第10話 デート③
駅近くをぶらぶらとデートしていたら結構時間も経ってきた。
日も沈みかけており、そろそろお別れという雰囲気が漂っている。
それは俺だけでなく柏野も感じ取っているようでさっきからどことなくそわそわしていて落ち着きがない様子。
何か声をかけた方がいいのか、正解が全くわからない。
とりあえずどこかゆっくりと落ち着ける場所でも提案するか。
そう思って口を開いたと同時、柏野も声を上げた。
「
「二人でってことだよな」
聞くと、柏野は小さく頷き返した。
「どう撮ろうか……?」
「そうだね。えーと」
陰キャぼっちの俺はもちろん、異性とのツーショット写真を撮った経験などあるはずがない。
今、俺の頭の中に浮かんでいるイメージは頬と頬をくっつけて撮ったり、背景に遊園地や有名スポットだったり、海とか。オシャレなカフェとかで撮ったりするというのがパッと思いついた。
だがこれらには問題点がある。そう、俺と柏野は別に恋人同士というわけじゃなくあくまでも
だから、イメージ以外のやり方で撮った方がいいと思われる。
そうなると、修学旅行のような感じか。
……うん、絶対違うな。
「俺、写真とかあんまよくわかんないだけど」
「私も慣れてないけど、普通に撮れば大丈夫だよ。多分ね」
柏野は俺の腕を取って体をグッと近づける。
ほんのりと柔らかい感触を感じつつも、俺はスマホのカメラに顔を向けた。
そのタイミングでパシャリと一枚、写真を撮った音が聞こえた。
俺の腕を離して柏野がスマホをもの凄い勢いで操作し始める。
数分と経たず、俺のスマホに通知が届いた。
「送っといたよ。これが私たちの一枚目だね」
写真を確認すると柏野の表情は完璧だが、俺の顔がちょいと固い。
でも初めてはこんなもんでいい。
いずれこんな日もあったと笑える日が来るはずだから。
「柏野さん、今日は誘ってくれてありがとう」
きっと柏野があの時、デートに誘ってくれなかったら一ヵ月くらいは何の進展もなかったと思う。まだ告白はすることできないけれど、少しは前に進めた気がする。
「…………」
何も返事がない。
「あれ、柏野さん?」
変な間が生まれて俺は途端に恥ずかしさが込み上げてくる。
柏野なら笑って「そんなことない」と言うと思ったのだが、何の返しもなくただただ無言。俺、怒られるようなこと言ったかな。
それとももっと一緒に居たいとかそういうことかな。
「……呼んで欲しい」
「え?」
突然、呟いた柏野の言葉。
しかしうまく聞き取れなかった。
柏野の様子を窺っていると、一歩二歩と俺の方へと歩み寄ってきて下から覗き込むようにして告げる。
「
「そんなこと……?」
反射的にそう言うと、柏野は今にも泣き出しそうな目でじっと俺を見つめる。
「私にはとっても重要なことなの!」
いきなりハードルが高すぎる。
徐々に難易度をあげて欲しいが、今の柏野にそんなことを言ったところで聞きはしないと思う。
「綾……さん」
「ダメ、もう一回」
「じゃあ、綾ちゃん」
「それもいいけど、もう一回っ!」
「あ、綾」
照れながらではあるが、しっかりと彼女の名前を呼ぶことができた。
「これからそうやって呼んでね、十夜くん」
一瞬、ドキッとしたが俺の名前は前と同じか。
期待はしていたけれど、別に今の呼び方が気に入らないわけじゃないからいいんだけどね。
「あ、一ついいかな。……綾」
「なにかな」
「学校は名字でいいかな。なんていうか、その一言じゃ説明しにくいんだけど」
どこまで話すか決めてなかったから意味のわからないお願いになってしまった。
だが、これで伝わっていたのか柏野は呆気らかんと言う。
「いいよ。理由なんて別にいらないよ。十夜くんの言葉は信じれる」
そう言ってくれると助かる。
これならまだ俺と柏野の関係性がバレることもないだろう。
ほっと胸を撫で下ろしていると、いつの間にか柏野が近づいていた。そのままキスをするかのようにちょこっと背伸びをした。
そして耳元に口元を寄せて囁いた。
「でも、二人だけの時は綾って呼んでね」
やっぱり俺はまだ柏野綾と恋人にはなれないのだ。
◇ ◇ ◇
家に帰って柏野は一人、今日のデートを思い出していた。
と言っても、感慨に耽るわけでもなくスマホを眺めて悶えている。
「どの写真がカッコいいかなぁ……」
今日撮ったツーショット
カメラ目線の写真もあれば全然違う方向を向いている写真、食事中やお買い物をしている時のもの、ベンチで座ってる時のと様々。
その一枚一枚をしっかり吟味していく。
より最高のものを探して。
写真の吟味が終わったらスマホのボイスレコーダーを再生する。
『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』『綾』
「……っっっ!!」
ぽちぽちっとスマホを操作してそのボイスを目覚ましに設定し、彼女は満足そうな笑みを浮かべて瞳を閉じるのだった。
「あぁ~、早く明日にならないかな」
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