸惑いどうするべきか悩んだ。相手は人間で自分達は畏敬である。人間とは分かり合えないと思い人間のきさらぎを見下し見て見ぬふりをした。そんな自分達に対しきさらぎは頭を下げた。このまま薬草を教えた方がいいのか、それとも見て見ぬふりをした方がいいのかを畏敬達の心の間で揺れ動いていた。察しの良いきさらぎは畏敬達に一声謝るとまた1人で薬草を探そうとした。


  「ごめんなさい。無理に声をかけたりして...私もう一度探してみるね」


と言いきさらぎがその場から離れようとする。畏敬達は意を決してきさらぎに声をかけようとした時、小悪魔の畏敬がきさらぎに話しかけた。


  「すまないね。我らの卑猥を許しておくれ人の子よ」

  「あなたは?」

  「小悪魔の畏敬さ」

  「小悪魔の畏敬…フジニアと同じ?」

  「いいや、少し違うよお嬢さん。私は小悪魔の畏敬だが彼は違う。彼は悪魔だ。小悪魔と悪魔では力の強さも権威も違う。悪魔の下に小悪魔がつくのだ。彼はそんな権威を振るう男では無いが大抵は小悪魔は下の畏敬なんじゃよ」

  「下の畏敬?そうかな?フジニア言ってたよ。悪魔も小悪魔も上下なんて関係ないって!年寄りの小悪魔の畏敬っておじいちゃんのことでしょ?」

  「年寄り?おじいちゃん?それは誰が言ったのかな?」

  「フジニアが言ってたの!ヨボヨボの年寄りの小悪魔の畏敬が居ていつも頼りになるって!」

  「そうかい...もっとマシな言い方はないのかい」


と思わず小悪魔の畏敬は口に出した。頼りになるのはいいがヨボヨボの年寄りの畏敬と言わなくてもいいだろう。それに実際は小悪魔の畏敬はこんななりだがフジニアの方が何百倍も生きて年寄りである。年上に年寄り扱いされた小悪魔の畏敬は少し複雑な気分になった。


 「まあなんであれ気にしてはいけないな」

 「気にしてはいけないって何が?」

 「いいや、こっちの話だから気にしないおくれ」

 「??よくわかんないけど分かった!」


きさらぎは首をかしげながら言い小悪魔の異形は話題を変えるため薬草に話を切り替えた。


 「そういえばお前さん「きさらぎ!」え?きさらぎ?」

 「私の名前だよ。きさらぎっていうんだ」

 「そうかい...きさらぎ「うん!」...元気でよろしい。笑顔がまぶしい」


嬉しそうに返事をしたきさらぎは手を上げた。小悪魔の異形はまぶしい笑顔に動きが固まった。今まできさらぎのようにまぶしい眼差しを向けられたことがなく悪いことはしていないが天使に浄化されるようだった。


 「お前さん...きさらぎを見ておると心の闇が浄化される気がするわい」

 「おじいちゃん大丈夫?」

 「ああ...気にするな。こちらの話じゃ...えええと薬草じゃったな。私も協力しよう。見せてごらん」


と言う小悪魔の異形にきさらぎは本を見せた。


 「なるほど...この薬草ならあそこにあるわい。ついてくるのだ」


と案内された場所には大量に薬草が咲いていた。


 「ここは彼が大事に育てている薬草畑じゃ。なんでも昔にここで住んでいた異形たちが育てていたものを譲り受けたそうじゃ」

 「以前住んでいた?ゆずり受けた?おじいちゃんは何か知ってるの?」


 きさらぎはそのことを知らず小悪魔の異形に訳を聞こうとしたが首を横に振って答える。


 「いいや...何も知らない。彼が今まで何をしていたのかも...この森に以前住んでいたという異形たちのことも何も知らない。私が知るのはこの森を彼が守っているという事とこの薬草畑を育てている事だけだ」

 「そうなんだ。この薬草畑は何で知ったの?」

 「以前...この森に住んでいた異形の一人が大怪我を負ったことがあってなその時に教えてもらったんだ。この薬草には怪我や病気に治る薬草がたくさんある。それを使え!遠慮はいらない!そう言われたんじゃ...なんで育てているのかは聞けなかった。怪我が治ると彼は安心したように笑ったのじゃ。その時に私にこの薬草畑は育てている事と以前住んでいた異形たちに教わったと言われたんじゃ...」

 「そうなんだ...知らなかった。この薬草畑のことも...以前住んでいる異形たちのことも...なんでこの薬草畑をフジニアは育てているんだろう?それに...以前住んでいたっていう異形の人たちは一体どこに行ったのだろう?今...彼らは何をしているのだろう...」

 「それは彼にのみが知ることじゃ...」


薬草畑の前で座り込んだきさらぎは小悪魔の異形を見上げて言った。


 「ねえ...私...フジニアのこと...何も知らないんだね...」

 「きさらぎ...」


薬草畑に冷たい風が吹いた。まるで今のきさらぎの心を表しているように感じるそんな冷たい風だった。きさらぎは俯きながら言った。


 「私はフジニアのことは何も知らない...何も知らない...」

 「きさらぎ...!!」


きさらぎの異変に気付いた小悪魔の異形はしゃがみ込んできさらぎを見るときさらぎは震えて泣いていた。


 「私は...何も...何も知らない!フジニアのこともフジニアの過去のことも何も知らない!何も知らないから...何もできない...」

 「きさらき...そうじゃな」


小悪魔の異形は泣き叫ぶきさらきの背中を摩りつづけた。


 「私...悔しいよ...悲しいよ。今日だってフジニアが異形風邪をひいたことだってフジニアが倒れてやっと気づいたんだ。それまでずっと一緒にいたのに体調が悪いことにも気づかなかった。私がもっとフジニアのことを知っていれば...フジニアを助けられたのに...風邪が引いてもこんなにひどくなることもなかったかもしれないのに...私は何も知れないからフジニアのことを助けてあげられない!傍で支えてあげることも出来ない!私は...何もできない」


そう言ったきさらぎの目から大量の涙が零れ落ちる。小悪魔の異形は一息つくときさらぎの肩に手をかけると優しく語り始めた。


 「それは違うよ。きさらぎ...お前さんは自分は何もできないと言うがそんなことない。お前さんは気づいていないかもしれないが彼の役に力になっているんだよ。今はまだ分からないかもしれないが彼はきさらぎに救われているんだよ」

 「私がフジニアの力になってるの...?」

 「そうじゃよ。君のおかげで彼は変われたんだ」


と小悪魔の異形が言うときさらぎは驚いた。そんなきさらぎの心を表すように先ほどとは違い激しい風が吹き荒れた。きさらぎは信じられない物を見るかのような表情をする。


 「信じられないって顔じゃな、きさらぎ」

 「だってフジニアがそんなこと...」

 「まあ彼は自分からは言わん主義じゃからな。でも彼は君に感謝していたよ。安心していいんだ」


と言いきさらぎの頭を優しく撫でた小悪魔の異形はフジニアがきさらぎについて話していたことを思いだした。


**

 (会話のみ)

 「お前さん、何かいいことでもあったのかい?」

 「何故そう思うんだ?」

 「最近のお前さんも見たら分かるさ。最近のお前はなんか活き活きしている。楽しいって顔だ」

 「そんな顔してるか?」

 「している。お前さんは変わったな。お前さんがそうなったのはあの人の子が来てからかのう」

 「人の子?きさらぎのことか?」

 「そう、その人の子じゃ。お前さんは人のこと出会って変わったのう。前はあんなに人間のことを憎んでいたのにあの人の子は違うのかい?あの人の子は食わんのかい?」

 「...別に人間を恨む気持ちは変わらない。ただきさらぎが食べる対称じゃないだけだ。きさらぎは他の人間とは違う」

 「どう違うんじゃ?彼女も同じお前さんが恨む人間じゃよ。人間は醜く嘘をつく生き物じゃ。長く生きたお前さんならこの意味が分かるじゃろう?」

 「分かってる。人間は醜く残虐な生き物だ。それは俺が一番わかってる。ただ...「ただなんじゃ?」信じてみたいんだ。きさらぎのことを...初めは喰らうつもりで話しかけた。でも...そんな俺を悪魔の俺の怖がらずに一緒に居てくれた。食べようとしていた俺に礼を”ありがとう”って言ったんだ。初めて人間に言われて俺は戸惑った。こいつは俺に嘘をついているんじゃないかと疑った。そんなことなかったけどな。あれほど恨んでいたはずの人間に出会って名前を貰った。今考えるとおかしな話だよな。笑ってくれ...」

 「お前さんのことを笑うやつはいないさ」

 「まだ心の整理がつかない。でも...俺、今はきさらぎと一緒にいたい。きさらぎと一緒にいたら不思議と楽しいんだ。きさらぎといると毎日知らない発見や刺激を受けて面白い。きさらぎといる時は嫌なことも人間に対する恨みも忘れられる」

 「そうかい。お前さんにとってあの人の子が大切な存在であることは分かった。お前さんはあの子に救われたんじゃな」

「ああ...俺はきさらぎのおかげで変われた気がする。俺はきっと...きさらぎに救われたんだな。でも...いつかはきさらぎは大人になってこの森を離れるだろう。その時まで...傍に居たいんだ」

 「その時までか..」

 「そうなったら一緒に見送ってくれよ」

 「分かったわい。あの人の子は私から見たら孫みたいなものじゃからな」

 「孫っておい...」

 「さーてそろそろあの人の子が来る頃じゃろう。私はひと眠りするかのう」

 「なあ!」

 「うん?なんじゃ?」

 「その..ありがとうな」

 「礼には及ばんよ。お前さんには感謝している。お前さんには返しきれない恩があるからな」

**


 小悪魔の異形はきさらぎにそう言うと立ち上がる。


 「さて、彼のために薬草探し頑張ろうかのう」

 「そうだねおじいちゃん。私頑張る!」


と意気込んだきさらぎだったがあることに気づいた。この薬草畑はたくさんの薬草が生えていてどれが異形風邪に効く薬草なのか見分けがつかない。


 「ところで一つ聞いてもいい?」

 「いいぞきさらぎ」

 「どれが異形風邪に効く薬草んなのかな?」

 「...私も分からん」

 「うそーーーーー!」

 「まあ、ここは気合で何とかしよう!」

 「えええええええええ!」


きさらぎと小悪魔の異形は探すもなかなか見つからない。


 「ど、どうしよう...見つからない」

 「なんとかいけると思ったんじゃけどな...」

 「もうこんな時間...」


きさらぎが空を見ると夕日が登っていた。今すぐ帰らなくては暗くなってしまう。


 「もう夕日が登っている。きさらぎ、後のことは私に任せて帰りなさい」

 「でも!フジニアが!」

 「気持ちは分かる。このままだと完全に帰るのが遅くなってしまうぞ。ここは任せてきさらぎは帰りなさ「嫌だ...嫌だ!」きさらぎ、いいから帰りなさい」

 「このまま帰ってもフジニアはどうなるの?異形風邪は治るの?薬草は見つけられるの?暗くなったら探すのも難しくなる。だったら最後まで私はフジニアと一緒に居たい...私はフジニアを助けたい!」

 「きさらぎ...しかし...」


その時だった。森中にいる異形たちがやってきて薬草を探し始めた。


 「俺たちも手伝うぜ」

 「え...いいの?」

 「お前さんたち手伝ってくれるのかい?お前さんたちはあれほど人間が嫌いだと「今はそんなこと言ってられないだろ。みんなで協力する。だろ?」...そうじゃな」


異形たちはきさらぎに向き合うと頭を下げて謝った。


 「悪い..あの時お前は俺たちに助けを求めたのに俺たちは人間だからと決めつけて助けなかった。でも...お前の必死な姿を見て人間だからと思っていた自分が愚かな奴だってことに気づかされた。だから手伝う」

 「ありがとう!」

 「礼なら見つけた時でいい。探すぞ!」


と森に住む異形が言うとその場にいた皆が団結して声を上げた。辺りがすっかり暗くなったものの異形の力でその場が明るくなった。感心したきさらぎと二匹の異形は思わず拍手した。


 「「「おお~すごーい」」」

 「ねえねえマジック?」

 「マジック?」

 「凄い。異形ってこんなことが出来るんだ」

 「なあ!凄いだろう」

 「本当だ!凄い凄い!」


きさらぎに褒められた異形は自慢げに嬉しそうに言う。そんなきさらぎたちに小悪魔の異形は思わずつっこんだ。


 「感心して喜んでいる所悪いがお前さんたち...薬草を探すことを忘れてないか?」

 「「「「あっ...!」」」」

 「やっぱりか...探すぞお前さんたち」

 「「「「はい...」」」」


小悪魔の異形に言われて気づいたきさらぎたちはそろってそう言うと薬草を探し始めた。しかし何時間たってもなかなか見つからない。異形たちが困り果てる中小悪魔の異形は一人手を合わせて呟いていた。


 「おじいちゃん、一体何をしてるの?」

 「きさらぎかい?これはねえ、薬草たちに祈っていたのさ」

 「薬草に祈る?」

 「そうさ、きさらぎは知っているかい?薬草にも心があるんだ。信じる心を持った者..異形や人間は関係なくね」

 「薬草にも心が...信じる心を持つ...」


きさらぎは小悪魔の異形の言葉に耳を傾けて自分の両手や薬草を見た。小悪魔の異形の言葉が本当ならこの薬草たちにも心があるという事だ。森に住む異形たちは信じず馬鹿にしたがきさらぎは信じてみることにした。


 「ほんとかよきさらぎ。薬草に心があると思うのかよ?」

 「心があると思うよ。私にもあるように皆にも心があるんだもん。きっとこの薬草たちにも心があるよ!」

 「でもよ~」

 「お前さんたちは黙っとれ!きさらぎはお前さんらと違って優しい子じゃからのー。年寄りの知恵を信じないお前さんらには一生分からんよ」


と言われた森に住む異形たちは怒ったが小悪魔の異形は無視をしてきさらぎに続けて話す。


 「いいかい?きさらぎ。この世界の全てのものに心はあるんだよ。この森に自然や大地や風にも心があるんだ。これらは祈ることで心を通わすことが出来るんだ。優しい心を持った者が祈れば彼らもきっと答えてくれる。きさらぎ...お前さんのように心優しい子が祈れば薬草と心を通じ合えるはずだ」

 「心を通わせる...私やってみるよ!」


と言ったきさらぎはその場で跪いて両手で祈った。きさらぎは心の中で祈る。


 (私は人間のきさらぎと言います。勝手に薬草畑に来たことを許してください。私は大切な異形のフジニアが異形風邪になってしまい彼に効く薬草を探しています。お願いです。私に薬草を分けてください。私はフジニアを助けたいんです。どうか...お願いします)


 きさらぎは目を閉じ祈る。きさらぎが祈っていた時に辺りに静かな風が吹いた。すると異形たちの力が解かれ辺りは暗くなる。突然の出来事に驚きの声をあげる。小悪魔の異形もまさかの事態に驚ききさらぎに声を掛けようとした時だった。きさらぎの周りが光り輝くときさらぎの祈りに応えるように優しい風が吹いた。すると光は消えてきさらぎは目を開けた。


 「え?何で暗くなってるの!みんなどこ?一体何があったの?」

ときさらぎは驚きの声を上げる。きさらぎの声に気づいた異形は先ほどの力を使い周囲はまた明るくなった。

 「みんなここにいたんだ。もう冗談で暗くしたらダメだよー」


ときさらぎは笑って言うが異形たちは先ほど起きた光景に驚き言葉を発することが出来なかった。きさらぎは彼らに話しかけようとした時、遠くの方から薬草がきさらぎの元にやってきた。


 「薬草が...」


きさらぎは戸惑いながら薬草を掴んだ。きさらぎが掴むと薬草は光を失う。どうしたらよいのかきさらぎは分からず小悪魔の異形を見た。


 「これ...いいのかな?」


ときさらぎは聞くと返事をするかのように森の木々が揺れた。


 「森の木々が揺れている。きさらぎと心を通わせたおかげだな。森や薬草はお前さんに心を許したようだ。彼らはきさらぎに使って欲しいようだ」


小悪魔の異形の言葉を聞いたきさらぎは感激した。


 「私に...ありがとう!」


ときさらぎは言うと薬草にお時期をして感謝した。そのきさらぎに答えるように優しい風が吹いた。


 「これでフジニアを助けることが出来るね。時間がかかったけど皆も協力してくれてありがとう!」


ときさらぎは異形たちに言うと小悪魔の異形は答えるよう言った。


 「いやいや..我らは当たり前のことをしただけじゃ。早く彼の元へいってあげよう。フジニアが待ってる」

 「うん!そうだね。薬草さん、ありがとう」


ときさらぎは薬草畑に言う。きさらぎの言葉を聞いた森に住み異形たちは薬草畑を後にした。きさらぎも立ち去る時にきさらぎの頭を優しく風が撫で声が聞こえた気がした。


 『ありがとう...人の子...きさらぎ...彼を...フジニアを頼みますよ...』


突然立ち止ったきさらぎに小悪魔の異形は不思議に思い声を掛けた。


 「きさらぎ?どうしたんだい。何があったのかい?」

 「今...声が...いや、何でもないや行こう!」

 「そうじゃな」


小悪魔の異形は歩き出しきさらぎは振り返る。一瞬だが知らない異形たちがお辞儀をしたように見えた。


 「...こちらそこありがとう。フジニアのこと...任せてください」


ときさらぎは小さな声で呟いた。


 きさらぎはすぐに戻ると本を見ながら薬草を作り寝床で眠るフジニアに飲ませた。フジニアは意識はないものの顔色は良くなりきさらぎも一息ついた。


 「これでフジニアも大丈夫そうだね...良かった」

 「そうじゃのう。これで一安心じゃな..きさらぎ!」


と皆は言い喜んだ。きさらぎも喜んだが緊張の糸が解けたのかその場で倒れこんだ。急に倒れこんだきさらぎを小悪魔の異形が支えた。


 「あぶなかった...」


と小悪魔の異形が一息つきと森に住む異形たちは心配そうにきさらぎを見る。


 「どうしたのきさらぎ!大丈夫なのか?」

 「大丈夫じゃ。きさらぎは緊張の糸が解けただけじゃ。疲れて眠っているだけじゃよ。今はそっと寝かせてあげようじゃないか。きさらぎも頑張ったわけだし家に帰っていない問題は多々あるが今はいいだろう。我らも今は休もうか」


小悪魔の異形はきさらぎの容態を確認すると森に住む異形たちを安心させるように優しく言った。森に住む異形たちはきさらぎが心配だったが小悪魔の異形に言われた通り休むことにした。きさらぎをフジニアに寝かせた後小悪魔の異形も休むため寝床に行こうとする。ふと、きさらぎを見ると森に住む異形たちはきさらぎの傍で眠っていた。


 「きさらぎは人の子じゃがいい子じゃな。彼が心を許すのが分かる気がする。森に住む異形たちもきさらぎに懐いたか。眠る姿が可愛いのう。私も休もうか。よく休むのじゃよお前さんたち...」


眠るきさらぎたちを見た小悪魔の異形はそう言うと自身も眠りについた。


 翌日の早朝。目を覚ましたフジニアは傍で眠るきさらぎたちに驚いた。


 「ああーよく寝た...うわ!え、ええ?きさらぎ何でここに?それに異形たちもなんでここで寝てるんだ!」


と驚きの声を上げる。困惑したフジニアに小悪魔の異形がやってきた。


 「おや?起きたのかい。様子を見に来たんだ。どうやらその様子だと異形風邪は治ったようじゃな。安心したよ」

 「ああ、おかげさまでな。で、なんできさらぎたちがここに?いつの間に仲良くなったんだ?」

 「昨日のことじゃ。お前さんが異形風邪をひいて倒れた後きさらぎがお前さんの本を使って薬草を探したんじゃよ。その時に我らが協力してな。それもあって仲良くなったんじゃよ」

 「そうだったのか...魘されていたから全然気づかなかった。悪いことをしたな」

 「礼ならきさらぎに言っておくれ。あの子のおかげじゃよ。あの子がお前さんを助けようとしたおかげじゃな。森に住む異形たちが心を動かされたんじゃ。きさらぎと言ったかのう?あの子は不思議な子じゃな。心を力を持っているようじゃな。とにかくあの子のおかげでお前さんは元気になったんじゃ。それを忘れてはならんぞ」

 「分かったよ。色々ありがとな」

 「礼には及ばんよ。私は大切なフジニアを助けたいだそうだ」


フジニアは礼を言うと小悪魔の異形は去り際にそう言った。フジニアは眠るきさらぎの傍に行く。きさらぎは眠りながら寝言を言っている。


 「ううん...フジニア...フジニア...」

 「寝言でも言ってる。ありがとなきさらぎ」


寝言を言いながら眠っているきさらぎの頭を優しく撫でた。眠る様子を見ていたフジニアは眠たくなりきさらぎを抱きしめて眠りについた。その後目を覚ましたきさらぎと異形たちの声で起こされ、元気になり抱き着かれるまで後数秒...

**


 「そんなこともあったな...懐かしい」

 「あの出来事があるから今がある。我らはきさらぎも含めてお前さんの見方じゃ。それを忘れてはならん。もう一度言うが我らは何も知らない。しかし、分かち合うことはできる。今のように話すことで楽になれるのじゃ。それを忘れてはならんぞ」

 「そうかもしれないな...ありがとう考えてみる。俺もいい加減前に進んだ方がいいかもしれないな。それよりも今はやるべきことが残ってる。それを終わらせたらきさらぎに話すよ」


とフジニアは言うと森の中を歩き出した。


 フジニアが向かった先は彼らの石碑がある場所へ向かった。そこには先客がいた。先客は管理人だった。管理人は前よりもやつれているように見えた。


 「久しぶりだな管理人。なんか元気ないぞ?前よりやつれてるな」

 「ここ最近仕事に追われていたからな...」

 「そっか...きさらぎも心配してたんだぞ。今日も管理人が来ないって」

 「それは悪いことをしました。きさらぎには謝らないとですね...あのあなたたちの処分についてです」

 「処分か...あれから一カ月たったもんな。いいぜどんな処分でも受け入れるつもりだ」

 「......」

 「なんて顔してるんだよ。お前さんは...」


フジニアは思わずそう言って笑った。管理人はとても苦しそうで悲しい顔をしていた。管理人は泣きそうな顔でフジニアに告げた。


 「報告します。あなたたちの処分は......」


2_15(レコード:15夢の中で)

 管理人はフジニアに自身ときさらぎの処分について告げた。


 「あなたときさらぎさんの処分について話します。あなたときさらぎさんは...不問になりました」

 「そうかそうか...不問か分かったよ...ってえ?不問っていた?」

 「いいましたけど何か?」

 「だって重い処分じゃないの?」

 「してほしいんですか?重い処分に」

 「いや...いいです。不問でお願いします」

 「ではそのように上に報告します」


と管理人は言う。フジニアは重い処分を下されると身構えていたのでまさかの結果に拍子抜けた。フジニアが信じられないという表情を浮かべる。管理人は一息ついてからことを説明した。


 「もともとあなたときさらぎさんの処分は不問にするつもりでした。それに..「そうなの!それは知らなかった」あの...続けていいですか?色々とあなたに説明したいのですけど...「あ、はい。お願いします」では...説明しますね」

 「規定によればあなた方は処罰の対象でしょう。フジニアは悪魔としての異形を剥奪され自身の翼を引き剥がされ死神に転生します。対するきさらぎさんは処刑されます。異形の中でも悪魔と関わったことで地獄行です。この観察機関はあなたがきさらぎさんを利用しているか、またはその魂を喰らおうとしているかを見定めること。きさらぎの場合はあなたと契約して魂を売っていないか見定める事でした。しかし、お二人ともその危険性は見られず対等に接していると判断しました。その点あなたはきさらぎを襲う危険性はありませんからその点でも..不問にしました」


と言う管理人にフジニアは待ったの声を上げる。どうしたのかとフジニアを管理人は見た。フジニアは一度何かを考えてから言う。


 「それって本当に大丈夫なのか?どうあれ規定では俺たちは処分対象だぞ。見定めるってことで一カ月の期間をくれたかもしれないがお前はいいのか?そんなことをしたらお前も処分の対象に...」


フジニアは不安そうに管理人を見る。いくら不問と言っても規則は規則。規定通りであれば二人は処分される。それを管理人は分かっているはずなのだ。見透かしたように管理人は一息ついた。


 「そうですね。規定では処分です。本来ならこの場で処分でしょう」

 「なら...なんで不問なんかにしたんだ。あの時にあの石碑を見たから「違います。断じて違う。あなたに同情して不問にしたのではありません」だったらどうして不問にしたんだ?」

 「あなた達のことを好きになったからですよ」

 「俺たちのことを好きになった?」


思わず答えを言われたフジニアは首を傾げた。目が丸くなり固まるフジニアの思わず管理人は吹き出し笑いが止まらず溢れた涙を拭った。


 「すみません。そんなに驚きと思ってなくて...ぷふっ...あははははは!可笑しいー」

 「おーい。そんなに笑うなよ」

 「いやーリアクションが面白くてつい笑ってしまいました。でも...好きになったのは本当ですよ。初めは興味と好奇心でした。悪魔と人間が仲良く暮らしているなんて今までない事態ですから。でも、あなた方を知っていく内に好きになって処分したくないと思いました。ここは凄く居心地がよくてあなた方といると楽しくて嫌なことも頑張れる気がするんです。あなた方には助けられいますからせめて自分が出来ることをしたまでです。安心してください。私の抱えている仕事は他にもたくさんありますからただの噂だったと報告するだけですから」


と管理人は言った。フジニアは管理人の話しを聞き笑みを浮かべて礼を言う。


 「そうか...それは助かる。ありがとうな管理人」

 「いえいえ。こちらこそですよ。それにあなたがたが処分されたらきさらぎのクッキーを食べれなくなりますし、あなたをいじれなくなりますからね」

 「やっぱそっちが本命なんだろ!」

 「分かりますかー」


とふざける管理人にフジニアはツッコミを入れる。


 「分かるわ!まあなんだ...その...管理人が帰って来てくれて良かったよ」


とフジニアに言われた管理人は一瞬驚いた後真顔になって言う。


 「はい、遅くなりました。たたいま」

 「お帰り管理人」


と互いに言う。顔を見合わせた二人は笑い合った。


 きさらぎが森にやってきて管理人を見ると喜び飛びついた。


 「きさらぎさん、遅くなりました。ただいま戻りました」

 「ああ...帰ってきたの?管理人さん!」

 「うわ!急に飛びついたら危ないですよ。きさらぎさん」

 「ごめんなさい。でも良かったよー管理人さんが帰ってきた!」

 「心配かけてすみませんね。もう大丈夫ですよ」

 「うわあああん!管理人さん!」

 「泣かないできさらぎさん。あの首が締まる!あああの、助けてください」


と言いフジニアに助けを求めるがフジニアは顔を反らす。


 「ずっと帰らなかった罰だよ。きさらぎは凄い心配してたんだからな。そのくらい我慢しろー」

 「待って!ほんとにやばい!きさらぎさーん!」


飛びついたきさらぎは嬉しいあまり抱きしめているので管理人の言葉を聞いていなかった。管理人がダウンしそうになりフジニアが止むなく止めた。


 「ごめんなさい!管理人さん。嬉しくてつい...」

 「い、いいんですよ...私も会えてうれしいですから...」


とフラフラになりながら言い倒れた。


 「管理人さあああああああん!」


と倒れた管理人にきさらぎは叫び声をあげた。こうしてフジニアときさらぎは不問になり共に過ごすことが出来た。


 翌日になり仕事を終えた管理人は森にやってきた。


 「おはようございます!皆さん」

 「おはようございます。きさらぎさん。皆さんも元気そうで何よりです」

 「おおー相変わらず早いな」


と欠伸をしながらフジニアは言う。髪はぼさぼさでいかにも寝起きだった。だらしのない姿に呆れた管理人だったがいつも通りの姿に安心した。


 「全く...でも安心しました。あなたがいつも通りで」

 「あん?いつも通りって何だ?」

 「いえ、何でもないですよ!」

 「そうか。とにかく来たからゆっくりしてこいよ」


とフジニアは言うと顔を洗いに行った。


 「フジニアね、あんな感じだけど管理人さんの事をとても心配してたんだよ。だからフジニアも安心したんじゃないかな」


ときさらぎは言った。


 「そうですか...それはご心配をおかけしました。安心していただけたのなら良かったです。そうだ!きさらぎさん。あなたにお礼がしたいんです」

 「お、お礼?いいんですよ、そんなの!」

 「いえ、これは僕の気持ちです。きさらぎさんに受け取って欲しいんです。お願いします」


と管理人はきさらぎの両手を掴んで言う。


 「え...あの...管理人さんが言うならお願いします」


きさらぎは驚き戸惑いながら返事をした。すると森の奥から何かが走ってきた。


 「こおおらああああああああああああああ!」

 「「え?何/なんだ」」


と二人で身構えているとそれは姿を現した。


 「フジニア!」


こちらに向かって走ってきたのはフジニアだった。フジニアは真っ赤な顔をしてきさらぎと管理人の間に入る。


 「ったく!なんやってんだよ!」


と叫びながら二人の手を引き離した。


 「え?お礼がしたいから手を繋いだだけだよ」

 「どうしたのフジニア?」

 「な、なんでもない!」


と怒ってフジニアは頬を膨らませて言った。なせフジニアが怒ったのか分からない二人は困惑しフジニアは顔を反らした。訳が分からない二人はフジニアに話しかけるがフジニアの機嫌は悪く通りかかった小悪魔の異形に助け舟を出した。


 「お前さん...可愛い奴じゃのう」

 「っ!!うるさい」


とフジニアは言った。なぜフジニアが怒った理由が分からない二人はフジニアにしつこく話しかけフジニアが二人から逃げる追いかけっこが始まった。


 「きさらぎの手を繋いだことで怒るなんて可愛い所があるんじゃのう」

と三人を見ていた小悪魔の異形はそう呟いた。


 走り回ったフジニアたちは走り疲れてその場で座り込んだ。きさらぎは座り、管理人とフジニアは大の字に寝転び息を整え始めた。


 「はあはあ...疲れました...」

 「ったく...疲れた...はあはあ...」

 「こんなに走ったのは久しぶりかも...流石に疲れたね...」

 「ほんとだよ全く...お前らが追いかけるからだぞ...」

 「そういう君だって逃げるからだぞ」

 「うっせえ...」


と三人が口々に言うと顔を見合わせて笑い出した。散々笑った三人はなぜ走り回っていたのかを忘れた。


 「ああー可笑しい。こんなに笑ったのも久しぶりだ」

 「「そうですね/そうだね!」」


と管理人ときさらぎも続けて言う。フジニアが二人の顔を見ると二人が死んだ小悪魔や堕天使の顔が浮かび咄嗟に下を向いた。管理人は気づかなかったがきさらぎはその異変に気付き声を掛けようとしたがそれを遮る様にフジニアが二人に聞いた。


 「フジニ...「なあ少しいいか?」なにフジニア?」

 「どうしたのですか?」

 「あの時...なんで...二人は手を繋いでたんだよ!」



とフジニアは顔を上げて言った。顔はリンゴのように赤くなり今にも煙が出そうな状態だった。管理人ときさらぎは重要なことを言われるのかと身構えていたら思いもしないことを言われた。二人は思わず拍子抜けた声が出て互いに顔を見合わせた。


 「「え?」」

 「今なんて...」

 「だから...二人はなんで手を繋いでいたんだって聞いたんだよ!」

 「それだけ?」

 「はあ!それだけって何だよ。重要な事だろうが!」

 「なんか...もっとこう...なんて言うか...」

 「私も管理人さんももっと重要なことを聞かれるのかと思ってから...表紙抜けたっていうか...」

 「重要な事だろ!」

 「「そうかな?/そうか?」」


 と首をかしげる二人に思わずため息が出る。二人に呆れたフジニアはもう一度聞くと管理人が訳を話した。


 「成程な...それできさらぎに礼って何するんだ?」

 「それをきさらぎさんに決めてもらおうと思ったんですよ」

 「なら、きさらぎは何がいいんだ?」

 「私は...」

 「急に振られても思いつきませんよね。これがいいと思った時に私に話していただければよいですからね」

 「分かりました!」


と元気よくきさらぎは言った。管理人も頷いた後に今度はフジニアに聞いた。


 「ところでなぜ私ときさらぎさんの事を聞いたのですか?手など誰でも繋ぐでしょう?」

 「ぐっ!それは...ただ...「ただ?なんですか」ああああ!ただ気になったからだよ。深い意味は無い」

 「深い意味とは?」

 「......」

 「無視ですか?あのー聞いてます」


管理人はフジニアにしつこく質問しフジニアは顔を反らす。反らしたフジニアの方を管理人が向き反らしだす。冷汗がでてきたフジニアは誤魔化した。フジニアの誤魔化しはきさらぎには効いたものの管理人には全く効果がなかった。じーと見られたフジニアはきさらぎに話を降った。


 「とにかく!管理人が戻ってきてよかったな」

 「うん!」

 「なんか...誤魔化してませんか?」

 「そ、そんなことないぞ」

 「そうですかー怪しい...」

 「そ、そうだきさらぎ!く、クッキーあるか?」

 「クッキー?あるよ。久しぶりにそうしよう!」

 「そ、そうだなー管理人も食おうぜ...」

 「なんか誤魔化された気がしますがいいでしょう。私もきさらぎさんのクッキーが好きなのでいただきます」


と言うときさらぎからクッキーを貰い食べた。食べている時も管理人はフジニアにその話を振り、フジニアは顔を反らして誤魔化した。


 「そう言えばさっきの...」

 「ああークッキー美味しいなー」

 「きさらぎさんと私の...」

 「きさらぎ!お代わりくれ!」

 「......」


そのやりとりはしばらく続いた。


 その日の夜、きさらぎは珍しく森に留まっていた。フジニアは眠る用意をするため森の奥に行っておりきさらぎは一人で岩に座って星を見上げていた。


 「綺麗ーーーー!」


ときさらぎは言う。仕事を終えた管理人もきさらぎのもとにやってきた。


 「本当に綺麗ですね」

 「うん!本当に綺麗」

 「そうですね。こうしてずっと見ていられますね」


と管理人は星を見て言った。その日の夜は空に綺麗な星々が輝く日できさらぎから皆に声を掛けた。


 「今日の夜は空に星が綺麗に輝く日なの。もし、よかったら皆で星を見てお泊りしたいなーって...どうかな?」


ときさらぎに言われた異形たちは驚き目が丸くなった。


 「「「お泊りって何?」」」

 「え?だから...」


説明に困ったきさらぎに管理人がフォローを入れる。


 「そんなことも知らないんですか?あなたたちは」

 「そう言う管理人はどうなんだよ?」

 「私はもちろん知っています。だいたいお泊りくらい知らないんですか?何年異形やってるんです」

 「異形は関係ないだろ。悪かったなー1000年以上異形やってて知らなくて」

 「本当ですよ!」

 「おい!そこまで言うなよ」

 「あなたが乗ってきたのでしょう?いいですかお泊りと言うのはですね...」



と茶々を入れながら管理人は説明するとフジニアを含めた異形たちは頷いた。


 「成程なーいいぜお泊り!しようぜ皆」

 「私は構わないがお前さんたちはどうかのう?」

 「俺たちも大丈夫だ!」

 「っとなると残りは...」


フジニアがそう言うと一斉に管理人を見た。一斉に見られた管理人は驚いて肩がビクついたがすぐに言った。


 「な、なんで皆さん私を見るんですか!」

 「ところで管理人はお泊りするよなー?」

 「当たり前ですよ!私はお泊り好きですし、貴方たちにお泊りの極意を教えてあげますよ!」

 「そうかよーなら教えてもらおうか」

 「ええ、楽しみにしていてくださいね!」


と二人は喧嘩腰に言う。きさらぎはお泊りの極意が分からず小悪魔の異形に聞いた。


 「ねえ?おじいちゃん」

 「なんだい?きさらぎ」

 「お泊りの極意ってなあに?」

 「お泊りの極意...それは...眠ることじゃ」

 「...そうなんだ」

 「そうじゃ...」


と説明を聞いた時に一瞬だが寒い風が吹いた気がした。きさらぎたちはフジニアと管理人を見ると二人はまだ言い合いをしていた。話が進まないので小悪魔の異形が声を掛けた。結果その日の夜に皆で星を見て泊まることになり管理人は一度戻り仕事を終わらせるため森を出たのだ。


 「ずいぶん早かったんですね、管理人さん」

 「そうでしょうか?いつも通り仕事をしたまでですよ。これお土産です」


と言って取り出したのは布団や毛布だった。


 「いいんですか、これ?」

 「はい。せっかく泊まるんですから形から入らないとでしょう?」

 「さすがお泊りの極意ですね」

 「あはは...それは忘れてください。彼もそうですが、きさらぎさんの布団や毛布はここには無いでしょう。今は夜は肌寒くなりますから風邪をひいたら大変です。ですからちょうどよいかと思いまして。この森で昼寝をしたい時にも使えますしね!」


と管理人は言うと使い方を説明した。普段はリストバンドのようになっており投げると布団や毛布が出てくる仕組みだ。畳むとリストバンドに戻るようだ。きさらぎは貰ったリストバンドを投げて布団や毛布をひいた。布団や毛布は大きさが自動で変わるようで、巨大な布団が現れた。


 「どうですか?寝心地は」

 「ふかふかで温かくて気持ちいいです!」

 「それは良かったです。これからいつでも使ってくださいね」

 「ありがとうございます」

 「いえいえ。そろそろ彼が来る頃ですね。それにしても...星はいつ見ても綺麗ですね」


と管理人は見上げて言った。フジニアは石碑のあるあの場所に来ていた。空を見上げながら言う。


 「綺麗だ...こんな綺麗な星々を見たのは何年ぶり何だろう。初めてなのかもしれないな...できる事なら皆とも見たかった。でも...きさらぎたちとも見たいと思った」


フジニアは空に手を伸ばす。しかしその手が星を掴むことは無く虚空を掴む。フジニアはため息をつき苦笑いをした後にその手を下した。しばらく下を向いたフジニアは顔を上げた。


 「皆も少しずつ前に進んでる。きさらぎも管理人も...なら俺も前に進まないといけないな。俺決めたよ。このお泊りが終わったらきさらぎに全てを話すことにする。今まで人間は嫌いで憎い存在でしかなかった。でも...きさらぎと出会えて変わった。確かに嫌いで憎いのは変わらないけどいい人間もいるって分かった。きさらぎになら話せる。この森のことを、皆のことを、俺の過去をきさらぎなら...信じられる。だから見ててくれ...皆」


フジニアは石碑に向ってそういうと再び顔を星を見た。


 「星が...綺麗だな...」


そういうとフジニアはきさらぎの元へ向かった。すると既に異形たちが集まっていた。フジニアに気づいたきさらぎは手を振った。フジニアも振り替えす。


 「あ、おーい!フジニア!こっちこっち!」

 「悪いな待たせて」

 「本当ですよ全く!三分遅刻です」

 「それは悪かったな...」

 「冗談です。皆さん今来たところですよ」

 「それはよかった。もう始めるのか?」

 「まだだよ。今からだよフジニア!見て流れ星!」


きさらぎはそう言いながら空を指さした。空にはきれいな流れ星が流れた。


 「綺麗!」

 「星も綺麗ですけど流れ星も綺麗ですね」

 「ああ、綺麗だ」


とフジニアたちが流れ星に見とれていると小悪魔の異形が言った。


 「お前さん知っているかい。流れ星が流れる時に願い事を言うと叶うそうじゃ」


小悪魔の異形の話を聞いたきさらぎたちは興奮し盛り上がった。


 「ほんとうなの?おじいちゃん」

 「そうじゃよ」

 「すごいなそれ!」

 「俺願い事しよう!」

 「願い事しようぜきさらぎ」

 「そうだね、フジニア」


と楽しそうに話しているきさらぎたちを見た管理人は小悪魔の異形にだけ聞こえる声で話した。


 「いいんですか、本当のことを言わなくて。流れ星は星じゃなくて..」

 「まあ良いではないか。夢を壊さなくても。それに叶うかもしれないじゃろう?」

 「それもそうですね。たまには私も頭を固くせず楽しみます」

 「それがよいのう」

 「流れ星に願い事をしますか」

 「うむ」


小悪魔の異形の異形は頷きフジニアたちと混じり願い事をした。


 「お前さんたちは何の願い事をしたんじゃ?」

 「肉肉肉肉!」

 「背が伸びますように!」

 「寝たい寝たい!」

 「なんか...個性的じゃのう」

 「そ、そうですね。肉って...まあ願い事はそれぞれ自由ですから」


森に住む異形たちの願い事を聞いた小悪魔の異形と管理人は苦笑いをしながら言う。管理人はフジニアときさらぎが気になり二人の方を見た。二人は真剣になのかを祈っていた。二人が何を祈ったのか興味がある管理人は二人に話しかけた。


 「ずいぶん真剣に祈っていましたけど二人は何を願ったんですか?」

 「「え?」」

 「ええっと...」

 「言わなきゃダメか?」

 「そう言うわけではないですが気になって...あまりにも真剣だったので」

 「これって願い事をいったほうがいいですか?」


ときさらぎが聞いた時に小悪魔の異形は答えた。


 「いや、言わない方がいい。言ってしまえば願い事が叶わなくなってしまうからのう」

 「そうなのか!」

 「そうじゃよ」

 「ごめんなさい、管理人さん。願いことは言ったら叶わなくなっちゃうんで言えなくてすみません」

 「いいんですよ。私こそ聞いてすみません」


と管理人が謝った時に話を聞いた森に住む異形たちは頭を抱えて叫ぶ。


 「そう言うことは早く言ってくれよーーー!」

 「思いっきり言っちまったよ!」

 「くそ!」

 「自業自得ですね。願い事というのは心の中にとどめておくのが相場と決まっているのですよ。言ってしまえば叶わなくなるのは常識です」


と管理人に言われた異形たちはとどめを刺された。


 「そこまで言わなくても...」

 「あははははははは」


異形たちは撃沈し涙を流しながら言い、きさらぎとフジニアはその姿をみて苦笑いをした。やけになった異形たちは管理人を巻き込んではしゃぎだした。


 「あ、ちょっと!こら!」

 「もうやけだ!こうなったらとことんはっちゃけてやる!」

 「楽しそう。ねえフジニア、私たちも混ざろう?」

 「それもそうだな。たまにはいいか」


と言うとフジニアはきさらぎに手を差し伸べた。きさらぎがフジニアを見る。フジニアは微笑みかけた。


 「行こう、きさらぎ」

 「うん。一緒に行こう、フジニア!」


きさらぎもフジニアの手を握り二人は異形たちの中に混じりに行った。フジニアたちは寝るまではしゃいだ。


 さんざん遊んだ異形たちは疲れてしまい用意した布団で先に寝てしまった。


 「まったく...さんざんはしゃいでおいてこのざまかよ。寝るの早えな...」


と呆れながらフジニアは言う。


 「まあまあ...たまにはいいじゃない?異形の皆もはしゃいで疲れちゃったんだよ。でも、寝顔が可愛いね」


ときさらぎも言う。


 「それにしてもこいつら随分場所陣取ってないか?涎まで垂らして寝やがって...」

 「本当ですよ!はあ...疲れました」


管理人はそう言いながらフジニアときさらぎの傍にある岩場に座った。


 「お疲れ様です。管理人さん」

 「そのわりにはお前もはしゃいでただろ?管理人ー」

 「ギクッ!そ、そんなこと...ありました。仕事仕事続きで疲れていましたが...たまにはこうやってはしゃぐのもいいですね」


と管理人は森を見回して微笑んだ。眠る異形たちやフジニアときさらぎを管理人は見た。


 「それはよかったです」

 「でも...どうしてお泊りをしようとしたんですか?」

 「それは...私...」


きさらぎが何かを言いかけた時にフジニアがきさらぎに寄り掛かった。


 「え?フジニア...ど、どうしたの?」


突然寄りかかってきたフジニアに驚いたきさらぎは戸惑う。管理人はフジニアの容態を見るとフジニアは眠っていた。


 「失礼...彼は...寝てますね」

 「え?寝てる?」

 「はい。どうやら疲れて寝てしまったようですね」

 「そうなんだ。良かった」


きさらぎは安心して一息ついた。


 「とにかく彼を寝かせましょうか」


管理人はフジニアを寝かせた。


 「これでいいでしょう」

 「ありがとうございます。管理人さん」

 「いえいえ。彼もほっとしたのかもしれません。彼は立場上常に気を張っていることが多いですから。こうしてゆっくり休められて良かったです」

 「そうですね。安心した顔で眠ってます。でも...目元の隈が酷いなあ...これからフジニアが安心して眠れるようになればいいなあ」


眠るフジニアに布団を掛けたきさらぎは顔を覗いて言った。


 「そうですね。できますよ...きさらぎさんとなら」

 「え?管理人さん...何か言いましたか?」

 「いえ何も...」


管理人はきさらぎに聞こえない声で呟いた。


 「ただ...彼ときさらぎさんには幸せになってほしいだけなんです。彼らは私を救ってくれたのだから」


管理人はきさらぎとフジニアを見て心の中で思った。管理人は懐から時計を取り出し、確認した。


 「いけない。もうこんな時間だ。きさらぎさん、そろそろ寝ましょうか」

 「はい。そうですね...寝ないと」


うとうとし始めたきさらぎは管理人にそう言うと眠る準備を始めた。


 「これで準備できました」

 「私も出来ました。明日は早いですからこれでお開きにしましょう。おやすみなさい、きさらぎさん」

 「お休みなさい。管理人さん」


と互いに言うと管理人は布団に横になり眠った。きさらぎもフジニアの隣で横になった。


 「フジニア...おやすみなさい」


と言うと小さな声でフジニアに名前を呼ばれて顔を向けた。


 「きさらぎ...」

 「フジニア...起こしちゃった?」

 「ううん。今起きたから...でもまだ眠い」

 「私もこれから寝るところだから一緒に寝よう?」

 「うん...きさらぎ..寒い...」

 「寒い?なら私の毛布いる?私の分もかけっきゃあ!フジニア?ど、どうしたの?」


フジニアはきさらぎの腕を掴み引き寄せると抱きしめた。


 「あったかい...これで寝られる...」

 「本当だ...温かい...」


きさらぎはフジニアのぬくもりで心地よくなりいつの間にか眠りついた。


 きさらぎは誰かの夢を見た。その夢の主は辛く一人で泣いていた。きさらぎはただ見ている事しかできず触れられない。


 (どうして...誰も助けてあげないの。どうして彼をそんな目で見るの。彼は何も悪い事なんかしてないのに!こんなのおかしいじゃない!触れられない。声も出ない!彼を助けてあげることができない!どうして、どうして...)


きさらぎがどうにか触れようとした時に夢の主は泣き叫んだ。


 「誰か...助けて!俺は違う!化け物じゃない!なんでそんな目で俺を見るの?なんで酷いことをするの。やめて!」


きさらぎは傷つく様子をただ見ている事しかできずもどかしかった。


 「一人は寂しいよ...」


と言い涙を流す姿を見たきさらぎは夢の主がフジニアと重なった。


 (フジニア...)


きさらぎは泣く夢の主に触れることはできないが抱きしめた。


 (大丈夫...大丈夫だよ。あなたは一人じゃないよ。私がいるよ。それに...あなたを必要としてくれる人や異形がきっといるから...あなたの居場所はきっと見つかるから...あなたを大切に思う人や異形が必ずあなたの前に現れるから。今は声も届かないし触れられないけど私はあなたの傍にずっといるから)


 「ヒクっ...あったかい...」


少年はそう言うと眠ってしまった。


 涙を流しながら眠る少年に触れようとした時、きさらぎは目を覚ました。


 「きさらぎさん、おはようございます」

 「おはようございます。管理人さん」

 「あの、きさらぎさん。なぜで泣いているんですか?」

 「え?泣いてる?本当だ」


きさらぎは顔に手を当てると泣いていることに気が付いた。すると涙があふれて止まらなかった。


 「きさらぎさん!どうしたんですか!何かあったんですか?」

 「ううん。何でもないです。涙が溢れて止まらないだ...悲しい夢を見ました。でも思いだせなくて、ただの夢じゃない気がします。あれは一体何だったんだろう」


額に手を当てるきさらぎに管理人は思いだせる範囲でなんの夢か聞いた。


 「確か...男の子が泣いていた気がするんです。でもそれ以上は思いだせなくて...」

 「異形の男の子...」

 「はい。その子が似ていたんです」

 「誰に似ていたんですか?」

 「フジニアです。一瞬だけフジニアに見えた気がして...」

 「...そうですか」


管理人はその夢がフジニアの過去であることに気づき一瞬暗い顔をして、隠すように下を向いた。下を向いたがきさらぎの言葉で驚いて直ぐに顔を上げて彼女を見る。


 「きっとあれはフジニアだったと思います」

 「なぜ彼だと思うんですか?」

 「断片的であまり覚えていませんが似ていたんです。男の子とフジニアの寝顔が」

 「寝顔ですか?」

 「はい。怖くて不安で寂しいけど少しだけ安心したようなそんな顔でした」


 傍で眠るフジニアを見ながらきさらぎは言った。


 「夢では触れられないけど今なら触れられる。夢の中は声も出ませんでした。もし、夢がフジニアなら私が見たのは昔のこの森に来る前のフジニアです。今と違って一人で苦しんでいました。どうやってこの森に来たのか、今まで何をしてきたのかは分かりません。また夢を見たら言ってあげたいんです。”あなたは一人じゃないって”こと」


管理人はきさらぎの言葉を聞いて安心し、フジニアと出会ったのがきさらぎでよかったと心の中で思った。


 「きさらぎさんは優しいですね」

 「そんなことないです。今の私があるのはフジニアのおかげだから...私が出来ることはしてあげたいんです。でも、フジニアには秘密ですよ」


と言いながらきさらぎは口に手を当てた。管理人も頷いた。


 「そうですね、秘密にしておきましょうか」


と管理人も言った時、フジニアが欠伸をしながら起きた。


 「おはようーよく寝た」

 「おはようございます」

 「おはよう!フジニア」

 「おお、おはようきさらぎ、管理人。どうした二人とも固まって?」

 「いえ、なんでもないですよ」

 「うん。なんでもない」

 「ほんとか?」

 「「なんでもないよ!/なんでもないですよ!」」


と二人が首を振りながら言う。フジニアは寝ぼけていたか気にせず顔を洗いに行った。


 「まさか、あのタイミングで起きるとは」

 「はい、驚きました」

 「彼も起きましたし、私たちも準備しましょうか。さて...寝ている異形たちを起こしましょうか」

 「まさか...あのメガホンで!ま、待って!」

 「なあ?今日のクッキー何?」

 「フジニア!耳塞いで!」

 「耳ってな..」


管理人が懐からメガホンを取り出し、大声で叫んだ。


 「起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 「「「「「え?うわあああああああ」」」」


眠っていた異形はメガホンの音で起きたが気絶し、巻き込まれたフジニアは吹き飛ばされた。


 「どうして...」

 「すみません。大丈夫ですか?」

 「目が回る...」

 「フジニア...どんまい」


異形たちは気絶し、フジニアは目を回した。結局彼らが目を覚ましたのは昼過ぎとなった。


2_16(レコード:16約束)

 管理人がメガホンを使い異形たちを起こそうとしたが運悪くその場にいたフジニアが巻き込まれて気絶してしまった。管理人は吹き飛ばされたフジニアを見つけて介抱した。


 「あの..大丈夫ですか。まさかあのタイミングであなたが来るとは思わず巻き込んでしまいました。その...すみません」

 「いやいいよ。俺も油断してたし...」

 「フジニア...大丈夫?」

 「大丈夫だ、きさらぎ。きさらぎが無事でよかった」

 「すみません。お二人の配慮が足りませんでした。きさらぎさんはイヤホンを付けるのがギリギリでしたし、思いのほか威力も強くて...あなたがきさらぎさんを庇ってくれなかったら、きさらぎさんが吹き飛ばされて怪我をしたか最悪死んでいました。本当にすみませんでした」


と管理人は言い頭を下げた。きさらぎとフジニアはもう終わったことだしこのくらいで済んだから良いと言い顔を上げさせた。


 「本当にすみませんでした」

 「いいですよ、管理人さん。フジニアも怪我はしたけど無事なんですから」

 「そうだ...ぞ」

 「分かりました。本当にすみません」

 「元気出してください!ほら、クッキーです」

 「ありがとうございます...相変わらずきさらぎさんのクッキーはおいしいですね」

 「それは良かったです!」


きさらぎから受け取ったクッキーを食べた管理人。匂いにつられて異形たちも目を覚めて彼らにもクッキーを渡した。その数分後にフジニアも元気になり一緒にクッキーを食べ始めた。


 「なりがともあれ、皆元気になってよかった!」

 「そうですね。久しぶりにやりたくなって使いましたが威力がMAXになっていました。以後気を付けます」

 「「いやいや気を付けるんじゃなくてもうメガホン使うなよ/使わないでくれないかのう」」


と管理人に小悪魔の異形と森に住む異形たちが思わずツッコミを入れた。


 「「あっははははははは...」」


きさらぎとフジニアは苦笑いをした。皆で食べたクッキーはとても美味しくいつの間にか無くなってしまった。


 「ごちそうさまでした」


ときさらぎは手を合わせて言うと異形たちは真似をするように言った。


 「「「「ご馳走さまでした」」」


幼い異形の二匹はなぜ手を合わせるのか分からず首をかしげて異形たちに聞いた。異形たちは訳を知らず一斉にフジニアを見たのでフジニアは説明した。


 「それは...あれだ...言葉だ!」

 「「「「......」」」」

 「それは...違うよフジニア」

 「え?そうなの?」

 「言葉ではなく意味を聞いてるんですよ」


フジニアはダメだったと思った異形たちは一斉管理人は方を向いたので管理人は分かりやすく説明した。


 「...と言うわけです」

 「「「おおおおおお...なるほど!」」」

 「な、分かりやすかっただろ」

 「「「......説明したの管理人じゃ」」」

 「なんか言ったか?」

 「何でもないです」


フジニアは笑っていたがそれは笑みと言うより圧に近かった。フジニアの圧に異形たちは冷汗をしながら小さくそう言った。きさらぎと管理人はため息をつきフジニアの頭に軽くチョップをした。


 「こら、圧を掛けるのをやめなさい」

 「フジニア」

 「冗談だよ冗談!」

 「あなたの冗談は冗談に聞こえないですよ」

 「へーへー!」

 「もうーーーー」


と言った時にきさらぎたちは顔を見合わせると吹き出して笑いだした。


 「ああ...笑った笑った」

 「楽しかったですね。お泊りかい」

 「そうじゃのう」

 「うんうん」

 「そう?よかった。私も楽しかったよ。お泊りかい!」


と嬉しそうに言うきさらぎたち。きさらぎにフジニアは声を掛けた。


 「きさらぎ...」

 「フジニア?」

 「あの...お泊り凄く楽しかった。ありがとな...その...よければまたやろうぜ」

 「うん!またやろうね、お泊りかい!」

 「あ、ああ」


とフジニアは照れくさそうに言った。時刻は昼頃になり一度解散することになった。


 「では私は一度仕事に戻ります」

 「おう!気を付けろよ」

 「私も一回帰らないと」

 「俺も森の巡回しまいとな。きさらぎ、入り口まで送るぞ」

 「ありがとう、フジニア!」


管理人は仕事に戻り、フジニアは森を見回りに行き、きさらぎも一度家に帰ることになった。フジニアが入り口まできさらぎを送った。


 「ついたぞ、きさらぎ」

 「いつもありがとう、フジニア!」

 「おう!気を付けて帰れよきさらぎ」

 「うん..」

 「きさらぎ...どうしたんだ?」

 「...」


フジニアはいつも不思議だった。あんなに元気で楽しそうなきさらぎが帰る時はなぜか悲しそうな顔をする。初めは寂しくて泣いているのかと思ったがそうではなかった。


 「きさらぎ...あのさ...その...」

 「フジニア...」


きさらぎはフジニアの方を見ると泣きそうな顔をしていた。その顔を見たフジニアはきさらぎを抱きしめた。


 「きさらぎ!俺...お前にずっと言わなきゃいけないことがあるんだ。俺の過去のことで...その...だから!明日来た時に話すから...その時、きさらぎのことも教えてくれ!」

 「......」


勢いよく言ったフジニアは息を吐いて呼吸を整えた。きさらぎは何も言わない。フジニアはきさらぎを見ると強く抱きしめられる。


 「...分かった」


ときさらぎは消えそうな声で呟いた。きさらぎが顔を上げると泣いていた。フジニアは自分が泣かせてしまったと思い焦る。


 「ごめん!きさらぎ。その...ええと」

 「違うの。フジニアのせいじゃない...私がただ泣いているだけだから。約束ね...次に来た時は私のことを話すからフジニアもフジニアの話をしてね」

 「ああ...約束だ。次にあった時は必ず話すよ。俺の過去を」

 「ううん..約束ね」


フジニアはきさらぎと指切りをした。


 「そろそろいくね」

 「気をつけろよ」

 「うん。バイバイ...フジニア」

 「おう!またな、きさらぎ」


フジニアは手を振って見送った。


 「さて、森の巡回に行くか。そう言えばいつもは”バイバイ”じゃなくてまたねとかじゃあねとかなのになんで”バイバイ”なんだ?それに見送った時もいつもなら手を振りかけしてくれるのになんでだ?」


フジニアは腕を組み悩んだが分からなかった。


 「そういう気分だったのかもな!きさらぎと管理人が戻ってくるまで巡回するか」


と言い、フジニアは森に向って歩き出した。


 森も見回りを終えたフジニアが一息つくと小悪魔の異形がやってきた。


 「あんたが来るなんて珍しいな。なんかようか?」

 「特に何がお前さんの耳に入れておこうと思ってな」

 「なんかの噂か?」

 「ああそうじゃ。お前さんも耳にしたことがるとは思うが例の儀式を行うようじゃ」

 「あれだろ?人間を悪魔に捧げる...生贄ってやつか?それを何百年に一度するみたいだよな」

 「そうその儀式じゃ」

 「人間はよくわからないな。その儀式をしたところで厄歳も何も変わらないのに...」

 「捧げる悪魔はお前さんのことじゃろう?」

 「そうだよ。俺に人間の遺体を捧げてるけど正直意味ないからな。死体を捧げられても魂はもうないから意味がない。捧げられる人間は無駄死にだ」

 「その儀式が近々行われる。このことはきさらぎには?」

 「言わない。そんなこと言えるか。儀式の日を教えてくれ」

 「儀式の日は一周間後じゃ」

 「そうか...ありがとな」

 「うむ。それじゃあのう」


と小悪魔の異形は言うと森へ歩いていった。


 「はあ...儀式ねえー興味ねえな。そんなことよりきさらぎと管理人が来るまで待つか。皆の所にいこう」


フジニアはそう呟くと石碑の場所に向かった。


 石碑についたフジニアはいつものように話した後石碑を背にして座った。


 「なあ...あれから色んなことがあったけど...今やっと昔みたいに毎日が楽しくて心から笑えてる気がするんだ。でも、幸せな日々が続くと怖いんだ。夢の中で見るみんなの夢が見えなくなるんじゃないかってこと。毎日見た夢がだんだん見えなくなってきて...もうみんなと会えないのかもしれないって思うと幸せになるのが怖い。夢で会えなくなったら皆のことを忘れてしまうんじゃないか、消えて無くなってしまうんじゃないかって思うとこのままでもいいのかもしれないって思う。どうしようもないよな...いつまでたっても引きずってるなんて...こんな時、きさらぎならなんていうんだろう。そんなことないって幸せになっていいって言ってくれるかな」

 「話して嫌われるのかな...きさらぎに嫌われるのは嫌だなあ...弱いな俺...あのときからなんも変わってない。皆みたいになりたいよ...」


と言うフジニアの目から涙がこぼれ落ちた。目を閉じたフジニアに優しく風が包んだ。


 「あたたかい...」


フジニアを優しく包む風はまるで優しく抱きしめるようだった。


 「ありがとう...」


と風に言うと風はフジニアの頬を優しく撫でて涙を攫っていった。


 時刻は夕立が登り始めた頃に管理人がやってきた。


 「少し今回は長引いてしまいました。彼ときさらぎさんは...」


周囲を見回すときさらぎが管理人に向って歩いているのを見かけ声を掛けた。


 「おや、きさらぎさん。今来たところですか?」

 「...」

 「きさらぎさん?」


管理人が話しかけたがきさらぎは反応がない。何度も呼び掛けると気づいたのか返事を返した。


 「すみません。考え事をしていて...」

 「そうでしたか、話しかけても反応がないので心配しましたよ!」

 「すみません。そういえばフジニアはまだですか?」

 「はい。私は今来たところなのですぐ来ますよ!」

 「そうですね...」


きさらぎはそう言ったが直ぐ暗い顔をして下を向き何かをかんがえているようだった。管理人がきさらぎに話しかけようとした時にきさらぎは管理人に詰め寄った。


 「きさら..「管理人さん!」は、はい!何でしょうか?」

 「管理人さんにお願いしたいことがあって...」

 「お願いとは何でしょうか?」

 「あの時の...お礼です。管理人さんにお願いしたいんです」

 「私でよければ」

 「ありがとうございます。実は...」


きさらぎが話した言葉は吹いた強い風で管理人にしか聞こえなかった。


 「...です」

 「分かりました。それならお安い御用です」


と言うと管理人ときさらぎの周りは光り出した。


 石碑に座っていたフジニアだったがふと顔を上げた時に空に夕立が登り始めたことに気が付いた。


 「もう、そんな時間か...戻ろう」


深呼吸をしたフジニアは顔を上げると森の奥で何かが光っているのを目撃した。


 「な、なんだあの光は!皆に何かあったのか?こうしちゃいられない。早くいかないと...またあの時みたいに...皆...が」


フジニアは異形たちが人間たちに襲われ死んでしまい、天使が自分のせいで堕天使になりいなくなってしまったこと、聖なる泉が自分の命を使って森を再生させたことを思い出して震えた。


 「いかないと...きさらぎ、管理人、皆!」


フジニアは森の奥へ走り抜けた。必死に走って足が痛くなり立ち上がなくなっても痛みに釘を刺して走った。フジニアがやっと光が見えた所まで来ると管理人がいた。


 「きさらぎ、管理人!」

 「え?ど、どうしたんですか?」

 「よかった...無事だったんだな!」

 「無事とは?」

 「さっき見たことない光が森の奥で光っていたから何かあったんじゃないかって心配していたんだ」


と言うとフジニアは息を整えた。


 「そうだったんですね。その光はこれですか?」


と管理人は懐から本を取り出すと本を開いた。すると先ほど見えたように青い光が輝きだした。


 「そうだ!俺が見たのはこの光だった!」

 「心配させてすみません。これは小説です」

 「小説?」

 「はい。この本には世界中の小説が記録されています。あなたも似たようなものを持っているでしょう?」

 「あれは...もらい物だ」


フジニアはかつて利籐に貰った本を捨てることが出来なかった。自分の戒めとして持っていた本だ。それが管理人とどういう関係があるのかフジニアは理解できなかった。


 「そうだが...それがどういたんだ?」

 「私の持っているこの本とあなたの持っている本は特別な書物なんです」

 「これが?」


フジニアは信じられない物を見るように本を見た。


 「私の本はこの世のすべての小説や書籍を知ることが出来ます。そして貴方が持つその本は所有者の望む全ての情報を知ることができるのです」

 「そうなのか?俺の時は何も起こらなかったぞ?」

 「それはあなたが心から欲しいと望まないからです。望めばその本は開きます」


と管理人の言葉を聞いたフジニアはため息をついて言う。


 「そうか...ならその本は一生開かないな」

 「そんなことないですよ。望むものならきっと...!!」


管理人は言いかけた時にフジニアが望むものが何か気づいた。


 「その条件だけど...死んだ異形や堕天した堕天使や枯れ果てた聖なる泉を再生させることはできないんだろう?」

 「...残念ながらできません。死んだ魂は人間も異形も何もかも同様に生き返らせることはできません。死者の魂を生き返らせることは禁忌です。いくら私達異形でもそれをやれば存在自体が消えて無くなるでしょう。そんなことは死者は望みません。その行為は死者の侮辱に当たります」

 「...そうだよな。聞いて悪かったよ」

 「いえ...死者に生き返らせたいと会いたいと思うのは分かります。私も同じですから」

 「管理人お前も...」

 「出来る事なら...会いたい、生き返らせたいと...何度願ったことか。しかし、それが出来ないのが悔しいですが現実です。何もできない分私たちは死者の分まで生きなければなりません。その魂を救いたいと...あなたの気持ちが分かります。後悔はもうしたくないですよ」

 「管理人...」


フジニアが謝った時に管理人は言った。管理人はフジニアに背を向けていたので表情は見ることはできないが手を握りしめて話す姿にフジニアは深く聞くことが出来なかった。


 「なんか悪いな。俺...お前の事知らなくて...」

 「それはお互い様ですよ。過去を知られたくないのは同じです。知られるが怖い。誰かが離れていくのが怖い。だからこそ...今の関係を壊したくないのはいたいほど分かります。ですが...私みたいに話さないで後悔すると取り返しがつかなくなります。あなたには後悔して欲しくないですから...」

 「そうだな...管理人、俺きさらぎと約束したんだ。次会った時に話すって...だからその時に全てを話すよ」


とフジニアが言うと管理人は小さなことで”よかった”と言い振り返った。その顔は安堵の表情だったが目元が赤く腫れているように見えたが見て見ぬふりをした。


 「管理人...最後に聞いていいか?」

 「はい」

 「そいつは管理人にとってどんなやつだったんだ?」

 「元気で明るくて不器用ないつも楽しませてくれる優しい花のような...大切な方でした」

 「そうか...俺もあいつらは家族みたいに大切な存在だった。管理人は強いな..俺は弱くてまだ引きずってる。きさらぎに話すと約束したけどまた怖いよ」

 「...弱くないですよ」

 「そうか?」

 「はい...」


管理人はフジニアに聞こえない声で呟いた。


 「私の方がよっぽど臆病で弱虫です」


と言う管理人の表情も背中も寂しそうだった。


 重い空気に耐えられなくなったフジニアが話題を変えるために管理人に先ほどの話を振った。


 「話に戻すけど何でその本を使ったんだ?」

 「ああ、それはきさらぎさんに頼まれたからです」

 「頼まれた?そういえばきさらぎが居ないな。どこ行ったんだ?」


フジニアは言いながら周囲を見るがきさらぎはどこにもいなかった。


 「きさらぎさんにこの本で色々な小説を見せたり教えたりしていたんですよ」

 「きさらぎに?何でまた?一体どうしたんだ?」

 「聞いていないんですか?彼女は小説家になりたいんですよ」

 「小説家!ってなんだ?」


と言うフジニアに思わず管理人はその場でズッコケた。


 「いいですか。小説家とはこの本のように物語を描く人のことを言います。簡単に言えば本に命を吹き込むひとです」

 「そうなのか!でもなんできさらぎはなりたいんだ?」


と首をかしげてフジニアは聞くと管理人は持っている本を指さした。


 「以前きさらぎさんはあなたの持っている本で異形に効く薬草をその本で探したことがありました。それがきっかけで本に興味をもったそうです。その本で多くのことを調べていた際に小説家のことを知ったそうです。それで私に小説家について教えて欲しいと聞いてきたので見せていたんです」

 「そうだったのか...この本はそういう使い方もあるんだな」


とフジニアは本をまじまじと見た。


 「そうみたいですね。その本は所有者の願いを叶えるものであなたときさらぎさんの二人を所有者と認識しているそうです。それにしてもあなたの他に認識されているのがきさらぎさんでよかったですね。他の人や異形が所有者として認識されたら大変なことになっていたはずですよ」

 「そうか?でもこれ、利籐からもらったんのだか利籐の所有物じゃないのか」


とフジニアが聞くと管理人は本を手に取り調べた。どうやらフジニアに献上した時点で利籐の所有権はその場で消えたようだ。完全に所有権はフジニアときさらぎの二人だけになっている。どうやらこの本は誰かに譲った時点でその人の所有物になるらしい。


 「本も人を選びますから!」

 「じゃあ、管理人のその本は何だよ?」

 「これは私専用です。私が管理人として誕生してから持っている物なので所有権は私にあります」

 「そうなんだ」

 「はい。あなたときさらぎさんが手放さない限りはですけど」

 「成程な。本と光のことは分かったけど、なんできさらぎが居ないんだ?」

 「きさらぎさんなら用事がるので帰りました」

 「か、帰った!」

 「なあに驚いてるんですか?きさらぎさんだって用事くらいありますよ。さきほどまであなたを待っていたのに来ないので仕方なく帰ったんですから」

 「そ、そんなー!」


フジニアはその場で跪いた。


 「そんなにショックならもっと早く来てください」

 「だってー俺、今日凄い気合い入れたんだぞ!きさらぎに今日こそ話そうと思って!」

 「それは残念ですね」

 「ってか、知ってたのなら言えよ!」

 「言い前にあなたが色々聞いてきたんじゃないですか。話そうとしましたがそんな空気じゃなくなったでしょう?」

 「それは...すまん」


とフジニアは謝った。


 「安心して下さい。きさらぎさんは来ますよ。信じて明日待ちましょう?」

 「そうだな、約束したもんな。早く明日になるのが楽しみだ」

 「その意気ですよ!」

 「待ってるぞ!きさらぎ」


とフジニアは言った。しかし...一週間たったがきさらぎは現れることはなかった。


2_17(レコード:17)

 それから一週間経つがきさらぎは森にやってこなかった。


 「遅いなーきさらぎ。もう一週間だぞ、何してるんだが...」


とフジニアが言うと管理人と小悪魔の異形も続けて言う。


 「全くですよ!せっかく...楽しみにしていたというのに」

 「そうだのー」

 「ああ...って!管理人お前は暇人かよ!」


とフジニアは管理人にツッコミを入れる。それに答えるように管理人もツッコミを入れた。


 「誰が暇人ですか!私はきちんとした仕事がありますよ。それにここに来るときは仕事を終わらせに来ていますよ」

 「なら、きさらぎのクッキー目当てか!」

 「誰がクッキー目当てですか!」

 「怪しい...」


じーっと見られた管理人は声を荒げて言った。


 「な、何でそんな目で見るんですか!」

 「いいやー」

 「目当てでは無いですよ!」

 「へいへい、そうかよ」

 「あっ!その反応信じていませんね?」

 「信じてるよって耳元で叫ぶな。うるさい...」


フジニアの耳元で叫んだ管理人の声に耳を塞ぎながら言った。きさらぎが来ない一週間は静かで異形たちも姿を見せないきさらぎに不安が募る。どうしてきさらぎは来ないのだろうか?嫌気がさしてしまったのかもしれない。自分は人間ではないからきさらぎの住む場所へ行くことが出来ない。この森を守るべき立場にあるフジニアは森から出る気にはならなかった。出てしまえば思いを託してくれた彼らの思いを裏切る気がしたからだ。


 その日の夕方、フジニアは石碑の前に座っていた。


 「きさらぎ...」


と名前を呼ぶが名前の主は答えてはくれない。フジニアの小さな声がその場に消えるだけだった。


 「どうして来てくれないんだろう...俺の事嫌いになったのかな...」

 「そんなことはありませんよ」


と声がした。フジニアは声のする方へ顔を向けると管理人が立っていた。


 「管理人...」

 「ここにいたんですね。ずいぶん探しましたよ」

 「ここは静かで一人になりたい時に来るんだ。ここにいると心が落ち着くから...」


フジニアはそう言うと顔を腕で塞いだ。


 「俺...きさらぎの事何も知らなかった」

 「...」

 「おかしいよな。ずっと一緒に居たのに...いなくなって気づいたんだ。俺はきさらぎのことを何も知らない...」


と言うフジニアに管理人は毛布を取り出してフジニアの肩に掛ける。


 「管理人...」

 「知らないのはお互い様ですよ...私もそうです。あなたのこともきさらぎさんのことも全て知っているわけではありません。データや記録の場合などの個人情報は別ですよ。私が言っているのはその人の内面です。私もあなたのすべてを知らないようにあなたも私のすべてを知らない。これは当たり前のことです。皆、それに気づかず生きているんです。何故か、知るという事が恐怖なんですよ。人間も異形も過去を知られたくないことは一つや二つ存在します。相手のそれを知るのも怖い。自分のそれを知られるのが怖い。それが普通なんです。普通じゃないのはそれらを興味本位で知り、うわべや噂など偏見のような独自の判断で語ることです。全てを知らない者は知ったかのようにそれを口にする。それを知らない者はそれを聞いて正しい真実だと思い込んでしまう。それが繰り返されれば、やがて差別や戦争に繋がるのです。言葉は凶器です。どんな強力な武器や兵器であっても言葉ほどの残虐で愚かな凶器には勝てない。信憑性がなく、平気で偽れる。そのせいで...多くの者が傷つき命を落としました」

 「悪魔も同様です。見た目で判断し、数の暴力で責め立てる。責められた者が抵抗すれば責めた者なく、責められた者が罰を受ける。これほど許せなくて間違ったことはありません。以前の私ならそんなことを思わず仕事だけをしていたでしょう。あなたたときさらぎさんに会って少し考えが変わったのかもしれません。悪魔について調べた時にその事実を知りましたから」


と管理人は自らの本を持ちフジニアに見せた。


 「その本は...そうか。管理人がこの森に来なかったときはそれで悪魔のことを調べていたんだな」


とフジニアは言うと管理人は頷いた。


 「はい、調べてその事実に気づいた時にあなたの過去も調べさせてもらいました」

 「勝手に見たのかよー」

 「それに関してはすみません!」

 「いや、いいけどさ...どうだった。俺の過去」

 「...一言で言い表せるほどあなた過去は軽くはありません。ただ...悔しいです」

 「管理人?」


フジニアは悔しそうに話す管理人の方を向いた。管理人は両手を力強く握る。そのせいで持っている本を落としフジニアは拾った。


 「本落したぞ。管理人?」


 フジニアが管理人に声をかけるが管理人には聞こえていなかった。フジニアは軽く管理人の頭を本で叩いた。


 「ほおら!そんな暗い顔をするなよ。俺の過去を自分のことみたいに怒ってくれてありがとな。管理人が分かってくれて良かった。一人でも理解してくれる人がいるだけで嬉しいよ。そんな顔するなよー」

 「しかし...」


何か言いたげな管理人だったがフジニアの次の言葉を聞いて言うのを止めた。


 「いいんだよ。過去は振り返った所でやり直せないんだ。俺も言えないけど少しずつ前を向かなくちゃいけない。時間は止まらない。だから過去のことで起こるんじゃなくて、今を笑ってくれ!」

 「...あなたがそういうのならそうしましょう。確かに怒るよりも笑った方が楽しいですもんね。本、ありがとうございます」

 「おう!」


フジニアは管理人に本を手渡した。管理人は本を受け取った。


 「さて、どうしたものか...そう言えば...」

 「管理人?どうした?」


管理人は何かに気づくとすぐさま本を開いて調べ始めた。


 「少し気になることがありまして...うん?この気配」

 「人間か?珍しいな...ここ数年は来なくなったのに」

 「そうですね。きさらぎさんの事も心配ですがこの森にはよく人間が来ますね。実に醜い...」

 「ああ...でもきさらぎも同じ人間だ。あいつらとは違う」

 「...いいえ、同じ生き物ですよ。彼らときさらぎさんは...」

 「...」


管理人は調べていた手を止めてフジニアに問いた。


 「あなたに問います。もし、彼女があなたと離れたら...あなたのことを拒んだらあなたはどうしますか?あなたは彼女を食い殺しますか?見逃しますか?それにもし、彼女が傷つけられたら...彼女が死んでしまったらあなたはどうするのですか?人の寿命は私達異形と違って短いです。あなたが息するように彼女は大きくなり大人になります。そしていつかは...彼女も。人とはいずれ別れらければならないのですよ...きさらぎさんと」

 「俺は...」


フジニアは管理人に向き合うと自分の想いの内を話した。管理人はフジニアの話を真剣に聞いた。


 「分かりました。なら...」


その後管理人はフジニアにしか聞こえない声で言った。フジニアは首を縦に振ると異形たちがフジニアの元に助けを求めてやってきた。


 「ここは任せてください。行ってください」

 「ああ、頼む」


と言うとフジニアは人間たちの方角へ向かった。異形たちは管理人も元に集まる。


 「安心してください。彼がこの森を守ってくれますから」


と管理人が言うと二匹の異形は元気よく返事をした。管理人が二匹の異形の頭を撫でた時に小悪魔の異形は不安そうに言った。


 「おかしいのう。人間がこの森に来ることなどもうないと思っていたのじゃが」

 「さきほど彼もそう言っていました。私が来た時はこの森には人間が訪れることがなかったので少々驚きました。人間がこの森に来ることはなかったんですか?」

 「そうじゃ。今が珍しいのう。前は来るのが当たり前じゃったのに急にぱたりと止んだんじゃ。それがなぜ今になって...」

 「いつごろか分かりますか?」

 「そうじゃのう...そうじゃ、あの子じゃ!」

 「あの子?」

 「あの子が...きさらぎじゃ!」

 「きさらぎさん?」

 「そうじゃ、きさらぎが来てから人間たちがぱったりと来なくなったんじゃ。しかし、きさらぎが居なくなった途端また人間がき始めたんじゃ」

 「きさらぎさんが...ま、まさか!」


管理人は何かに気づき調べ始めた。


 「あった!これだ...あの聞いていいでしょうか?」

 「なんじゃ?」

 「この儀式について教えてください!」

 「その儀式は...よかろう」


小悪魔の異形が管理人に儀式について話し始めた。


 一方フジニアは人間たちを追いかけながら先ほどの管理人の言葉を思い出していた。


 「俺は...」


フジニアは無意識に呟きながら人間たちに襲い掛かった。人間たちは突然現れたフジニアに驚き恐怖した。


 「な、なんだこいつは!」

 「化け物...来るな..ぎゃああああああ!」


人間を殺したフジニアはふと考えた。


(そうだ...きさらぎはこいつらと変わらない人間だ。俺たちは共にいることも過ごすことも出来ない。今はできたとしてもいずれは別れなければならない運命なんだ。でも...それでも...俺は...きさらぎと一緒に居たかった...)


**

 「初めてだったんだ...」

 「フジニア...」

 「まるで友達みたいに話しかけてきて...道に迷って泣いていたのに...怖がっていたのに...なのに...ありがとうって礼を言ってきたり、クッキーを持ってきたりしてくれたんだ。今まで...人に優しくされたことなくて...傷けられたばかりだった。俺は悪魔だから怖がられて人を殺して...その魂を殺して生きてる...醜い生き物だった。だけどきさらぎは違ったんだ」


と語るフジニアの話を管理人は黙って耳を傾けていた。

**


 「何で化け物がここに!」

 「逃げろ!」

 「く、来るなあああああああ!」


と人間たちは叫びながら逃げているがフジニアから逃れられるわけはなかった。人間たちは悲鳴を上げて暴れたがやがて動かなくなった。


 「ば、化け物だ...」


と一人の人間がフジニアに言った。フジニアは”化け物だ”と言われた時に自分が管理人に話した言葉を思い出し口にした。


**

 「そうだ...俺は化け物だ。でも...きさらぎは違う。きさらぎは...違うんだ。俺はあいつと一緒に居たい。でも...あいつが離れたり拒んだらそれでいい。それであいつが救われるなら...幸せになれるならそれでいい...俺はあいつの笑顔が見たいんだ。悪魔がそんなことを言うのはエゴだって思われても仕方がないことだけど...」


と言うと管理人はフジニアの肩に手を置き言う。


 「そんなことありませんよ。あなたは悪魔です。しかし、貴方のような悪魔は珍しく変わっています。けどそっちのほうが人間らしくて...あなたらしくていいではありませんか」

 「俺らしい?」

 「はい。あなたらしくて良いと思います。あなたの気持ちは分かりました。あなたの気持ちを知りたかったので聞けて良かったです。あなたならその願いもきさらぎさんにきっと届いていますよ」

 「そうだといいな」

**


 「人間らしい...俺らしいか...俺はきさらぎが傷つけられたらそいつらを...」


 とフジニアは立ち尽くしながら言っているとフジニアの目の前で死にかけている男がいた。フジニアは男めがけて片腕を振り上げた時、男は痛みに耐えながら何かを呟いていた。この言葉を聞いた時フジニアは片腕を男の顔寸前で止めた。


 「人間が...まだ生きているのか?今楽にしてやる...」

 「あがっ...らぎ...はあはあ...」

 「死ね...」

 「お前...きさらぎ...」

 「!!」


フジニアは驚いてその場で固まり男を見る。男は寸前で止められた腕に汚い悲鳴を上げたがフジニアは気にせず詰め寄った。


 「きさらぎって...お前、きさらぎのこと知っているのか!」

 「...」


フジニアは男の胸倉を乱暴に掴み男を揺らして問い詰める。


 「おい!きさらぎのことを知っているのか、きさらぎは今どこにいる?無事なのか?どうなんだ!知っていることがあるなら答えろ!人間!」

 「うぐ...そんなに知りたいか?あのイミゴのことが?」

 「イミゴってどういうことだ?」

 「そのままの意味だよ。あいつはイミゴだ。もともとあいつがこの森に来た理由だって悪魔に殺させるためだよ。なのにお悪魔はあいつを殺さなかった。邪魔なあいつをどうにかして殺したかったがそれも出来なかった。だから...あいつを...」

 「お前えええ!きさらぎのことを何だと思ってるんだ!」


とフジニアが怒り男の顔を殴ると男は鼻でフジニアを笑った。男は頭から血が流れ顔が血まみれになりながら言う。


 「フン!悪魔のお前が言うのかよ。この森を踏み入れた多くの人間を殺してきたくせに」

 「それをお前らが言うのか!この森に住んでいた多くの異形を無残に殺して、一人の異形を堕天させるきっかけを作り、この森を滅ぼそうとしたお前たち人間にそんなこと言われたくない!俺たちはただ普通に生きたかっただけだったのに...その居場所を命を奪ったお前らに言われたくない!」

 「そうか...悪魔...お前はあいつの言う悪魔・フジニアか...」


と男はそう言うとしばらく沈黙が続いた。フジニアは身構えていると男は再び口を開いた。


 「残念だったな。あいつはもう遅い...あいつは死ぬ」

 「どういうことだ!」

 「売られたんだよ、母親に...あいつはもう死ぬ。例の儀式で殺されるんだ。今から駆けつけてもあいつを救えるかな?せいぜい間に合うことを祈るんだな...」

 「ちっ!」


フジニアは男を離すときさらぎの気配を探した。


 (急がなければきさらぎは死んでしまう。またあの時のように..)


そう思うとフジニアは一瞬だが異形たちが死んだ記憶を思い出し過呼吸になってしまう。必死に呼吸をしている時にフジニアは頭の中で最悪な光景が浮かんだ。目の前できさらぎが死ぬ助けられない光景を...更に過呼吸がひどくなってしまったフジニアの元に管理人がやってきた。


 「フジニア...落ち着いて...ゆっくり息をしてください!」

 「ハアハアハアハアハアハア...行かないと...」

 「そんな状態で無理ですよ。いったん落ち着い..」

 「黙れ...ハアハアハアハアハアハアハアハア...黙ってくれ...大丈夫だから」

 「フジニア!私の目を見てください!きさらぎさんは大丈夫です。その状態では救うにも救えませんよ。焦る気持ちは分かります。今はゆっくり息を吐きましょう。私に続いてください」

 「ハアハアハアハア...管理人...ごめ...」

 「いいんです。いきますよ」


管理人は優しくフジニアの背中を摩りフジニアの過呼吸は収まった。


 「取り乱して...すまない」

 「いえ、気にしないでください。きさらぎさんの件ですよね。今調べてきました。この森を下りた麓にある古びた鳥居が目印の神社に向ってください!急がないときさらぎさんが殺されます!」

 「そこに行けばいいのか?」

 「はい。あなたも耳にしたことはありますか?百年に一度悪魔に生贄を捧げると言う風習の儀式を」

 「ああ、あるけどそれがどうし...まさか!その儀式の生贄って...」

 「そうです...きさらぎさんです」

 「!!」

 「その儀式は一週間かけて行うもので、最後の日に生贄は殺されます。きさらぎさんが居なくなったのがちょうど一週間前です。儀式の最終日は一週間後...つまり今日です!今ならまだぎりぎり間に合います!後は任せて行ってください!」

 「いいのか?止めないのか、俺は...」


フジニアが不安そうな声で言うと管理人は被っている帽子を深く被り背中を向けて言う。


 「私は何も見ていませんし、聞いていません。それにこれからあなたがすることはただの...人助けですから。この森は私に任せてください。私が命を懸けて守ります」

 「分かった...ありがとう、管理人」

 「いえ、最後にきさらぎさんに伝言お願いいます。”あなたのクッキー美味しかったです。また食べたいので元気になったらまた作ってください”と」

 「クッキー目当てじゃないかよ...」

 「それから”よく頑張ったと伝えてください”。全てが終わったらみんなでいろんなことを話しましょう」


驚いたフジニアは管理人の方を向いたが管理人は背を向けているので表情は見えない。


 「ほおら、早くきさらぎさんを助けに行ってください。せっかくの伝言が伝わらずに終わってしまいますよ」

 「分かった、必ず伝える!行ってくる」


と言うとフジニアは走り森の出口まで向かった。フジニアの姿を見届けた管理人は一息ついた。するとぽつぽつと雨が降り始めた。管理人は顔を上げる。


 「...全くこれは大変なことになりそうですね。きさらぎさんのこと...任せましたよ。さて、仕事をしましょうか」


と言うと逃げようとしている男の頭を掴み地面に擦り付けた。


 「何逃げようとしているんですか?あんたには洗いざらいはいてもらいますよ。死ぬのはそれからです」


管理人は男にそう言うと男は発狂し抵抗した。管理人が懐から取り出した注射針を首に刺された男は死に男の持つ情報を抜き取った。


 「なるほど...これは...」


管理人は抜き取った情報を見た時、その悲惨さに涙がこぼれた。


 「フジニア...必ずきさらぎさんを助け下さい...」


と管理人は顔を上げて言う。管理人の顔は雨で濡れた。


 フジニアは無我夢中で走った。森を出るのに躊躇いはなかった。あれほど森から出たくなかった。出るのに躊躇し気にしていたのに...今は何も感じない。


 (きさらぎを助けきゃ...麓までどのくらいだろう?雨のせいできさらぎの気配が薄くなってる。雨が降っていた...鬱陶しい。今までは降っても気にしなかったのに...今は忌まわしくてたまらない)


走りながら管理人の言葉を何度も思い出す。


 「きさらぎさんが傷つけられたらあなたはどうしますか?」


と言う言葉を。


 (そんなの決まってる。きっと俺はそいつを...殺す。例えそれが...きさらぎに嫌われて離れる原因になったとしても!)


麓の近くまで来ると”きさらぎの魂”の匂いがした。


 (きさらぎは此処にいる!)


 「きさらぎ!きさらぎ!」


フジニアは名前を呼んで叫んだ。鳥居を通り抜けると階段を駆け抜けた。

本堂らしきった建物を蹴破ったフジニアが見たのは、拘束されて殺されそうになっているきさらぎの姿だった。


 本堂で拘束され寝かされていたきさらぎは意識が途切れ掛け気を失いかけていた。


 (痛い...苦しい...体が動かない...そうか、私は...この人たちに儀式の生贄にされたんだ...)


痛む体に鞭を打ち自らを殴り続ける男を見た。きさらぎのことを睨み続ける男はきさらぎのことを化け物”でも見るように蔑んでいた。


 (化け物でも見る目...フジニアもこんな気持ちだったのかな...せっかくフジニアと約束したのに...私に話そうとしてくれたのになあ...約束破っちゃった...嫌われちゃったかな...そうだよね...私...フジニアに嘘ついちゃったから罰が当たったんだ...ごめんね...フジニア)


きさらぎは心の中で懺悔をしながら視界が擦れていく目で呆然と見上げた。男は巨大なハンマーを振り上げた。


 (私...死ぬんだ...約束も守れないまま...フジニアの話を聞けないまま死んじゃうんだ...)


きさらぎは目を閉じて涙を流しながら小さな声で呟いた。


 「ごめんね...フジニア...最後にもう一度会いたかった...」


きさらぎは襲い掛かる痛みの衝撃を目を閉じながら待っていた。その時、本堂に近づいてくる足音とフジニアの声が聞こえてきた。


 「きさらぎ!きさらぎ!」


 (フジニアの声が聞こえるなんて...夢みたい...最後に幻でもフジニアの声が聞けて良かった...)


と心の中で安心したきさらぎだったがいつまで経っても痛みが疑問に思っていると男の叫び声が聞こえ目を開けた。


 「フジ...ニア...」


目を開けたきさらぎは驚いた。フジニアが本堂に向って走っていた。きさらぎの名前を呼び周囲の人間を吹き飛ばした。


 「きさらぎいいいいいいいいいいいい!」

 「フジニア!」


きさらぎがなんとか起き上がりフジニアの名前を呼ぶ。フジニアはきさらぎの姿を見て頭に血が上った。


 「な、なぜ悪魔がここに!」


冷汗をかき焦る男と対称にフジニアは堪忍袋の緒が切れた。


 「お前らああああぶっ殺してやる!」


フジニアはそう叫ぶと片足を強く地面に叩きつけた。叩く付けられた地面は激しく割れ崩れた。


 「ヒィィィィ!」

 「ば、化け物!」

 「災いだ!悪魔の呪いだ!」


と誰かが言った。


 (悪魔...そうだ。俺は悪魔だ...異形の化け物だ...なら化け物になってやる)


フジニアの姿はどんどん大きくなり姿が醜く鋭い牙が生え鋭く長い爪が生えた。化け物になったフジニアはおたけびを上げた。


 「フジニア...」


化け物のになったフジニアを見たきさらぎは呟いた。


 (雨が降っていた...冷たくて鬱陶しい)


 「フジニア、もういいよ!」

 「!!」


 きさらぎの声で目が覚めたフジニアは周囲を見回した。気づけばきさらぎはフジニアの傍に立ち抱きしめていた。傍には大量の血だまりと血しぶきが飛び散り人間は死んでいた。


 「きさ...らぎ...」


我に返ったフジニアはきさらぎの名前を呼んだ。きさらぎは震えて泣いている。


 「きさらぎ...きさらぎ...お前無事で...」


と言いかけた時片足を無くした男と目があった。男は腰を抜かして逃げようとしている。男を見たフジニアは先ほどの殺されかけるきさらぎのことを思い出した。きさらぎから離れてフジニアは人間に近づき襲い掛かった。


 「人間?人間...殺す...人間殺す...人間を!」

 「ヒィィィィ!」

 「ダメエエ!」


その瞬間きさらぎが男を庇い背中に怪我をした。きさらぎの背中からは痛々しい引っかき傷に血が大量に流れ吐血し倒れた。


 「きさらぎ...きさらぎ!どうして...」


倒れたきさらぎをフジニアは支えた。


 「どうして...庇ったんだ。お前を殺そうとした男なのに!」

 「これ以上...あなたに人を殺して...傷ついてほしくなかったから...」


ときさらぎは言うとフジニアの頬を優しく触れた。その言葉を聞いたフジニアは体が震えて涙が溢れた。


 「きさらぎ...きさらぎ...ごめん...傷つけてごめんな...」

 「いいの...私こそごめんね...勝手にいなくなったりして...寂しかったよね...悲しかったよね...ごめんね...」

 「寂しかったし...悲しかったけど...きさらぎにまた会えたから...良かった...きさらぎが無事で...ほんとうに良かった」

 「うん...私もまた会えてよかった...ねえフジニア」

 「なんだ...きさらぎ?」

 「帰ろう...あの森に...皆のいるあの森に...」

 「ああ...帰ろう...俺たちの森に」


フジニアはそう言うと優しくきさらぎを抱きしめ立ち上がった。フジニアはこちらの様子を伺っている人間の方を向く話しかける。


 「おい、人間」

 「はっはい!」

 「お前は何も見ず聞いていなかった。もしもこのことを少しでも話せばお前を殺す...いいな?」


と人間を睨むと人間は首が折れるぐらいに勢いよく返事を返した。フジニアは人間を一睨む何も言わずその場を立ち去った。


 麓を走り抜け森の傍まで来たフジニアは焦っていた。抱きかかえたきさらぎの体温が低くなり呼吸が浅くなりつつある。次第に意識を失いかけ危険な状態だ。百年前の死んでしまった異形たちを思い出し、きさらぎと姿が重なってしまう。


 (絶対に死なせない。待ってろきさらぎ!もうすぐだからな!)


フジニアはきさらぎに必死に声を掛けながら走った。


 「もう少しだからな、きさらぎ!」

 「フジ...ニア...」

 「待ってろ!」

 「フジニ...」

 「入り口が見えた!傷を治そうな、きさらぎ!」

 「フジ...」

 「着いたぞ!これでもう大丈夫だ!きさらぎ」

 「...」

 「きさらぎ?」


森についたフジニアは安心しきさらぎに声をかけたがきさらぎは意識を失ってしまっていた。



 「きさらぎ!」


何でも呼びかけるがきさらぎは起きる気配がない。フジニアは悪寒をしてきた道を振り向くとそこにはきさらぎに血が流れ落ち、森まで続いていた。きさらぎの血と意識の戻らないきさらぎを見たフジニアは過呼吸は取り乱し、管理人の元へ向かった。発狂し過呼吸になったフジニアは体が痙攣し何でも転ぶ。異形たちはフジニアの変わりように恐怖し管理人を探した。騒ぎを駆けつけた管理人はフジニアの変わり果てた姿に恐怖したが同時に冷静だった。傍まで歩くと管理人に気づいたフジニアが勢いよく近づいてきた。


 「管理人、頼む!きさらぎを助けてくれ!」

 「分かりました。きさらぎさんを見せてください」

 「ああ!頼む!管理人!」


と言うがフジニアの手は一向にきさらぎを離そうとしない。フジニアはきさらぎを失うのが怖くて手を離せないのだ。一度何かを失い奪われる恐怖を知る者は大切なものを手放すことに恐怖する。その恐怖を知っている管理人は優しくフジニアに声を掛けた。


 「大丈夫ですよ、フジニア。誰もあなたからきさらぎさんを”奪ったり

しませんから”」

 「!!」


その言葉がフジニアの心に響いたのかフジニアはゆっくりときさらぎを管理人に手渡した。管理人は優しく礼を言うときさらぎの傷を治した。


 「もうこれで大丈夫です。きさらぎさんは無事ですよ。フジニア...あなたもゆっくり休んでください」


管理人はフジニアに手を置くとフジニアは安心したのか涙を流した。


 「良かった...きさらぎ....助かった」

 「はい、助かりました。元の姿に戻ってください。その姿では大きくて異形たちが怖がってしまいますよ」

 「...ああ、戻る」


フジニアはそう言うと元の姿に戻った。


 「いつものあなたですね。良かった...帰るが遅いので心配しました。きさらぎさんは無事ですから安心してください。フジニアも疲れたでしょう?あとは私に任せてください」

 「ああ...任せ...」

 「危ない!大丈夫で...寝てる。気を張っていたので疲れたのでしょう。きさらぎさんの事もありましたしね。今はゆっくり休んでください。おやすみ...フジニア」


倒れたフジニアを支えた管理人は心配し声を掛けると寝息たてていて安心し肩の力が抜けた。フジニアはきさらぎほどでは無いが体のあちこちが切れていて喉は叫んだせいか腫れていた。きさらぎ同様に傷を癒しきさらぎの傍で寝かせた。


 「はあ...何がともあれ二人が無事で本当に良かった」


と管理人は一息つくと異形たちに礼を言った。異形たちは遠くから様子を見ていたがゆっくりと集まってきた。


 「ふたりは無事?」

 「はい、二人は無事です。皆さんが私に声を掛けてくれたおかげですよ。こうしてきさらぎさんもフジニアも助けることが出来ましたから」

 「そうか!よかった」

 「全てが終わり我らも安心したわい。お前さんもゆっくり休むといい」

 「そうですね。この前のように結界を張っておいたのでもう人間は来ないでしょう。私も横になります」

 「それがよい...ではおやすみ」

 「はい。おやすみなさい」


小悪魔の異形に管理人は挨拶をした。異形たちはきさらぎとフジニアに毛布を掛けふたりを囲むように眠りにつき、管理人も二人の傍で横になった。それからフジニアときさらぎは目を覚まさず一週間が過ぎた。


2_18(レコード:18醒める)

 森にはきさらぎや管理人や異形たちが居らず彼らを探した。名前を呼ぶと自分を呼ぶ声が遠くの方から聞こえてきた。


 「きさらぎ、管理人ここにい...」


フジニアは言いかけた時、そこにいたのは天使と小悪魔の異形たちであり、フジニアはここが”聖なる泉が残した夢”あることに気が付いた。


 「皆がここに?そうかここは夢か...」


とフジニアが言うと二匹の異形は首を傾げた。


 「夢ってなあに?そんなことより遊ぼうよ!」

 「遊ぼう!パパ、遊ぼう!」


と言いながらフジニアの腕を掴んで揺らした。


 「そうだな...遊ぼう」


フジニアが二匹にそう言うと二匹は嬉しそうに飛び跳ねた。その姿を見たフジは嬉しいはずなのにどこか物足りない寂しさを感じた。二匹と遊んでも天使や小悪魔の異形たちと話していてもなぜか心の底から楽しめない。フジニアはこの物足りなさと寂しさの正体は一体何なのかと考えていた時に”きさらぎのことが頭の中に浮かんだ”。フジニアはもう一度周囲を見てみたが管理人は愚かきさらぎすら居なかった。


 「きさらぎ...やっぱり夢か...じゃあ、きさらぎは居ないんだな」


とフジニアは無意識に呟きため息をついた。


 「「きさらぎ?きさらぎってだあれ?」」


と二匹がフジニアに聞いてきた。フジニアは思わず拍子抜けた声を出した。


 (俺、今の声に出てたのか?)


と心の中で驚いた。フジニアは二匹にきさらぎについてどう説明すればいいのか迷った。


 (ここは夢。二匹たちは俺の見てる夢...現実ではもう死んでいる。けど...きさらぎが人間だって言って二匹はどう思うだろう)


と悩んでいると天使や小悪魔の異形たち藻集まってきた。二匹は彼らに嬉しそうに話を振る。


 「「今からね、パパが”きさらぎ”について話してくれるんだ!」」


と言うと天使と小悪魔の異形たちは首を傾げた後顔を見合わせる。


 「「きさらぎって何?」」


と声をそろえて言うと同時にフジニアを見た。思わずフジニアは驚いたものの真剣にこちらを見つめる彼らの気持ちに答えるため彼らに向き合った。


 「そうだな。きさらぎについて皆に話しておかないとな。その前に...俺から大前提として聞いて欲しいことがある。きさらぎが人間であるということだ」


とフジニアが言うと一瞬だが天使の顔が険しくなったところをフジニアは見逃さなかった。フジニアを伺うように見つめる天使の方を向き話し続けた。


 「人間と聞いて嫌悪する者だろう。俺もそうだったから...」


と言うと天使はフジニアに尋ねた。


 「じゃあ...何で気が変わったの?」


 と天使は信じられないような眼差しで言う。フジニアは少し苦笑いをしながら話した。


 「話すと長いがいいか?」


とフジニアが聞くと天使だけでなく二匹や小悪魔の異形たちも頷いた。フジニアは笑うと少しづつきさらぎについて話始めた。もちろん彼らが死んでいる事を伏せて話した。初めは険しい顔で話を聞いていた天使も食い入るように話に耳を傾けた。


 「...そして俺はきさらぎと出会ったんだ」

 「.....いい人間と出会えてよかったね」

 「ああ...俺もきさらぎと出会わなかったらずっと人間が嫌いだった。きさらぎと出会えたから今の俺があるんだ...俺は凄く感謝してる。毎日楽しいんだ。あの日から色んなものを失って傷ついて泣いてきた人生だった。自分が何者なのかも居場所も無くて彷徨って泣いて皆と出会って...また失った俺にきさらぎは優しく寄り添ってくれたんだ。それが嬉しくて楽しくて...昔みたいに心の底から笑えるようになったんだ。失った傷や傷ついたこともたくさんあったけど...でも、きさらぎのおかげで前に進もうと思えたんだ」


とフジニアが言うと天使は嬉しそうだが少し寂しそうに笑った。


 「...そっか...その子が...きさらぎが君を変えて、支えてくれたんだね」

 「ああ、そうなんだ。だから..「良かった...これならもう安心だ」え?どうしたんだよ?」


フジニアが言いかけた時に天使は安心したように微笑んで言った。訳が分からない顔をして天使を見た。天使はフジニアと顔を合わず空を見上げ淡々と話し出す。


 「ずっと心配だったんだ。あの日...僕らが君を置いて行ってしまったあの時から。でももう大丈夫だ」

 「大丈夫ってなんだよ?」

 「覚えている?この世界は君の見ている夢で僕らは本物じゃない。本当の僕らは死んで堕天した。一人になってしまった君は絶望し傷ついた。聖なる泉が自分の命を使いこの森を再生させたことを...」

 「なんでそれを知って!」


フジニアは信じられず天使に詰め寄った。天使は冷静にフジニアに話続ける。


 「初めから知ってたよ。僕も...小悪魔の異形たちも...聖なる泉も全部...ごめんね。知らないふりをしたんだ。もし、本当の事を告げれば君が耐えられないと思ったんだ。だがら時が来るまで言わないことにした」

 「...時が来るっていつだよ...」


とフジニアが震えた声で言うと天使は言う。


 「君が前に進めた時だよ。今の君はきさらぎのおかげで前に進めてる。だから僕たちが居なくてももう大丈夫」

 「”僕たちが居なくてももう大丈夫”ってどういうことだよ!」


とフジニアが声を荒げて言う。取り乱すフジニアと対称に天使は落ち着いていた。天使はそんなフジニアを落ち着かせるように優しく伝えた。


 「落ち着いて...僕らの役目は君と夢の中で出会い君を支えて君が前に進めるまで傍にいる事だった。僕らは君が前に進めるように夢の中を通して支えてきた。君が前に進めば僕らの役目は終わる。次第に僕らの夢を見なくなるんだ。君は初めは夢を見たけどきさらぎと出会ってから僕らの夢をだんだんと見たくなったでしょ?」


と天使に言われたフジニアは首を縦に振り答える。


 「そうだ...初めは皆と夢の中で出会えて幸せだった。夢の中だけが皆と会える唯一の方法だったから...俺はそれだけで幸せだった。そしてきさらぎと出会って皆との夢を見なくなって...でも、今日は皆とまた夢で逢えたぞ!」


とフジニアは必至に言う。先ほどからずっと黙り話を聞いていた小悪魔の異形たちはフジニアに何かを伝えようとする。それに気づいたフジニアは消えそうな声で言った。


 「あ、あの...親分...俺たちは...」

 「まさか...会えないのか?もうみんなと会うことが出来ないのか!」

 「そうなんだ...今日でお別れなんだ。僕らの役目は終わりこの夢も終わる」


と天使はフジニアに告げた。フジニアは取り乱し反論する。


 「なんでだよ!なんでもう会えなくなるんだよ!俺はずっとみんなと一緒に居たい!夢の中でいいから皆とまた一緒にい..「それじゃダメなんだ!」!!」


天使が声を大声で叫び思わずフジニアは天使を見た。天使は冷静に話していたがよく見ると肩だけでなく声も震えていた。


 「天使...」

 「ごめん...ごめんね...急に取り乱したりして天使失格だ」

 「そんなことない!俺の方こそ反論してごめん...辛いのは皆も同じなのに...一人で先走って...」

 「ううん..本当に先走ったのは僕だよ。だってあの時、僕を君を守るはずなのに殺そうとした」

 「あれはお前のせいじゃない!利籐の本からお前が堕天して皆が襲われるところを見た。お前が堕天したのはあいつに羽を触られたからだ!天使も小悪魔たちもみんな俺を守るために傷ついて犠牲になったんだ。謝るなら俺の方だ!俺はずっとみんなに謝りたかった!俺のせいでごめん...ってずっと言いたかった...」


フジニアは頭を下げて謝り目からは涙が溢れて止まらなかった。


 (ずっと謝りたかった。皆に...非難されてもいい...お前のせいだと言われてもいい。でも...何も伝えられないでもう二度会えなくなるのは嫌だ...)


 「ごめん...みんなごめん...」


と言い続けるフジニアに天使や小悪魔たちはため息をつき近づいた。フジニアは傍まで来た彼らに身構えていた。


 「もう君は...」

 「親分...」

 「「パパ...」

 「っ...!」


彼らはフジニアを抱きしめた。フジニアは抱きしめられると思わず言葉が出なかった。


 「僕らが君を責めるわけないでしょ?聖なる泉にも言われたかもしれないけど僕らがこうなったのは君のせいじゃない。君がずっと後悔しているのは知ってたよ」

 「だから!俺は...」

 「聞いて...確かに僕らはあの時死んだ。生き残った君は僕らに償いたいと思っているけどそれは違うよ。思い出して...君は今まで僕らの死やそれ以上の苦しみ悲しむ後悔をしてきた。もういいじゃないか...君は幸せになっていいんだ。僕らもそれを望んでる。傍には居られないけどずっと見守ってるから」

 「親分...俺たちも同じ気持ちです。親分に出会う前は退屈でつまらない人生でした。でも、親分と出会えて毎日楽しかったです。二匹も親分と過ごせて幸せだったと思います。最後はあんな風になってしまいましたけど俺たちは後悔してません」

 「「パパ、僕たちパパの子供でよかった!」」

 「......」

 「「だって楽しかったもん!」」

 「俺も...たの...」


フジニアは彼らの言葉を聞いて上手く話すことが出来ず言葉がつっかえる。そんなフジニアに彼らは向き合ってフジニアが話す言葉を待つ。フジニアはゆっくりと話し出した。


 「俺も...楽しかったよ。皆と過ごした思い出は忘れられない..それはきさらぎと出会った今も変わらない。皆との大切な思い出...だからこそ後悔したんだ。今も後悔してる...きっとこの気持ちはこれからもしていくと思うんだ。でも、後悔して立ち止りたくはない。皆が俺にしてくれたことを俺が無駄にするわけにはいかないから...」

 「親分...」

 「「パパ...」」

 「...だからこそ悔しかった。皆と出会えたこの森で皆を失った。そして夢を通して皆と再会して...きさらぎと出会えたんだ」


天使は相槌を打ちながら聞きフジニアの背中を優しく撫でた。


 「うん...そっか、そっか...」

 「きさらぎと出会ってからまた楽しい日々が戻ってきて...嬉しかった半面怖かったんだ。皆との夢を見れなくなってきたことに俺は気づいたんだ。その時、皆との夢を見れなくなるんじゃないかと思い怖くなった。幸せになるのが怖い...皆と会えなくなるのならずっとこのままでもいいと思ったんだ。馬鹿だろ...俺...」

 「そんなことないよ...生きていれば傷ついたり失ったりすることもある。君みたいに傷ついたり失う恐怖を知っている者はそれらを恐れるのは当然だ。僕もそうだったから...」


と天使が言うとフジニアは信じられないものを見るよう顔をして天使を見る。天使は苦笑いをしながら言葉を続けた。


 「本当は僕も皆も君と別れたくはない。死ぬは怖い...けどあの時のように君を失う方がずっと怖いんだ。どんなに抗おうが僕らはあの時に死んだ。その事実は変わらないし、変えられない。けど...君は生きている。それなら僕らは最後くらい君のために命を使おうと思ったんだ。生き物には必ず始まりと終わりがあるだろう?僕らは君との出会いから始まったんだ。そして今、君との別れでそれを終わろうとしているだけなんだ。だから...僕らの死は君のせいじゃない。自然の摂理なんだよ」

 「自然の摂理?」

 「そう。僕らは出会い別れ死んでいく。だから僕らとこの夢で別れることは気にしないで...僕らは異形。異形は死んだら生まれ変わるんだ。もしかしたら今度は別の異形か人間に生まれ変わっているかもしれない」

 「生まれ変わる...天使、これは!」


 フジニアを抱きしめていた天使の体が光輝きだいした。驚いたフジニアだったが周囲を見回すとフジニア以外の異形・小悪魔の異形たちや二匹の異形の他に聖なる泉やこの森全体が光に覆われ始めた。


 「時間だね...君の夢が終わる。君が目を醒ますんだ」

 「俺が目を醒ます?」

 「そう、夢が醒めたら消えて忘れるでしょ?それと同じ。僕らは消える。君の夢は終わり君は目を醒ます」

 「そんな!俺はまだ...みんなに何も返せていないのに...ここで終わるのかよ!」


とフジニアは言うが天使は腕を掴んで言う。その顔や体は少しずつ消え始めている。


 「君は優しいね。君は気づいていないかもしれないけどもう十分僕らは貰ったよ。君と出会えたから僕らは変われることが出来た。君と過ごした日々は僕らも楽しくて大切な思い出だったんだよ。お礼を言うのは僕らの方だよ。ありがとう...」

 「親分...俺たちからも言わせてください。俺たちは親分の配下でよかったです。親分は時々怖くておっかない時もありましたが...「おい、そんなこと思ってたのかよ!」「こら!黙って聞く!」「はい...」ふふふ...懐かしいやり取りですね。あの頃に戻ったみたいだ。親分と出会ったあの日は俺らにとっても忘れられない思い出です」


思わずフジニアはツッコミを入れ、天使に怒られた。そのやり取りを見た小悪魔の異形たちは笑いながら話続ける。


 「初めはおっかなくて恐ろしい悪魔が来たと思いました。でも、そんなことなかった。親分は自分が死ぬと分かっていても誰かのために行動出る異形だから...その姿を見て心を奪われました。俺たちだったらきっと見捨ててしまうから...親分は凄く、心優しい異形なんだとその時痛感しました。自分たちとの違いを自覚することが出来て、あなたについていきたいと思ったんです」

 「「僕も、僕もだよ。パパ好き、好き!」」

 「そうか、皆ありがとな。二匹...俺も好きだぞ、ありがとう」


フジニアはそう言うと二匹の頭を撫でた。二匹は嬉しそうに笑うとフジニアに抱き着いた。


 「うわ!危ないぞ二人とも」

 「「ごめんパパ!ねえ、最後にお願いがあるの!」」

 「お願い?」

 「「そう、僕たちに名前を付けて!」」

 「名前を?」

 「うん、つけてつけて!」

 「...分かった」


フジニアは二匹を見て名前を考えた後、二匹に名付けた。


 「お前たちの名前はネムだ」

 「「ネム?」」

 「そう、この森で咲いている二つの花・ネリネとムラサキケマンから取ったんだ。ネリネの”また会う日を楽しみに”とムラサキシノブの”喜び”の意味を貰ったんだ。異形は死んだら生まれ変わるんだろう?」

 「「うん、そうだよ!」」

 「俺...ネムにまた会えること信じて待ってるからな」

 「「パパ...頑張るよ!生まれ変わったら絶対パパに会いに行くよ!」」

 「ああ、約束だぞ」

 「「うん!約束だね。パパ...ネムっていい名前ありがとう」」


と言うとネムは消えてしまった。ネムは幸せそうに笑っていた。消えたはずのネムのぬくもりが残り涙が溢れてくる。


 「親分...俺たちもそろそろ行きます」

 「そうか...今までありがとな」

 「はい!もしかしたら俺達は生まれ変わったら今度は人間になってたりして~」

 「それか、別の異形かもしれないな」

 「ありえますね...でも親分。俺たちは生まれ変わってもまた親分に会いに行きます!なんて言ったって俺たちは親分の配下で自慢の子分ですから!」

 「そうだな!お前たちは自慢の子分だった」

 「そう言ってもらえるだけで幸せです!親分...ありがとうございました!」


と元気に言い頭を下げて小悪魔の異形たちは消えていった。フジニアは森を見回すとほとんど消えかかっている。


 「森が...」

 「まるで...あの時みたいだね」

 「天使はこの森が再生されたことを知っていたのか?」

 「うん...堕天使になって飛んだ時に遠くからでも見えたよ。この森が消えて再生されたことを...」

 「そうか...」

 「...僕もそろそろ行くよ。この夢も終わりまでもうすぐだ...」

 「そうだな...」

 「浮かない顔だね。そんな暗い顔をしないで!僕は明るい君が好きだよ」

 「......」


下を向き何か言いたそうなフジニアに天使は言った。


 「僕の堕天の件は君のせいじゃないよ。それに...僕も君に謝らないといけない。君にずっと嘘をついていた。本当は君を殺す目的でここに来た。けど...君は悪魔だけど優しい異形だった。本当の悪魔は僕だったんだ。あの時もそれを嫌と言うほど痛感した。君が死ぬと...殺されると知らされた時...内心安堵した自分がいて許せなかった。僕の役目は君を殺すことだったから。君と過ごす内に情が出て死んでほしくないと殺したくないと思ってしまった。天使は常に冷静でなくてはならない。僕はその時点で迷いが生じた。それが堕天した本当の原因だ。でなければ羽に触れただけで天使は堕天しない。あれは僕の迷いと未熟さが引き起こした結果だよ。結局、人間や聖なる泉の言った通り君を殺そうとしたんだから...」

 「それこそお前のせいじゃない!あの時、俺は死を望んでた。皆が死んで何もかも失って、一人になるくらいならいっそのこと死んで楽になりたいって思ったんだ。それがいかに愚かなことか俺は分かってなかったんだ。だから...お前を救えなかった」


とフジニアは消えかかっている天使の肩に手を置き話す。必死に話すフジニアの姿を見た天使は悲しそうな笑みを浮かべた。


 「救えなかったか...君は優しいね...そんな君だから奇跡は起きたんだよ。もうそろそろ限界だ。僕は消える...けど心配しないで君はもう一人じゃない。君にはきさらぎが居る。まさか...人間に壊されて人間に救われることになるとは僕も思いもしなかった。これも”奇跡”なんだろうね。ねえ、最後にいいかな?」

 「なんだよ...」

 「最後に君の名前を教えて...」

 「名前を?」

 「うん。そのきさらぎが君に付けてくれた名前を」

 「...分かった。俺の名前は...フジニアだ」

 「...フジニアか...いい名前だね。君にピッタリだ。僕を助けてくれてありがとう。きさらぎのこと守ってあげてね」

 「ああ!」

 「ふふ...じゃあね...フジニア」


と言うと天使は微笑み消えていった。その笑みから微かに涙がこぼれ地面に落ちたが濡れることは無く涙の後も消えた。


 「もうすぐ...この夢も終わる...」


フジニアは目を閉じてこの夢で過ごした思い出を思い出した。


 (みんなと出会って今日までの思い出を絶対に忘れない。皆今まで...ありがとう)


すると聖なる泉の声が聞こえてきた。


 『良かった...これであなたも大丈夫...あなたも心を許せる友人や大切な人に出会えたんですね...』

 『ありがとう...さようなら...』

 「俺の方こそ...ありがとう、皆...」


フジニアはそう言うと森は完全に消え辺り一帯が光で包まれた。フジニアは目を閉じた。


 「フジニア...フジニア...フジニア!」

 「!!」


 フジニアは管理人の声で目が覚めた。周囲を見回すとこちらを心配そうに見つめる管理人が居た。


 「大丈夫?ずっと魘されているみたいだったから心配しました」

 「...夢を見てたんだ」

 「夢を?フジニア、悲しいのですか?目から涙が」

 「涙?」


フジニアは目元に触れると涙が溢れて止まらなかった。


 「怖い夢だったのですか?」

 「ううん...悲しくて寂しい夢だった」

 「そっか...フジニアにとって大切な夢だったんですね」

 「ああ...」


止まらない涙に目を強く擦るが管理人に止められる。


 「目が痛くなります。フジニア、泣きたい時は悲しい時は泣いていいんです」

 「管理人...俺...俺は...」

 「はい、ゆっくりでいいから話してください...」

 「昔の皆と会ったんだ...それから...それ...」


震えてうまく話せないフジニアの背中を摩りながら管理人は優しく相槌を打ち、フジニアは思いが溢れて泣き出した。それからフジニアと管理人は話し合った。


 「ごめん...ありがとう管理人」

 「もう大丈夫ですか?」

 「もう大丈夫だ!ダメだな俺は...きさらぎを助けに行ったのに助けるどころか傷ついて、今だって助けられて...」

 「そんなことないと思います。あなたはに行ききさらぎさんを守りました...あの時、あなたがいかなければ彼女は殺されていましたから」

 「そうかもしれないな...なあ?きさらぎの容態は?」

 「まだ目を醒ましていません。あれから一週間がたちます」

 「一週間!そんなに立っていたのか?」

 「はい。なかなか目を醒まさないあなたたちに心配しましたよ。このまま目を醒まさないかと思いましたよ!」

 「それは悪いことをしたな」


と言うと管理人は愚痴を言う。


 「全く...私の身にもなってくださいね!フジニアときさらぎに関わる記憶を改ざんし、あの日の出来事は雨の日の天候による被害に書き換えました。きさらぎさんの傷はもう大丈夫です。あなたにこれを渡しておきます」


と管理人に渡されたのはきさらぎに資料だった。


 「私の管轄では人間も管理する場合がありますから...知りたいでしょ?きさらぎを売った母親のことを」

 「ああ...ありがとな」


渡された資料を見たフジニアはきさらぎを頼むと森から出ようとして管理人に止められる。


 「やはり行くのですか?きさらぎさんの許可なくそんなことをすればどうなるのか分かっていますよね?最悪嫌われますよ」

 「それでもいい...俺はきさらぎを救いたい。これが俺のエゴだ。どの道こうしないときさらぎは救われない。きさらぎを救うにはこれしかないんだ」

 「...エゴですか。行ってください」


フジニアは管理人に礼を言うと森を向けてある場所に向かった。フジニアが去った森に一人残った管理人は小さな声で呟いた。


 「あなたのそう言う所が好きですよ...さて、私も手伝いますか」

と言うと管理人は本を広げた。すると霧が発生しどこかへ向かって行った。


 その日の夜とある村では突如発生した霧に覆われていた。しかし、ある一軒家に住み女性は気づいていなかった。


 「なんなのよ!あたしが何したって言うのよ!ってかあの子一体どこ行ったのよ!」

女性は酔い物に当たり散らしている。ドアがノックされたが女性は気づかず酒を飲み続けている。その時ドアがひとりでに開いた。


 「あれ?何でドアが開いて...閉めないとっ!!あんた誰よ!来ないで!」


女性はドアを閉めようが霧が部屋に入り周囲が見えなくなった時に顔は見えないが何かが近づいてくる。女性はそれと目があった。初めて見る悪魔に逃げようとするが追い詰めらる。


 「いや...来ないで...いやあああああああああああああ」


数分後に女性の叫ぶ声が村に響いた。村人が駆けつけると女性は既に死んでいた。体を大量に噛みつかれ食い殺されていた。村人は祟りと恐れたがドアが開いていたことから野犬に襲われたと結論づけた。


 「やっぱりまずい...これできさらぎは解放される」


女性を食い殺したフジニアはそう呟くと川で口を洗い森に帰った。


2_19(レコード:19おかえりとただいま)

 森に帰ってきたフジニアは眠るきさらぎの傍に横になった。


 「きさらぎ...起きて...起きてよ...」


きさらぎの名を呼び眠るきさらぎの髪を摩っているときさらぎがゆっくりと目を開けた。


 「ううん...あれ?私は...フジニア?」


きさらぎはゆっくりと顔を見渡すと傍にフジニアがいることに気が付いた。


 「きさらぎ、俺が分かるか?良かった...本当に...このまま目を醒まさないかと思って心配したぞ」

 「ごめんね...心配かけて...」

 「いいんだ。きさらぎが無事ならそれでいい...もう居なくならないでくれ...あの時は本当に怖かった...きさらぎが殺されそうになっている時も...それから死にかけていた時も...ずっと怖かった...」


と言うフジニアの背中は震えていた。きさらぎはゆっくりと手を伸ばしフジニアの頬を撫でた。フジニアは片方の手でその手を握る。


 「フジニア...ごめんね。助けてくれてありがとう...私...信じてたんだ...フジニアが助けに来てくれること...」


と言うきさらぎにフジニアは声を荒げて言う。


 「なっ!何考えてんだよ、きさらぎ!それで俺が助けに来なかったら今頃お前は!殺されて死んでいたかもしれないんだぞ!」

 「そうかもしれない...でもフジニア来てくれたよ」

 「それは...」

 「だってフジニアは優しいから...助けに来てくれた...」


と微笑むきさらぎにフジニアは涙腺が崩壊し涙が溢れた。きさらぎの話を聞いたフジニアは涙が止まらない。きさらぎはフジニアに感謝しているがフジニアはきさらぎに感謝されていい異形ではない。


 (俺はきさらぎに感謝されていい異形じゃない。むしろ....逆だ。俺はきさらぎの母親を殺した。最低な異形だ。どんな理由があっても殺していいわけないのは分かっていた。きさらぎのためとはいえ...人を殺した。きさらぎの母親以外にも大勢殺した。きっと嫌われる。本当は話したくない...けど...これ以上嘘や本当のことは言わないのは嫌だ。約束したんだ...全てを話そう。それできさらぎが俺を拒むならこの手を話そう...)


フジニアはきさらぎに向き合うと深呼吸をして言った。


 「きさらぎ...俺はきさらぎが思うほどいい異形なんかじゃないんだ。俺はお前に嘘をついてた。お前の知らない所で多くの人間を殺してその魂を喰らってきた。それからお前の母親をこの手で殺した。許されないことをしたんだ。だから...俺のことを嫌いになっていい。忘れてくれていい。そのくらいのことをしたんだ」


きさらぎは何も言わずじーとフジニアの目を見る。フジニアは怯むことなく続けた。


 「だから俺とお前はもうこれ以上..「フジニア!」!!..きさらぎ?」


もうこれ以上そばにいるのを止めようと言いかけたフジニアだったがきさらぎが自分の名前を呼んだことで驚き肩がビクついた。きさらぎの名前を呼ぶときさらぎは静かなに涙を流しながらフジニアに抱き着いた。抱きしめたフジニアはどうすればいいのか分からず戸惑っていると今度はきさらぎがフジニアに話しかけた。その顔は見ることが出来なかったがフジニア同様に声が震えていた。


 「やだ...いやだ...いやだ!フジニアと一緒に居られなくなるなんていやだ!私はずっと一緒に居たい!これからもずっと...いつまでも一緒に居たい!離れないで傍にいてよ、フジニア!」

 「きさらぎ...だって俺は...お前といる資格ないし...それに俺は悪魔でお前は人間だ...」

 「それが何だって言うの?一緒に居る資格?そんなの要らない!悪魔だから人間だから一緒に居れないの?私はそんなの気にしない!フジニアはフジニアでしょ?」

 「きさらぎ...でも...いいのか...俺はお前と一緒に居ても..」


とフジニアが聞くときさらぎは強く握りしめた。


 「いいの、いいんだよ..一緒に居ていいんだよフジニア」

 「ありがとう...きさらぎ...」

 「お礼をいうのは私の方だよ。ごめん、ごめんねフジニア。私も嘘をついてた。ここに来るねっていたのに来なかった」

 「あれは儀式のせいで仕方なく!」

 「優しいんだね...フジニアは。私ねフジニアが何かを隠していることはなんとなく気づいてたんだ。でも...聞けなかった。聞いたら何かが壊れてしまう気がして...」

 「やっぱり気づいてたのか..」

 「うん...でも、それでもいいんだ。フジニアは私の大切な友達だもん。誰でも言えない秘密くらいあるものだから..私もそうだったから...確かにお母さんが死んじゃったのは悲しい」


ときさらぎに言われたフジニアは何かを言おうとした。きさらぎは分かっていたように話し続ける。


 「けど...フジニアよりも私は酷い人間だと思うの。だって...お母さんが死んじゃってホッとしている自分がいるんだもん。最低だよね。ずっと...ずっと怖かった。毎日殴られて蹴られて殺されるかと思った」

 「最低な人間のわけないだろ!だってきさらぎは!」


きさらぎのことを強く抱きしめたフジニアがそう言うときさらぎはフジニアにしか聞こえない小さな声で言った。その時聞こえていた雑音が消えた。


 「あの日...この森に来たこと覚えてる?」

 「ああ、忘れるわけない!あの日、俺ときさらぎは出会ったんだ」

 「そう、忘れられない私たちの思い出...本当はあの日...この森に来た時に私は悪魔に...フジニアに殺されるためにこの森に連れて来られたの」

 「それって...どういうことだ?」


きさらぎの言葉に動揺するフジニアにきさらぎは話し続ける。


 「私はいらない子供だった。だから殴られたり蹴られたりしてたの。私を殺そうとしていたし殺そうと思うほど憎かったと思う。でも、殺さなかった。私を殺したら罪に問われるから殺さず森に置き去りにしたの。仮にそれで私が死んでもフジニアが殺せば”自分は関わっていないから罪には問われない」

 「でも、母親なら森に連れてきたって疑われるだろ?」

 「ううん...きっと疑われない。この森は大人たちが興味本位で入ったりする森だし、疑われても私が勝手に入ったってことにされる」

 「なんだよそれ...胸糞わりい」

 「そうだね...森に置いて行かれた時迷子になって本当は怖かったの。でもフジニアと会えて怖くなくなった。初めの頃は怖くなかったけど殺されるんじゃないかって少し思ってた。今はフジニアと過ごしてそんな気持ちはなくなったんだ。でも、死なないお母さんは痺れを切らして私を売り飛ばして殺そうとした。それがあの儀式なの...」

 「そうだったのか、それを俺が助けたのか」

 「うん。大人たちはちょうどよかったみたい。死なない私を殺したいお母さんと儀式に生贄が欲しい村の人たちの意見が合致したみたい。そのせいで約束を破る羽目になっちゃった」


と言ったきさらぎは顔を上げると頭を下げてフジニアに謝った。


 「ごめんなさい!私があなたを利用する形になって...本当にごめんなさい。私はフジニアを利用していたけどずっと一緒に居たい、友達でいたい気持ちは嘘なんかじゃない。」

 「きさらぎ、頭を上げてくれ。話してくれてありがとう...俺はきさらぎが無事ならそれでいい。利用してたのは俺も同じだ」

 「フジニア...もし、私を嫌いになったその時はフジニア...私を殺していいよ」


と言うときさらぎはゆっくりと顔を上げた。フジニアは肩を掴んで勢いよく言った。


 「そんなこと言うな!俺がするわけないだろ。もういいんだ!聞いてくれ、たとえどんなことが会って俺たちはずっと一緒だ。どんな時もなにが合ったって」

 「うん...うん...そうだね。私たちはずっと一緒だよ」

 「おかえり...きさらぎ」

 「ただいま...フジニア」


互いにフジニアときさらぎは小指を握り指切りをして誓い合った。それからフジニアときさらぎは向き合いながら座り互いの過去について話し合った。

 

 互いの過去を話し合った二人は例の場所に来ていた。きさらぎは全ての墓に木の枝と花を置いた。


 「ここがあいつらの墓なんだ」

 「ここが...このお墓全部がフジニアの家族のみんななんだね」

 「ああ...きさらぎ?何してるんだ?」

 「お線香代わりにこの森の枝と花を供えたんだ」

 「ありがとう、あいつらも喜ぶよ」

 「少しでも、皆が供養できるといいと思って...フジニアの話しを聞いて皆がどんな異形なのか少しだけ分かった気がするの。できる事なら生きている彼らと会いたかった」

 「そうだな、あいつら懐きやすいからきっといい友達になれたと思う。死んじまったのあの日のことはずっと後悔してる」

 「フジニア...」

 「...でも、あの出来事があったから俺は理解したこともある。異形や人間...悪魔がどういう存在なのか分からなかったんだ。分かっていたらあんなことになっていなかったのかもしれない。いや、これはいい訳だ。知っていたとしてもあの日の出来事を変えられるとは思えない...ただ一つだけいいことはあった」

 「いいこと?」

 「ああ...きさらぎに出会えたことだ」

 「私に?」


きさらぎは首をかしげてフジニアを見る。フジニアは頷いた。


 「きさらぎに出会わなかったら俺はずっと人間を恨んでた。今も人間は好きじゃない。でも嫌いでもない。きさらぎに感謝してる。俺はいい人間もいることやその優しさや温かさを知ることが出来た。ありがとうな...きさらぎ」

 「フジニア...感謝するのは私の方だよ。私もあなたに助けられた。あの日...生きるのを諦めていた私を救ってくれたのはフジニアだよ。私もあなたに感謝してる。ありがとう、フジニア」

 「俺たち同じだな」

 「同じだね、フジニア」


きさらぎとフジニアは向き合うと互いの額を合わせた。そんな二人を風は優しく撫でた。きさらぎと目をつぶると彼らの声が聞こえた気がした。


 「親分をよろしくお願いします...」

 「彼女の事守ってあげてね...」


と天使と小悪魔たちの声が聞こえた二人は目を開け周りを見たが風が優しく吹いているだけだった。


 「今...声が...」

 「気のせいじゃないよな?」

 「きっと優しい風が教えてくれたんだよ...きっと」

 「そうだな...きっとそうだ」


二人は優しい風に吹かれながら空を見上げた。


 「ああ...必ず守って見せる」


とフジニアが言うときさらぎは照れながら言う。


 「フジニアのこと任せて!」


ときさらぎが言うとフジニアは照れ隠しなの顔を反らした。二人の言葉が届いたのか備えた花たちは風で静かに揺れると花びらが空に舞い綺麗な円を描いた。


 「綺麗!」

 「ああ、綺麗だ」


二人は空に舞い上がった花びらが風で飛んでいくまでその様子を見届けた。気づけば夕日が登っていた。


 「もうこんな時間」

 「今日はこのくらいにして帰ろうか」


と言い手を差し伸べるフジニア。

 「うん!帰ろう、フジニア」


と言いフジニアの手を握るきさらぎ。二人は振り向いて言う。


 「じゃあ、また来るな皆」

 「またね!」


と言ったきさらぎはフジニアに連れられて歩き出そうとした時耳元で声が聞こえた。


 「ありがとう...きさらぎ」


と聞こえたきさらぎは振り向いた時彼らが立っているように見えた。フジニアに声を掛けられたきさらぎはもう一度見るがそこには誰も立っておらず優しい風が頬を撫でるだけだった。


 「きさらぎ?どうした?何かあったのか?」

 「ううん...何でもない。行こう、フジニア」

 「そうか?まあいいか。行こう、きさらぎ」


再び二人は歩き出した。きさらぎはフジニアに聞こえない小さな声で呟いた。


 「私の方こそ...フジニアを守ってくれてありがとう」


その言葉は誰にも聞こえることなく優しい風が拾って行った。


 運命とは残酷だと誰かが言った。それはまやかしではないことを彼らは知ることとなる。きさらぎと和解したフジニアは森の異形たちと休んでいた時だった。慌てた様子でやってきた管理人はきさらぎとフジニアを見るや否や二人の手を掴む。そんな管理人の様子に二人は訳を聞いた。管理人は途切れながら二人に伝えた。切羽詰まる様子に二人は身構える。フジニアは嫌な予感がしたがその予感は的中してしまった。


 「大変です!フジニア、きさらぎさん!今すぐここから逃げてください!」

 「管理人?何がどうしたんだよ。そんなに慌てて」

 「管理人さん、落ち着いて!」

 「これが...落ち着いていられますか!さあ、早く!フジニア...きさらぎさんを連れて離れてください!」

 「離れるってどこだよ?それに何で逃げなきゃいけないんだ?俺ときさらぎに何か問題でも起きたのか?」

 「聞いてください!あなたたちのことがばれたんです!私も迂闊でした!もうすぐ追手が来ます!その隙に...早く逃げてください!」

 「俺たちのことがばれたのか...」

 「すみません....このままだとフジニアもきさらぎさんも処罰されます!あなたは悪魔の異形を剥奪され拷問を受けるでしょう...異形と言えどフジニアは貴重な悪魔の異形です。拷問はされても殺されることは無いです。ですが、きさらぎさんは違います」

 「きさらぎはどうなるんだよ!」


とフジニアが管理人の胸倉を掴むと管理人は震えたことで言った。


 「きさらぎさんは...悪魔と関わった罪で処罰されます...最悪のケースは殺されます」


管理人の話を聞いたフジニアは焦り、きさらぎは顔色が真っ青になった。


 「そんな!なら、急がないと!」

 「殺される...」


震えるきさらぎの体を抱きしめるフジニア。話を聞いた異形たちも協力し二人を逃がすことを決めた。


 「おれたちも協力する!」

 「お前ら..」

 「お前さんたちには色々してもらったからのう。その礼じゃ!」

 「皆さんも協力してくれるんですか?ありがとうございます。私が時間を稼ぎますから森の異形たちはお二人をカバーしてください!」

 「「「あいよ!/わかったわい」」」


と異形たちは声をそろえて言う。しかし、きさらぎは言う。


 「そんなことしたら皆が、管理人さんだってただじゃ済まないよ!それに...この森はフジニアの大切な森だし、皆のお墓が!」


ときさらぎは言う。フジニアは自分の役目を思い出し顔色が悪くなる。


 (そうだ。この森を離れることは皆との約束を破ることになる。でも、きさらぎを見捨てるなんて俺には...)


とフジニアが悩んでいると森の異形たちが言った。


 「お前さんは行きなさい」

 「でも...この森を守らないと...あいつらの墓だって」

 「お前さんもう、充分この森を守ってくれたぞ。今度は我らの番じゃ。お前さんの大切な彼らの墓もこの森も必ず我らが守る。お前さんにはもう、他に守る相手がいるじゃろう?その人子の守っておやり」


話しを聞きながらフジニアはきさらぎのことを見た。フジニアが守りたいのはきさらぎだ。フジニアは目を閉じて一息つき小悪魔の異形に言う。


 「お前...いいのか?」

 「ああ、よい。後は我らに任せよ。ここでお前さんたちが捕まり処罰されてしまう方が我らは嫌じゃ。お前さんはこの森を出て生きてくれ」

 「...ありがとう」


フジニアは頭を下げて礼を言うと小悪魔異形はその頭を摩った。


 「急に撫でるなよ!」

 「よいではないか。これで最後じゃぞ。じゃあな、きさらぎ...フジニア」

 「初めて読んでくれたな。その名前...じゃあな!色々ありがとう」

 「皆、ありがとう!」


と二人は言い手を振った。森の異形たちも手を振り替えす。二人は管理人と共に森を走った。


 「ここまでくれば大丈夫です。二人には私が掛けた魔法があるので追手には気づかれることがないはずです。後はこの案内兎ラビリンスが二人を案内します。これは僕とお二人の三人しか分からないので追手も後を追うことも見えることもないので安心して下さい!」

 「ありがとう、管理人」

 「礼を言うのはこちらのほうです。今はまだ追手も来ませんが早い方がいいです。さあ、早く!」


と二人の背中を押していかせようとする管理人にきさらぎは聞いた。


 「待って!私たちを逃がしたら管理人さんはどうなるの?」

 「...私も処罰されるでしょう...大方クビが飛ぶ」

 「そんな!なら、お前も一緒に!」

 「それはできません。私は管理人です。あなたと共に行けばあなたの立場と罪が重くなります。悪魔が誑かしたと見なされてしまうのです。行ってください。この仕事をする上で覚悟はできています」


と真剣に話す管理人にきさらぎとフジニアは何も言えなかった。先ほどとは違い強く気高い風が吹き荒れる。


 「私は職務よりもあなた方を選んだ。ただそれだけの事ですよ」

 「管理人...」

 「そう悲しい顔をしないでください。もしも、仕事を首になったらあなたの言う”マジシャン”にでもなりますかね」

 「似合わね~...管理人、ありがとう」

 「ありがとうございます。管理人さん」


二人は礼を言うと案内兎を追いかけて森を去った。二人が森を去った後きさらぎに貰ったクッキーを口にした。


 「やはり美味しい。この味がもう食べれなくなってしまうと思うとやはり寂しいですね」


と管理人が言うと後ろから追手がやってきた。


 「...あなたもそう思いませんか?」

 「動くな!管理人。悪魔を逃がした挙句協力した罪、職務放棄と反逆した罪に問われている。お前をこの場で拘束する。一緒に来てもらうぞ」

 「わかりました。行きましょう」


管理人は両手をあげると大人しく拘束された。


 (私が出来るのは此処までです。逃げてください...この先お二人がどうなってしまうのか私には分かりません。ですがせめて、お二人の未来に光が指すことを祈っています)


と管理人は心の中で祈った。




 審議の間に連れていかれた管理人の審議が始まった。管理人の裏切り行為は異形たちを驚愕させた。異形たちは口々に口を荒げて問い詰めるたが管理人は冷静に答えた。


 「なぜだ!なぜこんなことをした!お前は今までこのような不祥事を起こすことは無かっただろう!あの、悪魔か?あの悪魔と人間に唆され誑かされたのか!どうなんだ管理人!」

 「お二人は関係ありません。私の独断です。全て私の責任です」

 「ならばなぜそのようなことをしたのだ!」

 「お前は分かっていたはずだ。異形と人が手を取ればどうなるのかを!」

 「待っているのは破滅だけだ!異形と人は相いれないと!」


異形たちは傍にある机を叩きつきて管理人を抗議する。


 「それでも私は彼らを見て信じて見たくなったのです。彼らは...フジニアときさらぎは我々が思っているような規則のものとは違います。彼らは手を取り互いに支え合って生きているのです!彼らのように異形と人も相容れると言う少しの可能性を!」


と管理人がいうが異形たちの非難な声は収まらない。


 「ふざけるな!そんなことが許されてたまるか!」

 「穢れた汚らしい悪魔と欲深い醜い人間など言語道断だ!」

 「罪人たちを名前で呼ぶなど重罪だ!」

 「管理人は穢れた悪魔に洗脳され、人間に騙されているのだ!」

 「管理人は人間の食物を口にしている。それでおかしくなったのだ!」

 「早く、重罪人を捕まえよ!」

 「いや、生かしておけぬ!殺せ」

 「そうだ!あいつは悪魔だ!殺せばいい」

 「殺せ!殺せ!」


殺せと非難の声で審議の間はあふれかえっていた。管理人は訴えたが聞く耳を持たない異形たちに絶望した。


 (彼らは悪魔と言うだけでフジニアを否定し人間と言うだけできさらぎに嫌悪する。これではまるで差別と変わらないではないか)


彼らの言い分に絶望した管理人は彼らの声をただ聞いていた。彼らが黙秘をしている管理人に言った。


 「なぜ黙っている。お前もなんか言ったらどうだ!この罪人が!」


と一人の異形が言う。管理人は堪忍袋の緒が切れて目の前にある机を両手で強く叩いた。ダン!と強く机が叩きつけられた音が審議の間に響き渡る。異形たちは管理人の行動に驚き固まった。異形たちは何も言わず管理人を見て背筋が凍った。異形たちはその場から動くことのできない恐怖に襲われた。管理人の冷徹の目が恐ろしかった。動き言葉を発すれば殺されると言う恐怖に駆られた異形たちはこの沈黙が終わるまで誰も言葉を発しなかった。この沈黙を破ったのが代行人だった。


 「そこまでだ。ここは神聖な審議の間だ。管理人お前の行動はあるまじき行為だぞ」

 「すみません...神聖な審議の間であるまじき行動でした」

 「いや...よい」

 「次はないからな?管理人...」

 「はい。申し訳ありません」

 「それからあんたらも?」

 「...それでは審議のつづきをする」


審議の続きが行われたが異形たちは恐れたのか居心地が悪くなったのか全員出て行った。残ったのは処罰を受ける管理人と上司の代行人だけだった。


 「すみません、代行人。こんな頼りない部下で...処罰は喜んでお受け致します」

 「そうか。お前がその覚悟なら俺は何も言わん。それにもともと頼りない部下だ。それが問題児になった程度だ」

 「酷いいい方しますね!」

 「本音だからな。お前は善悪が分かる奴だからこんな問題は起こさないと思っていたが...以外と分からないもんだ」

 「本当にすみません」

 「何度も謝るな!したことは取り返えせない。お前も分かっているだろう?俺はお前がやったことが悪いとは言わねえ。でも良いとも言わねえ。お前が選んだ道だ。それで処罰されるならきちんと責任を取れ。まあ、今回はあの古臭い異形たちが騒いで煩かったからな。黙らせるのには丁度いいってもんだ」

 「代行人...」

 「まったく俺の部下は俺のいう事を無視して奇行に走るから困るんだよ。これで優秀な部下が一人減った」

 「その...」

 「そう気を落とすな。お前は自分のしたことが正しいと思っているなら最期まで突き通せ。今日からお前は俺の部下じゃない。好きにして自分のやりたいようにしろ」

 「代行人...ありがとうございます!」


管理人は代行人に頭を下げる。代行人は管理人の頭を雑に摩ると言った。


 「そう言うのやめろって言ってるだろ。馬鹿!」

 「雑に頭を撫でないでくださいよー」

 「いいだろ?これが上司として最後の仕事なんだからよー」

 「だから、やめてくださいってもう!」


それから数分間頭を撫でられた管理人は疲れて深呼吸をした。


 「ったく体力ねえなー」

 「それとこれとは関係ないです」

 「まあ、そうか。うん?もう来たか...」


代行人の元にきさらぎとフジニアについての連絡が届いた。代行人は話を聞くと後ろの扉を開けた。


 「...そうか。今回の件...そちら側が引き受けるのか...ならお前に任せる」

 「代行人?そちら側とは一体?」

 「相手は人間とはいえもう一対は悪魔だ。俺は異形だから人間だから悪魔だからと差別するつもりはないが念の為だ。こちら側が依頼する前に連絡がきた。こちらも都合がいいしあちら側もメンツがあるんだろうな。だから頼むことにした...天使に」

 「かしこまりました」

 「そこの声...天使って...まさか!」


管理人は入り口に気配がして振り向くとそこにはあり得ない異形が立っていた。ただの天使ではなく”堕天したはずの天使”がそこに立っていた。フジニアの過去は以前聞いていたため堕天使になった天使と瓜二つだった。


 「彼には執行人をやってもらう」

 「執行人の天使を彼に...待ってください!彼らは!それにこの天使は!」


代行人に訴えようとした管理人の言葉を塞いだのは執行人の天使だった。


 「安心してよ。僕は確かに執行人だけどむやみに殺したり裁いたりしないから!」


と言うと管理人の耳元でこう呟いた。


 「それに僕は彼とは...フジニアとは仲良しだからね」

 「!!」


管理人が何かを言おうとしたがその隙に天使は飛び去ってしまった。


 「待って!行っちゃった...」

 「他人の心配をしている暇じゃないだろ?管理人、お前の罪に関してはいったん保留にさせてもらう。その間は判断が決まるまでお前を幽閉する」

 「分かりました...」


管理人は代行人の後に続いて牢屋へ向かった。代行人は審議の間を管理し罪人を見定める役割を持つ。罪を犯したものを代行人が見定めた後の役割を担うのが執行人の役割だが多くの場合天使に任された場合はその罪人は死罪となる。


 管理人が幽閉された時、フジニアはきさらぎを連れて孤児院までやってきた。孤児院に着くと案内兎は可愛く鳴くと消えてしまった。消えた所に管理人のメモが落ちていた。


**

 フジニアへ

もしもの時の場合のみ案内兎を通して君たちをこの安全な孤児院に案内する。ここは学校が近くにあり緑豊かな自然が多く環境も綺麗できさらぎに良いと思ったのでこの孤児院を選んだ。安全で善良な人間がいるから二人にぴったりだと思う。ここは異形が居ないし人間はフジニアの姿を見ることがないのでその点はフジニアも便利だろう。しかし、あまり人前にはでない方がいい。見える人には見えるし鏡やカメラなど映す道具は君の姿を映すことがある。普段はきさらぎの陰に居て二人の時は陰に居なくてもいい。夜は二人ともなるべく行動を控える事。異形は朝や昼間は人間の時間だから活発ではないが夜は異形の時間だ。追手に気づかれる場合があるし夜は人間もフジニアを見やすくなるので気を付けてくれ

追伸

フジニア、きさらぎのことを頼む。君たちには認識妨害を掛けてあるから追手には気づかれにくくなってるので安心してくれ。後は頼む

管理人より

**


 「なんて書いてあったの?」


と聞いたきさらぎにフジニアは説明した。


 「いいかきさらぎ。今日から大きくなるまでこの孤児院で過ごすんだ。管理人が手配してくれたみたいだ」

 「管理人さんが!」

 「ああ、俺もお前の傍にいる。一人の時は姿を見せるがそれ以外の時はお前の陰に隠れてお前を守る。俺が傍にいることは二人だけの秘密だぞ」

 「分かった!約束だよ」


と言い二人は指切りをした。孤児院の入り口まで行くと疲れたのだろう。きさらぎは寝てしまった。フジニアも傍で眠っていたが足音が聞こえて慌ててきさらぎの陰の中へ入った。直ぐ後にドアが開き女性が顔を出した。


 「誰かの話声が聞こえたような気がして...あら?女の子が倒れてる!早く運ばないと」


女性はきさらぎを孤児院へ運んだ。目を醒ましたきさらぎはこの孤児院で過ごすことになった。初めてのことに緊張する日々を送っていたきさらぎだったが学校に行き初めて友達が出来たり遊んだりと充実した毎日を送った。こうしてきさらぎはこの孤児院で過ごし大きくなりやがて里親が見つかった。


 「今日からここがあなたの家よ。これからよろしくね、きさらぎ」

 「よろしくよろしくお願いします!」


里親も見つかり里親先でも楽しく暮したきさらぎは高校生になった。しかし、それは突然崩れ始める。


 「行ってきます!」


と元気良くきさらぎが言うと里親の母親も嬉しそうに手を振って言う。


 「行ってらっしゃい!」

 「行ってきますー!」


ともう一度元気よくきさらぎが言いながら手を振った。里親の母親の姿が見えなくなるときさらぎは周囲を見当たし誰もいないことを確認すると陰にいるフジニアに声を掛けた。


 「誰もいないよフジニア!」

 「そうみたいだな!行くかきさらぎ」

 「うん。一緒に行こう!フジニア」

 「おう!」


フジニアはきさらぎの陰から出ると一緒に学校まで向かった。その様子を執行人の天使に見られてしまった。


 「いたいた...み~つけた!」


と執行人の天使は言うと不気味に笑った。


2_20(レコード:接触)

 あの日から数年が経った。きさらぎは学校に通い今は授業を受けている頃だろう。初めのうちはきさらぎの陰に隠れていたが学校が無害と分かるとフジニアはちょくちょく影を抜け出して時間を潰している。学校が終わる時間になると俺はきさらぎの陰に戻り今日の出来事の話しを聞いた。きさらぎと話しながら家に帰るきさらぎは着替えるため俺は廊下に追い出された。初めの頃はよく分からず着替えている姿を見ていたがきさらぎが中学生の時に着替えを見て怒られたのだ。


**

その時の出来事

 「きさらぎ...お前その胸どうした?少し大きくなったんじゃないか?」

 「えっ?そうかな...ってフジニア何してるの?」

 「確かめようと思って」

 「えっ...ちょっと...」


フジニアはきさらぎの胸を掴んで平然と揉んだ。きさらぎは恥ずかしくなりフジニアの頬を平手打ちすると廊下へ追い出した。


 「馬鹿!変態!」

 「え?何が?」

 「普通女の子の胸を触ったりしないでしょ!」

 「普通じゃない時ってどんな時なんだ?」


とフジニアがきさらぎに聞くときさらぎの顔は林檎のように赤くなった。


 「その...だから...」

 「なんでそんなに顔が赤くなったんだ?」

 「え...フジニア何も知らないの?」

 「何が?」

 「だ、だから...もしかしてフジニアって何も知らないの?」

 「知らないって何を?」

 「だから...ああもう!着替えてる時は部屋に入ってくるの禁止!」


ときさらぎに言われたフジニアは廊下に出た。すると白紙の本が飛びフジニアのもとへ向かってきた。中を開くとそこにはでかでかと太字で”女の子の着替えを見たり体を触るのは犯罪です!”と書かれていたがフジニアは犯罪がよく分からず本に聞いた。


 「犯罪って何?俺まずいことをしたのか?」


とフジニアは真剣に聞き本も知らないと思わなかったので戸惑った。フジニアは何千年も生きてきたがきさらぎの事しか知らないので人間については赤子に等しかった。回答に困った本やそのやり取りを聞いていたきさらぎは本と共に”きさらぎが嫌がること”と伝えた。嫌が事だと気づいたフジニアは慌ててきさらぎに謝りその様子からきさらぎと本はフジニアが無知であることを知った。


 「本当に知らなかったんだ。確かに人が居ないあの森で何千年も居ればそうなるのかな?」

 「うん?どういうこと?」

 「いや...フジニアは何も知らない純粋なままでいてね」

 「え?え?」


フジニアは訳が分からず首を傾げた。本に聞いたが本は何も示さずそっと白紙に戻った。そんなこともあり着替えが終わるまで廊下で大人しく待つことにした。やろうと思えばきさらぎの陰に戻ることが出来るもののきさらぎの嫌がることはしたくないので素直にいう事を聞いている。

**


 着替え終わったきさらぎはいつものようにクッキーを作りフジニアと共に食べていた。フジニアはきさらぎが楽しそうに話す話を聞くのが好きでその様子を見ること、それだけが幸せだった。二人であの森を出た出来事は今でも忘れない。一度心配になったフジニアは無理をして様子を見に行った。しかし、森の近くまではいくことが出来ても案内兎に止められてしまい森に入ることはできなかった。本にも訪ねてみたが既に管理人はおらず森の異形たちは警戒しているのか姿を見ることはできなかった。


 (あいつらが無事であることを祈るしかない...きっと大丈夫だ)


と考え事をしていた。フジニアはいつの間にかきさらぎに呼ばれていたが気づくのに遅れてしまった。


 「フジ..ニア...フジニア...フジニア!」

 「はっ!えっと...どうしたきさらぎ?」

 「やっと返事してくれた。さっきからずっとぼーっとしてたらからどうしたのかと思ちゃったよ。大丈夫?フジニア」

 「悪い悪い!少し考え事をしてただけだから大丈夫だ。心配させて悪かったな」

 「フジニアが大丈夫ならいいの!それでね、話の続きだけど..」


きさらぎはそう言うとフジニアにまた話しだした。フジニアも傍で話しを聞いて笑ったりツッコミを入れたりする。幸せなこの日常がいつまでも続くことは無かった。今から7日、一週間後にきさらぎは死んだ。


 命あるものは皆生まれやがて死んでいく。これは生き物にも万物に与えられた起こり得る定めだ。それは異形だろうが人間だろうが変わらない。それは必ず訪れる。フジニアにも...そしてきさらぎにもだ。しかし、きさらぎの場合は違う。二人の幸せな終わりを告げ運命の歯車は狂い始めた。フジニアと話し終えたきさらぎは課題や勉強を行い風呂や夕食を食べ寝るために部屋に戻った。フジニアと話していたきさらぎは眠くなり先に眠ってしまった。きさらぎが眠りフジニアも傍で眠った。しかし...既にきさらぎに異変が起きていた。


 「うぐっ!ハアハアハアハア...」


突然心臓の痛みを感じたきさらぎは洗面所へ向かった。咳が収まらず何度も咳をした。喉の痛みを感じたきさらぎを思わず口元に手を当て押さえた。すると手に何か生温かい物がついてきさらぎは恐る恐る手についた何かを確認知るとそれはきさらぎの血だった。


 「え...これ...私の血?」


自分が吐血したことに背筋が凍る。いつの間にか咳は止まっていたが鏡に映った自分の姿を見たきさらぎは戦慄した。口元についた大量の血と手にこびりついた血を見てきさらぎは取り乱し過呼吸になった。なんとか過呼吸が収まったきさらぎは慌てて血を流していると寝ぼけたフジニアの声が聞こえてくる。


 「おーい...きさらぎ~何してるんだ?早く寝ようせ~」

 「フジニア!」


きさらぎはフジニアに気づかれる前に血を完全に流して部屋に戻った。


 「きさらぎ~やっときたか~」

 「ごめんごめん!お手洗いに行きたくなちゃって!」

 「そうか~あれ?きさらぎどうした~顔が真っ青だぞ...」

 「そんなことないよ!なんとないよ。もうフジニア、寝ぼけすぎ。早く寝ようよ!明日も早いから」

 「それもそうだな~」


寝ぼけるフジニアの手を繋ぎ二人は再び布団に入り眠りについた。


 それから時刻は深夜二時頃。フジニアはゆっくり起きると眠るきさらぎの姿を見てから窓を開け外へ出た。外は暗く人通りも少ない。フジニアはそこにいた。


 「ま、待って待ってくれ!殺さないでくれ!頼むお願いだ!」

 「黙れ!」

 「待ってくれ!なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ!」

 「とぼけるな。この付近で起きる女子高生殺人事件の犯人はお前だろ?もう何人も被害に合いこの度はきさらぎをターゲットにしていることは分かってんだよ」

 「なっ!なんでそれを!」

 「他の被害に合った女子高生は興味ないがきさらぎが関わってくるなら話しは別だ。そんなお前を殺せば死んだ被害者は少しは供養できるだろうな」

 「そんな...待ってくれ...まっ..うっうわああああああああああ!」


グシャリっと血飛沫とともに男の肉片が飛び散りその場は血の海となった。遺体を食い散らし魂を喰らったフジニアはきさらぎの家に戻ろうとした時だった。空から綺麗な白い羽が落ちてきた。フジニアはその羽を見ると堕天使のことを思い出し身構えて羽から離れた。するとどこからともなく声が聞こえた。


 「そんなに警戒しなくていいのに」

 「!!...誰だ!」

 「僕だよ!」


と声は上の方から聞こえてくる。フジニアは声のする方へ顔を向けるとそこにいたのは堕天したはずのかつての親友・堕天使だった。


 「どうして...お前は堕天したはずなのに...なのに天使ってどういうことだよ。それになんでここにいるんだよ?」

 「それはこっちのセリフだよ。それにほら見て!僕が堕天使ではなく天使だってこと分かるでしょ?」


と両手を広げて自慢したそうに言う天使にフジニアは訳が分からず戦慄する。顔色が悪くなったフジニアを揶揄うように天使は話しを続けた。


 「あれ~顔色が悪いよどうしたの?僕が執行人だから~それとも天使だから?」

 「天使...そうか。お前は今は執行人なのか。執行人ってことは俺を追いつめる立場にいるって事だろ?今俺の前にいるってことは俺を差し出す気か?」

 「いやいや~違うよと言いたいけどまあ~仕事だからね!でも...今は友達のよしみってことで一度だけ見逃してあげる」


という天使にフジニアは警戒する。


 「本当か?実は油断させて拘束なんて..」

 「そんなことしないよ~でも一つ条件がある」

 「条件?条件ってなんだよ」

 「例の...きさらぎって言ったけ?あの人間と縁を切るんだ」

 「それは俺にきさらぎを裏切れってことか?」

 「そう!じゃないと君は~」

 「断る!俺は嫌だ。きさらぎを裏切るくらいなら処罰される方がマシだ!お前は人間を嫌ってるし、きさらぎが邪魔なだけだろう。縁を切れば確実にきさらぎは殺される。そんなの絶対に嫌だ!」

 「っ!」

 「それに天使の執行人としての役割を全うしたいならすればいい。こんなまどろっこしい真似なんかせずに!そんなにきさらぎが嫌いなら俺を裁けはいいだろ!」


とフジニアは叫んでいった。すると今まで態度を変えずにフジニアを受け流していた天使は怒りを露わにさせフジニアの両肩を掴む。


 「君は事の重大さが分かっていない!いつまであの人間に嘘をつく。君はこの所人の魂だけじゃなく肉片まで喰らっているんだ!このままでは戻れなくなるぞ!彼女といれば君は破滅する!」


と声を荒げて行う天使にフジニアは驚いた。気づけば日没までもう時間がなくフジニアは両肩を掴む天使の両手を下げさせた。


 「そんなの知ったことか!ご忠告どうも!」


と言いその場を離れる前にフジニアは天使に聞こ層で聞こえない声で呟いた。


 「天使...ありがとう」


フジニアのその声が天使に届いたかどうかは分からない。


 「...きさらぎか。フジニアを救うにはこうするしかない。あの人間を...殺さなくちゃ」


天使はそう言うとその場を立ち去った。そこには男に遺体だけが残った。フジニアは何食わぬ顔で部屋に戻り布団に横になり再び眠りについた。寝息を立て始めたフジニアとは裏腹にきさらぎは起きていた。


 「血の匂いがする...フジニア...」


きさらぎは眠るフジニアを見つめた後何も言わぬまま眠るについた。


  二日目、それは突然起きた。


 「じゃあ、俺は少し出かけてくるからな!きさらぎも学校気をつけて行って来いよ」

 「分かったありがとう!フジニアも気をつけてね」


互いに手を振り返す。フジニアを見送ったきさらぎはいつものように学校へ行き過ごしたその帰り道を歩いていた。


 「今日は早く終わったからフジニアとたくさん話せるかな~あれ?天使の羽?」


歩いていると空から突然白い羽が落ちてきた。不思議そうにきさらぎは拾ってみることにした。


 「やっぱり、天使の羽だよね?なんでこんなところに...」


と羽を見ていたきさらぎの目の前に突然天使が現れた。


 「えっ...天使?どうしてこんなところに?」


きさらぎは不思議そうに天使を見るが対象に天使はきさらぎのことを蔑むような眼で見た。冷酷な表情でこちらを睨む天使にきさらぎは冷汗をかいた。


 「あの...」


きさらぎが天使の声を掛けようとすると今度は天使が何かを呟いた。しかし、この声は小さすぎて聞こえなかった。


 「...す」

 「えっ?今なんて言ったんですか?」

 「君を...」

 「??」


きさらぎは聞き返すがまともな返事がない。きさらぎが困り周囲を見回した。この場にはきさらぎと天使しかおらず天使はきさらぎに対して何かを言っていることは間違いないだろう。しかし、聞こえず動かない天使の詩手をするのはどうしたらよいのかきさらぎには分からなかった。気づけば十七時を知らせる鐘がなりきさらぎも家に帰らなくてはならなくなった。天使には悪いが門限もあり家にはフジニアもいる。早く帰らなければ....そう思ったきさらぎは天使に一声かけその場を後にすることにした。


 「ごめんなさい。私、もう帰らないといけないから...」


と言い天使に背を向けて歩き出そうとした時、天使の声はきさらぎの耳元に聞こえた。


 「君を殺す」

 「え...私を殺す?え...?」


きさらぎが思わず振り向くと天使はきさらぎに触れた。すると激しい衝撃がきさらぎを襲った。体は動かず衝撃と共にきさらぎは何かが崩壊するような嫌な予感にも襲われた。


 「な...何...これ...」


きさらぎの目の前は見えない黒い鎖が現れて突然崩壊し崩れ落ちた。壊れた鎖は地面に落ちるが残ることなく消えた。するときさらぎの目の前に一瞬だが日にちと数字が見えた。


 「上手くいったぞ...君の誓いは解かれた。これで君は死ぬ」

 「!!」


天使はきさらぎの耳元でそう言うと満足した笑みを浮かべた。天使の言葉を聞いたきさらぎは体が重くなり倒れてしまう。


 「なんで...体が動かな...あなた一体何を...」

 「君は知らなくていい。既に死ぬべき人間なのだから...フジニアもだ。こんなことをして縛るべきではない...」

 「フジニアってあなたフジニアと知り合いなの!じゃあまさか...あなたがあの天使?でも...あなたは堕天使したはずなのに!」

 「黙れ!お前はフジニアにかけられた縛りで死ぬ」


堕天使と言ったきさらぎの言葉に反応した天使はきさらぎの髪を掴む。


 「痛い!縛りって...何言ってるの?私はフジニアと契約なんてしてないし、縛りなんてな...」


と言いかけたきさらぎだったが気を失った。意識を失う前にきさらぎは天使の方を見て驚いた。あんなに冷徹な表情をした天使が悲しそうな顔をして静かに泣いていたからだ。


 「ごめん...フジニア」


気を失う前に天使は微かにこう呟いていた。


 それからどのくらい時間が経ったのだろう。きさらぎは分からなかったが誰かが自分の名前を必死に呼ぶこえが聞こえてくる。きさらぎは目を醒ますとそこは部屋の中できさらぎはベットに横になっていた。


 「きさ..らぎ...きさらぎ...きさらぎ!」

 「あ、あれ...フジニア?」

 「きさらぎ!良かった心配したぞ!」


フジニアはきさらぎに抱き着いて喜んだ。きさらぎは抱き着いたフジニアの背中を優しく撫でた後周囲を見た。


 「あれ...私...どうしてここに?」

 「なかなか帰ってこないから心配したぞ!学校の方を見てもいないし、何かあったのかと思って飛び回ってたら道で倒れているのを見つけたんだ。あの時は寿命が縮まるかと思ったぞ」

 「そうだったんだ。見つけてくれてありがとう」

 「いいんだ。熱もないみたいだから良かったけど...何かあったのか?」


とフジニアに訳を聞かれたきさらぎは先ほどの出来事を思い出した。天使と出会ったこと。それから天使にされたことも...あの時は衝撃と体のだるさや重さに苦しんだが今は何も感じなかった。あれは夢だったのかもしれない。


 「何にもないよ。ただ疲れちゃっただけなんだと思う。次から気を付けるね」

 「ああ、きさらぎが平気ならいいんだ。気をつけろよ?」

 「うん。気をつけるね。心配してくれてありがとう!」


ときさらぎがフジニアに礼を言うと十八時になった鐘が外から聞こえてくる。外を見ても十分暗くなっていた。


 「もうこんな時間!ごめんフジニア、私お風呂入ってくるね!」

 「了解~外で待ってるからな~!」

 「うん!」


きさらぎは支度をすると服を脱ぎ脱衣所に向かった。浴槽に浸かったきさらぎは天使のことを考えていた。


 「あれは夢だったのかな?それとも...本当に...」

 「あの天使は私を恨んでいるように見えた。あの天使はフジニアのこと悪魔じゃなくて名前で呼んでだ。もしかしたら本当にそうなのかな?」

 「だったらどうして...堕天使じゃなくて天使だったんだろう?」

 「...考えても分からないや」


するとコンコンっとドアを叩く音が聞こえた。


 「はーい」


ときさらぎが答えると叩いていたのはフジニアだった。


 「俺だ」

 「フジニア?どうしたの?」

 「ずいぶん長く入ってるから心配したんだよ。もしかして寝てたのか?」

 「ううん。考え事してただけ~!長く入りすぎたかもしれない。もう上がるね!」

 「分かった...ってちょっと待て!俺は部屋に戻るぞ!」


と言い大慌てでフジニアはきさらぎの部屋に戻っていった。シャワーを浴びてパジャマに着替えたきさらぎはその慌てように笑った。


 「フジニアったらそんなに慌てて入らなくてもいいのに」


そう言いながらきさらぎはフジニアが座っていた場所を見ると天使の羽が落ちていた。天使の羽を拾おうとしたが消えて無くなってしまった。


 「天使の羽?」


なぜこんなところに羽があるのか分からない。たまたま落ちたのか?意として落としたのかきさらぎには分からなかった。天使について聞きたいきさらぎだったがフジニアの無垢な笑みを見て聞くに聞けなかった。


 その後、きさらぎはフジニアと過ごし二人で眠る。そして深夜二時頃にフジニアは外に出て人を襲い殺し何もなかったかのように戻り同じ布団で眠る。


 (私の魂を食べられないからこんなことを...フジニアはこんなに苦しんでるのに私は何もできない。もういっそのこと...)


きさらぎの傍で眠るフジニアはとても苦しんでいた。普段は表には出さないが時々苦しみきさらぎを食おうとする。フジニアはそれを悔やみ葛藤している。その時のフジニアはただきさらぎに謝り泣いていた。きさらぎは寝ているふりを知らぬふりをしてただ声を殺して涙を隠れて流すことしかできなかった。


 「私のことを食べてしまえばいいのに...そうしたらフジニアも楽になれるのに...私は何もできないんだな...」


と呟いた時一瞬だが数字が見えた気がした。その数字はあと五日と見えた気がした。


 三日目...それはすでに始まっていた。きさらぎの体調に異変とともにきさらぎの周りで奇妙なことが起き始めた。きさらぎの体調不良の時に限って学校の窓ガラスが突然割れたり、物が壊れるなどの異変が起きた。しだいにきさらぎは孤立し不気味で気味が悪いと言われ嫌われ人から避けられるようになった。そしてきさらぎに対する暴行事件が未遂だが起きてしまう。この時怒り狂ったフジニアが暴れたため暴行犯は病院送りとなり、フジニアを止めたきさらぎを”悪魔や化け物、魔女”だと罵りきさらぎは皆から”魔女”というレッテルを張られてしまった。フジニアはきさらぎを助けたかったが自分の行いがきさらぎを傷つけてしまったこともあり何も言うことが出来なかった。この出来事からきさらぎとフジニアは互いに隠していることに不満を抱え二人の仲は最悪な方向へと進んでいった。

あと四日...


 四日目...きさらぎは不登校になり家からでなくなった。次第にフジニアもきさらぎに話しかけることが減り二人は喧嘩をして、フジニアがきさらぎの元へ去ってしまう。あと三日...

 五日目...結局二人は仲直りをしないまま時間が去っていく。

あと...日?


2_21(レコード:21因果応報)

 きさらぎと喧嘩をしたフジニアはきさらぎの元を去った。フジニアは月が綺麗に見える誰もいないビルの屋上に腰かけていた。


 「はあ...最悪だ。全く笑えなくてつまらない喧嘩をした。きさらぎと喧嘩をしたの初めてだ...」


と言いながら顔を手で覆うフジニア。


 「でも、きさらぎだって悪いんだからな!でも...俺も悪いか...」

 「きさらぎに謝らないと...」


フジニアはビルから飛び降りるときさらぎの家に向かった。フジニアは向かう道中にきさらぎとの喧嘩を思い出した。


**

 フジニアときさらぎの喧嘩のきっかけは些細な事だった。いつもならきっとくだらないと笑い飛ばすかもしれないたわいもない会話だったはずなのにいつの間にか二人は口論になった。二人はカッとなり何に怒ったのかその原因をすら覚えていなかった。二人は向き合い心の内を叫んだ。


 「ねえ、一体何を隠してるのフジニア!私達友達でしょ?私に言えないの?」


ときさらぎが怒り口調で言い悲しげな顔をする。フジニアを訴えるきさらぎの言葉を聞きフジニアは言い返した。


 「なんだよそれ...なら、お前だって...きさらぎだってそうだろ!俺にどうこう言う前にお前は...きさらぎは何隠してるんだよ!」


絶対にきさらぎに言わない冷めた口調で言ってしまった。後悔よりも怒りを感じたフジニアはきさらぎの胸倉を掴む。掴まれたきさらぎも動じずフジニアを睨み返した。


 「なんだよその目...何睨んでんだよ!」

 「睨んでるのはフジニアも同じでしょ?さっき私に何隠してるんだって言ったけどフジニアもそうでしょ!毎晩夜にこそこそ出かけて人を襲ってるでしょ!私...知ってるんだよ。最近この町で人が襲われてる噂聞いてるよ...それってフジニアのせいなんでしょ!」

 「ああ...そうだよ。それが何だ...だから何だよ!」

 「何で怒るの?人を襲ってあの森にいた時とは違うんだよ!この町に住む人はいい人だっていっぱいいるんだよ。その人たちを殺すの?」


ときさらぎはフジニアに訴える。フジニアはきさらぎに言われたことは理解しているがきさらぎに指摘されたくなく小さな声で言う。


 「そんなこと...俺だって分かってんだよ...」

 「じゃあ、なんで人を襲うの?フジ..「あの時と森にいる時とは違うんだよ!ここはあの時と違って人間は来ないから」..だからって襲うの?そんなの私を殺そうとした人たちと変わらないよ...」


ときさらぎに言われたフジニアは言葉を失った。きさらぎに言われなくなかった言葉を言われたフジニアは固まった。それに追い打ちをかけるようにきさらぎがフジニアに言う。


 「...私の魂を喰らえばよかったのに」

 「!!」


その一言でフジニアは時が止まったように感じた。フジニアをきさらぎの方を顔を向ける。きさらぎは下を向いて肩を震わしていた。


 (今...きさらぎはなんて言った?俺に...自分の魂を喰らえばよかったって言ったのか?きさらぎの魂を...ふざけんなよ!)


 「ああ...そうだなそうしてやるよ!」

 「え...フジニア?」


フジニアはきさらぎを押し倒した。きさらぎは急な出来事に反応が遅れてしまった。フジニアに押し倒されフジニアはきさらぎを喰らおうとする。きさらぎ顔にフジニアの涎が数滴落ちる。フジニアがきさらぎの首元を噛もうとした時きさらぎは自分が殺されそうになった記憶を思い出した。


 (あの時と同じ...違う...あの時とは違う..はずなのに...違う。こんなはずじゃない...私は...ただ...フジニアと一緒に居たかったのに...あの人達と違うと思ってたのに...)


取り乱したきさらぎは涙であふれる顔を腕で隠しながら呟いた。


 「嘘つき...フジニアなんか...友達じゃない...」

 「..きさ..」

 「...フジニアとなんか出会わなければ良かった」


ときさらぎに最も言われなくない言葉を言われたフジニアは全身に鳥肌がたち毛が逆立った。フジニアは顔を上げ自身の唇を嚙み締めた。


 「そうかよ!こっちだって、俺だってそうだ。お前となんか出会わなければ良かったよ!お前なんかどっか行っちまえ!死ねばいいんだ!」

 「え...フジニア...」


フジニアの目の前に傷ついたきさらぎの顔が見える。フジニアは再びきさらぎの首元に顔を近づけた。


 (こんなことするつもりじゃない。傷つけるつもりじゃない...俺は...俺は...なんで止まらないんだ...ただ...些細な事だったのに...きさらぎに謝らなきゃいけないのに...)


フジニアは静かに涙を流しながら思いとは裏腹に毒を吐く。


 「お前なんか死ねばよかったんだ...あの時助けなきゃよかった...」


 (違う..違う..違う...違う!俺はこんなことを言いたいわけじゃない!違う。違うのに!)


フジニアはきさらぎの首元を噛もうとした時、天使に殺されそうになった記憶を思い出した。その時の記憶が今の自分と重なりフジニアは全身に衝撃が襲う。


 (同じだ。あの時の天使と俺は同じだ。天使は俺を俺はきさらぎを殺そうとした。天使は俺を守ろうとして俺を殺そうとした。俺もきさらぎを守ろうとしてきさらぎを殺そうとした...守るべきだったきさらぎを...俺は...)


真っ青な顔をしたフジニアはきさらぎを見下ろした。きさらぎは絶望し悲しげな顔でフジニアを見上げている。その姿は過去の自分と重なる。


 (あの時の天使は...こんな気持ちだったのか)


溢れる後悔や苦しい感情を押し殺しきさらぎに謝った。


 「悪かった!お、俺は...俺は...」


フジニアはきさらぎから退けようとしたがきさらぎはフジニアの頬を両手で掴むと首元に近づけた。


 「いいの...ごめん..ごめんね...本当にごめんなさい。フジニア、私はあなたに迷惑かけてたみたい」

 「そんなことない...違うんだ。俺が悪いから..俺も言い過ぎたしだからきさ..え?」

 「そんな顔しないでフジニアは悪くないから...こんなつもりじゃなかったのにフジニアを傷つけた。ごめんね...今までありがとう...」

 「何して...何言ってんだよ」

 「私を食べたいならいいよ...フジニアなら私食べらえてもいいよ」

 『...いいよ。お前になら殺されていい』


過去に自分と目の前のきさらぎの言葉が完全に重なった。


 「俺は...」


何かを言われければならないと思いフジニアは頬を掴むきさらぎの両手を掴んだ。きさらぎの顔は見ることはできないが過去の自分のように震えていた。きさらぎを傷つけてしまったフジニアはきさらぎの両手を優しく頬から離した。


 (俺はきさらぎを傷つけた...もうきさらぎの傍には居られない...)


フジニアはゆっくり立ち上がると窓の傍に立った。きさらぎも起き上がりフジニアを見るがフジニアはきさらぎに背を向けた。


 「俺は...きさらぎの魂を食べない...」

 「俺はきさらぎを傷つけた...俺達一度離れた方がいいのかもしれない...俺は出てくよ、きさらぎ」

 「フジニア...あの...分かった。今までありがとう...さようなら...フジニア」

 「......」

 「フジ..!」


フジニアは何も言わず飛び去った。きさらぎがフジニアの名を呼ぼうとしたがフジニアに聞かれることもなかった。そこにあったのは暗い空とそこに浮かぶ月だけだった。

**


 フジニアは思い出しため息が止まらない。あの時きささらに”さようなら”と言わなかったのは言えばもう会えない気がしたからだ。既にこの状況もよいとは言えない。飛び去った過去の天使と全く同じ行動をしたフジニアは頭を抱えた。


 「結局俺も立場が違うだけでやってることは同じなのか...」


きさらぎの元を飛び出してから二日は立っていた。もう少しで一週間が終わりまた始まる。そう思っていたフジニアにその日は来なかった。


 「見つけた」

 「っ!」


突然背後から声が聞こえたフジニアは周囲を確認するが何もない。気のせいかと思った瞬間突然体を拘束された。


 「え...何だこれ、しまった!」


フジニアは拘束を解こうとするが中々解けない。フジニアが拘束を解こうとすると異形たちが姿を現した。


 「ついに見つけたぞ、悪魔」

 「っ!あんた達は...」


姿を見せたのは代行人だった。動揺するフジニアを置いて代行人はのんきに二人で話し出した。


 「まったく天使がモタモタするから俺たちが駆り出されただろうが..」

 「そう言うなよ。別にいいだろう、人にはいや異形か。異形にはそれぞれペースと言うものがあるんだから」

 「何言ってんだ。俺にも仕事があるんだよ。ったく直々に来てやったんだ。感謝しろよ全く!」

 「はいはい。心から感謝してますー」

 「おい?してないよな?お前は全く!だいたいお前の部下がやらかしたからお前とその後始末に俺が巻き込まれたんだぞ。それを分かってるのか?」

 「はいはい。胸倉を掴むな。近いぞ、離れろ。ソーシャルデイスタンス。お前に告白されても毛ほども嬉しくない」

 「話しを聞けや?全くお前の部下が優秀だったことも驚きなのに、その部下がやらかしたことに驚いて、お前が後始末することになって手を貸そうとした数分前の俺の気持ちを返せ!」

 「それには感謝してる。同じ代行人の中で唯一の同期で俺のことを気にかけてくれるのはお前だけだからね」

 「え...そんなこと言われたら照れるだろ」

 「フフフ...照れてる!」

 「おい!笑うな。こいつ...やっぱり手伝わなきゃよかった」


フジニアは目の前の光景に目で追う事しかできず反応に困った。二人のやり取りは止まらずフジニアはその隙に拘束を解こうとするが解けない。見えない力で押さえつけられているようだ。


 「なんだこれ...くそ...解けない」

 「当たり前だ。それは悪魔を弱らせる結界のようなものだ。悪魔のお前がどうこうできる代物ではない。お前はそこから一歩も動くことはできない」

 「天使も天使だな。こいつと交流があるのか知らんが手を抜いてたな。まあいいか..今天使から連絡を受けた。ここに対象の人間を裁くために連れてきてもらう」

 「彼を捕まえたし、一件落着かな」

 「ったくこんなことならお前だけで足りるだろう」

 「念のためだよ。相手は悪魔だし、報告によれば例の森の番人をやっていたから強いと思ったからな」

 「よく言うよ。お前は異形の中で最も強いだろうが。悪魔でさお前を見たら死を選ぶのにな。俺が居てよかったな悪魔」

 「え?」


代行人はそう言いながら指を指した。


 「こいつは異形の中で最も強い異形なんだ。種族とか関係なしにな。お前を逃がした管理人はこいつの部下だよ。こいつは管理人を気に入ってたし生まれた時から育ててたからな。管理人が規則を破りお前を逃がしたって聞いた時は抑えるのに大変だったんだぞ。お前と人間を問答無用で殺しに行こうとするからな。だから俺が来たんだよ。でなきゃ今頃お前とその人間はあいつに殺され生き返されてまた殺される。魂が消えるまでの生き地獄を繰り返していただろうよ」

 「生き地獄...」

 「ああ、だから言ったろ?俺は巻き込まれたって...こいつが暴走して止める後始末をするのが俺の仕事だからな。その面倒ごとをこれ以上引き受けたくないんでね」

 「これ以上...?」

 「そう、管理人から聞いてないのか?過去にあいつの部下の管理人が”とある異形に巻き込まれた”時はこいつを止めるのに苦労したんだ。なりふり構わず異形と人間を殺そうとするから。危うく一部の世界が消えるところだった。あの時管理人が命懸けでこいつを呼び掛けてくれたおかげで何とかなったんだよ。だから今回のことがあってこいつの堪忍袋の緒が切れてな...ってこんなこと悪魔に言っても意味ないか」


と言う代行人は髪の毛をかいた。フジニアは代行人の言葉に背筋が凍りつき自身を睨む冷徹な笑みに恐怖した。


 「...れは...俺は...」


(言葉が上手く出てこない...まずいまずいまずい。早くこいつらから逃げてきさらぎの所に行かないといけないのに!)


フジニアは代行人の圧に動けず息ができなくなりかけた時その圧を止めたのが傍にいた代行人だった。


 「おい、やめておけ。お前の圧はあいつがもたない」

 「...っち」

 「舌打ちもだめだ。とにかく連れてくぞ」


代行人は拘束したフジニアの肩を掴んで言った。フジニアは代行人の会話を聞ききさらぎのことを思い出し慌てて弁解した。


 「まっ待ってくれ!さっき対象に人間がどうかと言っていたな!それって...きさらぎのことなのか?」

 「やはり知っていたのか...そうだ。お前の言う通りその人間、きさらぎと言ったか?そいつがお前と同じ処罰の対象者だ」

 「きさらぎが...待ってくれ!俺ときさらぎはもう別れたしそもそもあいつは関係ないだろ!だいたいなんできさらぎが裁かれるんだよ!俺ときさらぎが一緒に居るだけで何がいけないんだ!」

 「黙れ!」

 「うぐっ!」


代行人はフジニアの髪の毛を乱暴に掴み上げた。


 「つっ...離せ...」

 「おい!関係ないわけないだろ?関係ならある...悪魔と取引をした又は契約をした人間は裁きの対象となる。お前の傍にいたあの人間...きさらぎのようにな」

 「ちょっと待ってくれ!きさらぎとは何もないし、きさらぎには何もしてない!悪魔の取引だって悪魔の契約だってそうだ!俺はきさらぎの魂だって!”俺はきさらぎと友達になりたい”、”友達になってずっと一緒にいたい”って互いに思っていただけで!」

 「それがどうした?」

 「えっ?」


フジニアは代行人に発した一言に固まった。フジニアは恐る恐る代行人を見た。代行人は冷めたような目でフジニアを見下しながら言った。


 「悪魔と人間が友達だと?言語道断だ。決して取引や契約をしなくたって友達になりたいと...ずっと一緒に居たいと思えばそれは取引や契約と何ら変わらない。その者を縛るんだ。悪魔が傍にいた人間の末路なんてそんなもの決まっているだろ。お前がその人間の人生を壊したんだ」


フジニアは代行人に言われた一言で絶望した。


 (俺が壊した...きさらぎを...あの時...きさらぎと出会って...会いたいと約束して名前をつけてもらって友達なって...それから...あの時も...あの時も...俺が...きさらぎを...俺のせいで...俺がきさらぎを壊した)


 「そっそんな...俺のせいだ...」


絶望したフジニアは気力を無くした。掴んでいたフジニアの髪を離すとフジニアは拘束されたままになる。そんなフジニアを見た代行人は憐れんで言った。


 「お前は何とも哀れな悪魔だな...お前が無意識とはいえ縛り付けたせいでその寿命と人生が狂ったんだ」

 「それってどういう...?」

 「あの人間はお前と出会う前から死が決まっていた。お前と出会い死ぬはずだった。しかし...お前と出会い互いの思いから死の概念が狂い始めた。そして今まで生きていたんだ...しかし狂ったネジは直さなければならない。だからあの日...天使が人間の元にやってきてその縛りを解いた。縛りを解いたことで今まで止まっていたその歯車が動き出した。悪魔と過ごし死の概念から外れたため不幸なことが続いたのだ。お前との喧嘩もそうだろう。命のタイムリミットは一週間後だったはずだ」

 「一週間後ってたしか...今日だな」

 「今日ってことは...きさらぎはもう...死ぬ...」


追い打ちをかけるように話す代行人の言葉にフジニアは耐えきれなかった。絶望ときさらぎの死への衝撃が襲い悲鳴を上げて泣き叫んだ。泣き叫んだフジニアの声は出ず代行人のみ聞こえた。


 「...本当に哀れな生き物だな」


とフジニアを見た代行人の一人が呟いた。


 同時刻、きさらぎは学校の屋上にいた。その手には白いメモ用紙が握られていた。メモには”学校の屋上にこい”と書かれていた。呼び出されたきさらぎは少し気まずそうにフジニアを待っていた。


 「はあ...学校にこいか...来ないなフジニア」


ときさらぎは屋上から見える景色を眺めていた時激しい風が吹き荒れた。


 「風が...」


激しい風に目をつぶったきさらぎは風が止んで目を開けた。すると後ろから誰かが立っている気配がした。フジニアかと思ったきさらぎは振り向くとそこに立っていたのはフジニアではなかった。


 「フジニア!え...」

 「やっと見つけた...人間」

 「あなたはあの時の!」


きさらぎが振り向いた先で立っていたのはフジニアはではなく天使だった。


2_22(レコード:22亡骸)

 きさらぎが振り向いた先で立っていたのはフジニアではなく天使だった。きさらぎは目の前に立つ天使に驚いた。


 「あなたは...どうしてここに?」

 「.....」


天使に聞いても一向に答えようとしなかった。答えない天使に困惑したきさらぎだったが立ち尽くすわけにもいかず天使に一声かけようとした時だった。天使は突然きさらぎの首を掴み絞めた。


 「..せいだ..」

 「え?なあに?」

 「...まえのせいだ!お前のせいだ!」

 「え?うぐっ...離し...して...」


急な出来事に反応が遅れてしまいきさらぎは抵抗したが首を絞める力は直なる。


 「お前のせいだ。お前のせいで...あいつは!お前と出会ったせいで!あいつは処分されるんだ!お前さえ...お前さえいなければ良かったんだ!」

 「息ができな...苦し...」


きさらぎは必死に抵抗していた時苦しさから涙がこぼれそうになる。すると顔に雫が落ち雨なのかと考えていたがそうではなかった。落ちてきた雫は雨で泣く天使の涙だった。天使はきさらぎを憎み同時に苦しそうな悲しげな顔をしていた。


 「天使...さ...」


きさらぎは息が出来なくなり意識が飛びそうになった時その手は離された。きさらぎはその場で崩れ落ち首に手を当てて息を整えた。きさらぎは息を整えながら顔を上げると天使の他に見知らぬ異形が立っていた。


 「知らない...異形の人...」


息を整えているきさらぎを無視した異形・代行人は天使を拘束し話しかけた。


 「天使、一体ここで何をしている?」

 「...」

 「お前の役目は違うだろ?その人間を手にかけることではない。お前の仕事は終わったはずだが...」

 「......」

 「まあいい...仕事の邪魔だ。今すぐ去れ...」


と代行人は言うと天使は反抗せずに頷き、きさらぎに毒を吐き出すように言うとその場から飛び去った。


 「全部...お前のせいだ...人間のことで処罰されるなんて馬鹿だよ...人間に傷つけられて壊されたのに人間を守るなんて...裏切者...親友だって信じてたのに...」

 「天使...さん...」


きさらぎは飛び去った天使を見て声を掛けようとしたが既に天使の姿はなかった。天使を気に掛けたきさらぎだったが目の前には鎌を持った代行人がきさらぎを見つめていた。


 「きさらぎっと言ったか?他人を心配するよりも己の心配をしたらどうだ?これを見たら分かるだろう。これからお前に裁きを与える」

 「裁きを...」

 「そうだ。無意識とはいえ悪魔と取引や契約に近しい縛りをした。それによりお前の寿命や人生を捻じ曲げた。その罪は重い...例え悪魔が何もしなくても悪魔の傍にいればその人間の寿命は尽きる。本来ならその場で死ぬのだが天使の加護により呪縛を解いて七日の命を与えた。最後に言いたいことはあるか?」


と鎌を突き付けられたきさらぎは酷く冷静で恐怖はなかった。代行人の話しを聞いたきさらぎは己の身に起こった悲劇の原因を知り納得した。


 「そっか...あれはやっぱりあの時見えた数字は私の寿命だったのか...今まで起きていた酷いことは私のせいでこんなことに...なのに...でも...フジニアは...」


ときさらぎが言うと代行人は不思議な顔をしてきさらぎを見る。


 「フジニア?」

 「フジニアは私がつけた彼の名前です」

 「お前は悪魔に名前を付けたのか?」

 「はい..名前を付けた時フジニアは喜んでくれたんです。あの時は本当に嬉しかった。あの...お願いがあります。もしもフジニアに会えたら伝えて欲しいんです」

 「...分かった。お前がこの後死んだ時にあいつにしっかりと伝える」

 「ありがとうございます。フジニアにはこう伝えてください」


きさらぎは代行人に最後にそう伝えた。言い終えたきさらぎは覚悟を決めて目を閉じた。これから死ぬというのに怖くはなかった。


 「お前の伝言確かに受け取った。あとのことは任せろ楽に終わらせてやる。いくぞ...それでは罪を決行する。裁きを今...」


と言うと代行人は釜を振り上げきさらぎを斬り付けた。不思議なことに痛みは何一つなかった。何故か込み上げてくる涙と共に体が浮き地面に向って落下した。その時、擦れていく視界の中でフジニアの姿が見えた。


 (フジニア...夢みたい。フジニアの姿が見えるなんて...これはきっと私が見たい走馬灯なんだろうな...)


 「きさらぎいいいいいいいいいいいいいい!」


必死にきさらぎの名前を叫び手を伸ばすフジニアにきさらぎは笑った。


 「ごめんなさい...私は死んでしまう。あなたを残して死んでしまう...けど..もしも生まれ変われるのなら...生まれ変わることができるなら...あなたのように人ではなく異形として...来世は幸せになれると信じて...」


その一言を最後にきさらぎは死に絶えた。


 数分前...代行人に捕縛されたフジニアは絶望し己を責めていた。


 「そんな...俺のせいだ...俺の!」

 「今からお前の罪を!!誰だ!」

 「え?」

 「なっ!嘘だろ」


代行人はフジニアの罪を裁くため連れて行こうとした時何者かが二人の間に入りフジニアの拘束を解いた。何者かはフジニアを庇うように前に立つとその姿を見た代行人とフジニアは驚きの声を上げる。


 「どうしてお前が...何故ここにいる?管理人」


管理人の姿を見た代行人は声を荒げて怒鳴った。


 「すみません。お話があります。彼を...フジニアを人間のきさらぎの所に行かせてあげてください!」

 「っ!!そんなこと認められるか!だいたいお前はあそこで幽閉していたのに何故ここに来た!なぜ勝手な判断であそこから抜け出した!」

 「それに関しては本当にすみません。ですが!」

 「いいや...話しなどない。今すぐ戻れ管理人。今なら不問にしてやる。だから...」

 「お願いです!代行人、いや...先生!彼の...フジニアの罪についてお話があります!」

 「話なんてない!こいつは有罪で」


とフジニアを睨みつけながら話す代行人の腕ももう一人の代行人が掴んだ。


 「いいだろう。聞かせてもらおう。おい、悪魔行け」

 「え...で、でも」

 「何勝手に判断してるんだ!そんなこと」

 「いいから早く行け...もう手遅れかも知れないけどな」

 「何してまだ話しは!」

 「フジニア...行ってください」

 「管理人...俺は...」

 「行きなさい!」

 「...あっありがとう!」


とフジニアは礼を言うときさらぎの元へと急いで向かった。


 フジニアは急いできさらぎを探した。


 「きさらぎ!どこだ、きさらぎ!あっいた!」


フジニアがきさらぎを見つけた時にはもう既にきさらぎは鎌で切られた直後だった。フジニアは落下するきさらぎを掴もうと必死に手を伸ばした。


 「そんな...つっ...きさらぎいいいいいいいいいいいいいい!」

 「!!お前...どうして...」


フジニアはきさらぎを掴んだが間に合わずきさらぎは既に死んでいた。突然現れたフジニアに代行人は身構えた物の直ぐに鎌を下した。


 「切って...いや..最後くらいはいいか...」


代行人は呟きながら見下ろした。フジニアが泣き叫びきさらぎの名前を呼んでいた。その光景に一息ついた後代行人も屋上から飛び降りた。


 「あああああああああああああ!」

 「きさらぎ!きさらぎ!きさらぎ!きさらぎ!目を開けてくれよ!」

 「死ぬんじゃねえよ!俺はまだきさらぎと仲直りしてないぞ...こんなのありかよ!」

 「なあ...頼む!死ぬな死ぬな。きさらぎ!」


 (きさらぎが死んだ。どんなに泣き叫んでも意味がない事くらい分かってる。分かってる...けど...叫ばずにはいられなかった)


どんなに叫んで名前を呼んでもきさらぎは答えない。笑ってフジニアの名前を呼んではくれない。なぜなら...きさらぎはもう死んでいるからだ。フジニアは理解はしたが心が追い付かなかった。必死に冷たくなるきさらぎの体温を逃がさないように優しく抱きしめた。フジニアはこの場から動きたくはなかったが罰を受けなくてならない。次第に代行人らが集まってきた。


 「例の悪魔と人間だな?人間の方は死んでいるのか」

 「......」

 「答える気はないか。まあいい、一緒に来てもらおう」

 「......」


フジニアは答えるままきさらぎをただ抱きしめていた。その場から動かないフジニアに嫌気が差したのか代行人がフジニアに触れた。しかしフジニアは一向に動こうとしない。


 「お前...強情の悪魔だな」

 「動け...ってビクともしないぞこいつ!」

 「どうすんだよ。こいつを連れて行かないと処罰できないだろ?」

 「とにかく連れて行かないと...なあ悪魔?俺たちはお前を処罰しないといけないんだ。そこに案内するから立ってくれないか?」

 「......」

 「おい!無視すんなよ」

 「何やってもだめだなこいつ...なら人間の方でも先に連れて行くか?」


代行人の一人がそう言うと他の代行人たちも納得したのかきさらぎに触れようと手を伸ばした。すると今まで無気力だったフジニアがその手をに斬り潰した。


 「さわ...な」

 「うん?何か言ったか?」

 「離せ...きさらぎに触るな!」

 「いだああああああああああ!」

 「てめえ!いきなり何すんだ!」

 「やっぱり悪魔なんて無理だ!この場で殺そう!」

 「「「そうだそうだ!」」」


と代行人たちは言うと鎌を取り出した。フジニアは代行人たちを鋭く睨む付けてきさらぎを守る様に構えた。


 「こいつ!この悪魔は危険だ。殺せ!」

 「どけ!触るな!きさらぎに近づくなあ!お前全員殺してやる!」


フジニアはそう言うと巨大化し漆黒の翼をばたつかせ牙を生やした。フジニアのおたけびは殺気も交じりその場を制した。その姿を見た代行人たちは恐怖に捕らわれ動けなくなってしまった。それからはもう地獄だった。暴れるフジニアを抑え死んでいるきさらぎと共に審議の間に連れて行かなければならないのだ。しかし、暴れ狂うフジニアを止めることが出来る異形はこの場には居なかった。暴れまわりきさらぎを守ろうとしたフジニアの体は傷つき体中から血が流れていた。このままではフジニアまで死んでしまう。そんなフジニアを止めたのは管理人だった。


 「離せ!きさらぎに触るなあああああああああ!」


と言いながら代行人の行く手を拒んでいるフジニアに触れ管理人は優しく声を掛けた。


 「もう大丈夫...落ち着いてフジニア」

 「!!...その声は...管理人?」


フジニアがゆっくり振り向くと優しそうな表情で見つめる管理人が立っていた。


 「管理人...どうして...」

 「代行人と話を付けたんだ。もう大丈夫...私も一緒に罰を受けるから一緒に審議の間に行こう?」


と管理人は言うとフジニアはゆっくり頷き羽をしまい牙も元のサイズに戻った。


 「...分かった。管理者が一緒なら行く」

 「いい子ですね...フジニア」


管理人は言うとフジニアの頭を優しく撫で、死んだきさらぎの瞼に手を当てた。代行人たちは管理人が現れたことにも驚いたがフジニアが大人しくなったことにも驚きを隠せなかった。近くにいた代行人の一人が二人に手錠をかけ審議の間に連れて行った。フジニアはただ茫然と審議の間で行われている裁判を聞いているだけだった。


 (きっと俺は殺される...重罪を犯したんだ...でもいいか...きさらぎはもういない。森に住んでいた異形たちだって...どうなったのか分からない...もういいや...疲れた...俺は死罪だ。きっと...そう思っていたのに俺に下された判決は違うものだった)


 「罪状は以上だ。管理人並びに悪魔の地位を剥奪。管理人を地獄を管理し閻魔を補佐する職務、地獄の門番とする。対して悪魔は重罪を犯したとして魂を導く者の職務、死神とする。死した魂を導け!これにて両二名の審議を終了とする。解散!」


審議が終われば代行人や異形たちは興味がないからその場を去っていく。フジニアは自分の判決を信じられずその場から動けずにいると管理人が優しくフジニアに声を掛けた。


 「フジニア、大丈夫?」

 「ど...して...どうして...俺が死神に?普通は死罪になるはずなのに...」

 「フジニア、そんなこと言わないで...確かに普通に行けばフジニアは死罪で僕も同様に極刑に処さるだろう」

 「なら、どうして!」

 「フジニアが死罪にならなかったのには理由がある。訳を話すから落ち着いて聞いて欲しい。実はね...あの時...」


管理人は数分前の出来事を思い出しながらフジニアに説明した。


2_23(レコード:23審議と転生)

**

 数分前...代行人は直ぐにフジニアの後を追おうとしたが管理人ともう一人の代行人に引き留められた。


 「何してるんだ!あいつが!」

 「少し冷静になれ馬鹿!」

 「これが落ち着いてられるか!なぜ引き留めた。あいつは処罰の対象だぞ!管理人もなぜおれの言うことを聞かない!お前は!」

 「お前が取り乱してどうする!少しは部下の話しを聞け!お前が何故悪魔と人間を恨むのかその理由は痛いほど分かる。ただ...あの悪魔と人間は違う。それだけは忘れるな...お前が我を忘れたら元も子もないだろ。あの時と同じように大切な部下をまた失いたいのか!」

 「......」

 「...代行人。あの..その...」

 「部下じゃない...元部下だ」

 「ハイハイ。大切なのは否定しないんだな」

 「...」


代行人は下を向いてため息をついた後管理人に寄り掛かった。


 「えっと...代行人?」


突然のことに焦った管理人は代行人を受け止めた。代行人は何も言わず管理人を抱きしめた後小さな声で言った。


 「悪魔の処罰について言えよ...」

 「...代行人!分かりました。話します...」


と管理人は言うと代行人は静かに話しを聞いた。


 「フジニアを..彼を死罪に処し殺すことは簡単です。ですが、死罪ではなく別の方法で処罰することも出来るはずです」

 「ほう...別の方法とは何だ?行ってみろ管理人。この状況で俺とお前にくっついているそのぽんこつを納得することが出来たら考えてやる」

 「誰がぽんこつだ!」

 「お前だ馬鹿やろう」

 「酷い言い方だな。俺のどこがぽんこつだ」

 「今がそうだろう。だいたいお前は異形で最強な癖して部下に抱き着いているからだ」

 「侵害...元部下だ。それに元部下だけじゃないし...」

 「はいはい!管理人はお前の大切な息子だもんな」

 「分かればいい」

 「いらっ!おい、管理人!こいつこの場で殺していいか?」

 「何言ってるんだ?お前は俺より弱い癖に」

 「いらっ!そうかよ...なら今この場でくびり殺してやる」

 「おおー怖い怖い!助けて管理人ーこいつに殺されるー」

 「棒読みするな!」

 「きゃあー」

 「おい!」

 「あの...話を...」


 管理人は代行人の二人に話をしようとしたがこの二人は犬猿の仲なのだ。顔を合わせれば喧嘩する。元師匠の代行人は管理人の肩に手を置きそれを見る代行人にドヤ顔を披露した。ドヤ顔を見せられた代行人はイラつき殴ろうとして管理人は止めるのが大変だった。何とか止めた後二人に先ほどの話しを始めた。


 「えっと...話してもいいですか?」

 「構わない話せ」

 「でも...代行人が」

 「こいつのことは気にするな」

 「いや...でも...」

 「か..管理人助けて...苦し...」

 「てめえは一章そうしてろ」

 「あ、あははは...」

 「管理人、苦笑いしてないで助けてー」

 「いいから続けろ」

 「え...はい...」


元師匠の代行人の首を肘で絞める代行人に管理人は苦笑いをするしかなかった。締めている代行人はイラついているが絞められている代行人は案外平気そうだった。きっとわざとだろう。代行人が本気を出せばすぐに抜け出せることを知っているのでそのことに関しては心配はいらないのだ。管理人はそのまま二人に話し続けた。


 「このままいえば彼は死罪です。ですがそれでは意味がないんです」


と管理人が言うと二人は顔を上げて管理人を見た。管理人もその視線に気づいていたが気にせず続けた。


 「彼は他の異形と違い”あること”が出来るんです」

 「お前の言う”あること”とはなんだ?」

 「彼は異形や人の魂に干渉することが出来ます」

 「魂の干渉だと?」

 「はい。その上で提案があります。彼を死罪ではなく死神にして魂を導かせるのはどうでしょうか?」


と管理人はだめともで言う。案の定代行人はそれを否定した。


 「はあ!あいつを、あの悪魔を死神に転生させて魂を導くだと!」

 「ダメですか?」

 「当たり前だ!そんなこと認めらえるか!」

 「ですか、彼はもともと悪魔で魂についても詳しいです。現に人間である彼女の魂にも触れています」

 「だが...前例がない。悪魔を死罪に処さないわけには...」


 「その点に関しては私も考えがあります。私も同じく罪を償う身です。彼を死神に転生する際、私も同様に彼のサポート及び監視役として地獄の門番に転生するつもりです」

 「何?地獄の門番だと?」

 「はい!どちらも人手不足ですしそちらに転生すれば良いかと」

 「ダメだ!」

 「お願いします!役に立たなければその場で殺されても構いません!」

 「だが!」


管理人と代行人の口論が続く中今まで話を静かに聞いていた元師匠の代行人は口を開いた。


 「管理人...少しいいか?」

 「代行人?はい、何ですか?認めてくれるんですか?」

 「そうだ!お前からもなんか言ってくれ!そんなこと認められないって!」

 「お願いです!私の話を聞いてください!代行人」

 「はあ...二人とも黙れ」

 「「!!」」


元師匠の代行人の発した言葉と圧に二人は当てられた。無言で二人を睨みつける元師匠の代行人に冷汗が止まらない。しばらく沈黙が続き時が止まったように管理人は感じた。下を向き何かを考えている元師匠の代行人。やはり無理な提案かと管理人は半ば諦めていた。しかし、口が開いた元師匠の代行人の一言に気が抜けた。


 「いいだろう管理人」

 「へ?」

 「なんだよ。その気のない返事は?」

 「いや...認めてもらえると思わなくて...」

 「まあ、普通はそうだな」

 「おい!代行人、お前今自分が何を許可したのか分かってるのか?悪魔を死罪じゃなくて死神に転生させることがどういうことか分かってるのか?」

 「分かってるよ?そんなこと俺が分からずに判断していると思ったか?」

 「そうじゃない!ただこれは!」

 「普通は認められないだろうな」

 「じゃあ何故!」

 「こんなことを認めたのかってことが言いたいんだろ?いくら可愛い元部下のお願いでも認められないことがある。今までのように代行人として異形や人間を処罰する場合はな」

 「今まではってことは今回は別なのか?」

 「そう。今回は今までの前例がないんだ。正直俺も悪魔と人間の処罰には困った。だって悪さをしようと企んだり利用しようとしたり取引や契約をしていないなんて正直驚いた。そして互いに強い思いから引き起こしてしまった悲劇であることを知った。人間と悪魔は生きる時間も寿命も違う。そのせいか知らぬ間に傷つき歪な形となってしまったのが悪魔・フジニアと人間のきさらぎだ。この二人を死罪にするには少し酷な気もした。他に処罰する手立てはないのかと考えていたんだ。そんな中、管理人の提案で処罰の案が決まった」

 「それじゃあ...いいんですか、代行人」

 「ああ...悪魔・フジニアを死神に転生し管理人を地獄の門番に転生させることを認める」


と元師匠の代行人が言う。代行人は話を聞き深いため息をしたあと両手を上げて言った。


 「はあ...分かった。降参だ!代行人が言うように俺もその処罰を認める」

 「本当ですか!ありがとうございます!」


と管理人は言うと深々と頭を下げた。頭を下げて礼をいう管理人の頭を二人は優しく撫でた。


 「さて、次の問題はどうやって魂を導かせるかだな」


と代行人が腕を組むと管理人は懐からある本を取り出した。その本は以前フジニアが利籐に貰った白紙の本だった。本来なら何も文字は刻まれていないはずだが本にはタイトルと文字が刻まれていた。


 「それに関しても問題はないです。これを見てください!これは人間のきさらぎが書いた小説です」

 「これはなんだ?白紙はずなのに文字が刻まれている」

 「そうなんです。この本は悪魔・フジニアが以前人間・利籐に出会い貰った本らしくこの本は必要な時に文字が刻まれる仕組みとなっています」

 「それが今か...これは小説家?」

 「はい。人間の彼女は小説を書く才に恵まれていました。少し読んでみてください」


と管理人は言うと代行人に小説を渡した。二人はそれを受け取ると読み出した。二人が読み終えたことを確認した管理人は再び話し出した。


 「この小説のように生死の狭間の世界で前世の行いから魂を導くのはどうでしょうか?」

 「なるほどな。列車で死者の魂を乗せて導く...いいだろう。その小説の通りにしてやる」

 「管理人、その小説の名は何というんだ?」


と元師匠の代行人が言うと管理人は嬉しそうに答えた。


 「幽霊列車~前世の旅です」

 「幽霊列車~前世の旅か...面白そうな名前だな。なら列車の名前はそのようにしよう」

 「それでその小説に登場人物を元に車掌はあの悪魔として...管理人は...」


二人の代行人が登場人物を見ながら考えていた。管理人は自分がどの登場人物になるのかはもう決めていた。かつてフジニアに言われたあの言葉...


 (「そうだ!お前マジシャンになれよー。そうすればこんな顔もこうやって口元が緩んで笑うぞー」)


その言葉を思い出した管理人は照れくさそうに笑うと二人に言った。


 「私はマジシャンになります!」

 「「!!」」


と自信満々に言うと二人の代行人は固まりお互いの顔を見合わせる。管理人は二人の反応が分からず二人を見ると元師匠の代行人が管理人に近づいた。元師匠の代行人の代行人は管理人の頬に手を当てた。


 「え?あの...代行人?どうしたんですか?」

 「熱は内容で安心した」

 「え?」

 「今マジシャンになるって言ったか?」

 「はい」

 「正気か?それは本気マジか?」

 「ええ、本気です!それに私を変えてくれたのは彼ですから...」

 「...そうか。妬けるな」


と元師匠の代行人が言うと下を向いた。管理人は下を向いた元師匠の代行人を見た。元師匠の代行人は一息吸うと顔を上げた。


 「よし、ならそのように手配しよう。後の乗組員は好きにしていい」

 「代行人ありがとうございます!何から何まですみません」

 「いや、いいんだ。元部下の最後の頼みだからな」


と言うと元師匠の代行人は管理人の頭を優しく撫でると傍にいた代行人は深いため息をついた。


 「そこーいちゃつくな。まったく...死神を死罪じゃなく死神に転生させるとか地獄の門番になって支えるとか考えることが滅茶苦茶なんだよ。ったくどいつもこいつも...」


と顔の手で隠した代行人に管理人は謝った。


 「すみません、代行人。裁かれる身なのに偉そうなことを言って」

 「別にいい。お前が謝ることじゃないだろ?それに...俺も今回の悪魔と人間の処罰については疑問があったからな」


と言った代行人を元師匠の代行人が茶化す。


 「っとか言って一番あの悪魔と人間の処罰に反対してたくせにー」

 「おい!余計なこと言うな!」

 「そうなんですか?」

 「うん」

 「おい!」


元師匠の代行人の言葉に代行人はツッコミを入れる。管理人は代行人がフジニアたちの処罰に反対していたと思わず代行人を見た。知られなくなかったカミングアウトを知られた代行人は怒り、その反応を見た元師匠の代行人はいじる様に管理人に教えた。


 「そうなんだ。もともと悪魔と人間のことは気にかけていたみたいなんだ。悪魔と人間の処罰に一番反対して”俺が二人を審議の間に連れていくからお前ら手を出すな”って言ってたんだ。意外と優しいよな」

 「っち!黙れ」

 「舌打ちは良くない。まあ、俺も管理人のこともあったし悪魔と人間の処罰は死罪で良い派だったから少し揉めた」


とさらっと言われた管理人は青ざめた。


 「それって大丈夫だったんですか?」

 「まあな。一度殺し合ったけど私情ははさまず代行人の立場から処すことで落ち着いた」

 「そうですか...それは良かったです」

 「その割にはあの悪魔のことを殺そうとしていた癖に」

 「そうか?その割にはあの悪魔に態度悪かったよな?」

 「そんなことは無い。おれはもともと口が悪いんだよ!だいたいあの悪魔の傍にいたのはお前からあの悪魔を守るためだ。でなければお前...あの悪魔をくびり殺すだろ?」

 「よく分かったな。流石ー」

 「その態度が本当にイラつくな!それはおいといて...管理人、本当にいいんだな。俺たちはお前の提案をのむ。お前の言うように悪魔を死罪ではなく死神に。お前を管理人から地獄の門番に転生させる。それでいいか?」


と代行人に問われた管理人は真剣に答えた。


 「はい!」


管理人の返事を聞いた代行人たちは頷いた。


**


 「...と言うわけなんです。お互いに助け合って頑張りましょう。フジニア!」

 「.え..ええっと..でも...俺は...」

 フジニアは管理人の話すことが信じられず怯えるように管理人を見た。

 「まあ、いきなりこんなことを言われたら混乱しますよね。勝手なことをしてごめんなさい。あなたを救うにはこうするしか方法が浮かびませんでした。あなた達を救うどころか救えず、きさらぎさんが死んでしまった。全ては私の責任です。こうなる事態を防げなかった」


と頭を下げて謝る管理人をフジニアを焦りながら頭をあげさせた。


 「何やってるんだよ管理人!顔を上げてくれ!」

 「嫌です。これはけじめです」

 「いいから!頼む!管理人!なあ、なあって...」


フジニアはもう限界だった。代行人に明かされた自身の罪。悪魔は不幸の象徴とされる理由を理解したフジニアはどん底に突き落とされた。それに続ききさらぎの死。目の前で死んだきさらぎを救えず己の無力さを痛感した。目の前で死ぬのを見るのは三回目だった。一回目は小悪魔たちを、二回目は聖なる泉を、三回目はきさらぎだった。命を失う悲しみを知っているフジニアはもう二度と目の前で誰かを死なせないと誓ったのに話すことが出来なかった。管理人はフジニアを二度も助けてくれた。森に逃がす時と今だ。管理人はフジニアたちを逃がすため罪人となった。フジニアはそのことを礼を同時に謝罪したかった。


 (頭を下げなきゃいけないのは俺の方なのにどうして管理人が謝るんだよ...謝らなきゃ...謝らなきゃいけないのに涙が止まらない。体の震えが止まらない)


フジニアは涙が溢れ震えが止まらない体を抑えようとしたが止められず焦り呼吸が浅くなる。過呼吸になったフジニアは立てなくなりその場に崩れ落ちた。上手く呼吸が出来なくなったフジニアは両手を強く握りしめた。


 「かはっ...つっ..」

 「フジニア!」


過呼吸になったフジニアに気づいた管理人より先に代行人がフジニアに近づいた。代行人はフジニアの傍にしゃがみ込むとフジニアの背中を摩った。


 「落ち着け...あく、フジニアと言ったか?もう大丈夫だ。俺の後に続いてゆっくり自分のペースでいいから呼吸しろ。いいか?」

 「は...い...」


と代行人が言うと聞こえたのかフジニアはゆっくり頷いた。フジニアの反応を確認した代行人は落ち着かせるように言いながら背中を摩った。フジニアの呼吸は次第に落ち着き過呼吸も収まった。


 「よし、これで呼吸も安定したな」

 「ありがとう...ございます...その...」

 「かしこまらなくていいぞ。ほら見してみろ」


と代行人は言うと片手をフジニアに差し出した。フジニアはゆっくり左手を出すとその手を掴み治療し包帯を巻いた。


 「これでよしっと...何ぼーとしてんだよ。もう片方の手を手当てするから見せろ」

 「は、はい」


フジニアを右手を見せると代行人は左手同様に包帯を巻いた。


 「これでよし!どうだ?きつくないか?」

 「きつくない..です..その...ありがとうございます」

 「礼は言わなくていい。怪我人を手当てするのは当たり前だからな。昔どっかの誰かさんが良く怪我をしたからな」

 「どっかの誰かさん...?」


代行人の言葉にフジニアは首を傾げた。


 「そう、そいつが良く暴れるから困るんだ。ガキなのは変わらないよ本当にー」


と代行人が言うと遠くから見ていた元師匠の代行人はとぼけ顔で言った。


 「えー誰だろうー」

 「さあー誰だろうな?」

 「知らないー」

 「いてこますぞお前...まあいい」


と代行人は言い合っていたが話しを変えてフジニアに向き合った。


 「フジニア、お前は先ほどの審議の結果、悪魔から死神に転生し、管理人は地獄の門番に転生する。ここまでいいか?」


 「はい..管理人から聞きました。俺は死神となって死者の魂を導くんですよね」

 「そうだ。お前はきさらぎが書いた小説の登場人物・車掌になり死者の魂を導いてもらう。何か質問はあるか?」


と聞かれたフジニアは代行人に聞いた。


 「あの...その審議って管理人も含まれてますよね?」

 「そうだ。管理人は地獄の門番となりお前の監視及び補助を行う。それが何か問題でも?」

 「その審議...取りやめてもらえませんか?」


と言うフジニアに代行人たちは反応した。元師匠の代行人はフジニアを睨み、フジニアのもとへ行こうとしたがそれを代行人が抑えた。代行人はフジニアの首元に鎌を当て問いた。フジニアの首に当てられた鎌の先が首に当たり血が流れた。


 「落ち着け代行人...フジニア、それは一体どういう意味だ。お前のその言葉次第では審議の結果を果たさずこの場で斬る。それを踏まえてもう一度問う。何か質問は?何か問題はあるか?」


と代行人に再度問われた。フジニアは元師匠の代行人の所に歩き出した。フジニアが元師匠の代行人に所に歩き出すと思わずフジニア以外全員が驚いた。元師匠の代行人も自分の元にフジニアが来ると思わず間抜け顔になり一歩下がった。


 「え...こっち?」


フジニアは元師匠の代行人の目の前に立つと両手を掴み頭を下げて謝罪した。元師匠の代行人はフジニアが謝罪すると思わず固まった。


 「代行人、本当にすみませんでした」

 「え...あ...はい...」

 「代行人がカタコトになってる」

 「珍しいこともあるもんだな」


とカタコトで話す元師匠の代行人に二人はツッコミを入れた。


 「俺がこんなことを言うのは管理人の行為を無下にして侮辱行為に当たることも分かっています...でも...管理人は管理人は...俺のせいで...俺のせいで...罪に問われることになった。きさらぎもそうだ...俺のせいで...俺が巻き込んだんだ。俺が居なかったら二人は死ななかったし、審議に問われることは無かったんだ...本当にごめんなさい...ごめんなさい...管理人も俺のせいでごめん...俺のせいでお前は...許してくれなんて言わない...」


と涙を流しながらフジニアは謝った。


 「フジニア...私は」


と発言しようとした管理人に被さる様にフジニアは叫ぶと元師匠の代行人に土下座をした。


 「お願いです!俺はどうなってもいいから管理人の審議を取りやめてください!」

 「フジニア!何言ってるんですか、私は!」


と声を荒げた管理人は反論しようとしたが元師匠の代行人に発した一言で凍りついた。


 「おい...悪魔..フジニアって言ったか?お前その口を閉じろ。次に一言でも喋ったら殺すぞ」


と言うと塵を見るかのような冷酷な目でフジニアを見るとその胸倉を掴んだ。


 「いいかよく聞け...審議の結果はどんなに抗っても覆すことが出来ないんだよ。誰が大切な部下を審議で問うと思う?おれが望んで管理人を審議に掛けると思ってるのか?そんなわけないだろう!ふざけるのも大概にしろよ。俺は正直お前の事なんかどうでもよかった。俺はお前の死罪に肯定派だった。管理人が関わっているなら尚更な。しかし、管理人が考えなしに罪を犯すとは思えない。お前と人間を逃がすために重罪を背負った管理人の行為とそこにいる代行人の願いからお前を殺さず生かした。本当はこの場でくびり殺して足り居ないくらいお前に殺意がある。殺してその魂が消滅するまで殺してやりたいくらいだ。でも...代行人も管理人もそれを望まない。俺は正しく罪人をこの審議で裁くのが仕事だからだ。だから管理人がお前の審議の提案をした時受け入れることにした」

 「いいか?お前がやっていることは俺たち代行人だけでなく、罪を背負った管理人をも侮辱し貶している最低行為だ。それが分かったか?」

 「は...はい...すみませ..」

 「謝るな。謝るくらいなら最初からするな」


と言うとフジニアの胸倉を掴んだまま代行人の方へ向くと代行人に向けてフジニアを投げた。投げられたフジニアを代行人と管理人を焦りながら受け止めた。


 「「代行人!」」

 「代行人!フジニア、大丈夫?」

 「な、なんとかな...」

 「ちょっ、お前危ないだろ!落としたらどうすんだ!」

 「そんな投げてないし、落としても死なないだろ?悪魔なんだからな」

 「そう言う問題じゃねえ!」

 「......」

 「あ、おいこら!無視するな!」


フジニアを投げた元師匠の代行人はフジニアたちに背中を向けた。


 「代行人、早くその悪魔と管理人を連れて転生させろ」

 「急だな、おい!分かったよ!管理人、フジニアもこれからお前らを転生させる。もう、悪魔でも管理人でもなくなる。準備はいいか?」

 「はい!」

 「俺も...大丈夫です...その...」


と暗い顔をするフジニアに代行人は乱暴に頭を撫でた。


 「そんな暗い顔をするな。代行人にも言われただろ?管理人は望んで地獄の門番になった。お前たちを逃がしたのも管理人が自分に意志で行動したものだ。お前たちの守るためにした行為をお前は後悔しているかもしれないがそれをお前が無下にしてはいけない。後悔ならこれから先もするだろ?これまでの後悔は此処に全て置いておけ。これからは死神となって生まれ変わり死者の魂を導くんだ。ここにいる管理人と共にな。だから前を向け、フジニア」

 「前を向く...」


 と呟いたフジニアに管理人は話しかけた。


 「フジニア...代行人の言う通りです。過ぎてしまったことは後悔したことはやり直せない。だからこそ前を向いて生きていくしかないんです。それが例えどんなにつらい事でもあなたは一人じゃない。私が居ます。これから私は地獄の門番としてマジシャンとして魂を導き、あなたも死神として車掌として魂を導くんです」

 「...そうだな。俺は一人じゃないし管理人..いや、マジシャンがいるもんな!」

 「そうです。そうすればきっと彼女の..きさらぎさんの魂を導く日もきっと来ます。彼女のためにも共に頑張りましょう!」

 「ああ、俺が頑張るよ!でも...管理人がマジシャンってナイナイ!」


とフジニアが手を横に振って言うと管理人はむきになった。


 「いらっ!言ってくれましたね、絶対笑わせてやる!」


と言い合い代行人に二人は拳骨を貰い泣き目で頭を押さえて審議の間を後にすることになった。


 「代行人、フジニアと廊下で待っててくれませんか?最後に少し二人で話したくて」

 「分かった...いくぞ」

 「はい...じゃあ待ってるな」

 「うん」


と管理人はフジニアに手を振り審議の間には元師匠の代行人の二人となった。元師匠の代行人は何も言わず管理人に背を向けていた。管理人も最後に話さなければならないのに上手く言葉が出ない。先に話しかけたのは元師匠の代行人だった。相変わらず管理人には背を向けている。


 「...どうした?俺と最後に話すんじゃなかったのか?」

 「そのつもりだったんですが、いざ最後となると何を話せばいいのか分からなくて...」

 「ふふふ...俺もだよ。いざお前を前にするとダメだな。師匠としてお前の上司としてしっかりしないといけないのに...」

 「そんなことないですよ。代行人はしっかりしてますし私の尊敬する異形です」

 「それは慰めか?」

 「違います。本音ですよ」

 「そうだな...お前は俺に嘘はつかない。たった一度も...今思えばお前に聞くべきだった。悪魔とあの人間のいる森に足を踏み入れた瞬間から...でも聞くことが出来なかった俺のミスだ。それをずっと後悔していた」

 「代行人...私もあなたに何も言わなかったから、その...」

 「ぷっ...ふふふふふふふふ」


急に笑い出した代行人に管理人は驚いた。


 「代行人?」

 「いやー笑った。悪い悪い」

 「何で笑うんですか!」

 「慌てて話す管理人を久しぶりに見たからな」

 「そっそんなことないですよ」

 「そうやって両手を振って言う所も懐かしいな」

 「ああーもう!」


管理人は両手で顔を隠してその場でしゃがみ込んだ。その言葉を聞いた代行人は振り返って管理人の頭を優しく撫でた。


 「悪かった管理人。ほらほらしゃがみ込まないで顔を隠してないで見せてくれ」

 「嫌です!」

 「ほらほら」

 「ちょっちょっと!」


元師匠の代行人は代行人の隠す手を退けて顔を覗いた。管理人の顔は林檎のように赤くなっていた。


 「顔、真っ赤だな」

 「うう...言わないでくださいよ。恥ずかしいんですから!」

 「悪い悪い。照れたら顔を隠す癖も相変わらずだな」

 「もう!代行人!」


と管理人は言う。二人は目が合い笑いあった。腹を抱えて笑った元師匠の代行人は顔を下に上げると小さな声で呟いた。


 「もうこんなに大きくなったのか...」

 「代行人?今なんて?」

 「いや、こっちに話だ。まったく代行人の俺が一人の死神と人間に嫉妬するとはな...恥ずかしい。ちゃんとした師匠なら...ちゃんとした親ならこういう時は責めるんじゃなく信じて背中を押すのが正しいことだよな」

 「代行人...」


管理人は呟く元師匠の代行人はの顔を見た。管理人の視線に目を向けると笑みを向けた。


 「過ぎたことは後悔したことはやり直せない。前を向いて今を生きていくしかない...か。その通りだな。皆前に進んでる。あの悪魔・フジニアも、代行人も、それから管理人お前も前に進んでるんだもんな。俺もいいかげん前に進まないとな。いつまでもお前に甘える訳にはいかないもんな。決めた...」


と言った元師匠の代行人は管理人に向き合った。


 「俺はお前の意思を尊重する。お前が管理人を辞め地獄の門番・マジシャンになるのなら俺は応援する。あの悪魔・フジニアのためとは癪だがそれを選んだのはお前だ。お前の選んだ道と人生だ。後悔のないように過ごせ。管理人から地獄の門番になればお前は俺の部下ではなくなりここにもう二度と立ち寄れなくなる。俺とお前はもう二度と会うことは無いだろう。だが俺とお前は師弟以前に家族だ。辛かったり苦しかったりしたらため込まず吐き出す事。何かあればこれで連絡しろ」


と代行人に渡されたのは小型の時計だった。


 「これは...時計?」

 「そうだ。これは俺の能力で作った優れものだ。俺と直ぐに交信できる。何かあればそれで連絡しろ」

 「これ...代行人の大切な時計ですよね!こんな大切な物受け取れないです!」

 「だからだよ。お前に持っていて欲しいんだ。これはお前の物でもある。何せこれは”形見”だからな」

 「...え?」

 「形見って?」

 「なんでもない気にするな」

 「そうですか...時計ありがとうございます。大切にします」

 「ああ...管理人」

 「え?うわ!だ、代行人!」


突然抱き着いてきた元師匠の代行人に戸惑う管理人はどうすればいいのか分からなかった。恐る恐る代行人を抱きしめた管理人は代行人の肩が震えて鳴いていることに気づいた。


 「代行人...あの...」

 「しばらく、こうさせてくれ...」

 「はい...代行人俺もあなたに伝えたいことがあります」

 「なんだ...」

 「私...私もあなたの部下であなたが父親で本当に良かった。あの時あなたが私を見つけてくれなければ私は死んでいましたから。助けて頂いただけでなく守り育ててくれた...今の私があるのは全部あなたのおかげです。育ててくれた恩をこんな形で裏切ってしまいすみません。出来るの悪い部下で息子でごめんなさい」

 「まったくだよ。俺の部下は...俺の息子は俺に似てわんぱくだな」


 と言いながら管理人の頭を優しく撫でた。撫でられた管理人は照れながら代行人の肩に顔を隠した。


 「もう~代行人!」

 「そう言いながら管理人は撫でられるのが好きだろ?」

 「それは...そうですけど恥ずかしいんです!」

 「照れるなよ。こうしてお前の頭を撫でられるのも今日が最後なんだ。最後くらい甘えさせてくれ」

 「だ、代行人!」

 「今回だけ頼む...」

 「分かりました。いいですよ...私も代行人に頭を撫でられるの好きですから。最後くらいあなたに甘えてもいいですよね?」


と管理人が照れくさそうに言い元師匠の代行人は顔を見て固まった。


 「管理人、いいのか?」

 「聞かないでください。代行人だからいいんです」


と小さくなる声で言った。管理人の言葉を聞いた元師匠の代行人は笑うと思う存分管理人の頭を撫でて褒めた。


 「あの...代行人そろそろ...」

 「もう少しいいだろ?あと三分」

 「それ、さっきも言いましたよね?」

 「そうか?なら後五分だ」

 「増えてる!」

 「別に減るもんじゃないしいいだろー。このまま地獄の門番にならずにここにいるか?形は部下じゃないからそうだなーペットになるか?」

 「ペット!冗談ですよね?」

 「俺が冗談言うと思うか?」

 「それは...ってどこ触ってるんですか!」

 「親子の最後のスキンシップだ!」

 「どこに親子の最後のスキンシップで息子にセクハラをする父親がいるんですか!」

 「ここにいる」

 「そう言う問題じゃなくて...あっ!ちょっと!待って!」


代行人に管理人は逃げようとしたが腰を掴まれて逃げられなかった。


 代行人は逃げようとする管理人を見て興奮し管理人の服に手を入れようとした瞬間ドアが開いた。開いた瞬間人を殺しそうな勢いで代行人は駆けつけると二人を引き離した。引き離し管理人を庇うと代行人に拳骨を喰らわせた。


 「何するんだ。痛い!」

 「痛くしたんだよ。さっきから黙って聞いていたら何セクハラ視点だお前!」

 「セクハラじゃない。親子のスキンシップだ」

 「親子のスキンシップに息子の着ている服に手を入れる奴がどこにいるんだよ!」

 「ここにいるだろ」

 「開き直るな!」


と言い合っている代行人の会話を聞いた管理人は顔を赤くし声を叫んだ。


 「な、何で知ってるんですか!」


と聞くと代行人は眉間に皺を寄せて答えた。


 「だって俺はこいつと意識と視界を共有してるんだよ」

 「え?」

 「だから俺が見ている視界とこいつの視界は常に共有しているから思考と視界が嫌でもわかる。だから先ほどのことも俺に筒抜けだ」

 「え?それって...じゃあ今までのこと全部...」

 「そうだ」

 「.........」


代行人の話に恥ずかしさが頂点に達した管理人に


 「管理人、大丈夫か?俺さっきまで代行人と外で待ってたんだ。そしたら代行人が急にイラつきだして怖かったんだ。そしたら管理人のその..あっ!っていう声が聞こえてきて代行人が駆けつけたんだ。俺は代行人みたいに視覚とか共有してないから何が起きていたのか分からないから知らないけど大丈夫か?何かあったのか?」


と聞かれた管理人は先ほどのことを再び思いだし、叫んだ。心配し訳を聞いてくるフジニアの肩を掴み説得した。


 「大丈夫か管理人、何かあったのか?」

 「何もありません!」

 「でも、さっき叫んで何かあったのか?」

 「何もありません!」

 「でも、管理人が..」

 「何もありません!いいですよね?」

 「う、うん...そうか。ならいいんだ」

 「良かったです。ところで...この状況どうしましょうか?」

 「...カオスだな」


と二人は言いながら言い合っている代行人たちを見た。代行人の口喧嘩は二人が声を掛けるまで終わらなかった。


 審議の間で行われた審議から数時間が経った。二人を新たな異形に転生させる異形たちが様子を見に来たが言い合っている二人に睨まれ気絶した。気絶させたことに気づかずフジニアたちが声をかけてようやく気付いた二人は言い合いを止めた。


 「「あ、やばい/やべ」」

 「これ起きるかな?」

 「この異形たち大丈夫なのか?」

 「大丈夫だと思いたい所ではある。私たちもそろそろ行こう。転生してこれからやらないといけないことがたくさんあるし」

 「そうだな」


と顔を見合わせるとフジニアは拳を管理人に突き出した。


 「管理人、いやマジシャン。これからよろしくな」

 「よろしくお願いします、フジニア」


と言うと拳を合わせた。


 「そろそろ行きましょうか、フジニア」

 「ああ!」

 「代行人、私たちはそろそろ行きます」


と言うと代行人たちは二人を見ると手を振った。代行人たちは二人の傍に駆け寄った。


 「そうか、気をつけて行ってこいよ。お前ら!」

 「はい!」


と管理人が元気よく答えた。元師匠の代行人はフジニアの背後に立ち管理人に見えないように小さなナイフを突きつけて言った。


 「じゃあな。あく..フジニア、俺の息子を頼む」

 「え...あ、はい」

 「あと...息子に手を出したり何かやらかしたら今度こそ殺すからな」

 「は..い...」


ナイフを突きつけられたフジニアは冷汗をかきながら答えると満足して元師匠の代行人は離れ、視覚を共有している代行人はため息をついた。


 「それじゃあ、俺の力で送る。じゃあなお前ら」


と元師匠の代行人が言うと二人は一瞬で審議の間から転生の間に移動した。


 「「う、うわああ!」」

 「ここはどこだ?」

 「ここは転生の間です。異形を転生させる場所です」

 「じゃあ、あそこから一瞬で移動したのか...」

 「さすがと言う出来でしょうね」


と二人が感心していると気絶していた異形が目を醒ました。


 「「ここは転生の間...やっと仕事ができる」」


と言う異形の二人に思わずフジニアたちは心の中で謝った。


 ((何か...すみません))


と二人が心の中で謝ると異形の二人は心が読めるようで苦笑いした。


 「分かってくれるんですか!俺たちに優しく声を掛けてくれたのはあなたちが初めてですよ」

 「優しい異形の方もいるみたいで感動しました」

 「「あなた達、転生しても大丈夫です!僕たちが保証します」」


と二人の手を掴むと目から涙を流しながら言った。異形の二人の勢いに戸惑いながら二人は転生の間の中心部に立った。フジニアは少し心細く少し体が震えていた。


 「大丈夫ですよ。死ぬわけではありません。私も一緒ですから」

 「そ、そうだよな...でもまだ少し怖いんだ」

 「なら、私の手を握っていてください。目をつぶっても良いですよ。転生は一瞬ですから。目が覚めたらここではない場所にあなたは立っています。あなたは狭間の世界に私は地獄に居ます。少し地獄でやらなければいけないことがあるのであなたの傍を離れます。ですが直ぐに頭のもとを駆けつけます。不安ならきさらぎさんの書いた小説の他に私のこの本を渡しておきます」

 「これは管理人の..」

 「そうです。これに私と会えなくても通信できるようにしておきました。不安な時この本を開いてください。そうすれば困っている時や相談したい時に交信できます」

 「これを俺に...いいのか?」


と不安そうに聞くフジニアに頷いた。


 「...ありがとう。管理人」


とフジニアが礼を言うと転生の間が光り出した。転生する準備が整ったようだ。異形の二人はフジニアに声をかけ二人は頷いた。すると激しい光が輝き転生の間を包んだ。フジニアは管理人に声を掛けると目をつぶり手を握り、管理人も握り返した。光が消えると二人の姿はなかった。


 「ふうー無事転生完了です」

 「今回も上手くいって良かった」


と転生していった二人の立っていた場所を見つめる。


 「あの子達良い異形だった」

 「そうだね。あの子達が転生先でも上手くやっていけるといいね」

 「そうだな。これで休めるよー」

 「でも...これで良かったのかな?だって管理人って代行人の大切な..」

 「しーそれはタブーだ。代行人が転生を許したのなら俺たちはそれに従うだけだろ?」

 「でも...まあそうなんだけど...」

 「あまり深く考えるなよ。明日も死んだ異形たちを転生させるんだから」

 「分かってるよ。ただ...転生した彼らの未来を祈って...」


と異形が言うと転生の間を後にした。


 フジニアたちが無事に転生ししたことを確認した代行人たちは審議の間に立っていた。


 「行ったか...」

 「そうだな。でもこれで良かったのか?お前は管理人のことを手放す気はなかったんだろ?」

 「それはそうだがあいつはあいつだろ?あいつがあのフジニアとか言う悪魔を選んだのならそれを尊重するのが親ってもんだろ」

 「その割には中々渋った気がするが?」

 「ほっとけ...」


と言い近くの椅子に腰かけた元師匠の代行人は片方の頬に手を着きため息を吐いた。


 「そうため息つくなよ。俺たちの仕事は終わった。後はあいつらがやるだろ?俺たちはあいつらを信じて職務を全うするだけだ」

 「そうだな...はあ。息子が転生した直後に仕事か」

 「それが俺らの仕事だからな」

 「なら、転生するか?」


と言われた代行人は両手を上げて答えた。


 「そんなこと決まってるだろ、しない。そもそも俺たち代行人は転生することが出来ない。知ってるだろ?」

 「そうだな。俺たちの過去と比べたらフジニアの行った罪は可愛いもんだ」

 「あの大量虐殺の事だろ?」

 「そうだ。その件も合って俺たちはあの悪魔の罪を責めることはできないのも事実だろ?」

 「嫌なこと言うんだな」

 「まあ、事実だからな。過去は消えない..それは俺たちもあの二人も同じだろ?」

 「......」

 「だから見届けようぜ。あいつらの生き着く先に」

 「...分かった。それがお前との契約だからな」

 「そうだ...ってことで仕事しろ」

 「はいはい」


代行人はそう言うと顔を伏せながら片手で手を振った。呆れた代行人がため息を吐いた後に審議の間につけられたベルが鳴り響いた。


 「お、新しい仕事だ。やるぞ」

 「ええーもう仕事か。仕方ない、やるか」


と二人は言うと仕事に取り掛かった。


2_24(レコード:24車掌)

 転生の間から転生したフジニアがふと目を開けると見知らぬ場所に立っていた。地面は荒れ果て花は枯れ果てていた。


 「何だここ...ここが管理人、今は違うか。マジシャンが言っていた狭間の世界なのか?それにしても不気味だ」


フジニアが周囲を見回すと廃れた駅があるだけで周辺には誰も居なかった。


 「マジシャン、マジシャンどこだ?」


と呼びかけるがマジシャンは地獄にいるためここには居ない。そのことを思い出したフジニアは渡された本を開いてマジシャンと交信ことにした。


 「マジシャン!マジシャン!聞こえるか?」

 『その声はフジニアですか?聞こえます。今どこにいますか?』

 「多分狭間の世界だと思う。俺が今いるのは廃れて駅名も書かれていない駅だよ」

 『廃れた駅...分かりました。直ぐそちらに向かいます。ですので待っていてください』

 「ああ、待ってる。マジシャン..」

 『どうしました?』

 「どうすればいいか分からなくて怖いから早く来て欲しい」

 『分かりました。今すぐそちらに向かいます』


と言うとマジシャンの声は聞こえなくなった。知らない場所で不安なフジニアは本を二つの本を抱えて近くにある椅子に腰かけた。すると人の気配がして振り向くとフジニアは驚いた。顔が見えない服だげが浮いた人間らしき人物が数名立っていたからだ。驚いたフジニアが見えておらずと戻っていた時遠くの方から列車がやってきた。


 「列車?どうしてここに列車が...」


現れるはずのない列車に驚いたフジニアだったが列車の名前が”幽霊列車”であることに気が付いた。


 「幽霊列車ってことはこの列車で魂を導くのか?」


と考えていた時に社員用のドアから派手なマジシャンの衣装を着た異形が出てきた。


 「遅くなりました。待たせてしまってすみませんフジニア」

 「いや、待ってないけどってその声はマジシャン!」

 「そうですよ。私も驚きました。きさらぎさんの小説のマジシャンがここまで派手とは思わず..」

 「俺も驚いたけど似合ってるぞマジシャン」

 「そうですか?ならいいんです。とにかく説明するので中に入ってください」

 「ああ...でも外にいる人間は?」

 「ああ、彼らですか?彼らは導く魂ですよ。彼らの魂を導くのが仕事ですがまずはフジニアの死神の仕事について改めて説明します」

 「頼む。えっとここからは居ればいいのか?」

 「そうです。ついてきてください」


とマジシャンに案内され列車内に入った。中は広々としており大変立派だった。


 「流石というできでしょうね。今から列車内を案内するので覚えてください」


フジニアはきさらぎが書いた小説と比較し列車内をすべて覚えた。


 「では次にこの列車のルールを説明します。きさらぎさんの書いた本を読んでいただけたら分かると思いますがこの列車は..」


と説明するマジシャンはフジニアに分かりやすく教えた。フジニアはきさらぎの小説とマジシャンの説明のおかげでルールを覚えることが出来た。


 「説明は以上になります。何か質問はありますか?フジニア」

 「...分からない。不安なんだ。今更かもしれないけど俺にできるかどうか...初めての仕事はマジシャンも一緒に乗客の前世を解明してくれるか?」


と不安そうに言うフジニアにマジシャンは肩に手を置いた。


 「いいですよ。初めて不安な気持ちは私も分かります。フジニアが安心できるまで共に魂を解明しましょう」

 「いいのか!ありがとうマジシャン!」

 「ええ、それじゃあやりましょう!前世探しを!」

 「ああ、やろう」

 「っとその前に..」


と意気込んだフジニアだったがマジシャンの一言にズッコケた。


 「マジシャン!」

 「すみません。あなたにこれを渡すのを忘れていました」


とマジシャンは言うと懐から帽子を取りだした。


 「それは?」

 「これは車掌の帽子です」

 「車掌の帽子?」

 「はい。あなたは今死神ですがここでは車掌です。あなたは車掌として職務を当たるのに必要な帽子です。しゃがんでください」

 「しゃがむ?こうか?」

 「はい。そうです」


言われた通りしゃがむとフジニアの頭に帽子が被さった。すると満足そうに笑ったマジシャンはフジニアに言った。


 「これでよし!よく似合っていますよフジニア」

 「え?」


ふと顔を上げるとフジニアは車掌の帽子だけでなく車掌の制服とマントを身に着けていた。


 「これで完了です。それが車掌の正装なので職務に当たる時はその恰好でお願いします」

 「これが車掌...何かかっこいい」

 「気に入っていただいて良かったです。あなたは悪魔から死神に転生し、魂を導くためにこの鎌を渡します」

 「この鎌は?」


手渡された鎌は黒く巨大な大鎌だった。


 「この鎌は死神専用の鎌で死者だけでなく生者の魂まで導くことが出来ます。ですので考えて使用するように。この鎌にはあなたの血液が含まれているのであなたの意志で取り出すことが出来ます」

 「本当か!」

 「やって見せ下さい」

 「分かった!」


フジニアはマジシャンに言われた通り試してみると鎌を取り出すことに成功した。


 「続けていればスムーズに無意識にできるようになりますよ」

 「そうか。今は難しいけどいずれは楽にできるようになるといいな」

 「そうですね。そろそろ...始めましょうか」

 「ああ!やろうマジシャン」


と二人は言うと乗客の魂を導きだ始めた。


 乗客の魂を導きだして数カ月がたった二人はきさらぎの小説に登場するバーメイドと料理長を招集することを決め、バーメイドのカーナと料理長のグリンを作り出した。二人はマジシャンの能力で状況を直ぐに把握した。

 「なるほど分かったわ~私の名前はカーナ。これからよろしくね!」

 「僕はグリンだよ。よろしくね!」

 「よろしくお願いします。車掌と申します」

 「よろしく!僕はマジシャンだよ」


と互いに自己紹介を済ませカーナとグリンを迎えて仕事にとりかかろうとした時にきさらぎの書いた小説から一人の子神が出てきた。フジニアとマジシャンは思いもしない出来事に驚いた。


 「君は一体...うん?その体天使と悪魔か?」

 「でも、体の半分が天使と悪魔で分かれるみたいだ。お前...名前は?」


とフジニアが聞くと子神はフジニアを見て答えた。


 「ネム...」

 「え?ネム?」

 「コクコク...名前...」

 「どうします?」

 「急に現れたけどきさらぎの小説を確認したら確かに子神が登場してる。名前は書かれている通りネムみたいだ。夢を食べることが出来る半分天使と悪魔の子神。天使が女の子で悪魔が男の子って書かれてる。俺とマジシャンが作り出したわけじゃないけど本から出てきたのならネムもこの列車に必要だってことだ」

 「そうですね。やることは少ないですがネムも加えた五人でこれから頑張りましょう!」

 「ああ、よろしくなネム」

 「コクコク...」


とネムは頷き改めてネムを加えた五人で乗客の前世の魂を導いた。


 一人で前世を解明できるようになりマジシャンは地獄に戻り門番として仕事に戻ることになって数年。マジシャンから堕天使のことを聞いた。堕天使は堕天して森を去った後に天使や異形の血を飲み一時的に天使の戻っていたらしい。だが吸血鬼と違い他の異形が異形の血を飲みことは禁忌に当たる。堕天使はそれが代行人に気づかれ捕縛されたらしい。地獄に連れていかれた堕天使がどうなったのかは分からずマジシャンに聞いても教えてはくれなかった。もし、堕天使ともう一度出会うことが出来たのなら話がしたいと考えていた時だった。彼女がついに...きさらぎがやってきた。


 「こんにちは」

 「こ、こんにちは...お客様...」


フジニアはぎこちなくきさらぎに挨拶を返した。きさらぎは他の乗客同様に魂を解明する乗客だ。過去を解明していないためフジニアのことは覚えているはずはなく乗る組員と同じようにフジニアに接した。運が良いのか悪いのかきさらぎの駅は最後まで残り乗客はきさらぎのみになった。フジニアはきさらぎの前世を解明しなければいけないことは理解しているが知られなくない、解明した良くないと言う心の中の葛藤とひそかに戦っていた。気晴らしにロビーを訪れた時にきさらぎは一人椅子に座っていた。寂しそうに座るきさらぎの姿を見たフジニアは傍に行き話しかけた。


 「お客様、どうしたんですか。このような場所でおひとり何をしていたのでしょうか?」

 「その声は車掌さん。すみません..少し一人になりたくて...」

 「そうでしたか。話しかけてすみません。私はお暇しましょう。何かあればお呼びください」


と言いお辞儀をしたフジニアはロビーから立ち去ろうとしたがきさらぎの袖を掴まれた。


 「お客様いかがいたしましたか?」

 「いかないで...」

 「え?」

 「一人になりたいって言ったけど本当は違うんです。寂しくて...車掌さんが良ければしばらく一緒に居てくれませんか?」

 「!!」


フジニアは驚いたと同時にきさらぎの言葉に顔が赤くなった。幸いにも帽子で顔が隠れていたので気づかれることは無かった。


 「あの...ごめんなさい。仕事に邪魔ですよね。ごめんなさい」

と謝るきさらぎの隣に腰かけた。

 「仕事の邪魔じゃないです」

 「え..いいんですか?」

 「はい。私もあなたとお話してみたいと思っていましたから」


とフジニアは言うときさらぎは笑った。その顔は黒く染まり見えることは無いがフジニアにははっきりと見えた。あの時と同じ生きていた時に見せてくれた笑みと全く同じものだった。きさらぎと話したフジニアは過去を思い出し平然を保ちながら湧き上がる想いを抑えるのに必死だった。傍で話しそうに話すきさらぎを見上げた。


 (それはずっと会いたかった人...謝りたくてすっと後悔した人だった。守りたい人だった。生きて欲しい人だった。死んでほしくない人だった。目の前で幸せそうに笑うきさらぎに真実を伝えなくてはならない。でも真実を伝えるのが怖い。罵られて嫌われてしまったら怖い。ましてやきさらぎが地獄になんて落ちてしまったら俺は怖い。きさらぎに真実を伝える訳にはいかない。きさらぎが前世を調べる前に証拠を集めなくては...)


 「すみません、きさらぎさん。やらなければいけないことを思い出したので行きますね」

 「そうですか。ここで待ってますからまた話しましょうね!」

 「はい。では...」


フジニアは顔下げて歩き入り口に立ち止りきさらぎの方へ顔を向けるときさらぎはフジニアに手を振っている。何も知らないきさらぎ。これからフジニアは許されないことをするとは知らないきさらぎを見つめたフジニアは涙を流しきさらぎに謝った。


 「きさらぎさん...」

 「はい?どうしたんですか、車掌さん」

 「あなたを失い事を恐れた僕を許してください...」

 「え?」

 「ごめん...きさらぎ」

 「え?待って車掌さんっていない」


と言い残しフジニアはロビーを去った。


 場面が切り替わりきさらぎの駅がやってきた。きさらぎは案の定自分の前世を知ろうと証拠を集めるが何もない。最後に車掌室を訪れた時に自分の前世の証拠が車掌室の机にあることに気づいたきさらぎは証拠を調べようとしたが調べることが出来なかった。ドアの入り口にフジニアが鎌を持ちきさらぎに近づくと魂から記憶を消して駅まで魂を戻しやり直した。


 「え?車掌さん..どうして...」

 「悪いがお前に思いだしてもらうわけにはいかないんだ」

 「そんな...どうして...」

 「ごめんな...きさらぎ」

 「フジ..ニア...」

 「!!きさら..」


意識が途切れかけ駅まで戻しかけたきさらぎの顔をフジニアは見ることが出来ず顔を下げているときさらぎはフジニアの名を呼び顔を上げた。しかしきさらぎは直ぐに消えてしまった。フジニアは自身がしてしまった行いを悔やみその場で崩れ落ち泣き叫んだ。


 (ごめん、ごめん、ごめん。悪いことだってことは分かってる。いけないことだってことは分かってる。でも、俺にはきさらぎの魂を成仏させることはできなかった)


きさらぎと居たい。魂を導けば魂は成仏する。成仏すればきさらぎは居なくなってしまうという恐怖の衝動にかられたフジニアは繰り返した。いつの間にか魂が乱れ口調やノイズのほかに彼女の魂は夢を見せて訴えている。このままではきさらぎの魂は形を保てなくなり消えてしまう。そのことに気づいたフジニアはきさらぎの魂を駅に飛ばした際に繰りかえすのを止めることにした。


 (繰り返すのはもうやめよう。このままじゃきさらぎは魂を導く以前に消えてしまう。今回で最後にしよう。それが例えどんな結果になったとしても受け入れよう)

 (今までとは違いだれずにここまで来た。このままうまくいければいい)

 (きさらぎの魂が揺らぎ始めた。急がないと魂のレコードが改変され過去と情報が入れ混じることになってしまう)

 (やられた!記憶のレコードがきさらぎに見られた。最悪だ!)

 (きさらぎが勘付いた。もう潮時なのかもしれない。これはいいチャンスかもしれない。きさらぎに話そう)

 (もうここまで来た。隠してはいられない。真実を伝えないと..)


フジニアはその思いできさらぎのレコードを見せた。


 「これが今まで隠してきた過去の全てです」

とフジニアが言ったと同時にレコードの映像は終わった。


『??章 ****駅_最後の終着駅』(終)→『最終章 最後の終着駅』






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